22-1 合流の手がかり
【22話】 Aパート
"カンカンカン" と無機質な音が地下に響き渡る。
労働者の中の“東洋人”は一人となってしまった勇一。
「お前も逃げたりしないだろうな。」という監視の目がさらに厳しくなったように感じる。
彼ら(生一達)が無事脱出して政府などの組織に助けを呼んでくれる事を願いたいが、あれから行方はまったく分からない。
無事脱出できたかどうかさえ…
勇一は、外の情報が何も入ってこない状態というのはこんなに辛いのかというのを痛感した。
“情報が制御されている状態”で居るのは、体は自由だが心が鎖で縛りつけられているような感覚になり、苦しい。
精気を失って何も考えずに労働している村人達みたいになればいっそ楽なんだろうが…
「知りたい」と思う程苦しく感じる。
そのうち何も知りたくなくなって、労働の後はすぐに横になるような暮らしになるのだろうか…
あれからも村人に話しかけてはいる。
でもまだあまりコミュニケーションが取れないため、会話自体めんどくさがる人も多く、すぐに“寝られて”しまう。
話が出来ても外の情報を誰も知らないので分からない事だらけだ。
有益な情報と言えば、『汚水処理施設には近づくな』という事だけ。
生一達に何かあったのだろうか…
せめて生きていて…ほしい。
あいつらでも居たら楽しかったし、ゆとりがある時はバカな話もいっぱいした。
そんな奴らが…死んだなんて考えたくない。
* * * * *
生一達が寝泊まりしていた修道院には、水道があった。
あと自給自足を目指してニワトリを飼っていたのが良かった。
脱水気味になれば水をじゃんじゃん飲めばいい。
寝る前とトレーニング前には生卵を口にかきこみ、ひたすらトレーニングをする3人。
星空の綺麗な真夜中に彼らのハアハアという息遣いだけが聞こえる。
まずは修道院にあった角材の切れ端を使ったトレーニングから始める。
“ライオンプッシュアップ”というプロレスラー特有の腕立てを30回×3セット行うのだ。
腕立てとはややベタだが、上半身や下半身の筋力だけでなく肩関節の柔軟性も良くなる万能のトレーニング方法である。
これがまずオープニングなのだが、1日目…ここで3人とも1セットも持たない。
しかし生一が鼓舞する。
「ここで1セット出来んかったら死ぬと思え。手を止めたら刃物が飛んでくるってなぁ!イメージしながら続けろ!」
目をイかせながら3人は1セットを終える。
腕が既に動かない。
その痙攣している腕が動き出すまでの間は休む間もなくヒンズースクワットだ。
生一が率先して行う。
生一も辛いのだ。
でも“この程度も出来なければ100%死ぬ”という意識を頭に叩き込み、足…そして腕を苛め抜く。
一番初めの脱落者は兼元だった。
意識を失いかけて泡を半分ふいている。
しかし生一はその兼元を気遣うことなく横っ腹を強烈に蹴り上げた。
腹に力が入ってない分、蹴りが腹部にめり込む。
意識を取り戻し、苦しそうに悶える兼元に向かって言う。
「今のでな……死んでるぞ。」
ハッとした表情で兼元は起き上がり、またメニューをこなす。
開始3時間くらいで1次メニューをこなすが、もう死にかけみたいな表情を見せる小谷野と兼元。
しかし生一は無理やり起き上がり、2人の襟元を掴み、少し小高い場所まで這うようにして進む。
そこは結構な崖になっていた。
「次のな…メニュー行くぞ!」
始めは狂っていると思った。
なにせそのまま谷底に落ちたのだ。
生一が肩を持ったため3人は同時に谷底に落ちていった。
「死ぬ!死ぬ!死ぬ!あひ!あひ!あひ!」
叫びながら落ちていく。
とっさに生一を見ると、崖の出っ張りとかに手や肘をガンガンひっかけたりして少しづつ勢いを弱めている。
落ちながら地形を一瞬で判断して障害物に引っ掛かりつつ下りていくトレーニングのようだ。
谷底に飛び降り自殺するようにも見えるが…
2人は集中力を限界まで高め、落ちながらも木の枝や岩のでっぱりに肘を立てたりして勢いを弱めながら…落下することに成功した。
“成功”で無ければ死だ。
死なずに済んだ。
着地して九死に一生を得たと安堵していたら、生一が起き上がってこう告げる。
「オラ!休むな。2回目のダイブ行くぞ。急いで登れ!」
この谷底から上まで登って…そしてまた落ちるのか…狂ってる!
