弾圧からの解放 ~とある東洋人の軌跡⑧
Chapter8
広場ではようやく2人が対峙しようとせん時。
城門からではなくやや向こうの方、宮殿の中庭中腹。
そこから勢いよく広場へ走って向かう面々がいる。
小谷野と兼元だ。
走りながら小谷野が興奮気味に話す。
「リーダー!喜べ。俺があのデカブツを始末してやったぜ。俺がぶちのめしてやったんだぜ!」
「ホントかよキャプテン。どうやって勝てたかは分かんねぇけど、素直にすげえぜ。マジで死んでるかと思ったのに。」
「へへへ!馬鹿言うなよ。ネイシャさんが待ってんだ。なのに俺があんなデカブツに負けるワケねえだろうが!
これでどっちが勢いあるか分かっただろォ!」
「クッソ!マジですげえな。もうこのまま行ける気分しかしねえだろ。」
体はボロボロだが、テンションは最高潮だ。
小谷野はフラフラになりながらも処刑台広場に兼元と共に向かった。
「(生一!今行くぜ!アイツ絶対驚くだろうなぁ。俺様の功績を知ったらよ!)」
最後の相手と相まみえる為、2人は広場へ急いだ。
* * * * *
歩をハイキック野郎に進める。
生一は覚悟を決めた。
「(城門は空いた。戦局はきっと変わりだす!あいつらも駆けつけてくるだろう。ここからは俺の戦いだ!)」
相手との距離を…左の蹴りが届く間合いから一足ぐらい離れたあたりで腰を落とし、構える。
「無茶よ!逃げて!」と震える声を出すネイシャさん。そして仁科さんと葉月。
生一の狙いは決まっていた。
しかし、それは既に相手にバレていたりする。
ハイキック野郎はさっきから足元にチラッと目をやる生一の意図を十分理解している。
“足”だ。
きき足に飛びつき、足首を極めるか何かするつもりなんだろう。
…そうなれば、低空のタックル一択……
ハイキック野郎もプロの格闘家だ。
相手がどんなに格下でも出方を十分に見定めた上で対処する。絶対に負けないという自信の裏側には、一切の慢心も無い。
先ほど3人と対峙したデカブツは、正直ハナッから生一達を舐めていた。ニヤニヤ笑って侮っていた。
しかしこの局面は違った。
あくまで格下だが、冷静に対処する姿勢を崩さなかったのだ。
生一がもう少しだけ距離を詰めた。
これ以上は蹴りが飛んでくる間合いだ。…危険だろう。
次である。
次間合いをさらに詰めて、相手が蹴りを打ってこようとした時、低空のタックルで軸足を捕える。
彼の最大の凶器“蹴り”の威力を封じるための“軸足”にダメージを入れる事。
これが後々の戦いのカギになるだろうと考えていたのだ。
本当に一瞬だ。
次…
次…
次…
次の一歩前…
「(今だ!)」
生一が一歩前に距離を詰めた。
すると相手は予想通り左足をフワッと上げるのが見えた。
蹴りを放つつもりだろう。
「ここや!」
足が振り上がったのを一瞬ではあるが確認した生一。
本当に一瞬だ。
そしてもう片方の足…軸足となっている右足に向かって飛び込む。
タックルをして右足を摑まえる為だ。
「この足を…破壊!するッ」
その軸足に生一の手が届きそうなその瞬間だった。
顔面にものすごい衝撃が入った。
ハイキック野郎が蹴りを入れようとしたのは“フェイク”。
足を上げたと思ったら、生一の向かってくる顔面に膝を合わせるように叩き込んだのである。
前に突進する力も加わり、またしても生一の顔面にめり込むように膝が入った。
元々折れていた鼻っ柱から鮮血が飛ぶ。
遅れて脳震盪のような感覚を覚える。
強烈な痛みが遅れて体全体に届く。
しかしなんとか意識は保っていた。
さっき見た蹴りの映像がそうさせてくれたのかもしれない。
顔面に膝を受けて前のめりに倒れそうになったが、倒れてはいけない!
この“間合い”から一旦離れないと!
ここは恐らく彼の間合いだ。
蹴りの間合い…
顔面に膝を受けて視界が分からなくなっていた生一だが、下半身の力を使って一旦後ろにステップすることにした。
すぐに起き上がり…
…
……!?
起き上がれない!?
膝がガクガクして動かない!
生一は急いで片足を前について起き上がる。
しかし起き上がった顔の位置は、まさにハイキック野郎の絶好の間合いだった。
ハイキックを放つまでもない。
ミドルキックの高さで顔面直撃だ。
そのまま無常にも蹴りが飛んでくる。
周りの女性…ネイシャさん、仁科さん、葉月は思わず目を覆う。
顔面側頭部に奇麗に蹴りが入った!
