8.レベルゼロの宮廷錬金術師と聖女を引退したエルフの旅路
パーティを助け、そのまま次の街である『インディゴ』を目指す。
けれどまだ道のりはある。
草原をひたすら歩き、そして日が沈みかけた。
焚火を準備し、夜営に備えた。
リーベには申し訳ないけど。
「すまん、リーベ」
「いいんです。野宿なんて初めてで逆にワクワクしますから!」
「それなら良かった。不便をかける」
一方のエルガーは手慣れた手つきで薪を焚火に放り込む。さらに料理も進めていた。
テキパキを作業を進めていく。
さすが軍人だな。
戦争の経験が活かされているわけだ。
「なんだ、リヒト」
「いや、軍人はやっぱりサバイバル術も学んでいるんだなって」
「当然だ。オークと戦争していた時は北国で過酷な戦いを強いられた。私の部隊は孤立したこともあったんだよ」
そうだな、以前に聞かされた。
内容が内容だけに深くは聞いていないが。
「まあいい、飯にしよう」
「ああ。ヘルブラオで仕入れたドラゴン肉がある。今晩はステーキにしよう」
「名案だな」
じゅうじゅうと焼けていく肉。
上手そうな音と匂いがする。
時間が経ち、焼けた。
「ほら、出来た。リヒトとリーベ様の分だ」
皿に盛りつけられる肉。てか、皿をどこから出した……?
ナイフとフォークもあるし。
「なあ、エルガー。食器とかどこで?」
「おいおい、リヒト。アイテムボックスくらい知っているだろう」
「あ、ああ……そうだった。長いこと宮廷錬金術師をしているから、忘れていたよ」
「お前というやつは」
そうだ。アイテムボックスがあれば、多くのアイテムを収納できる。
リュックだとかカバンだとかを持たなくて済む。
身軽に冒険ができる神システムだ。
だが、アイテムボックスを獲得するには“冒険者登録”が必要だ。費用はそれほど掛からないらしい。
俺は冒険者から離れてかなり長いし、失念していたよ。
「いただきますっ」
腹ペコだったのか、リーベはナイフを動かす。俺も腹が減った。飯にしようっと。
ステーキを美味しく頂き――食事を終えた。
リーベは満腹になったのか、しばらくして横になっていた。俺は風邪を引かないよう、毛布を掛けてあげた。
エルガーと焚火を見つめる時間が続く。
「……リヒト」
「どうした」
「……実は話さなければならないことがある」
「え……」
「これから一緒に旅をするんだ。真実を話しておかないと」
「どういう意味だ?」
煙草に火をつけるエルガー。その手は少し震えているようにも見えた。
なんだろう。
「実はな。お前とリーベ様に宛てた手紙なんだが……」
「ああ、婚約破棄の?」
「そうだ。アレは“ある貴族”が書いた手紙なんだ」
「!? な、なんだよそれ!」
「悪い。私は知っていたのにリヒト、お前に伝えられなかった。許してくれ」
「いや、許すも何も……ある貴族って?」
「ハオス伯爵さ。彼はリヒトとリーベ様を別れさせる為に、偽装の手紙をそれぞれに出した。で、俺はリヒトに手紙を渡すように頼まれたんだ」
そうだったんだ。手紙はニセモノだったんだ。
「……って、まて。俺の結婚相手ってリーベだったの!?」
「そうだ。リーベ様がお前の婚約相手。今も有効のはずだ」
「マジかよ」
俺はついリーベの顔を覗いた。幸せそうに眠るリーベ。彼女が……婚約者だったとは。 そういえば、リーベも婚約破棄されたと言っていたっけな。
「まあなんだ。この旅は傷心旅行なんだよな。今はそれで続けていくべきだ」
「そうだな。いきなりリーベに俺が婚約相手でした……なんて言えないな」
「うむ。時が来たら話してやれ」
「そうするよ」
「まずはハオス伯爵をどうにかしないとな」
「ああ、分かった」
伯爵はいずれ何とかする。
ハオス伯爵とは一度だけ顔を合したことがある。
かなり手ごわい相手だが、今は旅をする方が先決だ。
俺はまだリーベがどんな子なのか、それほど分かっていない。もっと彼女のことを知りたい。
それに、久しぶりに親友であるエルガーと過ごす時間も楽しい。
「私はそろそろ寝る」
「じゃあ、俺は見張りだな」
「時間になったら交代するさ」
エルガーは横になっても、タバコをふかし続けていた。どっちなんだか。
◆
その後、俺たちの旅は長く続いた。
ある時、俺はリーベに俺が婚約者であると打ち明けた。
「そうだったんですね……」
「俺たち、結婚を前提に……付き合わないか」
「はい、もちろんです」
旅路から一ヶ月後。
俺とリーベは再び婚約を果たした。
-完-