7-2 父の面影
【7話】Bパート
静那を助けてくれたその男子高校生は、変な事を口走ってしまったと感じたのかさっき発した言葉を最後に急に大人しくなった。
真っ赤になっている。
そこへ彼の担当らしき先生がやってくる。
女の先生だ。
「白都君、まだ帰ってなかったの?下校の時間過ぎてるよ!
テスト期間中なんだからきちんと帰って勉強しなさいよ。
前、古典全然ダメだったじゃないの。あれくらいなら赤点になるよ。ホラ。」
その少年は“白都君”という名前らしい。
さらに先生は隣にいる静那の存在にも気づき、話しかける。
まぁブロンズ髪で私服なんだから気づいて当然だが。
「…あなたはどこの生徒さん?うちの高校じゃないんだったら遊びに来るところじゃないよ。ここ。」
その言葉に対し、静那は反応した。
「あのっ、私入る高校をどこにしようか探しているんです。それでこの高校を…その…し…らとさんに紹介してもらっていて、今ここに。」
「あら、そうだったの。この時期なら編入?
まあそれだったら自由に見ていっても大丈夫。
でもそれならちょっと職員室まで来て。名札つけてもらわないとダメだから。白都君はそこまで案内してあげて。先生用意してるから。」
そう言って先生は職員室の方へ歩いて行った。
呆然とする白都君。
静那は少しほっとした感じで話しかける。
「あの…白都さんって言うんですね。急にこんな事言ってすいません。学校の案内、お願いして…いいですか?」
白都君よりも身長が低いので上目遣いの視点になるが、それがえらく可愛い。
「あ、うん、まぁ、いいよ。俺もあと帰るだけだし。その、案内するよ。自分なんかでいいなら。」
しどろもどろになりながらも返答する白都君。
表情が緩む静那。
「あの、名前は?外国人なの?」
「はい。でも日本の名前はありますよ。“静那”という名前です。」
「静那…か~。古典に出てきそうな名前だね。」
「古典…ですか。でも古典は苦手です。私“も”。」
苦笑いをする静那。先ほどの先生とのやりとりを聞いていたので一つ共通認識が出来た感じがした。
「なんだか恥ずかしいな…俺も古典は苦手だよ。」
「私も同じです。高校受験は一番古典が不安です。なんで日本の国語にはこんなジャンルがあるのかって。
でも~古典って時代遅れじゃないですか?」
「え?」
静那が思わぬ事を言ったので、じわじわきて笑ってしまった。
「そりゃそうだけど。時代遅れって…今の時代の文学じゃないからまぁそうだよな。でも古典が“時代遅れ”なんて言う子初めてだよ。」
公園の川沿いで初めて会った時からずっとこのブロンドの少女に対して緊張していたが、やっとその糸が解れた。
「面白いこと言うな~静那。」
すっかり感心して静那を見る。
「そうですかね?」
静那も何か面白いことを言ったことで、先輩にあたる白都君が和んでくれたんだなというのを何となく理解してはにかむ。
そんな感じで2人顔を見合わせたのだが、その向こうに先程の先生…三枝先生がネームプレートを持って扉の前でムスッとしていた。
“準備して待ってるのにいつまで待たせてるの!”と言わんばかりだ。
「ヤバいヤバい!早いこと行こう。」
苦笑いしながら静那を引率して職員室の方へ急いだ。
静那は「(私…この学校がいいかも…)」
そんな期待感を抱いていた。
* * * * *
担任の先生に許可をもらい、学校内を案内していく白都君。
校内はテスト期間中ということで、部活などで残っている生徒はおらず、ほとんど2人だけだった。
この静那という子は今年の春から高校生デビューということで、どの高校に行こうか現在模索しているという事。
さっき先生に話していたことは本当だったんだ…と今更ながら理解。
やや古いゴシック造りの学校内を案内していく。
静那は学校の外装が昔のお城みたいだとやたらといろんな箇所で感動する。
「以前東京に行った時もお城みたいな所に行ったけどなんだか似てる。」と、ますますこの学校の雰囲気を気に入ってくれたようだ。
“「野球部」と「弓道部」は同じじゃないのですか?”など静那は思わぬような質問…予想の斜め上を行くような事を聞いてくるので、当初の緊張した感じはどこかに行ってしまった。
恐らく「弓道部」を“球道部”という意味合いで理解しているのだろう。
面白い考え方だ。
漢字を使わない外国人でないと出てこない発想だろう。
