30
ティルト家では、マークスが大量の書物を従者と共に運んでいた。
「兄さん、何その本!」
次男ロベルは、天井まで届くのではないかという程積まれた本を見て、言った。
「調べ物だ。だが、なかなかそれについて書いてある書物があまりない。片っ端から調べることにしたんだ」
「あやや〜。始まっちゃったかー、兄さんの勉強スイッチ。違う事に使えばいいのに、それ以上視力下がったらどうすんの?」
ロベルは、自慢の金髪をさらりと手ではらう。赤い目が挑発的に見えた。
「大丈夫だ。視力が落ちたら、自分で目の薬でも開発するよ。それよりも、お前にも一応聞くけど、お前〝カデーレ〟って聞いた事はあるか?」
「カデーレ? 何それ。聞いた事ないなぁ」
「ガールフレンド達が、この単語を話す事は?」
「あれば、僕が忘れる訳ないでしょう。話の種から営業に繋がるんだからさ」
マークスは、ため息をついた。
「そうだよなぁ……」
「何? 何? 何なのさ?」
「お前は口が軽いから、言わない」
「はぁ?! そこまで聞いておいて、言わないとか酷くない?! どうせ、誰か知り合いの令嬢にでも、教えて〜マークス卿☆って言われたんでしょう?」
「お前じゃないんだから……。まぁ、そういう事にしておけ」
マークスは、一階にあるテーブルに本を置いて、話をしながら読み始めた。
「えぇ、誰? なんて言う令嬢? そっちの方が気になるよ!」
ロベルは、テーブルに手をつきながら、話す。
マークスは面倒臭いなと思い、相手にしない。
「ねぇ、兄さん!」
ロベルが、テーブルをバン! と叩くと、マークスも本を開いたページを下にして置く。
「お前なあ……」
「だって、気になるよ! ここまで細かく兄さんが調べてるんだからさ。余程想っている相手なんでしょう?」
にこーっと、ロベルが笑う。ロベルがあまりにもしつこいので、マークスは手早く、従者を引き払う。
二人きりになってから、マークスは言った。
「お前には言いたくなかったが…………その令嬢の名前は……」
「うん、うん」
ロベルは、頷く。
「リース・ベイビーブレス・ティルト嬢だ」
「は?」
「俺たちの妹だよ」
固まるロベルをよそに、マークスは、置いておいた本を再び、読み直した。
* * *
「マロウさんが、洋裁もできるなんて、私知りませんでした!! マロウさんって本当にすごいですね!!!!」
私は、ミシンを踏むマロウさんに向かって言った。
「古いミシンを売らなくて本当に良かったと、今は思うよ。役に立つもんだねえ」
マロウさんは、言いながらも、ミシンを動かしていく。
「本当に、マロウさんって、何が苦手ですか?! 教えて欲しい!! 本当、優しいし、色々な事知ってるし、頼れるし、マロウさん、大好き!!!!」
私はマロウさんに、抱きついた。マロウさんは、慌てて言う。
「こらこら! しがみつかれたら、危ないよ! 私は老体でも手伝える事があって良かったよ」
「マロウさんは、傍にいてくれるだけで、充分力になります」
「褒めても、何にも出ないよー!」
私は上機嫌で、話し合った。ついこの間の出来事を忘れて、私はただただ、笑って楽しんだ。
* * *
一方、王宮のダナ邸では、ヨクサクがダナ王太子に仕立てられたジャケットを持って来た。ダナ王太子は、腕を上げてヨクサクにジャケットをかけてもらう。丈が長く、ウエストまわりがキュッと絞られている。袖は深く折り込まれており、端にはゴールドのラインが縫い込まれていた。
「どうでしょうか? ダナ王太子が指定した作りには注文したのですが……」
ヨクサクは確認する。
「丁度良いのではないだろうか。丈感も悪くない」
「では、このままのジャケットでいくように、仕立て屋に頼んでおきますね」
「あぁ、ありがとう」
ダナ王太子はヨクサクに笑顔で答える。ヨクサクは、心配して言う。
「王太子。フィオレ嬢からは、まだ婚約のお返事はまだですか?」
「あぁ。何度も説得しているんだが、どうしても断って来るんだ。自分には相応しくないと」