でも「死にたいんならな…そこで寝っ転がっとけ。そもそも一日目でリタイアするくらいならな…その程度の覚悟の奴は…連れても…いかん!」
そう言って生一自身も腕をプルプル震わせながら登っていく。
補助の無いクライマー状態だ。
腕に力が入らないのか、手を滑らせてすぐ下まで転がり落ちてきた。
「(もう休もうぜ…狂ってる、このトレーニング方)」と2人は生一を見て思う。
ただ生一の目は死んでいない。
「ここで…登れ…んか…ったら…死ぬ。できんなら…死ぬ」とうわごとのようにしゃべりながらまた登り続ける。
「生意気言うな!」
自分自身に対して鼓舞したかったのだろう。小谷野は叫び、崖を登り始めた。
崖の下からハアハアという声だけが木霊する。
20分くらいでやっと上まで登りきる。
すると生一は「落ちる場所替われ」と言う。
場所を変わったらまた2人の手を掴んで…2人を巻き込んで谷底に落ちていった。
極限まで神経を集中させる。
瞬時につかめるものを選別し手をひっかける。
握力が出ないなら肘を叩きつける。
そうして徐々に落下スピードを落としていき、ゆるやかに着地する。
スピードが落ちなかったらそのまま下の岩に激突。大怪我だ。
それから実に1時間後…3人はまた谷底から崖の上まで登ってきた。
登り切ったその先に朝日が見える。
「よし、施設…戻って…寝…るか…」
ほふく前進のような感じで修道院まで戻っていく。
足が動かないのだ。
ありったけ水を飲んだ後、生卵をかきこむ。
そして階段をナメクジのようにじりじり上がっていく。
寝室まで上がったら寝る前にまたヒンズースクワットを3000回。
「もし3000回やらずに寝てしまったら死んだと思え。」
そう言って生一は回数を数えだした。
終わったら倒れるように寝る。というか気絶に近い。
眠りに入るまでのわずかな間でさえ、相手に向かっていく姿勢や構えなどの座学を生一が叩き込む。
耳で学んで気絶したら終了という常人には考えられないようなメニューだ。
日は既に高くなっていた。
* * * * *
起きた時、体中が筋肉痛になっていたのは言うまでもない。
しかし生卵をかきこんだ後、生一は「やるか、死ぬか…選べ。」と言って、昨日の通りライオンプッシュアップから入る。
2人も急いでそれに続く。
もう既にこのオープニングのプッシュアップで体が動かなくなっていた2人。
生一はスクワットをしながら2人に言う。静かに…
「おまえらはもう来るな。死ぬだけや。」
その言葉に無理やり体を起こし、スクワットに加わる。
「死ぬ気でやるって言葉…舐めんなよ…」
しかし立てなくなり倒れ込む兼元。
すぐさま強烈に倒れた彼の腹部を蹴り上げる。
苦痛の表情の兼元にまた告げる。
「倒れたらそこに次々と槍を突きさされるんや!コレが蹴りで良かったなぁ。」
生一を睨みつけるもすぐに立ち上がりスクワットを再開する兼元。
「出来んかったら殺されるだけや。俺らはな…そういう世界に足突っ込んだんだよ!」
やると決めたからにはもう後戻りはできない…
だから2人も何度かぶっ倒れたりすることはあっても生一に対して一切口答えすることは無かった。
倒れたら生一が“槍代わり”に膝を容赦なくぶち込んでくれたが、それに対しても一切口答えすることは無かった。
ダンベルのようなものがなくてもトレーニングは何だって出来る。
この日はデカい岩を片手で脇に抱えて崖を登った。
誰かを抱えて登っていくイメージだろう。
「死んでも落とすなよ。落としたらその岩の奴は死ぬと思え!」
生一自身も何度も視界がぼやけそうになったが、“自分で決めたメニュー”をこなすという自分との約束を守ろうと必死に食らいついた。
しかし握力に限界が来る。
岩と一緒に谷底に落ちていく。