「うちの高校はどう?静那。」
「はい、通ってみたいです。家からも徒歩で行けるし。」
「徒歩圏内なんだ!でも静那、言葉大丈夫?外国の人は“漢字が難しい”って言ってるらしいけどきちんと読み書きできるか?」
「…はい、あんまり得意じゃないかも。それでも編入試験は受けてみたい。」
「そうか。じゃあ頑張れよ。もし受かったら俺2回生からはここの2階の教室になるみたいだからいつでも相談に来ていいよ。
外国の人が日本で暮らすのって何かと大変だろ。その…自分で良かったら力になるよ。」
白都君は自分でもこういう大胆なことをサラッと言ってしまっている事に驚く。
殆ど他人に関心が無かった自分なのに。
「ありがとう。白都さん。」
「あ…と…、俺は皆からはだいたい下の名前で呼ばれてるからさ…歳とか関係なく下の名前の方が良いかな…。“勇一”っていうんだけど…」
「じゃあ勇一さんで。」
「勇一でいいよ。」
「勇一?…いいの?その、先輩は年上だけど?」
「いいっていいって。」
中学の時から帰宅部だった彼は、もちろん後輩は出来たことがない。
だからなのか、あまり“さん”づけされるのは慣れていないようだ。
距離を置かれたくなかったというのもあるが、部活仲間という位置付けの友達がいなかったのもある。
数少ない友達になれるかもしれない存在。
何よりも性格が素直そうですごく可愛い。
それ以上に彼は静那の前だと自分でも驚くほど大胆に話が出来ていたことに気づく。
静那にはなんだか話しかけやすいオーラがあるようだ。
今まで人にも、何に対してもあまり関心をもたなかった彼だが、静那のこれからの進路には少し気になった。
自分の通う高校は7~8割くらいが大学進学する高校だ。
合格してうちに来てほしいと思う反面、外国の人間が日本語の試験を…特に“国語”をパスするのは難しいのではないかという懸念もあった。
「まぁそこは自分が心配するものでもないか…でも来てくれたらうれしいな。静那…さんかぁ…」
職員室でネームプレートを返し、少しだけ先生から転入の説明を受けた後、帰宅となった。
先輩の勇一は南方向。静那は西側が帰路になる為、校門でお別れとなった。
話しやすくてすごく素直な子だった…でも、もしかしたら今日で最後の出会いになるかもしれない。
そう感じた勇一は帰り際の静那に向かって激励した。
「ウチ絶対来いよ。入学できたら俺、何でもサポートするから!」
人よりも目立たないようにして、これからも何となく周りと同調して生きていくんだと思った。
でも何でだろう。こんなに人の事を純粋に応援したいと感じるようになったのは…
彼女の人徳がそうさせているのだろうか。
不思議だ…
* * * * *
テスト期間中なので、1週間の間は高校は午前で終わり。
静那との出会いから3日が経った。
勇一はまだ彼女と出会ったあの日の事を想い返していた。
とにかく綺麗な髪をしていた。
それに高校生なのに目立つ玉のようなイヤリングをしていたのも覚えている。
それをわざわざ口に出してしまったのは自分の中では汚点だが…
初めて正面から見る彼女のインパクトは強烈に残った。
外国人で知り合った人というのは彼女が初めてだというのもあるが、日本人離れした美貌は、日本人なら2度見してしまうだろう。
思い出補正がかかっている為か、静那の姿が余計に美しく思い出させる。
でも考えていることは意外と日常で自分達も共感するような事だった。
そもそも彼女は一体どこの国の子なんだろう?髪の色からアジア人じゃなさそうだし。
…その辺ちゃんと聞いておけばよかった。
……抜けていたな。
そんな事を思い返すと自然と口元が緩む。
あんな可愛い後輩が出来たら最高だ。
中学校から高1の今までずっと後輩もいない帰宅部まっしぐらの人間だったわけだし。
まぁそんな勇一も当面の目標は、期末テストのクリアだ。
苦手とはいえ古典が赤点になれば洒落にならない。
最悪2年に進級できないないなんて事…は流石にないか。兎に角どこから課題を片付けていこうかと考えながら歩いていた。
* * * * *
公園に差し掛かる道。
来週からのテストについて模索しながら歩く勇一。
ふと、何かが飛んできたようか気がしたと思ったら、急に頭にものすごい衝撃を感じた。
状況を判断する間もなく、頭を乱暴に掴まれ、無理やり目線を降ろされたかと思ったら顎に激痛が入った。
膝だ!
