弾圧からの解放 ~とある東洋人の軌跡④
Chapter4
自分(勇一)と地下深くで再会した時の三人の体力は、文字通り限界の向こう側にあった。
それでも、静那が生きているという魂を揺さぶる事実が、消えかけていた彼らの闘志に再び烈火のごとき火をつけたのだ。
上層へ向かう途中の回廊で、何度か山賊の番兵と出くわした。
しかし、三人はその圧倒的な気迫で敵を圧倒し、洗練された連携を駆使して、相手を打ち倒すというよりは、文字通り「ひっぺがす」ようにして刀剣を強奪していった。
武器を奪い取られた番兵たちは、その狂気に満ちた眼光に恐れをなし、逃走していった。
それを深追いするつもりはない。 今の彼らには、雑魚一人一人に構っている無駄な時間は一秒も残されていなかった。
「パターン入った! 大丈夫や! お前ら、先に行ってルートを確保しとけ」
生一が時折“謎の声掛け”を飛ばしながら、その後遭遇した番兵たちも、難なくクリアしていった。
このまま最下層を突き抜け、処刑場に乗り込んで、囚われている彼女たちを奪還する。 その執念だけが彼らを突き動かしていた。
「勇一、そこのタイルにあるスイッチのとこ、お前が踏んでろ」
「え、ここか?」
生一に指示されたタイルに足を乗せると、「カチッ」という乾いた音が足裏から伝わってきた。
それと同時に、はるか向こう側で重厚な鉄格子が「カタカタカタ……」と耳障りな音を立ててせり上がっていく。
「小谷野が向こう側のスイッチを押してくる間、お前がここ踏み続けておくねん。これで、扉が開きっぱなしになるからな」
状況を把握するのに一歩遅れたが、自分は必死にその仕掛けを理解し、タイルを強く踏み締めた。
* * * * *
上階へ上がるにつれ、行く手には数々の悪辣な仕掛けが待ち構えていたが、最も基本的なトラップはこの「時限式の鉄格子」だった。
特定のスイッチを踏むことで、からくり仕掛けの鉄格子が開放される。
しかし、別のスイッチを誤って踏んでしまえば即座に閉塞し、また何もせずとも一定時間が経過すれば、重力に従ってゆっくりと閉まっていく仕様だ。
一人では決して突破できないパズルも、四人が協力すれば、閉じ込められる心配をすることなく、確実に前進することが可能だった。
トラップの場所とスイッチの場所を把握し、3人が勇一に指示を出す。
彼らはこの短い潜入の間に、要塞に仕掛けられた不気味なトラップの本質を理解しているようだった。
「そこ!小走りで進め。小走り健太言うたやろ!」
「えっ?」
不意に言われた言葉に足を止めそうになったその瞬間、数センチ手前の床から、鋭利な鉄の針が「シュパッ!」と勢いよく突き出してきた。
あと一歩踏み出していたら、足を貫かれていただろう。
自分は背筋に冷たいものを感じながら、振り返って「ごめん」のジェスチャーを取る。
「まぁ、仕掛けの配置がいちいち嫌らしいねん。 作った奴の性格の悪さが透けて見えるわ…」
小谷野も兼元も、これまで幾度となくこれらのトラップに嵌まりそうになったのだろう。執拗に進行を妨げるからくりに対し、隠しきれない苛立ちを露わにしていた。
でもそこはゴールに至るまでの大事な過程だ。
処刑までの残り時間が刻一刻と削られていく中、細心の注意を払いながら、自分たちは下層エリアを駆け抜けていった。
結果として、一時間もかからずに、上層部……「宮殿エリア」の手前まで辿り着くことができた。
驚くべきことに、わずか四十分足らずで下層階を抜け切ったのだ。
「おそらくこの階層抜けたら、一気に宮殿の内部に出るで。
番兵も多なるしここからが本番や。気ィ一段階引締めよう。」
生一が、冷徹なまでの落ち着きを持って促した。
まるで迷宮を探索するベテランみたいな言いぐさだ。
しかし、一瞬の油断が串刺しや圧死を招くこの場所では、その緊張感こそが唯一の生存の保証だった。
……そしてついに上層階へと続く重厚な扉の前に到着した。
幸いにも、そこに見張りの姿はなかった。
