弾圧からの解放 ~とある東洋人の軌跡⑩
Chapter10
※ここのエピソードは、ジャンプコミックス『るろうに剣心』第142幕「最終局目」を見た上で読んでいただければより鮮明なイメージでお楽しみいただけます。
また「アサルト・ポイント」や「ドラゴンスクリュー」等の技は、イメージの分からない方は是非画像検索して頂ければ幸いです。
城門では戦局が完全に決まってしまった。
声を張り上げ、皆を鼓舞していた村の数少ない若者達、そして脱走していた男性達が切りつけられ、倒される。
中には出血の酷いものもいる。
もう戦えない。
これで残りは老人だけになってしまった。
『大人しく投獄されるか、死か、選べ!』
城壁から少し外に出た辺りだ。
200人近くのシャムシールを携えた衛兵たちに囲まれた中、村人たちのとれる行動はもう服従か死しかなかった。
うなだれた顔で縄に縛られていく老人達。
手持ちの武器は全て奪われた。
これから自分達はどういう仕打ちを受けるのだろうかという恐怖が頭を駆け巡る。
我らがリーダーである“日本人”八薙さんは無事、上で皆を助け出すことが出来たのか…そんな淡い期待を抱くも、やはり敵方の数が違い過ぎる。
少人数で逃げてこようものなら城門で囲まれ、無惨に切り殺されるだろう。
自分達の無力さを感じずにいられなかった。
「チリンチリン」
そんな白昼の城門前に、自転車が通りかかった。
青年だ。
どこからともなく10代のまだあどけない顔をした青年が自転車に乗ってアジトの城門にやってきたのだ。
「チリン」とベルを鳴らして、ママチャリのような自転車をアジトの入り口横の影があたる所に駐車させる。
荷台がやや広く、遠目ではそこにサナギみたいな生き物が乗っているように見える。
その男性はサナギのように包まれている生き物に向かって「ちょっと待っててね」という感じの言葉を発した後、こちらに歩いてきた。
老人を囲んでいた衛兵達からはそんな感じに見て取れたようだ。
さっきの自転車のベルの音からずっと皆がその青年に注目している。
その青年は老人たちが縛り付けられているのを見るやいなや、ハッとした顔で足を早めこちらにやってきた。
「それを、やめてください。」『それ!・やめる!老人傷つけない。』
青年はカタコトながら言葉を発する。
その言葉に対し、衛兵が刀を突きつけた。
すると青年はサッと踏み込み懐に入ったと思えば、その刀を奪い取ったのである。
そして刀を別の方向に放り投げた。
「危ないなぁ。」
ここは日本語で話した。
“その青年”こと真也は、衛兵達を睨みつける。
衛兵の誰かが号令をかける
『捕えろ!』と。
とたんに真也を10名くらいの兵士が取り囲む。もちろん剣を突き立てている。
しかし突き立てた瞬間、さっきと同じ要領で彼らの剣をスルッと強奪して投げ捨てていく。
これは“速さ”と“極め”だ。
正面からスッと相手の剣の柄(持ち手)に手を入れ、相手の親指部分を捻って素早く極める。力が抜けたところでスッと剣を抜き取る早業だ。
相手は自分を切りつける為に剣を向けたのではなく、“威嚇の為”に剣を向けたから抜き取れると判断したのだ。
あっという間の出来事に、兵士だけでなく老人達も驚きの表情を見せる。
剣を掴まれたと思ったら逆に力なく剣を奪われる妙技を見せられたので、衛兵達は本格的に真也を捕まえにかかった。
なにせこちらは200名近くだ。
真也もこの数に取り囲まれるのはまずいと感じたようで、もう少し狭いところ…出来れば1体1で順々に対峙できる場所は無いかとあたりを見回す。
あたりを見回している姿…その姿に『隙だらけだ!』と切りかかってきた。
「危ないな。」
真也は刀をかわして後ろに下がる。
城の前には広大な広場…
「(かなり走ることになるけど、1体1の状況を作るためには仕方ないか…)」
真也はアジトに背を向け、広大な広場に向かって走り出した。
『追え!逃がすな!ひっ捕らえろ!』という感じの怒号が響く。
かくして、真也と200人くらいの兵士との追いかけっこが始まった。
兵隊は追いかけていくうちに必ず足が早いものと遅いものとが出てくる。
そうやって追いかける隊列がタテナガになってきたところを一人ずつ抑え込むという戦法だ。
