6-2 庇護が無いということ
【6話】Bパート
愉士が公衆電話から電話をかけると、茂木さんはすぐに応じてくれた。
今回提案いただいた案はすべて白紙になるかもしれない、だから今後の流れを含め、もう一度相談させてほしい。
……見え透いた嘘だ。
私一人で向かいますが大丈夫ですかと問うと、茂木さんはこれも分かりやすい返答をする。
「連れの子2人には色々と迷惑をかけた。お詫びがしたいから一緒に連れてきてほしい」と。
自分はそこまでバカな人間ではないというのは茂木さんも分かるはずだ。
政界の方に法案を通してもらうため何度も交渉してきた人物だ。
それを分かっていて見え透いた嘘をつくとは思えないのも正直なところである。
正直、直球で問いたかった。
『あなたのバックには誰がついているのか?』と。
入れていた100円の時間が来たようで、すぐにかけなおす旨を伝え公衆電話を切った。
次の公衆電話までのインターバル。
茂木さんの要望通り出向いた場合と、強行して熊本に帰った場合の2パターンを想定する。喫茶店でも何度も吟味した事だが、もう一度だ。
なにせ真也の命がかかっている。
相手はわずかな情報からでも先回りするような組織だ。
熊本に戻っても安心できないと決断した諭士は覚悟を決めて、茂木議員にもう一度電話を入れる。
「一つ確認させてください。私たち3人にお会いするのは茂木さん。あなただけで間違いないですか?他にも打ち合わせのために同行する方はいらっしゃいますか?」
その質問に対して茂木さんは即答した。
「もちろん。私だけです。いずれはこのポスト法案を通すための大事な打ち合わせです。党内の人間はまだ黙秘で進めています。推薦に回っていただけるかはまだ分かりませんので。」
「間違いないですね。」
「はい。間違いないです。」
あまりにもすぐ即答されたので、彼への疑いの気持ちは晴れていないが指定されたホテルで落ち合うことになった。
場所も決して密室ではない。
今まで真也のような社会の立場的に弱い人間の為に法案を通してくれた茂木議員。
だからこそ最後に信用してみようと感じた。
喫茶店に戻ると、2人の前に座りゆっくりと話始める。
「これから昨日お会いした議員さんにもう一度会いに行くことになった。場所はここだ。密室ではなく広間だ。
話をするのは茂木さんという議員さんだけという約束だ。2人にはまだ難しい話だと思うけど、障害者や真也君のような孤児を守ってくれるルールを通してもらうために、彼を信用し今一度話をつけにいくつもりだ。
ついてきてくれるか?」
2人はだまってうなずいた。
「それが諭士さんが考えて出した結論なんでしょ。だったら何も不安はないよ。ついていくよ。な、静那。大丈夫だよ。」
「うん。諭士さん、信用したんだよね。その大人の人。」
「そうだな…。彼が“どちらをとるか”にかけてみようと思ってね…いやいやこっちの話だ。」
そう言って3人は席を立った。
* * * * *
指定されたホテルがある最寄りの駅に着く。
真也の方に目をやる諭士。
怖がっているようには見えなかったが、殺されるかもしれないという恐怖心は無いとは言えない。
まず諭士は静那に対して耳打ちする。
「静那。これから真也君と最後の作戦会議をする。そして静那にも後で作戦を教える。絶対にこれから話す通りに動いてほしい。そうでないと真也君が死んでしまうかもしれないから。」
静那の顔が一気にこわばった。
しかし真剣な顔で力強く頷く。
「うんっ。」
「じゃあまず真也と打ち合わせしてくるから、お手洗いの中にでも隠れておきなさい。
いつだれが見張っているか分からないからね。」
静那は無言でパウダールームに姿を消した。
それを確認した後、真也に視線を向ける。
諭士が話す前に真也は聞いてきた。
「僕…殺されるの?
