1-1 脱出
【1話】Aパート(+プロローグ)
20✕✕年 日本ではないどこかーー
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光がさしてくる…
ガラガラという瓦礫の崩れる音と共に一人の青年が地上へ姿を現した。
20代前後くらいの見た目だろうか。
眩しそうに空を見上げる。
久しぶりに浴びる太陽の光だ。
長い間地下に避難していた様子のその青年は、辺りをまず確認する。
「大まかな地形は変わってないな…瘴気も感じられない。大丈夫みたいだ。静那、こっちだ。出れるか?」
青年は地下階段から顔を出した「静那」という名の女性を確認し、手を伸ばす。
手を握ってもらい、不安定な足場から少女の顔が地上に現れる。
「久しぶりの光…太陽…。」
「そうだな。どうやら無事出られたみたいだ。歩けるか?」
「うん。体が少し痛むけど、なんとか。」
「ならおぶってやる。体が慣れるまでは無理するな。鉄道に乗ればあとは日本まで何とかなる。行こう!」
「…うん。…帰ろう。みんなの故郷へ。」
「何言ってんだ。静那もだよ。」
か弱い返答に力強く返す青年。
青年も静那というこの少女も長い間地下深くに避難していたようで、久しぶりの地上に慣れない様子。
やや痛んでいるが、太陽の光に少女のブロンドの髪が靡き、風に美しく舞った。
おんぶの格好で抱きかかえた“静那”という少女を背に、青年はゆっくりと歩き始める。
心地よい風に迎えられながら背中の少女に向かって力強く答える。
「帰ろう、日本へ。戻れば希望はきっとある!」
---この物語は、彼ら青年達が世界を行脚し、最終的に終末の崩壊を防いだ記録……である。
* * * * *
舞台は1989年---
アジアからソ連南方の国「グルジア(後のジョージア)」へ向けての旅客機の機内。
比較的小さな旅客機であるため、気流には弱く、よく揺れる。
度々揺れる飛行機。
機内には心配そうに窓からの景色を見ては怖がる少年がいた。
そんな心配そうな様子を助手席の大人は優しく諭す。
「真也君。大丈夫だ。初めての飛行機だから不安かもしれないが、こんな揺れくらいじゃ飛行機は落ちたりしないよ。フライトはまだ長いしもう寝なさい。」
「諭士さん…でも。ぼく、なんだか怖いよ。」
「大丈夫だ。目が覚めた頃には空港に無事到着してるさ。」
スチュワーデスの方が後ろから優しい表情で毛布を渡してくれた。
外国人のスチュワーデスさんからのおもてなしに、やや驚きびくびくしながらも“真也”という名の少年は毛布を受け取る。
真也というこの子は現在日本のとある孤児院で育てられている男の子である。
とても引っ込み思案でおとなしい…孤児院内では周りの子ども達となじめずにいつも一人でいる子だった。
その隣に座っている諭士という青年が彼の暮らす施設の管理者である。
諭士は今回グルジアから北部へ入った「チェチェン共和国」という国で、とある人物からの依頼を受ける事になっていた。
その為直接現地へ向かう事になったのだが、今回の機会に施設内でいつもふさぎこみで不登校だった真也を気分転換も兼ねて思いきって国外へ連れだすことにしたのだ。
眠気からやや落ち着いてきた様子の真也に向けて優しくつぶやく。
「向こうに行けばきっと素敵なお友達が待ってるよ。仲良くしてあげてね。真也君。」
真也は聞いているのかどうか分からない。
半分寝かかったような表情であいずちをうった。
「ん…」
初めてのフライト、そして海外。初めは落ち着かない様子だったがようやく寝りについたようだ。
「おやすみ。真也君。」
やさしい声で諭士は毛布を掛けなおす。
* * * * *
翌日、国際空港を経て『グルジア・クタイシ』へ到着。
到着後は車でひたすら山道を越える旅である。
諭士は空港付近で車をレンタルし、山を抜け北上していく。
彼にとって海外渡航は初めてではないようで、手続きから運転まで手慣れたものだ。
