12-2 こころの痛み
【12話】Bパート
この日の部活では、終始心ここにあらずという感じの静那だった。
勇一はしきりに心配していた。
静那がうつむいていると皆が気になって集中できない。
帰り際、勇一は静那に声をかける。
「何か困ったことがあったら言えよ。俺、先輩なんだから。頼れ。」
「うん。ありがとう勇一。」
優しい笑顔で返す。
まあ良しとしよう…という表情で勇一は帰路についた。
* * * * *
その日の夕方ー
真也が帰宅した後、寮内で緊急会議を開く。
2人だけなのだが。
一通りの八薙君との会話を報告し終えた後、申し訳なさそうな顔になる。
「静那なりに一生懸命対応してくれたんだからそこは責めたりしないよ。実は自分もなんだか抗争に火をつけてしまうような気がしてたよ。」
「なんでそう思ったの?」
「メンツだよ。一条君、自分のメンツを潰されたっていう話の時は語気が強かった。僕らには分からないくらいすごく悔しかったんだと思う。…我慢できなかったんだと思う。」
しかしメンツを潰され我慢ならない時、人はどんな事をしてくるかを2人は知っている。
明日大きな喧嘩が勃発し、最悪な事態になる可能性もある。
2人の懸念している事は近かったかもしれない。
「その…ありがとうな。後は僕の方でなんとかしてみる。けが人は出ないに越したことないし、遺恨も残したくない。」
「警察沙汰になれば目立って…」
「そう!そこ。そこに関しては十分に気をつけるよ。」
* * * * *
次の日。真也の高校---
終了のチャイムが鳴ると同時に20名くらいの屈強な男子生徒が校門前に集まってくる。
相当気が立っているようだ。
真也もそのグループの中に……いる。
周りから「なんでコイツが?」という視線もあったが、今日だけは同じグループの頭数だ。
歓迎はされていないが居るだけマシという感じで見られていた。
ほどなくして一条君が姿を現す。
「行くぞ!」
「オス!!」
真也を含め、20名ほどの兵隊を引きつれ“路面電車”最寄りの乗り場を目指す。やや遠いが高知の路面電車を使えば静那の高校まで格安で行けてしまう。
だから自転車でなく路面電車だ。
校門は坂道となっているため、先頭の一条君を筆頭に隊列を組んでその20名は坂を下っていく。
下りきったところで一条君は足を止めた。
「!?」
すぐに理解できなかったが、理由はもはやどうでもよい。
校門への坂道の入り口に居たのは…八薙だ。
「電車賃、バカにならないだろ。向こうの河原にしようや。」
顎をクイッとさせて向こうでやろうと促す。
確かにここは学生だけでなく大人たちの往来も多い通学路だ。
学校のすぐ北側にある“舟入川”へゾロゾロ歩いていく面々。
「おまえらは誰か駆け付けないかどうか見張ってろ。」
20名ほどの部下の何人かに対して指示を出す。
少しガタイの良い男が先に八薙に詰め寄った。いつも真也を虐めていた奴だ。
ガタイだけで言うと、彼の方が八薙よりも大きい。だからなのか、まずは威圧をかけようとしているのだろう。
しかし間近で睨みつけられても八薙は動じない。あくまで一条君だけ…一条君の出方しか見ていないようだ。
真也を虐めていたその男はイライラを募らせたかと思うと急に八薙の胸ぐらを乱暴に掴みかかった。
その瞬間だ。
八薙が…ではなく、後ろから一条君が右ハイキックを繰り出し、その男は吹き飛んだ。
…意識が無い。ぐったりしている。
そう。一条君は蹴りに相当自信があるのだ。
高校入学当初、正門近くで大人数人に絡まれた事があるのだが、彼は空手仕込みの蹴りであっという間に大人たちをのしてしまったのだ。
その時のフィニッシュとして大人の顎にブチ込んだのも空手仕込みのハイキック。
その光景を見た男子生徒たちが、彼に心から隷従するようになったのは流れとして自然だ。
今もまさに周りが青ざめるような蹴りが顎に入った。
そして、外野は引っ込んでろと言わんばかりに今度こそ八薙を睨みつける。
八薙も覚悟を決めたようだ。