おそらくは、これから始まる見せしめの儀式のために、処刑台広場へと総動員されているのだろう。
扉の直前で、生一が三人を呼び寄せた。 そして、互いの頭を寄せ合うようにして、小声で話し始めた。
それは、これから飛び込む地獄の中での、最終的な作戦会議だった。
まるで大切な試合を前に気合を入れるプロ野球チームの声出しのようにも映り、不思議な昂揚感を与えた。
「勇一……。 お前はええ情報とサポートを届けてくれた。 マジで助かったわ。
でも、ここから先は、敵が密集しとる。
特に処刑台のある広場は、今頃、山賊たちが総出で集まっとる頃やろう。 だから、今のうちに言っとく。
絶対に、あいつらに囲まれるような場所には出るな。 お前は、影に隠れて、最後まで身の安全を確保しとけ。
拝借したその木刀は、あくまで最悪の時の護身用に持っとくんや。
ここからは、二手に分かれる」
「……」
「俺らは処刑台の広場に助けに行かなやけど、ネイシャさんをまず奪還する。お前は俺らがどうなろうと、絶対に助けに来ようとすんな。
ここまで助けてくれたんやし、もう無理はせんでええ。後は自分の身を守る事だけ考えとけ。」
「お前らは、どうするつもりなんだよ! 上には、数えきれないほどの兵士がいるんだぞ! 正面から乗り込むなんて、死にに行くようなものじゃないか……!」
「俺に考えがある。タイミングってのもあるけどな。」
「生一…」
「地形は…一応教えてもらってん。
俺が広場の観客席の、一番高い最上段に立って、あいつらの注意を一点に集める囮になる」
「バカ言え!そんな目立つ場所に立ったら、それこそ一斉に狙われて死ぬぞ!」
「俺に全員の視線が釘付けになっとる隙に、お前ら二人が動くんや。
『俯瞰』、分かってるな? その時々の状況を、頭の上から眺めるように冷静に見極めろ!」
「ああ、分かった」
「ええな…どんなに混乱しても、状況をよく見ろ。
たとえネイシャさんの姿が目に入っても、そこにだけ意識を奪われるな!」
生一は、三人の背中を「パンッ」と力強く叩き、気合を注入すると、迷いなく宮殿へと続く階段を駆け上がっていった
「さ行こう!」
* * * * *
広場の中央には、見たこともないほど巨大で無骨な死刑道具が、重々しい音を立てて運び込まれていた。
いよいよその時が来たと悟った村の女性たちは、絶望に打ちひしがれ、子どものように悲鳴を上げて泣き叫んだ。
広場の隅では、太い縄で数珠繋ぎにされた東の村の男性たちが、涙を流しながら、その無惨な光景をただ見守るしかなかった。
自分たちの家族が、愛する人が、これから殺されようとしている。
魂を抉られるような屈辱と無力感…たまらない気持ちだろう。
女性たちは、縄を無理やり引っ張られ、晒し者になるように処刑台の前へと順々に連行されていく。
それを囲むように、山賊の兵士たちが隊列を組み、冷酷な眼差しでその様子を見つめていた。
その数、およそ二百名以上。
既に広場は、武器を腰にした山賊衛兵たちの黒い波に飲み込まれていた。
物陰に潜伏している村の男性たちが、無謀に助けに飛び込めるような隙は、どこにも存在しなかった。
さらに、女性たちのすぐ側には、身長百九十センチを超えるあの岩のような巨躯が、悠然と陣取っていた。
最高幹部の一人、ハイキックの男。
たとえ奇跡が起きて、二百人の衛兵の注意を逸らせたとしても、処刑台の直前にそびえ立つこの「壁」を突破しない限り、彼女たちに救いはないという、あまりに残酷な力学的構図が完成していた。
自分、勇一たちと共に地下から脱出してきた村人たちは、おそらく遠巻きに、この光景を見守っているはずだ。
しかし、この圧倒的な物量と暴力の前に、彼らはただ立ち尽くし、冷徹な現実を突きつけられていた。
髭を蓄えた小太りの男、アジャパが一段高い壇上へ上がり、人質の女性たち、そして集まった兵士たちに向かって、再び狂ったように呼びかけた。
『今一度、問う!