「身分差に不安がお有りなのでしょうか?」
「その件に関しては、父上も問題ないと言っている。フィオレの父上には、爵位と献金をと、いう話になっているんだ。それなのに…………」
ダナ王太子は、言葉に詰まる。ダナ王太子は、ここ数日、毎日のように、フィオレ嬢の元を訪れていた。だが、自分には相応しくない、他に相応しい人がいる筈だ。の一点張りで、何度伝えても応じてもらえない。
刻々と二人の婚約披露会は王族内でも計画され、進んでいる。このままでは、形だけが進んでしまう。
ダナ王太子は、ため息をついた。
「何か別にお悩みがあるのでしょうか?」
「わからない。以前は、彼女の考えている事は、全てではないが、手に取るようにわかったんだ。でも、最近は何を考えているのか、全くわからないんだ……」
ダナ王太子は、椅子に座る。机の上は、カイル王子とは違って、とても奇麗に整頓されていた。
「こんなに愛しているのに…………どうしてだ……何をそんなに迷っているんだ……」
ヨクサクは、悩む王太子に、不意に呟いてしまう。
「まさか、本当にリース嬢と何かあった訳ではないですよね……」
「そんな事がある訳無いだろう!!!!」
ダナ王太子は、ヨクサクに怒鳴りつけた。ヨクサクは、ハッとして、急いで謝罪する。ダナ王太子も、婚約の良い返事がもらえず、苛立っていた。
「申し訳ございません!! ダナ王太子!!!! 言葉が過ぎました」
「……いや、私もすまない。本当に焦っている。王族の人間達も、まだかまだかと言う圧力も感じるが、当の本人が何も言ってくれないからな」
「女性の考えは、なかなか分かりませんね」
ヨクサクは言った。
「私の態度に不満があるのなら、言って欲しいものだが…………」
ダナ王太子は、動作を止めて、考え込んだ。
自分に至らない部分は、消しておくべき……そんな事が頭をよぎる。彼女を不安にする要素は消しておく必要があると。…………王太子は、悪い企みをする。
「そうだ。私の至らない部分を消しに行かなくてはならないな、なぁ、ヨクサク?」
ダナ王太子の声色が段々と変わっていく。表情は、笑みに溢れていた。
「はい、ダナ王太子殿下。……しかし、私には何のことだか、わかりませんが…………」
「構わん。準備をするぞ、ヨクサク」
「ハッ! ……でも、どちらへ?」
ダナ王太子は、鋭い目つきで、笑って、言った。
「ブーケ国に行く。…………決まっているだろう?」
* * *
カイル王子は、王宮内にある神殿で、国王陛下に呼ばれていた。話の検討はついていたが、いつも国王と会う時は痺れるほど緊張する。渡り廊下から向かって来る国王と目が合うと、カイル王子は、敬礼をした。
「遠方から、わざわざ呼び立てて済まなかったな」
「いえ」
「元気だったか?」
「はい、変わりありません」
敬礼のポーズをしたまま、カイル王子は答える。国王は何も言わずに、カイル王子の敬礼をした手を、トン、と叩く。下げろ、という意味だった。カイル王子は、すぐに手を下げた。
「証拠は掴めたか?」
「探しているところです」
カイル王子は、言う。国王は、数步カイル王子の前を無言で歩く。
「まだか」とだけ、一言言った。
「国王陛下が魔法陣の使用や金銭管理を緩くして下さればいいのですが……」
「ハハッ。済まない。だが、そうした方が愉快だ。お前も鍛えられるだろうからな」
国王は笑って言う。
心底、試されているな、とカイル王子は思った。
「ありがとうございます。必ずや、見つけてみせます」
「勿論だ、カイルよ。我は気が短い。早くプレゼントを持って来るのだ。内容によっては、お前に褒美をくれてやっても良い。だが、粗末な内容だったら…………なぁ?」
「わかっております」
カイル王子は、答える。
国王は、笑って、国王邸まで戻って行った。去って行く国王を見て、カイル王子は心底ホッとしてしまった。
「早く、証拠を掴まなくてはいけない……」
