3-1 名前
【3話/B面】Aパート
「じゃあ私で買ってきますね。」
お金を渡されて部室から近くの自動販売機へジュースを買いに行く静那。そこを仁科さんに呼び止められる。
「静那さん。ここは“私で”じゃなくて“私が”だよ。」
「そやで、静那時々やけどちょこちょこ日本語おかしいぞ。とくに接続詞とか。」
「そうでしたか。すいませんでした。」
お礼を言って小走りに飲み物を買いに出ていった。
「なんか違和感感じる時あるんよなぁ。日本語。」
「静那さん、高校に入るまではあまり学校でしゃべることが無かったって言ってたからまだ日本の言葉は理解できても、文法が不安なところがあるんじゃないかな。」
「日本に来て5年経つとはいえ、海外から見たら日本語って相当難しいんでしょ。やっぱりすぐには無理なんだろうね。
静那さん、日本語は勉強するんだけど、漢字がとにかく難しいって話してたし…」
「慣用句なんかは結構進んで“覚えたらすぐ使う”感じで順応力高そうなのにね。意外に文章の根っこの部分が抜けてたりするよね。」
「俺は会った時から意識してなかったけど、よくよく静那の話を聞いてたら抜けてるなってのが分かる。初めはボケてるのかなって思ったけど。」
「白都君と同じで静那さん、あんまり自分で進んでボケるタイプじゃないと思うよ。そこあたりは先輩としてちゃんと見てあげないと。」
「そうだな…言葉遣いまできちんと見てあげられていたかと聞かれたら。」
「まあこの際や。今回は俺が接続詞とか慣用句のレクチャーをちゃんとしたるよ。」
「お前やれるのかよ。」
「俺も一応部員やしな。なんか活躍しとかな“空気”になるやろ。」
そう言って生一は何やらA4の紙に文章を認め始めた。
接続詞の練習問題でも作るつもりなのだろうか。
* * * * *
「…静那さん遅いね。」
「静那さん、ジュース買いに行く時辛そうな顔してたからなぁ。
お金の計算が出来ない…わけはないしな。
数学は確か一番得意だって言ってたし。なにか難しい事でもあるのかな?」
「ジュース1本、110円でしょ。6名分だから660円。何も難しい事じゃないよね。」
「ジュース買いに行くのに他に難儀な事ってあったかな?」
「お金を落としてしまった…とか?」
「それはあるかもね。結構時間たってるし。…でも静那さん、もしお金を失くしたのならちゃんと話してくれたら私達何も言わないのに。」
一同はお金を落としてしまい困惑している静那を想像してしまう。
「白都君から見て、静那さんってまだ私たちに気を使っているように見える?
“勇一”って呼び捨てにされてるから白都君には気を許してるように見えるんだけど、私たちに対してはどうかな…って。」
「そうだな…まだ静那の事“静那さん”って呼んでるから静那もそれに応えるように“ですます”口調になってるのかなと思うよ。
静那からしたら先輩というのもあるけど、この部に入ってくれた大事なメンバーって感じだから、居なくなってほしくない…そのために部活内で“皆に不満を感じさせないようにしないと”って考えてるんじゃないかな。」
「確かに静那さん私たちが入部した時、すごく嬉しそうだった。
同性の仲間ができたからだって考えてた。でもそれと同時に居なくなってほしくないって思ってたのかも…もう…あの子、気を使ってたのね。」
「僕たちに居てほしいからか…ちょっと先輩なのに気を使わせてたんだね。あの子を囲んでの部活なのに。」
西山がそんな彼女の心情に気づき俯く。
「じゃあさ、私たちあの子の先輩だからとかじゃなくて、もう“静那さん”なんて呼ばないでニックネームで呼ばない?今日でまだ3日目だけど距離は早めに詰めたいじゃん。静那さ…“静ちゃん”だってその方が話しやすいかもしれないしさ。」
「それいいね。私も“静ちゃん”賛成かな。」
「僕は…」
「西山は静那さんでいいんじゃない。生徒会長として威厳あるトコ見せておかないと。なにせ静ちゃんと身長一緒くらいだし。」
「し…身長は関係ないだろ。」
「関係あるって思いこんでいるのはあんたでしょ。」
「じゃあもっと砕けた呼び方にしていこう。静那からしたら急に先輩方に呼び捨てでは話しづらいと思うから、俺達からまず変えていこう。」
「まぁ異論は無いよ。“静ちゃん”が受け入れてくれるならね。」
ニコッと微笑む椎原さん。
* * * * *
先輩たちが静那に対する呼び方で話をしている間…
静那は自販機相手に必死に…『コイン投入口』へ、コインを“投げ入れて”いた。
この事実を知るのはまだ先の話である。
* * * * *
「買ってきましたッ!!!」
ハアハア言いながら静那が帰ってきた。
急いで部室に駆け込んできたようだ。珍しく息を切らしている。
近くの自販機でジュースの買い物を頼んだだけなのだが随分時間を要したようだ。
「静那さん、大丈夫?」
「お金落としたりして困ってたとかはない?」
仁科さんと椎原さんが心配そうに問う。
「いやぁ。そういうのじゃないんですけど。…その、なかなか買えなくって…」
一同は「(自販機が珍しく混んでいたのか)」と感じた。
「ごめんなさい!遅くなりました。」
静那は皆に頭を下げた。
「気にしなくていいよ静那さん。買ってきてくれたんだからお礼を言いたいくらいだよ。」
「西山先輩。」
「静那さん…ありがとう。飲み物買ってきてくれて。それだけで本当に感謝してるよ。ホラ座って。」
やさしく静那を誘導する椎原さん。
静那が座ってくれたところで先ほどの件を提案する。
「静那さん…まだ部活動が始まって3日目だけど、私たちもっと静那さんと仲良くしたいなって思ってる。
だから“静ちゃん”って呼んでも良いかな?」
静那は顔を明るくして喜んだ。
「あ…はい!是非よろしくお願いします。“静ちゃん”…って良いですね。嬉しいです!」
「その敬語もいいけど、もっと砕けた感じで話してくれていいよ。まぁ私たち先輩だから、すぐに話してほしいとは思わないけど、静ちゃんが慣れてきたら自然に話してくれていいよ。」
「そうよ静ちゃん。私たち先輩後輩以前に友達なんだから。気をつかわないで。」
「ありがとうございます。…ありがとう。」
「うん。そうだよ。僕たちはそんな簡単にいなくなったりしないから大丈夫だよ。」
「西山先輩もありがとうございます。私がもっと仲良くなりたいです。」
「あ、そこはね、“私も”だよ、静ちゃん。こういうのは先輩としてきっちり言っていくからね。」
「あ、そうですよね。すみません。」
「そこは会話しながら徐々に直していこう。一番駄目なのは“間違いを恐れて話をしない”ってこと!何でも言ってよ静ちゃん。」
「ありがとう…ございます。」
嬉しそうな静那にさっきから隅っこで教案を作っていた生一が話しかける。
「ということで早速、日本語の“接続詞”のチェックしていくで。
飲み物飲みながらでええから、これから出す問題解いてみてや。」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。
各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
※文章中、誤字がありますが、これは意図的に入れております。
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