“日本人”の反逆者共は、まだ姿を現さんのか!
知っている者は情報を吐き出せ!
これが、最後の猶予だ!!』
仁科さんも葉月も仲間を売るような真似は、例え舌を噛み切ってでもしたくなかった。
静那は…もし生きていたとしても、重傷を負ってどこかで静かにしているはずだ。
このまま真也と共に、自分たちの手の届かない遠い場所へ逃げ延びてほしい。
二人が無事でいてくれるのなら、この地獄のような日々を、最後まで諦めずに生き抜いてきた価値があったと言える。
彼女に救ってもらった、この命。
信念を貫き、たとえここで果てたとしても、悔いはないという覚悟が、彼女たちの胸には静かに、けれど熱く宿っていた。
やがて処刑台には、鈍い銀光を放つ大きな刃物、ギロチンが設置され、それを見た村人たちが蒼白になった、その時だった。
「申し上げます!
門の方に、近隣の村の連中が押し寄せてきました!
如何いたしましょうか!」
城門付近に配置されていた兵士からの、緊迫した報告が届いた。
人質となっている女性たちも、物陰に潜む者たちも、その声に一斉に意識を向けた。
アジャパは小高い壇上から、城門の方角へと忌々しそうに目をやった。
そこには、各村から集まった、老人ばかりの集団がいた。
彼らは武器も持たず、ただ『処刑を中止しろ!』と枯れた声を張り上げ、城門を取り囲んで抗議を続けていたのだ。
『うむ……まずは城門の警備を固めろ。
門を乗り越えて侵入しようとする輩がいれば、たとえ老人であろうが、即刻斬り捨てて構わん!』
アジャパの冷酷な指示に従い、二百名の衛兵のうち二割ほどが、隊列を成して坂の下にある城門側へと向かっていった。
城門は内側から固く閉ざされているが、万が一にも壁を越えてくる者がいれば、即座に切り殺すという構えだ。
門を隔てた場内は、シャムシールを構えた屈強な兵士たちでガッチリと固められた。
これではたとえ門をこじ開けられたとしても、その先にある刃の壁を突破することは不可能だった。
老人達たじろいだ。
「わしらには剣もないしどうすればいいんじゃ……」
互いの顔を見合わせ、不安に震える。 まもなく処刑が開始されるというのに、この場所で足止めを食らってしまうのか。
門の向こう側では、鋭い刀を抜いた衛兵たちが、「乗り込んでくるなら、容赦なく斬る」という殺意を剥き出しにして、手ぐすね引いて待ち構えていた。
* * * * *
その頃、自分、勇一たち四人は、ついに宮殿の内部へと侵入を果たしていた。
三百メートルほど先には、あの広大な処刑場が広がっている。
…そこに恐らく皆もいる。
「よしっ!勇一、お前は隠れとけ!」
自分は生一の指示に従い、単独で建物の外壁と内装の隙間にある影へと身を潜めた。
三人はまず、ネイシャの救出を優先するために宮殿の中枢を目指したが、即座に数名の兵士に気づかれた。
三人。
敵の数も三。
数的同数。 三対三の、一触即発の状態だ。
山賊兵たちは一気に間合いを詰め、大型のシャムシールを大きく振りかぶり、先頭の生一に向けて斬りかかってきた。
しかし大剣ゆえに振りが遅い。
生一は間一髪でそれを躱すと、加速を利用した強烈な体当たりとラリアートのような形で腕を相手に叩きつけた。
「アックスボンバッ!!」
しかし気合が入ったのか思わず出た咆哮が静かな回廊に響き渡った。
「バカ! 声出すな!見つかるやろ!」
兼元が焦って窘めた。
影から見守っていた自分も同じことを思った!“大声出してアホかーー!”と。
案の定その叫び声を聞きつけ、奥からさらに衛兵が駆け寄ってくるのが見えた。
小谷野が二人の衛兵に包囲されそうになったが、兼元が鮮やかな身のこなしで注意を逸らし、撹乱する。
その隙を突いて、小谷野は相手を建物の壁にめり込ませるような、全力の串刺し式ラリアートを浴びせた。
壁に後頭部を強打し、押しつぶされた衛兵たちは、力なく前のめりに倒れ伏した。
腰の入った良い攻撃だ。