日本ではない“どこか”に不安な表情を浮かべながらも、窓からの景色を見ながら少しづつグルジアという場所の風に溶け込もうとする真也。
自然というより鉱山資源に囲まれたような匂いがする山の中を蛇行運転で進んでいく。
「真也君、大丈夫かい?少し休むか?」
3時間程、ぶっ続けで車を走らせた諭士が助手席に乗る真也を気遣う。
しかし彼は黙って首を横に振った。
引きこもりがちだった少年も、なんとか諭士の邪魔にはならないようにと気を使ってくれているのだろう。
「じゃああと3時間くらいだから、がんばれよ。」
風と共に運ばれてくる硫黄の匂いがする鉱山の中を車は突き抜けていった。
いかにも西洋風の建物とまばらな緑の山を抜け、トラックが行きかう国道を進むとそのはずれにチェチェンの村が見えてくる。
到着はお昼過ぎ…いや、もう夕方くらいだろうか。
夕日が眩しい。
誰もいないような静まり返ったような盆地に、ぽつぽつ家がある。
ガタイの良い白人男性が、隠れ家のようなデザインをした家から諭士の車の反応に気づき、大きく手を振る。
その見た目は元軍人さんのような武骨ないで立ちであった。
『こっちだ、ムトウさん!お~い。』(※以後、ベラルーシ語等外国語は『』で表現)
大きなガタイと人懐っこい感じの笑顔で、諭士はすぐに依頼主だと気づいた。
車を近くに駐車させ、急ぎその男性のもとへ向かう諭士。
その後を小走りについていく真也。
『お初にお目にかかります。ミシェルさん。日本より武藤 愉士です。』
“ミシェルさん”という方とまずは握手。そして熱い抱擁を交わす。
『まあまあ、長旅で疲れただろう。』
『ええ…なにせこちらは初めてなもので。空気が特に鉱山独特ですね。』
『まぁなんにせよ中に入ってくれ。荷物は最低限だけこっちだ。後は…そうだな、彼の分も持とうか?』
ミシェルさんという名のガタイの良い男性が真也の方に目をやる。
視線を向けられてびっくりして真也は縮こまったが、さらに驚くことになる。
「三杉…真也君だね。武藤さんから話は聞いているよ。
私は“ミシェル・アゼフ”という名前です。これからはシーナと仲良くしてやってね。
さぁさ、体が寒いだっただろう。こっちは温かい。入ってください。」
なんと日本語で真也君にあいさつしてきたのだ。
これには驚いた。
海外で少しカタコトしゃべりではあるものの、いきなり日本語で挨拶されたら真也でなくとも驚くものだろう。
諭士が「あの人、外国人なのに日本語しゃべれるの驚いただろ」という感じでニヤリと見つめてきた。
でもそれよりも気になったことがある。
真也は問う。
「シーナ?…シーナって…」
「あぁ、真也君には落ち着いたら話そうと思ってたんだけど、うちの孤児院に新しい仲間が出来るんだ。
それがこのミシェルさんところの娘さんってわけだ。
…でも…国際電話では名前は確か…“ズニャ”…“ズーニャ”だったような…」
丁度そこは暖かいコーヒーと紅茶を持ってきたミシェルさんが説明しくれた。
「真也君。こっちの人の名前には“愛称”と呼ばれるものが多く存在していてね。一つの名前に対して3つも4つも呼び名があるんだよ。」
「そう…なんだ…」
恐る恐る真也は返答する。
「まぁどう呼んでほしいかは本人から聞いてね。真也君!」
笑顔いっぱいで真也に迫ってくる。日本語で。
真也はやや気押されしたような感じで諭士の後ろに隠れる。
悪い人ではないっていうのは分かるのだけが、気弱な真也にとってはこの明るいノリは、やや圧も加わりからみづらいのだろう。
諭士は“そう遠慮するな”という感じで手元の真也に紅茶を渡す。
両手で紅茶を受け取った真也は、なんだかこの場に自分がいていいのか分からずバツが悪そうだった。
紅茶を口に入れ、体中に温かさを感じた頃にミシェルさんが音頭を取る。
『それじゃあうちのお姫様を呼ぼうか!
“シーナー! シーナ!”
