10-2 イタ過ぎた漢達
【10話】Bパート
合宿1日目の夕方…
この日のカリキュラムを終えた学生たちは、各々自由時間に入る。
授業中終始静那にべったりだったあのサルとゴリラみたいな2人組。
移動中も常に静那の左右につきっきりだ。
それを勇一は後ろから眺めるアングルになっているので、静那の表情は分からない。
「(静那嫌がって…ないのかな…)」
怖いならこっちに助け舟と言う名の“目くばせ”してこい!と思うが、その気配はない。
「この後、是非夕食を一緒に!静那さん。」
「コラ!静那さんとは俺が一緒にテーブルを囲むんだよ。」
「何がコラじゃコラ!」
「あんコラ!コラタコ!」
少し後ろでその様子を見ていた生一も身を乗り出す。
「俺、こういう会話嫌いやないで。どう広がっていくか…やっぱりメインまでの過程が大事やねん。」
頷きながら意味不明な事を言う生一。
「そんなことより、なんか静那の頭上であの2人不穏な言い合いはじめたぞ!もう流石に止めないと。」
そう思っていたら静那がこちらの声に気づいたのか振り返った。
そして提案。
「先輩方も一緒にご飯行きましょう。私、新しい友達できたんですよ。嫁にしてくれるって。」
流石に生一も驚き、質問する。
「“嫁”ってお前意味知ってんのか!」
「うん、私の旦那さんってことだよね。いや~嫁の貰い手が出来てよかったよ~」
あいつ、マジで言ってんのか?それともうまくかわそうとしているのかよく分からなくなってきた。しかしここは無難な返事を…と頭をめぐらすのは勇一。
「まぁとりあえず夕食が用意されてるみたいだから行こうか。旦那さんとやらについても知っておきたいし。」
“なんでそこのお前が仕切ってんの?”という表情を見せるサルとゴリラ。
すかさず静那が2人に意味深な言い方で夕食に誘導する。
「そうだよ4人で食べよう。先輩にもきちんと私の旦那さん達を紹介したいし。」
その言葉に2人の険悪な表情が吹き飛ぶ。
「そ…そ…そうだもんね。俺…旦那だし。旦那としての威厳と責務を…その、果たさないとな。」
滅茶苦茶赤面して話すサル。
…思ったよりチョロいみたい。
「そうだな、どちらが本当の嫁にふさわしいかの決着は置いておいて、まずは旦那としての威厳をおまえにも…」
「すいません。お前じゃなくて白都と言うんですが。」
「これは白都君。お初にお目にかかるね。」
静那の手前、紳士っぽい口調で言ってるが全然キマッてない。というかコイツはさっきの授業中に絡んできただろう!
「あれ大阪モンやで。」
生一が後ろから教えてくれた。
2人共バリバリの関西弁を使っているようには見えなかったが、関西人同士は関西人のクセや言語パターンに共通のものがあるのだろう。
勇一も静那の手前という事も意識して、あまり土佐弁(高知県の方言)を使わず標準語で話しているのだが、それでも生粋の県民というのは県内の人間から見たらイントネーションですぐに分かる。
* * * * *
4人は一旦荷物を寝室に片付けた後、食堂棟に集合した。
ゴリラの方はなんと勇一と同じ部屋だった。
ユースホステルのような施設で、1部屋に2段ベットが4台設置されている。
手洗い場で何やら香水のようなものを体に吹き付けるゴリラ。
“オマエ何見とんねん”みたいな顔でこちらを見てきたので、勇一はそそくさと先に集合場所へ向かう。
先に行って、静那が来ていたらまず「あの2人に絡まれて大丈夫だった?」と聞いてみようと考えていた。
もし困っていたなら…やっぱり先輩である自分が彼女を守るべきだ。
