5-1 上流階級
【5話】Aパート
なんで自分も行かないといけないんだ…というやや気乗りしない表情で新幹線へ乗り込む真也。
この日は静那の誕生日祝いを兼ねて東京観光へ初めて行くことになった。
ちょっとした旅行だ。
はしゃぐ静那を見て「まぁいいか…」と感じる真也。
中学に入ってから真也は阿蘇市周辺の学校に通い始めた…とはいえ、休みの日や時間さえあれば山に籠り限界までトレーニングをしている真也。
いつ連絡しても寮には不在で、見かねた諭士さんは息抜きを提案したのだ。
もちろん真也は反対した。
しかし静那の誕生日が迫ってきている件、何かお祝いをしてあげてほしいという諭士からの希望を呑むことにした。
それでもまだつまらなそうにしている真也に諭士が言う。
「いい加減山の中を走り回ってばかりいたら体力バカになってしまうぞ。たまには都に出て都会の文化も学ばないと。見分を広めないと大人になっても知らない事だらけになるぞ。」
「…“みやこ”って…いつの時代だよ諭士さん。」
「でも真也、東京へ行くのは初めてなんでしょ。私、予習しておいたから案内してあげようか?」
「いやいやいや。さすがにそれは違う気がする。そこは僕に案内させてよ。男の子…なんだしさ…なんか日本人がリードされるのも変だろ。」
「どっちでもいいよ。東京が楽しめるなら。」
「そりゃそうだな」と諭士。
「まぁ楽しむために行くんだもんな…」
* * * * *
東京に行ったら静那に何かプレゼントをしようと、牧場で働いてきた貯金を密かに下ろしてきた。
学校も別々だし、たまに会う時くらいは何か喜ばせてあげたい…ということで、素直ではないにしろ真也なりに準備はしてきたようだ。
それに誕生日というと…お互いに…特に静那にとっては良い思い出はない。
10歳の誕生日…あの日、父親と離れ離れになってしまった静那。
だからこそだ。
これからは静那には誕生日を特に思いっきり楽しんでもらいたい。あの時辛かった分を差し引いてもおつりが出るくらいに。
不器用ながら真也も何か彼女の為に出来ることはないかと模索はしていた。
新幹線の速さに初めは驚いていた静那だが、やがて落ち着きを取り戻す。
「諭士さん。新幹線っていつできたの?」
手帳を仕舞い、優しく受け答える。
「そうだな。僕が子どものころに開通したかな、確か。東京から大阪までだともっと前に繋がっていたけど…この岡山までの開通式典は見に行った思い出があるなー。」
「そうなんだ…日本ってすごいね。こんな早い乗り物が作れるんだから。」
「静那の国のシベリアにある鉄道だってすごいんだぞ。10000km近くだったかな。長さがとんでもない。世界最長だぞ。」
「でもこんなにかっこよくないよ。乗る前に新幹線の先頭を見たけど、形がカッコ良かった。鼻の長いムーミンみたい。」
「ムーミンかぁ。フィンランドに近いからそっちでも浸透しているんだね。というか真也君は話に入ってこないのか?」
「僕は…あんまり知らないからさ。その……静那に教えてあげられるくらい知識ないし…」
急に黙り込む真也。
「だからこそ見分を広げに行くんだよ、真也。
いいかい。強くなるのも大事。大事だけどいろんなことを知ることも同じくらい大切な事なんだ。
一つの事だけで突き進んでいけるくらい世界は狭くない。学校内の世界が全てではなかったように、まだ知らない世界が沢山ある。
僕だってそうだ。辞書に書いてある事が全部じゃない。大人と一概に言っても色んな人がいる。そういうのを知って静那は勿論、これから出会う仲間と色んな“知らない”を分かちあうのが素敵なんじゃないのかな?
だからすべての事を知ったかぶるよりも、知らないことをさらけ出して素直に飛び込んでみよう。今日はその初日だ。」
「う…うん。」
「うんっ!」
妙に説得力ある諭士の問いかけに2人は頷いた。
何にせよ目の前の人に最高に楽しんでもらえる一日にしたい。
新幹線の車内…3人はそれぞれベクトルこそ違えど、同じことを考えていた。
* * * * *
東京に到着したものの、駅は東京ではなかった。
奥行きはあるものの、駅のホームはそんなに広く大きくなかったのは意外だったようだ。
東京駅のホームはガイドブックで見て知っていた。2人はあんな大きくてゴシック造りの建物を想像していたようで、イメージしているものとは違っていた。
「駅を出てわりとすぐの大きなホテルを予約してあるから早速チェックインしよう。」
旅行鞄を持って諭士の後をついていく2人。
諭士はこれから予定が入っている。とある議員さんとこれから面会があるようだ。
諭士が東京まで来た理由はこれだった。
何やら“新生児・乳児の養育を放棄した親からの保護”に関する法案を直談判しに行くようで、それ以上の内容は詳しく話してくれなかった。
2人にはまだちょっと難しい話だと感じたのだろう。
詳細はまだ理解できなかったけれど、諭士の「真也のような“親の庇護が無い子たちを守る法律”を作ってもらい、悲しむ子が増えないようにしようとしてるんだ。」という説明で中学生の2人には十分だった。
児童養護施設の運営をしながら、法律を作るために政治家さんにも呼びかけをしている諭士さんはすごいなと感じる真也。
だからこそ自分も勉強…しないと。
法律にちなんだ教養が無ければ何もルールが作れないし理解できない…。
真也の勤勉意欲が少し目覚めた瞬間でもある。
とりあえずはせっかくの東京だ。
いろんなところを見て回ってみよう。…そして静那に喜んでもらうんだ。
今日は夕食時間までは静那とホテルで留守番。
ホテルの部屋は家族用の大型ツインルームだったため広かった。
子どもには大きめのベットに観光マップ2~3冊を広げ、静那と明日どこの観光地に行くかの具体的な話を始める。
真也は今までそんな意識をしていなかったけど、明日の観光地めぐり…これはまるでデートみたいだ。
でも無邪気にマップを指さしながら話しかけてくる静那を見て、彼女にはまだそんな意識はないかも…というのを感じる。
でも今はそんなのは関係ない。
明日最高の一日にして、静那に何かとっておきのプレゼントを買ってあげるんだと。
そんな考えが頭をよぎったので、観光名所の話をしている最中、とっさにプレゼントに関して聞いてみる。
「そういえば、静那は今なにか欲しいものとかあるか?」
「え~。そうだね。うんとね…」
静那にしては、中々答えを出さない。何か料理を作るって時は率先してメニューを提案したりしていたのだが、この質問には歯切れが悪いようだ。
「私、今はみんながいるし、何もいらないよ。」
ちょっと考えた後、申し訳なさそうに静那は答えた。
“みんながいる”ってどういう事だろう。
真也は、その意味に関してこの時はまだよく分からなかった。
普段は寡黙な真也だったが、観光スポットの話となるとお互いの“好き”言い合うような感じで大いに話が盛り上がった。
お互いの興味のある事を言い合う対話だったからなのか?
ポンポン意見が出てきて話は弾んだ。
静那もそれを聞きながら楽しそうにしている。
“会話”って本来こんな感じで自分の好きや嫌いをお互い伝えあいながら意見を分かち合うって事なのかな…
諭士さんの新幹線での言葉を思い出しながらも観光巡りプランの話はしばらく続いた。
しかし、彼らはホテル内で起きている出来事を知る由もない。
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