日本からお友達が来てくれたぞ~。おいで!』
その言葉に反応してか、地下の方からトコトコと小さな音を立てながら女の子が部屋に入ってきた。
やや白いブロンドの髪が印象的な女の子だ。
人形のような顔立ちのその子は真也の前に立ち、自己紹介をはじめた。
「ワタシノナマウェワ シーナ デス。コレカラヨロシクシテオネガイシマス。」
軽く一礼。
しゃべり終わると諭士は拍手。遅れてミシェルさんもうなずきながら拍手。
拍手という表現はどうやら万国共通のようだ。
真也はというと、急にかわいい女の子に真正面から日本語なまり入りの挨拶を受けたので固まってしまった。
真っ赤になっている。
「こら、真也君!挨拶は?日本人としてきちんと挨拶はしないと!」
諭士から横から肩を叩かれはっとした真也は、目をそらしモジモジしながら挨拶を返す。
なにしろシーナは漫勉の笑顔でこちらを見つめている。直視するのが恥ずかしかった。
「あの…真也…です。よろしく…おねがいします。その…よろしく…。」
シーナという女の子は言葉の意味を理解したようでにっこり笑って見せた。
「シンヤ!シンヤー!」
顔を輝かせ、ミシェルさんの方に振り向く。
『そうだね、日本人の素敵なお友達が出来たね。シーナ。』
真也が顔を真っ赤にして固まっている間も2人の会話は続く。
『今回はもう一つ、お父さんからいい知らせがあるんだよ。』
『何?お父さん。』
『明日は、シーナの10歳の誕生日だろう。明日は引っ越しと移動で慌ただしくなるから、今日誕生日プレゼントを用意したんだよ。』
『本当!誕生日プレゼントなんて初めて。ありがとうお父さん!』
漫勉の笑みでお父さんの腕を握るシーナ。
真也はその嬉しそうな姿を見るのも辛かった。
日ごろからほとんど誰かと絡まず一人でいたから…誰かにプレゼントしたり、してもらうなんて事はなかった。
諭士はそんな真也の様子を見て、少し苦笑いの様子。
急にこんな自分と真逆に近いくらいの明るい子と接したら調子も狂うだろうと…
ミシェルさんを急かすようにシーナは話し続ける。
『で、どんなプレゼントなの?早く見たい、見たいよ。』
『落ち着きなさいシーナ。化粧台の所に置いておいたから行ってつけてみてごらん。後で真也君にも見せてあげるんだ。』
『うん、分かった。ありがとうお父さん。今から確認しに行く!』
そう言い終わらないうちに、となりの部屋へ走っていった。
どんなプレゼントが用意してあるのか楽しみでたまらないという感じである。
まったく元気な子だという苦笑いに近い表情を浮かべたミシェルさんは、真也の方を振り返る。
「あんな子だけど、どうか仲良くしてあげてね。真也君!」
「あ…ははい。」
やや不安そうな顔は拭えないが、今度はミシェルさんの目を見て返事をした真也。
ミシェルさんも“うんうん”という仕草と安心した表情で返してくれた。
『武藤さん。では明日の段取りを。今夜のうちに済ませておきたい。寝室に荷物を置いたら下のルームへ来てくれないか?』
『分かりました。真也を落ち着かせたらすぐに。』
そう言って諭士は真也を連れて寝室へ移動した。
真也も異国へ来た時よりも緊張はほぐれていた。
2人仲良くやっていけそうかも…。あのシーナという女の子と友達になれそうかも…そんな期待を感じていた。
やがて少しづつ日は傾き、暗さが支配する夜を迎える。
* * * * *
諭士とミシェルさんが合流した“チェチェン”と呼ばれるこの地域は、春でも夜になると冷えるようで、薪ストーブを常時くべながらでないと寒さが堪える。
夕食はあらかじめ用意していた携帯食をお湯で溶いたスープのようで、温めて混ぜるだけで食べられるようだ。
お湯の当番はシーナのようだ。
ストーブの前で番をする彼女はやや遠い目をしながらしきりに耳元を触っていた。
一方、食堂の下の階では、ミシェルさんと諭士の会話が進む。
『アメリカとソ連の両首相が今年中に“冷戦終結”宣言を行う話を耳にしました。現状の流れからしても間違いないでしょう。
その流れでおそらく1990年代に入ると侵攻という名の紛争が国内のあちこちで発生するでしょう。一旦腰を据えていたここ“チェチェン”も終結後に紛争地帯に入る可能性が高くなると予想しています。
そうなるとさすがに南部で安心して暮らせる保証のある土地は難しい。北部は今、核の問題で話題がもちきりです。民族が行き交う交通の要衝であるグルジアも安全とはいえない。