予想していた通り静那が一番に集合場所の食堂棟手前で待っていた。
「お疲れ!」
呼びかけると静那も笑顔で返す。あの2人の猛プッシュに精神的に参って…はいないようだ。
3人が来るまでに素早く質問する。
「静那、あの2人に絡まれて大変じゃなかった?」
静那は笑顔で返した。
意外と肝が据わっているのだろうか。
「全然大変じゃなかったよ。2人ともとてもやさしかったし。
何よりもさ、私が真剣に小谷野君と兼元君の話を聞いてたら、それだけで凄く嬉しそうにしてた。
ちょっと大げさすぎるくらい献身的にしてくれたんだけど。」
「キミ。私の嫁に、何かね?」
香水の匂いをわずかに振りまきながらゴリラこと“小谷野君”と言ってた男性が現れる。
さっきの手洗い場でめかし込んできやがったな。
「小谷野君、何かいい匂いするね。どうしたの?」
「おお、そこに気づくとはさすが我が嫁。どうかな?この香りは君を狂わせかねないかもしれない。」
…カッコつけて話しているようだが、男の自分から見て正直…キモい。狂うわけがない。
そこへもう一人の旦那候補。やや細身のサルこと“兼元君”が登場する。
「汚い匂いで彼女を惑わすのはやめていただけないかな。」
こういっちゃ何だが…兼元君もなんだか言葉遣いと言動が…キモい。
この2人は“彼女いない歴=年齢”と言うのは間違ったセンではなさそうだ。
兼元君が精いっぱい無理してるだろうという様相で静那の手を取る。
「静那さん。こちらへどうぞ。」
自分側へエスコートしようとする兼元君だが…その手を見て静那が何か気づいた。
「兼元君、手が震えてるよ。寒い?体調大丈夫?」
“兼元君なりに頑張っているんだ。そう言いなさんな”と感じる勇一。
その様子にちょっと笑いそうになったが、面白いのでそのまま静観してみる。
「兼元くんは元々痩せてるんだからやせがまんしないでいいよ。」
静那は時々日本語がおかしい。
心配になったのか、静那は自分の手を兼元君の額に当てて心配そうにつぶやく。
この時のお互いの顔の距離が結構近いのだ。
コレ…静那はもし狙ってやってたなら将来は魔性の女になるかもしれないと感じる勇一。
兼元君は自分の額に手をあてて表情を近づけてきた静那に対して、赤面して固まってしまった。
「あ…あ…ああ……」
女子にこんな事されたのは生まれて初めてだったのだろう。しかも相手はブロンド髪の美少女だ。
「あ…ああ、私も実は体調が悪くてだな…ゴホゴホッ!」
その光景を見てショックを受けたのか、嫉妬のあまりミエミエの嘘をつきはじめる小谷野君。
「静公、なかなかうまいこと指示通りにやるもんやなー」
後ろから生一がやってきた。
どうやら生一が静那に事前に“こういうことをしてあげれば相手との仲を深められる”とかいう口実で、この“額に自然に手を当てて熱を計るムーブ”を伝授したようだ。
「な!おいおまえ!図ったな!つり目!」
ニヤニヤしながら言い返す。
「お前のその純真すぎるハートがいけないのだよ。どうせ女子の免疫ねーんだろ。“男子校”なんやし。」
図星のような2人の反応。
リアクションに不思議がる静那。
生一は参加者名簿を見たようで、彼らが男子校から来たのを知っていた。
* * * * *
気まずい空気だったが食事をしていくうちにその気まずさも薄まってきた。
静那が「コレ美味しいよね。」と小谷野君と兼元君に聞くので、笑顔で頷いているうちにさっきの恥ずかしさから逃避できたようだ。
改めて自己紹介。
彼らは男子校で結構有名な「興國高等学校」というところの生徒だ。
名前は兼元君と 小谷野君。