小学校の時からマラソンランナーもビックリするほど走り込んでいた真也には一番得意な戦法である。
誰も注意を向ける様子は無かったが、あくまで自転車に乗せている静那に気を払いながら、城門前の広場を走り続けていった。
* * * * *
『phasalー!』
髭を蓄えた小太りの男は叫んだ。
今更ながらこの生一が名付けた“ハイキック野郎”の本名はどうやら“ファサル”という名前らしい。
口から炎を吐き出すなんてまるでオリエンタルマジックだ。
意図せず不意に炎を顔面から全身に浴びたハイキック野郎こと“ファサル”は目を抑えて怯んだ。
少し顔が焼けたのだろう。
両手で顔をおさえた瞬間、生一への吊るしあげチョークスリーパーが解けた。
ハアハア言っているが、生一はすぐさま立ち上がり、近くの小高い台のようになっている部分に上った。
トップロープと言うにはやや低いのだが…
「(日本中のプロレスラーよ…俺に知恵と元気を分けてくれ!)」
そこを踏み台にして思いっきり飛び上がった。
目測は“ハイキック野郎”の脳天だ。
大きく手を振りかぶったまま。
手刀を…叩き込むつもりだろうか…
髭を蓄えた小太りの男こと“アジャパ”は心の中で言い聞かせる。
『信じるのだ…たかが雑魚の不意打ちだ。誰であろうとこんな大道芸みたいな一撃ではファサルはびくともせん!倒れるはずなどないのだ!』…と。
突然の口からファイヤーに、仁科さんも葉月も驚く。
いつの間にこんな仕掛けを自分の体に施していたのだろうか。
近くで見ていた小谷野と兼元が呟く。
「へっ…漫画で見た戦法がよぉ…こんな形で役に立つなんてな…バカなのか、天才なのか。」
「アイツあの漫画愛読してたからなぁ。本当に狂ってるわ。」
「藤宮先輩…」
ファサルが上を向く。
そのさらに上から手刀が振り下ろされる!
『上からド(ン)ーーーー』
思いっきり脳天唐竹割りが放たれた。
そして着地してすぐに飛び上がり…
『ーーー(ジャ)ンピングニー』
膝を顎に思いっきり飛び上がりながらブチあてる。
久しぶりに入った打撃。
兼元「二連撃!」
八薙「いや、このチャンスを逃す手はない。」
小谷野「続けェ!生一ィ!」
生一「ぅおおおおぉぉぉぉッ」
体を一回転近く、遠心力をつけて回りながら逆水平チョップをファサルのこめかみ頭部めがけて叩き込む
『逆水平・小橋』
さらに踏み込み上から手刀をファサルの耳元から袈裟辺りを目指して叩き落した。
『橋本』
その勢いで体全体を回転させて後頭部に思いっきり手刀を叩きつける。
『父』
5連撃だ!
しかし生一は休まない。
さっきの後頭部への手刀で後ろを向かせたのだ。
すぐさま追いかけ、バックを取って右肩・左足をロックする。
そして、上背が無いがやや斜めから後ろにバックドロップのような要領で投げ飛ばした。
途中左足のロックを外し、後頭部から落ちるようにとっさに調節する。
遠心力も加わり、ファサルの脳天が地面に突き刺さる!
投げっぱなし式の投げ技『アサルト・ポイント』だ。
5連撃からのスープレックスが繋がる。
…しかし、頭から落とされたにも関わらずファサルは起き上がった。
『どうしたァ!それで終わりかァ!』
起き上がったと思えば、悠然と突っ込んできて生一の腹部に右足でのミドルキックを叩き込んだ。
ダッシュミドルのような感じで、生一の腹部に蹴りが食い込む。
生一はモロに受け止めてしまい、一瞬目の前が真っ白になる。
鈍い音がする。
アバラが…イッたかもしれないような衝撃だ。
しかし生一は意識を保った。
そしてガッシリと右足…そう、左ハイキックを放つときに軸となる足を抱き込んだ。
効いていないはずはない…そんな表情をしたファサル。
片足を捕まえた状態で静かに生一が話しかける。
日本語なので何を言っているか分からないのが残念だが…
「体の痛みなど、それを超える気合で何とでもなる。レスラーならそんなの至極当然。
だが当たり前のように村人を虐げる世界と…プロレスラーが敗れ去る世界など、俺の目の黒いうちは、来させはせん!!」
“カッ”と大きく目を見開く!
「だらあぁッ!」
言い終わると生一は肩口も使って右足を持ち上げ、ファサルを空中に押し上げる。
少しだけ彼を空中に浮かせた。
その後、思いっきり膝じん帯部分下から足首までを抱き込み、自ら素早く内側にきりもみ状態で回転した!