サシだ。
何より囲まれている…逃げ場はない。
ただおそらく彼よりも強者はいないだろう。
結果、彼を叩き伏せる事ができれば、この戦争は広がることなく終わるかもしれない。
だったら今、彼との対峙に全集中しよう。
いよいよ本気の対峙が始まる!と思った時だ。
2人の前にスルッと一条君よりは少し背の低いシルエットが割り込んできた。
真也だ。
周りを囲んでいるメンバーの中には真也を虐めていた人間も何人かいた。
そんな彼らは「(バカ!殺されるぞ)」とばかりに真っ青な顔をして後ずさりした。
「三杉…何のつもりだ?あぁ?」
これから始める大事な一戦の前に場違いな場所に立っている彼を一条君はすごい形相で睨みつける。言葉を発しなくても“邪魔するな!”と言わんばかりだ。
眉間のあたりがピクピクしている。
「何のつもりだって言ってんだ。場合によっちゃお前みたいな雑魚でも容赦しねえぞ。」
真也を睨みつけ“今すぐどけ”とばかりに威嚇している。
その威嚇は遠目からでも分かる。
周りを固めている男子生徒は次の瞬間にでもコイツが蹴り殺されるんじゃないかという意味合いで怯えていた。彼らには一条君の蹴りの恐ろしさが頭にこびり付いているのだ。
その映像が抑止力になり、誰も一条君に手を出せる奴なんていない。
しかし真也は真面目な顔で一条君を見る。
そして周りからしたら信じられないことだが、正面から一条君に意見しだしたのだ。
「一条君。許せない気持ちは分かるよ。でもこんなことしても何の意味ッ!」
話の途中にものすごい蹴りが飛んできた。
それが真也の顔面に鋭角に入る。
さっきの蹴りよりも“標的”である真也が微動だにしなかった事もあり、よりクリーンヒットした。
周りの男子生徒たちは青ざめる。
“ありゃ死んだ…”と。
しかし、何事も起きなかったかのように真也は立っていた。
立ったまま気絶…はしていない。
顎に蹴りをまともにもらいながらも視線はしっかり一条君を見据えている。
そんな背中を見て、八薙も驚く。
「(彼の蹴りをまともに受けたのに微動だにしていない…彼は一体何モンだ?)」
真也は話を続ける。
「何の意味もないよ。八薙君はそれを分かってる。でも一条君にもそろそろ切り替えッッー」
また鋭角に蹴りが入った!
体重を乗せた蹴り…次はこめかみのあたりだ。
…しかし、蹴りを入れたほうの一条君が体重を乗せた分バランスを崩し、後ろに体制を崩した。
真也は何事も無かったように視線を一条君の元に降ろす。
そして“話を続けてもいいかな?”という表情をしたうえで、また話し出す。
「そろそろ社会人になる事を見据えて、こんな争い事やめようよって伝えたくて…拳ででもいいからきちんと会話しようと思って、八薙君は来てくれたんだと思うよ。
八薙君はお互い無益な喧嘩はしたくないんだ。メンツを手放せば、喧嘩する理由はなくなる…そうだろ、八薙君。」
振り向いて急に話を振られたので八薙はポカンとしている。
「八薙君…?だよね。え?もしかして違う人?」
目の前の人に問われているという事に気づき我に返る八薙。
「あ、はいそうです。八薙です。」
2人のやりとり…真也の背中をみながら愕然とする一条君。
確かに彼にこれ以上ない蹴りを入れたが全然ダメージになっていない。
そのショックの方が大きかった。
しかしここも彼の“メンツ”だ。
勢いよく起き上がると真也を振り向かせ、胸ぐらを掴む。
「俺に意見するな!黙れコラ!黙れぇ!!」
叫びながら真也の顔面を殴りつけてきた。
河原に打撃の鈍い音が響き続ける。
真也はすべての打撃を受け続けた。
もう30発くらいだろう…殴り続ける一条君の拳が止まった。
ハアハアと肩で息をしている自分に対し、すこし顔面にホコリが付いた真也の表情は……穏やかだった。
それでも彼は“ふりあげてしまった拳”を降ろすことが出来ない。
自分のメンツゆえだろうか…
心配そうに見つめる取り巻きの男子たち。
「(なんだコイツは…鼻血すら出していない…一体…)」