しかし、小谷野もアドレナリンが頂点に達していたのか、ここでさらに不必要な雄叫びを上げてしまう。
「いっちゃうぞバカヤロォー!!」
その声に引き寄せられるように、処刑台の方角から、さらに兵士たちがワラワラ集まってきた。
「超バカか二人とも!声出したら見つかるに決まってるやろ!」
兼元が小声で怒鳴りながらも、自身に斬りかかってくる衛兵をひらりとかわす。
そして、カウンターでジャンピング・ハイキックを、相手の眉間あたりに叩き込んだ。
「デイーーヤッ!」
気合と共に放たれた一撃は、クリティカルヒットして相手の意識を刈り取った。
白目を剥いた衛兵が、地面に突っ伏す。
「お前も、思いっきり声出しとるやないかい!」
「言い合いしてる場合ちゃうやろ、とりあえずここから逃げるで!」
処刑台の広場から、十数人ほどの衛兵が、騒ぎを聞きつけてこちらへ殺到してきた。
ここはアジトの中枢。 当然、周囲は敵だらけだ。
その様子を外壁と宮殿の隙間から見ていた勇一。
心配そうに彼らの行方を隠れつつも追う。
「何が何でも来るな!隠れとけ!」とは言われたが、彼らが死ぬような状況になれば話は別だ。
ここまで来たんだから誰も欠けたくない…だれも欠ける事なく皆で静那と再開するんだと…
三人は上り坂を全速力で駆け抜け、数時間前に突き落とされた因縁の場所、宮殿と宮殿を繋ぐ高い陸橋の上へと上がった。
陸橋の上であれば、多勢で攻め込まれても通路の幅が狭いため、数的優位を無効化し、一対一の対決に持ち込むことができるのだ。
生一たちの狙いはそこにあった。
途中、陸橋の上から少しだけだが要塞の外、城壁周辺の様子を見渡すことができた。
生一は陸橋からアジトの外(外壁)に少し目をやってみる。
「!(あれは…)」
そして生一は感じた。
”タイミングによっちゃ、ひっくり返せるでコレ…”と。
確信に近い予感が、胸を焦がす。 タイミングさえ合えばこの絶望的な戦局を根底からひっくり返すことができるかもしれない。
衛兵たちは生一たちを追撃してきたが、陸橋での1対1の戦いに持ち込もうとする生一達の意図を何となく理解したようで、一定の距離を保ったまま、迂闊には手を出してこない。
にらみ合い、膠着状態が続くかと思われたが、背後から地響きのような重い足音が聞こえてきた。
「な…!」
「アイツ!」
現れたのは、三人の最大のトラウマになっている人物、vaderだった。
なんと彼は、ネイシャを無造作に肩に担いでいた。 彼女は首を掴まれ、苦しそうに顔を歪めている。
生一達に気づいた瞬間、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
部屋から彼女を連れ出そうとした際、庭の騒ぎに気づいて様子を見に来たのだろう。
三人はvaderを陸橋から思いっきり睨みつけた。
ファーダーは舞い戻った生一達の姿を一瞥すると、信じられないものを見たというように、下卑た笑い声を上げた。
そして、部下に何かを命じた。
『お前らは、この女を連れて先に広場へ行ってろ。
あの三匹のネズミは、俺一人で始末する』
言葉の内容は分からなかったが、その傲慢な態度は、そう物語っていた。
衛兵たちは、縄で縛られたネイシャを乱暴に受け取ると、処刑台のある広場の方角へ連れ去っていった。
「ネイシャさん!」
三人は、肺が裂けんばかりの声で彼女の名を叫んだ。
彼女もまた、泣き叫びながら、こちらに向けて言葉を投げ返した。
『ダメ! 逃げてぇ……!』
「逃げて」だと……? 冗談じゃない。
こんなシュチュエーションで尻をまくって逃げ出したら、日本男児として、いや、人間として末代までの恥だ。
「“逃げてぇ”と言われて、逃げる男がどこにおる!」
小谷野が、これまでにないほど力強く言い放った。
しかし“逃げてぇ”の部分を、ネイシャの声を真似た裏声で言ったため、その悲壮な覚悟の割に、正直少しキモかった。
生一は小声で、釘を刺すように言った。
「……感情に意識奪われんな!それがココやぞ!