そこで、兼ねてからお願いしていた件です…シーナを、あの子を日本に疎開させてもらえないでしょうか。』
普段はおおらかなミシェルさんだが、この時ばかりは真剣な表情で懇願する。
『事情は分かりました。私も初めからそのつもりでいましたので問題ありません。ただ、ミシェルさんは…その…こちらに残ると。』
諭士は言葉を選びながらも問う。
『あの子は私と離れ離れになるのは反対するでしょう。でも私はここに残る理由がある。その理由であの子を危険にさらす事はできない。
もうソビエト連邦の崩壊は止められませんし、崩壊後の混乱は避けられない。
国が安定期に向かうまでの数年間でも良いです。日本に避難させてあげて下さい。
日本語の方は座学でしっかり励んでいます。ですが実践がまだ乏しく。でも学校の方には問題なく通えるようになるかと。』
『娘さんにはなんと伝えます?あの子とは今日発対面でしたが、とても離れ離れになる前日の表情には見えませんでしたが…』
『お見通しでしたか…
正直なところ実はまだ伝えられていません。
でもあの子はカンが良い子なんですよ。なんとなくは気づいているかもしれません。わがままを言って父を困らせないように必死に気持ちを抑えているのでしょう。
明日、空港までご一緒いたしますので、娘には空港の改札口できちんと話をします。国の情勢が落ち着いたら絶対に日本へ迎えに行くと。』
『そうですか…日本ではまだまだ国際的な通信手段が乏しく、“コンピューター”という媒体もまだインターフェイズの役割を果たせるほどにはなっていませんが、数年後には国際通信としての可能性も出てきます。
国が正常化に向かい始めたら必ず連絡をお願いします。』
『お心遣い感謝します。まずは自国の安定を図るために勤めないと、安心して子ども達が未来を描ける社会にはなりませんのでね。』
『…組織の大佐としては大変ですが、家族も大切ですね。』
少し表情が柔らかくなったミシェルさん。ふぅと一息ついて言葉を吐き出す。
『まったくです。』
『孤児院の運営とは比べ物になりません。頭が下がります。』
『いやいやとんでもない。武藤さんもまだ若いながらもこういった活動に携わっておるのですから。
そうです。そろそろ夕食にしましょうか。明日も早いですので。』
一旦会話が落ち着き、立ち上がるミシェルさん。
諭士も席を立ち、真也を呼びに寝室へ移動した。
会話が終わり、部屋から出てきたミシェルさんを遠くからじっと見つめるシーナ。その表情はすこしうつむき加減だった。
『お父さん…大丈夫。その…ムトウさんとの話は終わった?』
『子どもが心配することじゃないよ。それよりもシーナ、夕食にしよう。体をあったかくして寝ないと。風邪でも引いたら大変だ。』
『もし私が大風邪ひいたらさ…その、引っ越しって明日じゃなくてほかの日に延期になる?』
『変な事を聞くな。大丈夫だ。シーナは風邪ひいたりする弱い子じゃない。それよりもコレ。とても似合ってる。お姫様みたいだ。』
シーナの表情が少し持ち直す。
“コレ”というのはシーナの耳についていた白い玉のようなイヤリングである。
ミシェルさんからの誕生日プレゼントだ。
『本当?私、似合ってるかな?』
髪をかき上げて耳元を見せるシーナ。それにミシェルさんは優しい笑みで答える。
『もちろんだとも。とても奇麗だ。その奇麗な髪と白いイヤリング。真也君にも是非見せてあげなさい。』
口元が緩み、表情が明るくなったシーナは振り返ると夕食の準備に入る。
暫くすると真也を連れた諭士が食堂の部屋に入ってきた。
「シンヤ!ドウデスカ。コレ、ドウデスカ。」
シーナは真也との距離を詰めたかと思うと、髪をかき上げてプレゼントのイヤリングを披露した。
真也は真っ赤になってただ頷くだけだった。
『真也君は君があまりにもきれいだから言葉が出てこなかったんだよ。』
諭士さんがフォローに入る。
本当?という顔を真也に向けるシーナ。…顔が近い。
それを見てさらに赤面して目を背ける真也。
“助けの目”を諭士に向けるが、諭士は“ちゃんと自分の口で言いなさい”と言わんばかりの意地悪な表情。
そんな困り果てた彼の背中を叩いて笑うミシェルさん。
寒さがやや厳しい盆地の夜だが、なんとも賑やかな団らんとなった。
物語のスタートになります。
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