昨日やっつけたスーツ姿の男の人が言ってた。もうお前に逃げ場はないって…どこに逃げても殺しに来るって。
僕には親が居ないでしょ。だから僕が死んでも誰も殺した人を責めないから安心して…そのー」
「真也。何を言ってるんだ!君を死なせたりしない。気をしっかり持つんだ!」
「僕は死ぬのが怖いんじゃない…その…。」
「その?…何だ?」
あの日以来か、真也が涙ぐみながら話す。
「……まださ…ちゃんと静那の事を守ってもないのに…死ねないよ…
彼女は僕が命をかけて守るんだって…決めたのに。何も守ってあげられずに死んで…しまいたくないよ…まだ何もしてあげられていない…プレゼントだってまだなのに…」
こんな状況下でも相手を…静那の身を案じているのかと胸が熱くなる。
だからこその“作戦”である。
「あぁ。君は静那を守るんだ。これからもな。
だからまだ君を死なせたりはしない。
孤児が何だ!君の保護者は僕だ。余計な心配せず子どもは保護者に守られていればいいんだ。真也はこの先も彼女を…静那を守り続ける事だけを考えてろ。いいな!
これから話すのは生き残るための作戦だ。よく聞け。」
* * * * *
ほどなく真也との会話を終えた後、静那とも何やら2人だけで打ち合わせをする諭士。
静那は話し終えた後力強く頷き、いざ3人で指定されたホテルへと向かった。
所定の場所とはホテル中腹にあるオープンテラスのような場所だった。
他に潜伏している人間は…気配はないようだ。
テラスからの見晴らしが良いので誰かが隠れていてもすぐに分かるような造りになっている。
向かいに高いビルがそびえている。
どうやら本当に茂木議員一人で話のテーブルにつくつもりだ。
その点は嘘ではないらしい。
真也と静那は不安な気持ちを無理やり押し殺しているようだ。
まだ子どもながら大した精神力だ。
テラスの陽のあたるあたりまでに3人が進むと、その向こうでビルからの景色を眺めていた茂木さんが振り向いた。
諭士はもう一度あたりを確認したが、他に人の気配は無かった。
「よく来てくれました。もう一度話し合いの場を設けられてうれしいですよ。」
「茂木さん。早速で恐縮ですが今回の法案が全て白紙という事で、まずはその理由を教えていただけませんか?そのためのこの場なんですよね。」
「そうなんですが。その白紙というものもね…上からの一方的な命令でしてね。本当に急な…。
ただ、今回そんな方々のメンツを守れば法案は見直してもよいと言われまして…」
そう言った後、茂木議員は拳銃を胸元から取り出した。
「やはり真也…この子を!」
少しうつむきながらも目は諭士を見ながら話す。
「こればかりは仕方がありません。
昨日はあなたたちが我々と同じホテルを利用していると聞いて内心肝を冷やしましたよ。
何事も無く終わってくれと…
でもあなたは余計なことに首を突っ込んでしまった…
どうやったかは知りませんが、そこの彼……彼が幹部の人間たちを体中再起不能になるまでに痛めつけてしまった…。その後、彼らは病院に運ばれ命に別状はありませんでした。
しかし病棟で“あのガキを捜し見つけ次第殺せ。そうでもしないとすべての権威をはく奪する!絶対に殺せ”と激しく叫び続けるのです。
私の政治生命の為です。庇護も無い彼には犠牲になってもらうしかない。
分かっていただけないでしょうか?
そこのお2人にも自分たちが何に歯向かったかを分かりやすく説明したつもりなんですけどね。」
静那は表情を緩めない。ただ、怒りなのか肩を震わせていた。
真也は悲しそうな目で、目の前にいる茂木議員と自分に向けられた銃口をじっと見つめていた。
そんな真也に対し、茂木さんは銃口の照準をゆっくり合わせていく。
「あなたは自分の立場を守る為、子どもを手にかけようとしている!
分かっているのか!どんな形であれ、それは殺人。人殺しだ。それを分かっているのか!?あなたは?
“弱きものを守る為の法案”というのはあなたのバックが動き回りやすくするための隠れ蓑か?
