弾圧からの解放 ~とある東洋人の軌跡①
Chapter1
ここはアジト内、宮殿横の処刑場がある広場ーーー
日が昇るにつれ、広場がだんだん騒がしくなってきた。
今朝下の階のどこかで爆発事故が起きたようで、このアジト“バーサビア”の人間が朝から消火活動にかかりっきりだったらしい。
じつに200人近くの兵士を動員させ鎮火をしていたが、その作業もどうやら片が付いたようだ。
次の準備に向け、山賊兵や牢番達が次々と上の階、宮殿の広場に集まり始めた。
次の準備…それは、村の女性達や捕えられた2人の日本人を見せしめに処刑するというもの。
その数時間前には地下の労働施設で反逆ののろしが挙がった。
その報告はアジトの上層部にも届いている。今後の事も考え、何としても反逆者に対しての見せしめを行う流れだ。
地下施設から逃げて来た村の労働者は現在、アジト内に潜伏している。
しかし誰も処刑場広場に乗り込んで女性達を助けようとはしない…手が出せないのだ。
広場には女性達が集められていたが、その真ん中に遠くから見ても不自然なくらい大きく筋骨隆々な男が陣取っていた。
他の見張り兵をなんとか振りほどいたとしても、その男を倒さない限り、女性達を助ける事は出来ない。
隠れている村人は恐らく遠くから歯ぎしりをして、処刑場広場の様子を見ているのだろう。
その男は、来るなら来てみろよと言わんばかりに腰を下ろしている。
目の前の男に視線をやりながら葉月が話しかける。
「八薙君達をやったあいつ…あそこの村人もおそらく…」
葉月が少し離れた壁側に目をやる。
そこでは村人と思われる男達が縄に繋がれ、無造作に固められていた。その中には意識不明の重体者もいる。…きっと村の女性を奪還するために目の前の男に挑んでいったのだろう。
無傷の男性もいる。…しかし完全に敗北を受け入れたかの如く、彼らの目にまるで精気が感じられない。
囚われている男達は全員で20名はいた。
逆に20名で束になって立ち向かってもダメージ一つ奪えなかったということだ。
そんな人間が目の前で陣取っている…
“先ほど地下施設で男性陣の反乱があった”というのは葉月も仁科さんも耳にしていた。
それでもこの状況で助けに来るのは無謀だというのを感じる。
何も武器は持っていない。肉体が凶器なのだ。
「あの人達をあんなにしたのって…やっぱり」
「うん…」
葉月は頷く。
仁科さんと葉月。じっと見ているとこちらに気づいたようで、「二ヤッ」と笑った。
普通の女性ならゾっとする。
助けも来そうにない現実に絶望しそうになる。
しかし彼女らには希望があった。
自分の大切な人が生きていたという希望。
その事実が分かっただけで挫けそうな精神状態を持ち直すことができた。
死刑執行まであと2時間ほどだそうだ。
あの代表のような髭男が「日本人を差し出せ!」としきりに言っていた。
執行時間までに八薙君は来てくれるのだろうか。そして真也達は…
* * * * *
ーーーこれは生一の…彼の昔の記憶であるーーー
いつも会社の元請けに頭を下げてばかりだった親父。
“下請け”だからなのか…大人に頭を下げてばかりの父。
なんで…いつも理不尽な要求ばかりしてくるんだ。
それなのに頭を下げて謝るばかりの父。…カッコ悪く感じた。
なんで悪い事したわけでもないのにこんな惨めな思いをしないといけないんだよ。
まるで悪者みたいな扱いを受けて、責任押し付けられて…おまけになんで謝らないといけないんだ!
おかしいだろがよ!
…
……
やがて会社が回らなくなった…。
バブル崩壊のあおりをモロに食らったらしい。
でも直接食らったのはうちの会社じゃない…のに…
不渡りを出した途端、いつも家に押しかけてくるどこの誰だか分からない男達。
そして罵倒を浴びる父。
自分達が何をしたんだ。お前らの…上の不手際だろう!
真面目に生きてるのに上からのしわ寄せをこちらに持ってくんな!下に見るな!
勝手に俺を“負け組”にカテゴライズすんなよな!
だいたいいつお前らに負けたんだ!?
おふくろは逃げ出し、家族は崩壊した。
でも俺たちは何も悪いことはしていない。
だいたいがとばっちりだ。
そんな奴らから見下されるのは我慢ならなかった。
そんなクソみたいなやつらのストレスの履け口にされるのが最高に不愉快だった。
祖母の家が高知にあったという理由で、現実から逃げるように家を出ていった。
でもそれじゃ逃げたことにはならない。
現実は一向に変わらない…
社会に対しての不信感は募るばかりだった。
自分も“社会に出る前から負け組扱いされた”事でふてくされていたのかもしれない。
…そのうち“寝っ転がって”起き上がらなくなっていた。
そんな時期…プロレスというもの。そしてプロレスラーに出会った。
倒されても倒されても何度も立ち上がるレスラー達。…こいつらやられてもやられてもバカみたいに何度も立ち上がってさ…ってかマジバカじゃねぇのか?