一条君は口で息をしつつ信じられないという形相で真也の顔を見る。
“目が合ったその時”を見計らい、真也は言葉を絞り出した。
「一条君…殴られるのってさ…心だって痛いんだよ!ちょっとは分かれよ!」
目を見てしっかり伝えた。
その言葉が興奮していた彼の耳にようやく届いたのか…捕まれていた胸ぐらの手は離れ、半ば振り上げられた拳は…収まった。
一条君、そして八薙と真也。この間に距離が出来た。
まだ呆然としている一条君。
取り巻きの男子は彼の次の挙動を見守っているようだ。
暫くの沈黙。
そこへ無理して大声を出している感がある女性の声がした。
「八薙君!そこ?そこなの?」
河原から見える位置、堤防の上に小柄ながらも八薙の知り合いらしき女性が声をかけてきた。
「葉月先輩!なんでここが…。あ…と、武藤さん?」
急いで河原へ駆け下りて来た女子高生は天摘さんだった。
後ろに静那がいる。ただ自分が入ればややこしくなると感じた彼女は現場へ駆け寄ることはしなかった。
ただ、真也の様子を見て安堵した表情を見せる。
天摘さんは八薙の元に駆け寄ったかと思えばすぐ口を開いた。
「まさか喧嘩…してないでしょうね。お父さんたちが知ったら大事になるんだから気をつけなさい。それと、君。一条君でしょう?」
まだ呆然としている一条君に目をやる天摘さん。
「お父さんたちが気にかけていたんだから。不貞腐れるのは程ほどにきちんと顔を出しなさい。」
普段大人しい天摘さんだが、道場での後輩への威厳なのか…驚くほどしっかりした口調で話す。小さいころからの彼らのお姉さん的立場だったようだ。
「この子は…」
次に天摘さんが視線を向けたのは真也だ。
「あ…はじめまして。三杉と言います。」
「あなたが三杉…真也君?今回の件、ありがとう。詳しい話は帰りにでも聞かせてね。」
呆然としている一条君だったが、反応せざるをえない状況になった。
天摘さんが現場に向かう時、高校の先生方にも声をかけていたようで、その教師たちも現場を突き止め、ようやく河原に乗り込んできた。
「君達ここで何をやってるんだ!帰りなさい!」
こんな先生方の呼びかけで、この“集会”はお開きとなった。
* * * * *
実は静那は心配だった。
八薙の事はもちろんだが、真也の事も。
事が大きくなったら大変だという事。
昼休みに屋上に居た生一に事情を話したうえで、ホームルームが終わり次第すぐ真也の高校へ向かおうと考えていた。
校門をくぐって一目散に走ろうとした時、車から声がした。
「静那ちゃん!さすがに走っていくのは無理よ。乗って!」
天摘さんだ。
道場のメンバーには一条君の知り合いがいた。
一条君が元々道場では男子のリーダー的存在だったので彼を慕う子は多かった。…八薙が入ってくるまでは。
2人の件で心配のあまり相談に来た門下生から、天摘さんは今回の事件の内容を聞いていたのだ。
車を道場の先生方に出してもらうようにお願いしてここまでやってきたといういきさつである。
* * * * *
静那と真也はここから帰るのはさすがに遠いということで、道場の先生が出してくれた車で家まで送ってもらうことになった。
車の助手席には天摘さん。
後ろには、真也、静那。そして八薙が座る。
帰路に向かう間、真也は天摘さんに今回のいきさつを話した。
その間、聞いてばかりで終始しゃべることは無かった八薙だったが、やっと口を開く。
「三杉君?だよな。あの時よくあの場に入ってこれたな。それとあいつの蹴りもよく受けられたよな。勇気あるよ。怖くなかったか?」
「もちろん怖かったよ。僕、弱いもん。」
「そんなわけないだろ。あんだけタフなくせして。」
そう言われ、少し寂しそうな顔になる真也。
そして返答する。
「そんな事ないよ。僕…弱いよ。自分が弱くて嫌になるくらいなんだ。」
八薙は、次の日から静那の声掛けもあり、勇一達の部活に顔を出すようになる。
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