カイル王子は、呟いた。
彼は、スペラザに来たついでに、ノエルを連れてカメリア学園に向かう。神殿に近づけば、何とかヒントが得られると思ったのだ。
広い廊下を歩いて、クリスタルで出来た入口を通る。大理石の床を歩いていると、一人の神官に出会した。
「これは、これは、カイル公爵殿下。お久しぶりでございます」
ふくらはぎまで長い、白くて大きなポンチョに足首のつまった膨れたパンツ、四角く長い帽子。誰がどの神官なのか、わからないな……とカイル王子は思う。
「久しぶり。君はーーーー……」
「最初にリース嬢を見させていただきました。ダンテと申します」
「悪いね、顔を覚えられないんだ」
「皆、同じ姿ですからね。その後、リース嬢はいかがですか?」
「何とか元気でやっているよ。しかし、神殿からも国王陛下に言ってくれないか? リースの無罪を晴らす為に動いていたら、魔法陣の禁止、余計な金銭管理をされてしまっているよ」
カイル王子はため息をつく。
「国王陛下の命令ですと、神殿の者とは言え、何も言えないですよ。申し訳ありません。スペラザは多神教ではありますが、ラクアティアレントの守護神、アクアがお告げされたともなれば別ですがね」
「昔の物語だからな。それはね」
カイル王子は言う。
ラクアティアレントには、海の守護神アクアが憑いていると神話として語り継がれている。太陽神サンパネルに恋をして、敗れた聖女アクアが、ラクアティアレントに姿を変え、誰も悲しまぬように己の力を水に込めた。ーーーーと言われている。ラクアティアレントに魔力があるのは、アクアのお陰だと騒ぐ民が時々いるが、実際はラクアティアレントを高貴な物に祭り立てたかった昔の王族が作ったお伽話だと言われている。つまりは、星座の話と同じだ。
「えぇ、その通りです。ですので、不可能でございます。申し訳ありません」
神官・ダンテは言った。
「あぁー! 証拠さえ見つかればなぁっ!! なぁ、ダンテ卿、神殿では何処までなら魔法を使って可能なんだ? むしろ、使っても大丈夫なように、してくれないか?」
「カイル王子、それは無理難題かと……」
ノエルは呟く。カイル王子はノエルの話を聞いて、納得し、はぁーっとため息をついた。
「魔法を全て可能にするのは無理ですが、使っていい部分ですと、例えば、物を直す・聖水に落ちた物を探す・壊れた物の元あった状態を再現する事……くらいでしょうか。勿論、余程の緊急時には使用も可能です」
「壊れた物を直す……か、じゃあ、記憶記録の書を直そう!」
カイルはにこにこしながら、神官・ダンテ卿に言う。
「カイル公爵殿下、意味が違うのでございます。物が何を記憶したかを、毎日記憶記録の書にうつしているのですから」
神官・ダンテは言った。
カイル王子は、そうだよな、と残念な表情をし、噴水のまわりを歩き回る。
「何かいいヒントはない物かな」
ノエルに、カイル王子は言うと、彼は言った。
「そうですよね……」
神官・ダンテは、カイル王子達の姿を暫く見つめていた。カイル王子は、リース嬢とフィオレ嬢が行動したであろう、箇所を歩き回る。入口から来て、階段に登る。どこも箇所も奇麗になっている。と思った。
「随分、神殿内も奇麗になったね」
「はい、魔法の力で老朽化は誤魔化していたものの、流石にメンテナンスを入れねばと、三ヶ月前に業者を入れてもらったのですよ」
神官・ダンテは、上にいるカイル王子と後をついて来たノエルに向かって大きな声で言った。
「そうか、前に義兄さんが何か言っていた気もするな。木製のこの手すり部分は交換したのか?」
「いえ、その箇所は直していませんね」
カイルはうーん……と悩んだ。手すりに手をかけて、考える。
「記憶記録の書が再現できればなぁ……」
彼は呟いて、手前の手すりに呪文をかける。
「〝汝の十月十五日の記憶を示せ〟」
手前の手すりは、ただ、存在しているだけで、何も起こらなかった。
「当たり前だよねー、普通の手すりだもんな」