本気でそう思った……
でも…なんだか俺も、バカな事考えてる…このまま寝てたら楽なのによぉ。
…なんか。…なんか確かに俺、バカな事考え始めてる…
起き上がってもまた理不尽に押さえつけられるんだぜ…。浮上させてもらえないんだぜ…。だからもう起き上がるなよ…みみっちく何度もさ。情けねえだろ…また倒されてさ…
そう何度も感じても、ブラウン管に映るレスラー達は尚も立ち上がり続け、力を振り絞って対戦相手に向かっていった。
* * * * *
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
落下と共にものすごい勢いがついてきた。
あの2人の幹部に完膚なきまでに倒された3人は、宮殿の陸橋から谷底に突き落とされたのだ。
暗くてそこの見えない谷底へ落ちていく!
体は…動かないなんて言ってたら本当に死ぬ。
動いてくれ!と強烈に思いながら小谷野は空中で落ちていく生一の手を必死に掴む。
生一を必死に掴み、手繰り寄せる。
彼は顔面に膝をまともに受け、完全に気を失っていた。
さらにもう一人の男・兼元もなんとか手を伸ばし、空中で生一の手を掴む。
「よし!」
2人…兼元と小谷野は以前、地獄のトレーニングでやったことを思い出し、落ちていく中ででっぱりのあるレンガなどの部分に手や肘をガリガリひっかけていき、落下軌道を鈍らせる。
レンガやタイルの破片に腕をひっかけていったので、あっという間に腕が血だらけになった。
しかし今はそんな事はどうでもよい。
落下速度を抑え、無事死なずに着地できればそれでいい。
「ガッ」
落下しながらタイルの出っ張った部分に肘を振り下ろす。
少し落下スピードが遅くなった。
そんな“死”に抗うような抵抗をしながらも、真っ逆さまに落ちていった。
…そして。
「あそこや!」
谷底はまだ続くが、でっぱりが見える。
2人でそこにそれぞれ片腕でしがみ付いた。
重さと衝撃で、しがみついた腕に強烈な痛みが走る。
落下速度を抑えながらとはいえ、少なくとも200メートル以上落下したのだ。
脱臼するかのような衝撃がした。
その理由の一つが、2人がそれぞれもう片方でしっかり握っている生一の存在。
気を失っている生一を掴み、落下中、崖の淵にしがみ付き…着地したのだ。
しがみ付いた時、重さの衝撃に気が遠くなる。
それでもなんとか生一を担いで必死に引き上げようとする。
しかし腕が血だらけで滑る…
「兼元ォ…お前がさき登れ…
上…上がってよォ…生一引っ張り上げるの…たの…む。」
体中に痛みが走る中、必死の形相で小谷野が懇願する。
“わかった”とばかりに生一の体を小谷野にあずけ、先に上に上がる…
…!
上がろうとしたその時、腕からの出血で手が血だらけになっていたせいで、つかまった手がズルっと滑ったのだ。
「!」
持つものが無い…真っ逆さまだ。
「あッッ!兼元ッ!!」
叫んだ。
しかし寸でのところで兼元が取り出したあるものを瓦礫に引っかけたため、奇跡的に助かった…
…それは…女性モノの下着・パンツであった。
ゴムが伸び、すぐに体重を支えられなくなり、ちぎれそうになるパンツ。素早く体制を立て直して兼元はなんとか上りきった。
「嗚呼…俺の家宝がぁ…」
まず伸びきったパンツを見て悲しそうな顔をする兼元。
「ボケェ!まず俺らを引っ張り上げんかい!ブッ殺すぞコラぁ!」
当然の突っ込みである。
兼元が上から踏ん張りながらなんとか小谷野と生一を引っ張り上げた。
意識不明の生一を横に引っ張り上げた後、2人は仰向けになり息を整える。
本当に死ぬかと思った…でもあの時に何度も「死ぬ!」と思ったトレーニングが役に立ったのだ。
悔しいけどここは生一に感謝である。
しかし当の本人は……相当深い打撃を受けて未だに気絶している。
頭からかなり派手に落ちたので脳震盪の危険性もある。
無暗に生一を揺すらず、一旦寝かしておくことにした。
「ハアハァ…生きてるか……体…動くか?キャプ……テン…ハァハァ」
「おう…なんとか…というか頭ガンガンして…もう…生きた心地…せん…わ」
2人もあのデカブツからまたしても相当なダメージを受けたのだ。
今、体が動いているのが信じられないという感じだ。
それでも目の前の“死”をなんとか振り切る為、無理やりにでも体を動かしたのだ。
「結果…体は動いてくれた…もう限界は超えているけど…」
「超えた…な……生一起きるまで休む…か…」
「あぁ…もう体……動…かん…」