でかいほうが小谷野君。ロングで細いのが兼元君。
男子校でこじらせているせいか、女性の静那と話す時は無理にカッコつけてしまうあまり、言葉遣いが無駄に渋くなったりする。
しかしまったくカッコよくない。
おそらく男性アイドルやジャニーズの仕草をテレビで見て、それを即興で真似た感じだ。
小谷野君はコーヒーを静那と“2人分だけ”注いできた。
そして静那の前で静那目線だと“斜めアングル”でコーヒーを飲む。鎖骨を見せて筋骨ある男らしさをアピールしようとしているのだろうが、意図がバレバレだ。
コーヒーを少し飲んで、髪をバサッとさせ一言。
「アッチ。」
イケメンが言えばカッコいいのだが、ゴリラが言うとダサく見えてしまうのはなぜだろう。
兼元君も負けじと食事の後、親指で口元を“ピッ”と拭いてから斜め上を見上げる仕草を見せる。
完全にアホである。
それでも終始2人は静那の両サイドに陣取り、アピール合戦をしていた。
その会話の中に今日の講義・日本文学の感想が一つもないことで、彼らが今日何をしていたかがよく分かる。
しかし彼らの高校は実は名門校で、2人ともかなり優秀な生徒であることが分かったのはまだ先の話。
勇一や生一のように成績が悪いから補習や追試のような形での参加ではなかったということだ。
彼らの参加理由は、男子高校生ばかりのむさ苦しいジャングルの中から“癒し”が欲しいあまり、今回の合宿への参加を学校側へ直訴したという経緯である。
まだ見ぬカノジョとの出会いを求めて。
そして合宿所に到着後、本館を歩いていたら、曲がり角でドラマみたいに急ぎ足の為軽くぶつかった静那と出会い、一目惚れ。
倒れた静那の下着が見えるというベタなシチュエーションも手伝い、運命を感じたということであった。
2人共会った瞬間ビビーンと来たようで、大胆にも2人は即…そして同時に“結婚”を申し込んだ。
突然の申し出に静那も驚き顔を真っ赤にさせたので“これはもう運命以外何者でもないでしょ”みたいなノリとなったのだ。
はじめにここへ到着した後、気分転換の為キャンプ場へ勇一達が散歩に出ようとしたあの時、なかなか静那がやってこなかった裏にはこういう事件があったのだ。
…まあ事件と言う程の事でもないが、彼らにしてみれば自分の運命が決まるような出会い…“事件”であったわけだ。
人生初めての可愛い女の子との会話に舞い上がり、男子校ばかりで心が沈んでいた彼らの表情は水を得た魚の様にイキイキし始めた。
彼らに言わせれば“青春の時計の針が回り始めた”という感じか…
静那は自分と向き合っている2人の表情が目に見えて明るくなったように感じたため、一緒に行動してみようと感じた。
彼らはなぜか静那といる時、イキイキしてる。
自分が彼らを元気づかせる“何か”があるのなら力になりたい。
昔、父親から言われた言葉を思い出す。
『笑顔で相手を見て、相手の話にしっかり耳を傾ける』
それだけで2人は、こんな可憐な子が俺なんかの話を真剣に聞いてくれてると感じ、震えるほど感動したようだ。
動機は人それぞれだが、こうやって人を自然と幸せにできる力があるっていう実感が嬉しかったのだろう。
「静那ちゃん。明日の講義も隣で…」
「うん!いいよ。一緒に勉強しよう。」
即答してくれた静那に対しジーンときたのか、感動したような表情で2人は同時にポツリと呟く…
「さすがは俺の嫁。」✕2
…ハモった。
* * * * *
勉強のあまりお好きでない勇一と生一。
頭に煙のエフェクトが出るような難解な講義もようやく終わった。
“終わった終わった!後は高知へ帰るだけだ!”