答えろ!何が“仕方ありません”だ!やってることはただの人殺しだっていう認識すら持てなくなったのか?
考え直してくれ。こんな子の命は無慈悲に絶って、何が“か弱きものの為”にだ。あなたの演説での熱い想いはすべて嘘だったのか!あなたを信じて…ついてきー」
「嘘ではないッ!」
茂木さんは語気を荒げる。
「私たちは結局は生かされているのだ。その世界に足を突っ込んだのだ。私の家族を守るためにも…もう。」
「あなたの家族はもういないんだろう!…調べたよ。もう失うものなんて無いのに、それでも生にすがろうとするその執着心の根源は…何なんだよ。
今の立場を手放したくないあまり、家族を捨て、こんな幼い子どもを手にかけるなんて狂ってる。
何にだ?何に怯えているんだ。この子を殺して何が解決するのか言ってみろ!なぁ!」
パンッ という銃声の音がした。
愉士が後ろを振り返ると……真也が倒れていた。
心臓部を撃ち抜かれたようで、胸元が出血している。
そしてその血痕はどんどん広がっていく。
蒼白になり慌てて駆け寄った静那が倒れた真也をゆすり起こす。しかしピクリとも動かない。
「え…嘘でしょ。だってさっきまで…」
何も反応が無い。
ぐっと体を掴み、絞り出すように声を発する。
「し………し…ん…や…真也!真也!真也ぁ!うわあああぁぁぁぁぁ!」水が破裂するような勢いで泣き出した静那。
泣き叫ぶ声がテラスに響く。
諭士は茂木を睨みつける。
「何が“嘘ではない”だ…それがあんたの本心のやり方…じゃないって思ってた。信じてた…いや、信じたかった。
でもそれも自分の傲慢だったんだな。…もう今は言葉もない。
……私はあんたを………軽蔑する!」
茂木議員に背を向け、ゆっくりと真也の元に歩いていく諭士。
自分のコートを広げ、真也の遺体をコートへ移した。
泣き叫ぶ静那に目もくれず、丁寧に血痕をふき取り、ゆっくり…ゆっくりと真也をコートにくるめた後、抱きかかえた。
ゆっくりしたのは理由があった。
真也が銃殺され、彼の死を受け止め、泣き叫ぶ静那を確認した後、向かいのビルのカーテンが一部だけサーッと閉められたのが確認できた。
恐らく自分たちが遠目からでも見やすいこの場所で、茂木議員に銃殺を言い渡したのだろう。
組織の黒幕というのは決して表には顔を出さない。
いつも執行するのは一般大衆にも顔が割れている政治家のような議員である。
真也を抱きかかえてから立ち上がり、落ち着いた口調で静那に話しかける。
「帰ろう。熊本へ。真也をきちんと弔ってやろう…」
「…うん」
尚も泣き止まない終始涙目の静那だったが、泣きながらもトボトボと諭士の後ろをついていく。
うつむき加減で一定の歩幅で歩く諭士。
その後ろを泣きじゃくりながら歩く静那。
やがて2人はビルから去っていった。
その姿を見ていた茂木さんはどんな気持ちだったのだろうか…
だがその表情に…興味は………もはや無い。
庇護の無い子ども達を守ってくれる、理解してくれる数少ない盟友は…盟友ではなかった。
でも最後まで彼を信じたかった。
そんな無念さを感じながら、諭士と静那は東京を後にする。
帰路の中、静那がつぶやく。
「大人って怖いね。メンツの為ならなんだってするものなの?」
「正直言って、そんな大人は多い。
実際メンツをかけた争いは絶えない。
だからこそ静那達は絶対にそんなメンツにこだわるばかりの大人になっちやダメだ。
メンツなんて腹の足しにもならないくせに、それを守る為なら人まで殺してしまうくらいの魔力があるんだから。」
「人の命さえ奪ってしまう“メンツ”……ホント何なんだろうね。」
遠ざかっていく都内に建ち並ぶ高層ビルを見つめながら静那は呟いた。
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