「そやな…俺かて…もう……鼻くそをほじる力もねぇ…」
「……おまえ…まだ余裕…ある…やろ…?」
「口…だけ…や。…体……は、マジ、無理…」
ギリギリ生きてる、という感じだ。
ここが地下のどのあたりかも全然分からない。
どれくらい下まで落ちていったんだろう。
今何時だろう…
皆無事だろうか…
今俺は……まだ生きている。
そんな事を呟いた2人だった。
* * * * *
『では、その幹部に挑んだ3人はあそこから突き落とされたんですね。ネイシャさん。』
ここはとある宮殿2階の一室。
今のところは、この目の前のお姉さん以外の人間はいない。
誰かが部屋に来るかもしれない…そう警戒しつつ、勇一は今までの成り行きで知っている事を目の前の赤毛のお姉さん事“ネイシャさん”に聞いていた。
ネイシャさんはシスターをされている方で、あの日脱走した生一達3人を川で見つけ、修道院に連れて帰ったそうだ。
あんな男を3人もかかえて村まで運んだなんてさぞ大変だっただろう。
必死の看病もあり、3人は息を吹き返した。
でも数日後、ほぼ言いがかりに近い形でバーサビアの連中に、日本人3人をかくまった疑いをかけられ宮殿に幽閉されたのだ。
“アジャパ”という小太りで髭を蓄えた男から“結婚か死か”の選択を迫られているということ。
そんな状況を知ったのか、3人が自分を奪回するために命がけで宮殿に乗り込んできたのだ。
しかし2人の幹部にあえなく返り討ちにあった……という事だ。
勇一はだいぶ話の筋、ここまでのいきさつが分かってきた。
今まで言葉が通じなかったので、とにかく情報を得るのに苦労した。
でもこのネイシャさんという女性は英語がイケる。
話を聞いている中で気になる点があった。
返り討ちにあったあの3人は本当に殺されたのか?という点だ。
この点に関しては「あの陸橋の下に突き落とされた」という返答のみだったのだ。
まだ彼らが死んだのを直接見たわけではない…
そう感じた勇一は、一つ賭けに出る事にした。
どのみち自分一人ではどうにもできない状況だと感じていたのだ。
『教えてくれてありがとう。ネイシャさん。あいつらの頑張りは無駄じゃない!後で必ず助けに行きますから。』
悲しそうなネイシャさんに一応お礼を言って、勇一は一旦この宮殿を出る事にした。
入ってきたように、裏口の木に窓から飛び移り、周りを確認してからゆっくり降りていく。
外壁と宮殿の合間から顔を出す。
…周りを見渡す。
なんだか兵士の数が増えたようだ。
火事の消火活動が終わった連中が、処刑台に集まってきているのだろう。
でも今自分が向かう所はそこじゃない。
好都合だ。
勇一は地下施設で戦友となった“アブドゥラメン”と一緒にこの宮殿内部まで上がってきたルートをたどり、地下室へ引き返す。
登ってきたルートをそのまま引き返す形でさらに地下へ降りていった。
宮殿の兵士の大部分が処刑台広場に集まりつつある今、地下施設内は見張り兵、牢番が少なかった。
人影が見えたら慎重に進みながら、自分達が生活していた地下のそのまた下の層を目指したのである。
勇一の考えはこうだった。
生一、小谷野、兼元の3人は確かに幹部たちに倒されたらしい。
そして彼らはあの底の見えない陸橋の下に突き落とされたのだ。
普通なら助かる高さじゃない。でも死体を直接見た人がいるのかというとそれはNOだ。
あのバカだけどムードメーカーだった3人がそんなに簡単に死ぬなんて考えられない。それは勇一の願望でもあった。
でもあいつらもあの女性を助けるために命はったんだ。
あのネイシャさんという女性…
パッと見年上ではあるが、どこか静那にも似た穏やかさを持った女性だった。
死ぬ寸前まで彼女を助けたいという想いを…あきらめきれるわけないだろう。
勇一の希望的推測ではあったが、彼らの死体を確認するまでは、絶対にあきらめられない。
瀕死の状態でも生きている…と思いたい。…願いたい。
個人的願望でもいい。
どのみち俺一人じゃもうどうしようもできない!
“力を貸してほしい”って嘆願するんだ。
…
…それに生きてるならもう一つ、3人に絶対伝えたい事がある!
静那が…無事生きてくれてるって事!
『MOVIEⅠ』は第25話から後のストーリーになります。
バーサビアのアジト内での激闘を描きます。Chapterに分けてお伝えしていきます。
【読者の皆様へお願いがあります】
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