せっかく阿蘇という自然豊かな大草原にやってきたんだから、キャンプとかやってみたかったな~と感じる勇一。
生一は…というと、なんだか眠そうだ。
夜にあの2人に呼び出され、色々と情報を聞き出そうとしてきたそうだ。
彼らが欲している情報…“静那情報”である。
もちろん、生一にとって静那は同じ高校の後輩。
「タダじゃ教えん」と言って口を尖らせて無言を貫いていたのだが、そこから2人の息の合った“拷問”がはじまった。
まず食堂から熱々のトーストを持ってきた。
バターがじっとりと乗っていてちぎったパンからの湯気と香りが食欲をそそる。
「この熱々焼きたてのパンが食べたくないのか?」といやらしそうな眼をして迫る。
「フン、俺そんな腹へってないし。」
精いっぱいの精神を総動員させ、食欲を押さえつけて見せたが、その後に持ってきたビーフシチューを見せられた時には脳内が破壊されそうになった。
バターの乗ったトーストをビーフシチューの残りに浸し、生一の目の前で平らげる小谷野君。
もう立派な拷問の時間である。
「それで…お前、静那の秘密を…」
「あぁ…しゃべった。」
「お前それでも先輩か!後輩をいけにえにしてよくもまぁ深夜にそんなもんたらふく食えるよな!」
「うっせえわ!お前もあれ目の前にさらされたら絶対我慢出来んって!
もうぜったいうまいやつやん。五感やで。視覚だけやない!嗅覚や触覚もダメージ入るねん。もうアレやねん。隅に追い詰められてヨガフレイム連射されるような感じやねんて。」
「いきなりゲームネタ出すなよ。って言うか何話した?静那についての事。」
「そりゃ…言われへん…」
「おまえそれおかしいぞ!静那にー」
「私がどうかしたんですか?」
不思議そうな顔をしてこちらにやってくる静那。
「いやいやいやいや。何でもないから!何でもないっ!」
手をバタバタ。慌てて事態を収めようとする勇一だが、ここは生一が上手である。うまく会話を逸らす。
「それよりよ、あの2人とちゃんとお別れしてきたんか?」
小谷野君と兼元君の事だ。
「うん。私とお別れになるって事ですごい悲しんでた。」
「そうか…あいつらからしたらお前女神みたいに映ってたんやろうなぁ。」
「女神だなんて…はは…でも彼らには私と居た時みたいにこれからも明るくいてほしいな…。なんか半泣きみたいだったもん。
私この先はどうすることもできないから…」
「向こうは何か聞いてきたん?」
「うん…電話番号を。…でも私の家、寮だから電話は共用だし、PHSとかも持ってないから連絡つかないし。だから2人の目をしっかり見ながら“私と居てくれてありがとう”っていっぱい握手してきた。」
「うわーお前アイドル気質あるなー。最後の最後骨の髄まで惚れさせるとか。」
「えぇ?!私そんな事した?それは大げさだよ~ボス!」
「いや、いやいや“相手の目をしっかり見て握手”とか大事やで。それを誰かに教えてもらうわけでなく、素で出来るんやから大したもんちゃう?なぁ勇一?」
「なんで俺に振るんだよ。何が大したものかは分からないけど、悪い気はしてないよ、絶対。…それにさ。」
「それに?」
「…なんだかまたすぐに会えるような気がする。
あいつら奥手だったけど基本悪い奴じゃなかっただろ。大阪と高知って遠いけど、絶対に無理っていう程の遠距離じゃないじゃん。」
「せやな。」
「お前言い方俺の真似すんなよ。」
「すいませんボス!ボスの言い方カッコ良かったから真似したであります。」
「なんかお前、いつの間にか返答うまくなりやがって…」
「はは…なんでそんな呼吸合ってんの、この2人。」
勇一はやや疲れ気味ながらバスに乗り込んだ。
* * * * *
G・Wも終わり、数日後の朝。
やや暑さを感じるようになってきた。
学校の服装も夏服になり、これから暑くなっていく。
「勇一!」
早朝、静那が正門手前で声をかける。
「おう、おはよう。」
そこへ丁度アメリカ帰りの椎原さんが後ろからやってきた。
「静那さんおはよう。連休の間は熊本へ行ってたんだよね、どうだった?」
彼女はG・W期間から暫く海外へ渡っていたので休学していたのだ。
「詳しい話は…そうだな。部活の時にでも話すよ。な、静那!」
そう言って静那に視線をやる。
…
しかし静那はこちらに反応しない。こちらではなく正門の方を見ている。
「?」と感じた勇一は遅れて正門の方に目をやる。
そこには見覚えのある2人組がうちの学生服を着て待ち構えていた。
「おはよう。俺の嫁!」×2
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