それでも落ちながらも岩を抱き込み、血だらけになりながらも意地でも着地し、また岩を脇に抱えて両腕を震わせながら登っていく。
岩が誰を想定しているのか…その姿を見て2人も覚悟を持って登っていく。
もはや自分の中にあるバックギアを壊して前進するのみだった。
臆病者の目には、敵は常に大軍に見えると言われる。
その“目”を受け入れ、自分の壁を越えていく。
「うぉあああああう!」
2日目、ラスト3000回目のスクワットの時、思わず声が出た3人。
やりきった…
それで何かが救われるわけじゃない…
やりきったから彼女を救えるわけじゃない…
救える可能性が増えたかどうかの確証もない。
やりきったから明日まで首の皮が繋がった…というイメージに近い。
…今日。
…今日の自分には勝てた……
…今日の自分に負けなかった……
…今日、自分自身に課した約束を…守った……
…今日、明日を迎えるために生きた!
…今日、未来を少し作る資格を得た。
俺は今日生きたぞー!
そんな思いの“芯”が自分の中で芽生えた瞬間でもある。
横になり、それだけの事だが3人は感じていた。
きっとこんな感じで“自分自身の弱さ”に勝ち続けていった先に本当の強さがあるんだと。
実際の戦いにおいては、いざという時の対応力だったり柔軟性が必要になってくる。
アドリブ時、メンタルの持ち方が体に表れてくる。
この真っ暗な夜、自然の中でのトレーニングがそれを最大限強化してくれていた。
3日目に入る。
体はしょっぱなから限界だ。
しかし泣き言は一切言わない。
もう…歩き始めているのだから。
* * * * *
しかしあと7日しかない…。
この9日間で強くなるなんてたかが知れているかもしれない。
でも悔いは残したくない。
これからの人生で命をかけることなんてそうはないだろう。
でも3人には命を懸けてでも助けたい人ができたのだ。
自分達を必死にかくまい、つきっきりで看病してくれたあの………Fカップの女神…。
彼女にもう一度会えるなら…死んでもいい。
本気だ。
過度なトレーニングでランナーズハイのようになっている可能性もあるが、それくらいの覚悟を持って自分の体を苛め抜いていた。
生一は3日目から個人的な追加トレーニングとして、空き時間はチョップを壁にひたすら打ち込む“壁打ち”をしていた。
いざとなったらチョップで刃物にだって対抗するつもりなのかという勢いで、ずっと壁に向かってガンガンチョップを打ち込んでいた。
手が真っ赤に腫れあがってもお構いなしに腕を壁に打ち付けていく。
兼元も機動力を活かすという事で、ジャンピングスクワットを取り入れている。
小谷野も相撲のぶつかりのような形で木に何度も突き上げるような体当たりを浴びせていた。
村人は数人だが昨晩から様子を見に来ていた。
今夜も辞める事なくトレーニングを続けている3人…
心配そうに見守る老人たち。
人質の命を守るために…現状維持を選択した彼らは、迷惑そうな思い半分、本当に3人は死を厭わない闘志で、あの広大な敷地へ突撃する覚悟があるのか見守っている。
村の若者たちは、ある意味村を守る為の犠牲になってくれたのだ。
当時はそんな若者たちを見殺しにし、現状維持しかできない自分達を情けなく思っていた。
だが状況が悪化すると人間というものは「今よりも悪くならないように」というブレーキのかけ方をしてしまいがちになる。
自分たちがもう変われないと心から現状を受け入れてしまえば、その村の命運は尽きるのだ。
形になって現れるよりも前に…。
そんな中、現状を打ち破ろうと…奇跡を起こそうと立ち上がった人間が川に流れてやってきたのだ……
東洋の国から来た謎の若者…『日本人』だ。
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