腰の入った重さも十二分にかかった蹴りだ。
生一は倒れるというより吹っ飛ばされ、1m程離れた所で仰向けになった。
完全に気を失ったようでピクリとも動かない。
タックルを膝蹴りで迎撃してからのミドルキック。
顔面に撃ち込まれての惨劇であえなく生一はマットに沈んだ形になる。
それと同じくらいのタイミングだった。
ドカドカと広場に乗り込んできた人間が居る。
小谷野だ!そして兼元も無事だ。
無事戻ってきたのだ。
……
しかし広場に乗り込んだ瞬間、彼らの目に映ったのは、無残にも蹴りを顔面側頭部に食らい、吹っ飛ばされた瞬間の生一だった。
まるでスローモーションでも見ているかのような光景だった。
振りぬかれた右足からの蹴り…
その蹴りをまともに受けて吹っ飛ばされる生一…
明らかにモロに受けたのが分かる。
そして生一は仰向けに倒れ、気を失った。
「てめぇ!」
小谷野と兼元が広場の中心部に乗り込んだ。“躍り出た”という表現が良いだろう。
仁科さんが乗り込んできた彼らに気づき、叫んだ。
ネイシャさんも叫んだ。
生きていたことに驚くよりも先に声が出ていた。
「逃げてェ!」
しかし怒りの2人にはその言葉がまるで聞こえていない。
でもこのままじゃ、あの2人も生一やさっき倒された村の男性の二の舞になってしまう。
葉月も遅れて叫ぶ。
「逃げて!危ないっ!」
2人には聞こえてない。
鬼の形相で目の前のハイキック野郎に飛び掛かった。
生一の仇とでも言うのだろう。
「この野郎ッ!うおおおおおお!」
小谷野は傷だらけの体ながらも掴みかかろうとする。
形はどうであれ掴んでダウンさせ、2人がかりでマウント攻撃をするつもりだ。
しかしすでに足元がフラフラの小谷野の突進は、ハイキック野郎にとっては槍を交わすよりも簡単だった。
冷静に相手を見て掴みかかる手を避けていく。
掴みかかる小谷野をまず左に交わし、そして右のミドルキックを小谷野の腹部へ叩きこむ。
「ドフッ」という音と共にめり込む蹴り…しかし小谷野は力を振り絞り、その足を掴む。
そして自分の方に引き寄せ、そして体制を低くした。
“片足を掴んで自分は屈む”
その“体制を低くした小谷野の背中”を踏み込み台にして、兼元が思いっきり踏み込む。
そして飛び膝蹴りを敢行。
しかし迎撃の左のフックが飛んできた。
兼元はモロにそれを受けて横に吹っ飛ばされた。
足を振りほどき仕切り直したハイキック野郎は、フラフラの小谷野にワンツーでナックルを浴びせる。
蹴りだけでなく拳の振りも早い。
2発ともまともに食らう。
…が小谷野はまだ食らいつこうとする。
まだ一足で相手に掴みかかれる距離だ。
もの凄い形相で両手を上げてもたれかかるようにハイキック野郎に掴みかかろうとした。
もう顔面も腫れあがって目が半開きになっているが、必死だ!
しかし、そんな掴みかかるモーションというのは腹部ががら空きになる事を意味する。
ハイキック野郎は腰の回転を使って、ソバット(後ろ回し蹴り)を繰り出した。
両手を前にして掴みかかろうとした小谷野の腹部に思いっきり足がめり込む。
これが決定打になる。
小谷野は口から胃液のようなものを吐き出し、前かがみに崩れていった。
ピクピク痙攣して動いているように見えるが、二度と起き上がる気配はない。
残された兼元…
破れかぶれでも怒りにまかせて向かっていく。
仁科さんが叫ぶ。もう涙声だった。
「あんたらは十分頑張った!頑張ったんだからもういいよォ!逃げてよォ!」
ネイシャさんも口を押え、涙を抑えながら見ていたが、最後の一人である兼元がそれでも立ち向かおうとしている姿を見ながら震える声で叫ぶ。
『逃げてー!』
しかし
「うおおおぉぉ!」という兼元の声にかき消される。
ハイキック野郎の間合いに入る!
合わせたように蹴りが放たれる!
「(そんな流れお見通しじゃボケがぁぁ!)」と言わんばかりに兼元はとっさに右手でガードする。そしてそのまま差し違える覚悟で突っ込む………いや…
葉月の顔が青ざめた。
…彼の右手の骨が折れたのか?もしくは脱臼したのか?ガードした右腕がダランとなった。
怒りで我を忘れそうになっていた兼元も、遅れて右手の感覚と自由が利かなくなったのを理解する。
「(ガードも……出来んのか……)」
そこはかなり密着していて蹴りの間合いではなかった…が、兼元の顎に鋭角で突き上げられた“膝”が飛んできた。
兼元はとっさにまだ動く方、左腕で防ごうとする。
しかし体重の乗った膝は、そのガードごと突き破り、左腕ごと兼元の顎を撃ち抜く。
周りの人間からしたらスローモーションのように映ったのだろう。
膝を食らい、頭から吹っ飛ばされ宙を舞う兼元の姿。
『かかってくるんならなぁ…この如何ともしがたい実力の差を少しは埋めてからかかって来いッ!』
そして3時間前の生一の時と同様…頭から落ちた兼元はそのまま動かなくなった。
ふと周りを見れば、ハイキック野郎の周りに4人の戦闘不能となった人間が横たわっていた。
結果…まったく歯が立たなかった。
人質としてとらえられている女性達は、もうどうしようもない現実をこれでもかというくらい味わったような表情になる。
ネイシャさんは震えながら彼らを見つめている。
そんな表情を見てニヤリとしつつ、髭を蓄えた小太りの男性は彼に指示を出す。
『もう十分暇つぶしになっただろう。この4人、いい加減とどめを刺してしまえ。』
「なっ!」
仁科さんと葉月はその言葉に男性を睨みつける。
ハイキック野郎は「ふぅ」と息を吸い込んでから少し遠くを見る。
そしてアジトのボスである小太りの男性“アジャパ”に向かって答えた。
『それでも良いんですがね……そういや忘れていましたよ。まだ負けて逃げていった奴がもう一人いたってのを。』
彼の目線の先には、城門を強行突破して坂道を上がってきたばかりの一人の男性の姿を捕えていた。
その男は静かな面持ちでこちらにゆっくり歩いてくる…
八薙だった。
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