これから彼女を追いかけようという雑念は、一旦完全に捨てろ。
目の前のデブを倒すことにだけに全神経を研ぎ澄ますんや!」
二人が無言で頷き、鋭い視線をファーダーに向けた。
ファーダーは、尚も自分たちを玩具のように見て笑っている。
そして、太い人差し指を自分の足元の地面に向けて、トントンとした。
『ここまで降りてこい。 相手をしてやるから』
言葉は分からなかったがそんな感じだ。
小谷野も兼元も、怒りで我を忘れる寸前だったが、抑えて握りこぶしを作る。
その拳は、小刻みに震えていた。
正直に言えば、怖い。
震えが止まらないほど恐ろしい。
目の前の相手に文字通り二度も殺されかけたのだ。しかも今の自分たちは、あの時よりも遥かに体力を消耗している。
それでも、この怪物をクリアしない限りネイシャさん達を助け出す世界線へは出られないのだ。
足の震えを、一歩前へ踏み出す力に変える。
ファーダーは、自分たちが降りてくるのを、ニヤニヤと眺めて待っていた。
二時間前に奈落の底へ突き落としたはずの人間が、這い上がって再び無謀にも自分と対峙しようとしていることが、彼には滑稽でたまらないようだった。
『東洋人……日本人、だったか。
どこまでイカれた連中だ。また、死ぬためだけに戻ってきたのか』
そんな蔑みの表情を浮かべて、彼は陸橋の下で待ち構えている。
生一は多少の震えを抱えながらも、先陣を切ってゆっくりと陸橋を下り始めた。 二人もまた、覚悟を決めた足取りで後に続く。
一歩ずつ歩を進め、ついに、あの怪物と同じ土俵……同じ目線の高さまで辿り着いた。
今度やられたらもう後は無い。
ファーダーは尚も、『ほら、いつでも来いよ』と言わんばかりに、余裕の笑みを崩さない。
生一は静かに、二人にだけ聞こえる声で作戦を伝えた。
「今度は、実質三対一や。
相手は俺らを舐め腐っとる。
あの“運命”でいくぞ!」
「応!」×2
その言葉を合図に三人は覚悟を決め、一斉にファーダーへと飛びかかった。
飛びかかるといってもタイミングを微妙にずらしている。
まず、自分が正面から突っ込むと見せかけ、最速のステップで相手の左側面へと回り込もうとした。
ファーダーはそれに反応し、太い左腕を、まるで丸太を振るうように後ろへ薙ぎ払った。
風を切り、自分の頭を掠めるような衝撃が走ったが、自分は紙一重でそれを回避してみせる。
振り抜かれたその隙だらけの左腕を、右側面から飛び出した小谷野が、全体重をかけて抱き込むように掴み取った。
鋼のような筋肉の塊を、両腕で必死に固定する。
振りほどかれれば即座に弾き飛ばされる太さだったが、腕を振り切った瞬間のバランスの崩れを利用し、一瞬だけ左腕の自由を奪うことに成功した。
その、僅かな隙を見逃さず、生一が今度は左足にしがみついた。 そしてありったけの力を振り絞って、その巨木のような足を持ち上げようと試みる。
相手の体重を考えると持ち上がらない巨体でも、片足さえ浮かせてしまえば、バランスは崩れる。
少しだけ浮いた左足。 奪われた左腕の自由。
そこへ、兼元が弾丸のような勢いで飛び込んできた。
鉄棒で逆上がりをするような要領で、ファーダーの無防備な右腕に巻き付き、体を一回転させて遠心力をつける。
そして、その勢いをすべて相手の頭部…重心を後ろへ逸らす方向へと乗せた。
左腕を掴んでいた小谷野が、そのまま相手の背中の下へと潜り込んでアシストする。