『ドラゴンスクリュー'95』である。
これにはファサルも声をあげた。
膝のじん帯が断裂したかのような悲鳴をあげながら崩れ落ちた。
小谷野「すげぇ!ただでさえ危険な技なのに、空中で自らが回転できない状態にして仕掛けるなんて…………あっ!!」
『ぐわああああ!』
力なく崩れ落ちたファサルは痛みで大声をあげた。
間違いなく右足のじん帯にダメージがいったようで、着地後膝を抑えながら顔を突き上げて叫んだ。
叫んだ…
叫んだ……そのすぐ目の前を膝が迫ってきたのだ…
痛みで着地後思わず顔を上げたその顔面に向かって…生一の両の膝が飛んできたのだ。
ファサルからしたら、膝の痛みで一体何が目の前で起こっているのか一瞬分からなかった。
スローに映ったのだろう。
目の前に膝が…どんどん大きくなる。
…ゆっくり自分の顔面に向けて迫って……
「ボキィッ!」
という骨がきしむような凄い音と主にファサルは壁際まで吹っ飛ばされ、壁に激突した。
じん帯断裂するほどの技を食らい、悶絶する“その顔面”目掛けて…生一は助走をつけて、体全体で両ヒザ蹴りを食らわせたのだ。
ランニングダブルニーアタック…『蒼魔刀』である。
体全体を使って壁の端まで吹っ飛ばした生一だったが、着地後すぐに片膝をついて、口から吐血しだした。
「ハァハハハアハアハァ…グハァ…ハッハッガッファ…」
呼吸も整っていない。
吐血交じりで苦しそうだ。
何より呼吸がものすごく荒い。
骨に響いているかのような荒い呼吸だ。
彼とてギリギリの状態なのだ。
さっきの腹部にめり込むほどの蹴りが相当効いているのだろう。
「倒れねぇ…、疲れないのがプロレスラーだ!夜空にな…輝く月に…一点の雲が無えくらい…最高の…誰にもマネできん生き方してやんよ……」
興奮状態で痛みを感じなかった彼にも、遅れて痛みが体中を駆け巡りはじめたという感じで、激しく肩で息をして辛そうに見える。
それでも…起き上がってくるであろうファサルの次の一手に備えるために必死で立ち上がろうとする。
その様子…ファサルのまさかの劣勢を目の当たりにしたアジトのボスであるアジャパは冷や汗を流しながら、瀕死ながらも尚も立ち上がろうとする生一をじっと見つめていた。
『こいつらは…なぜ…なんで何度倒されても立ち上がるんだ…なぜ倒されても…倒されても立ち上がる……なぜ、立ち上がれる……
なんだ…コイツらは…
これが…東洋の…“日本人”というものなのか……
一番初めにアイツはこの男達を地下で見たと言っていた。相手にもならんと言っていた。
実際相手にもならなかった。
完膚なきまでにぶちのめした…ファーダーに対しても同じだ。
何度も…何度も…叩き潰した。
当然だ。
勝てるわけがない。
しかしまた目の前に現れ、挑み、…敗れてはまた挑み…そして倒せるはずがないファサルを倒した…
どこまでだ…何度だ…何度突き落せば諦めるんだ……こいつらは……』
いつの間にか拳にびっしり汗をかいている事に気づく。
見ている女性達は一体何が起きたか分からないような気持ちになっていた。
仁科さんと葉月は特に感じている。
「不思議な光景だ…
なぜなら目の前の相手は素人目にも恐ろしい格闘家のプロだ。そんなプロをあの生一が追い込んでいる…あのバカ一直線みたいな高校生が…あの生一が…」
ようやく生一は立ち上がった。
呼吸は苦しそうだが、なんとか膝をつかずに立ち上がった。
アジャパはこれまでの攻撃を受け続けて、なお立ち上がるこの男…そしてその後ろにいる3人の日本人を見る。
『我々はこの“日本人”とやらを倒さないと…倒し切らないと、本当の意味での国の制圧はできないのだ…。日本人を倒すことそのものが…この事が国を…いや、世界を制するに等しいのだ。』
考えを改めたアジャパ。
その瞬間、壁際が大きく揺れた。
『ウルアアァァァァ!』
一同一斉に壁際に目をやる。
サファルが起き上がったのだ。
顔面から血を流しているが…目が座っている。
これよりは本気で叩きつぶす…容赦はしない…という目をしている。
そしてその目線は生一をロックしていた。
尚も肩で息をして苦しそうな生一。しかし半分くらいしか視界の開けていない目線の先は、憎き“ハイキック野郎”をしっかり見ていた。
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