一瞬何が起きているのか分からない感覚。
痛みが後で遅れてやってくる。
しかし視線を上にやるとその原因が分かった。
あの時川に突き落とした男性だ。
髪を掴まれロックされた状態で男は容赦なく膝を勇一の顎にぶち込んできた。
痛みと視界が滅茶苦茶なため、なすすべなく膝蹴りが何発も入る。
そのうち足がふらついてくる。
膝から崩れ落ちたら今度は膝が顔面にモロに入った。そこで意識が遠のく。
その後も何発も頭を掴まれた状態で膝をブチ込まれ、気が付いたらすごい勢いで坂道を転がっていた。
川に突き飛ばされたのだ。
そして浅瀬とはいえそのまま川に落ちていった。学生カバンも一緒にだ。
PHSや携帯電話はまだ世間に出回ったばかり。
勇一はまだそういった電子機器は所持していなかったが、教科書やノートなどはもれなくすべて水浸しとなった。
必死の思いで浅瀬からカバンを救助し、視界が遮られた中でフラフラと川から上がってきた時には男の姿はもう無かった。…さっきので気が済んだのだろう。
男が去ったであろう川沿いで、痛みでうずくまる勇一。
自分の顔を手で確認する。
凄い鼻血だ…。
そして顔が腫れあがっているのが分かる。片目がきちんと見開けない。
それに…そう。顎に膝を何発も叩き込まれたせいで、ちょっと下半身がいう事を効かない。
下半身は特に外傷はないのだが動かない。…力が入らない。
上半身を引きずるようにして川沿いに横たわり、体力が回復するまで、膝のガクガクが落ち着くまで横になることにした。
仰向けになって空を見上げる勇一。
「(まぁそうだよな…当然の報いだよな…
あの子を助けるためとはいえ、あんな…川に突き落とすような事したんだし…
あぁ、まったく…なんてついてない日だ…あの子と出会ってしまったばっかりに…あの子に会わなけりゃ…ってのはないよな…はは。
正直嬉しかったくせに…都合良い奴(自分)…あの時、珍しく自分で勇気出せたと思ってたら、この様だ…体が…痛い…顔が…熱い…くそォ…じんじんする…)」
そこからあまり意識が無い。
軽く気を失ってしまった。
* * * * *
気が付いたらそこは誰かの部屋のベットの上だった。
やや殺風景な部屋にベットが一台。
ここは誰かの部屋…2階…のようだ。
下の階で声が聞こえる。
「これで全部ね。ありがとう、おばさん。また氷が出来たら言って!要るから!」
声の主は分かる!静那だ。ということは?
タ・タンという階段の音と共に玄関が開いた。
やっぱり静那だった。
両手にビニール袋。そしてその袋の中に大量の氷が入っている。
「あ!目が覚めた?いや~良かった。」
ベットに駆け寄る前に、静那は氷嚢を作り、そしてベットで横たわる自分の顔に乗せてくれた。
ひんやりしてとても気持ちいい。何発も膝蹴りを食らった患部に当ててくれた。
優しいまなざしで氷嚢をあて、聞いてくる。
「どうかな?」
患部にきちんと当たっているかを聞いているようだ。
勇一は返答しようと思ったけどなんだか言葉が出ない。
でも何故だろう…。
意図していないのに勇一は涙を流し始めた。
涙が頬をつたう。
「……めん。ご…めん」
自分のふがいなさ、無様な姿を彼女に晒してしまった情けなさから涙が溢れだした。
恐らくだが、現場に偶然通りかかり、気づいた静那が車を呼ぶなりして自分をここまで運んでくれたんだろう。
静那にも静那の事情があるはずなのに、こんな手をかけさせてしまった…先輩としては失格だ。
「どうしたの?まだどこか痛む?」
「いや、そうじゃなくて…その…こんなに世話かけてしまって…」
「世話だなんてそんなこと。」
「俺運ぶの…大変だっただろう。重かっただろう。ここまで運ぶの…
こんな世話になって迷惑かけて、なんだか情けなくて…はは…は。」
自分のふがいなさに笑うしかない。
しかし静那は不思議そうな顔をする。
「私、迷惑じゃないよ。それに何が情けないの?」
「何がって…そうだろ…こんな無様なカッコになってさ…弱いところ思いっきり見せてしまって…。
俺、普段はあんなことしないんだけどさ…いいとこ見せようと思って、つい調子乗って…相手を突き飛ばしちゃったから……きっと、バチ当たったんだ…。
“分不相応なことするな”ってさ…弱いくせに…」
その時…“弱い”という言葉の時、静那がフッと真剣な顔になり勇一を見た。
この子こんな顔するんだ…と感じたほど驚くほど凛とした顔でこちらを見つめる。
「弱くてもいいよ。
弱くたっていい。
強くならなくてもいいよ。そのままでいい。
カッコつけて調子乗ってたとしても、そうしたいならそれでいいよ。ナントカ相応とかじゃなくてそのままの勇一さん、勇一で良いんだよ。
絶対に情けなくなんかないから。
…それに、あなたはあの時ちゃんと私を助けてくれたよね。
あのお兄さん、正直怖かった…。
だから勇気が無いと絶対できなかったと思う。
あの時私に勇気を見せてくれたじゃない。ちゃんといいとこ見せてくれたよ!
それだけで十分だよ。
十分勇気あるよ。
無様じゃないよ。
今のまま…弱くたっていいんだよ。
ちゃんと私にいいとこ見せてくれた…。それに…」
静那は少し頬を緩める。
「私の“髪”を褒めてくれた人だし。」
言い終わるとやさしい笑顔になった。
さっきまで真剣なまなざしで語ってくれた静那。
「弱くてもいいよ。
そのままでいい。
ちゃんといいとこ見せてくれた。」
彼女の優しい眼差しの奥にある想いを感じ、きっとこの子は辛い思いをしてきたんだろうな…ふとそんな気がした。
昔から何に対しても無関心で興味を持てなかった勇一は、そんな彼女の温かな言葉に何かが変わりつつあった。
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