兼元の全体重が頭にかかり、その物理的な重圧に抗いきれず、ファーダーは巨体を仰け反らせて、後頭部を石畳に強打した。
三人の連携が織りなす、合体複合技『“運命”』が、完璧な形で炸裂した。
おそらくこの男の人生において、頭から投げられるなどという経験はなかったのだろう。
初めて後頭部を石畳に激しく打ち付けられたファーダーは、目を剥き、後頭部を押さえながら悶絶し、仰向けに倒れ込んだ。
「ここしかねえ!」
小谷野の鋭い号令が響く。
「せーのッ!!」
三人がかりで、仰向けになった怪物を一気に力任せに持ち上げた。
一人の体にかかる比重は恐らく五十キロを超えていたが、その瞬間、火事場の馬鹿力が限界を超えて湧き上がった。
瞬発力を最大まで合わせ、そのまま相手の各部位をガッシリとロックする。
生一は両足を固め、兼元は胴体を担ぐ。
そして小谷野は、逃がさぬようにその太い頭を両腕で押さえつけた。
三人がかりでの変則的な「アルゼンチンバックブリーカー(背骨折り)」
(※アルゼンチンバックブリーカーが分からない方は動画検索をお願いします。)
しかしそれだけで終わらない。
「オオオオッ!」
三人が足や頭、各箇所をロックしたまま、地面を強く蹴ってその場で飛び上がる。
小谷野も同時に頭を掴んだまま飛び上がり、落下速度を最大限に乗せた状態で、ファーダーの脳天を石床へ叩きつけた。
仰向けの巨漢を一度宙に浮かせ、そのまま頭から重力ごと叩き落とす。
合体複合技『“燃え盛る槌”』だ。
自分たち三人の全体重が、一点…彼の首一点に突き刺さった。
どれほどの強靭な肉体であっても、さすがに大ダメージを受けただろう。
脳天を叩きつけられたデカブツは、それでも驚異的な生命力で意識を保とうとしていた。
ただ首を抑えて苦しそうにのたうち回っている。
そこへ「とどめ!」とばかりに小谷野がサッカー選手のような助走を開始した。
今までのすべての恨みを、深く、重く込めた、非情な一撃。
倒れ込んだファーダーの後頭部へ向けて、渾身の力でペナルティーキックを放つ。
「スカーン!」という、乾いたものすごい音が静寂の中に響き渡った。
その強烈な蹴りを受け、ファーダーの巨体は一度大きく弾み、そして…ついにその場から動かなくなった。
…
……
小谷野、そして立ち上がった兼元の足は、未だに激しい震えを止めることができずにいた。
「生一……俺ら、もしかして……」
「バカ野郎! 『俯瞰』して見ろっつったろ!」
自分は二人を厳しく怒鳴りつけた。
しかし、二人も即座にその意図に気づいた。
「急いで、処刑台行くぞ! こっからが正真正銘の本番や!」
目の前のたった一つの勝利に酔いしれている暇など、一秒もない。
ネイシャさんは、すでに処刑台へと引き摺り出された。
まもなく無慈悲な刃が彼女の首を狙って落とされるだろう。
仁科さんも、葉月もそこにいる。
安堵の溜息を吐く余裕などどこにもなかった。
ただ、幹部の一人は、自分たちの手でクリアした。
クリア…してしまった。
どんなに足掻いても、逆立ちしても勝てないと思っていた絶望的な壁を、三人がかりの連携という知恵で、一気に乗り越えてみせたのだ。
乗り越えた!
しかし…
あと一人、いる!
あいつが……
あのハイキック野郎が…処刑台の前で待ち構えている。
生一の頭の中の意識は、もう既にそちらに切り替わっていた。
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