28
ティルト家では、今日もマークスは論文の読破に没頭していた。マークスは流石に、ずっと部屋にこもりっぱなしはまずいなと思い、部屋の外に出る。今日はお母様も社交界の友人と外出、お父様は仕事で滅多に家に帰って来ない、弟のロベルは……また婦人とデートかーーーーあいつもよくやるなー。
一階へと降りていくと、ロゼッタが私に声を掛けてきた。
「お茶でも淹れましょうか?」
私はまわりを見渡し、ただ一言、頷いた。
…………この侍女は、元は妹の侍女だった。昨年の十月末に開催された収穫祭で、妹は国の象徴とも言える聖水ラクアティアレントを汚したという罪で、婚約者でもあるダナ王子から、断罪された。ティルト家は妹のリースを邸宅から追い出し、ブーケ国の辺鄙な地域へと逃した。多少のティルト家の信用も一時は落ちたが、流石のお父様はすぐに回復させた。あれから……妹がいないこと以外、ティルト家は何も変わらぬ日々をおくっていた。
だが。
その断罪も誰かによって仕組まれたものだと、知った。冤罪だった事を証明し、爵位を再び妹が取り戻そうとしている。ーーこの侍女、ロゼッタに頼まれ、私は魔法薬を作った。
「薬の効果はあったらしいが、計画は失敗に終わったのか」
「カイル王子からのお手紙によりますと、フィオレ嬢と接触なるも、ダナ王子と遭遇してしまったとの事です」
ロゼッタはさっぱりした紅茶を淹れてくれた。こってりした物が苦手な私には、この紅茶は丁度良い。
「全く、リース達は何を考えているんだ。スペラザに不法侵入するだけでも、危険なのに、まさか王太子と闘うとは…………」
「たまたま、そうなってしまったらしいですわ。……心配なのはお嬢様です。収穫は何もなかったそうなので、落ち込んでおられないかなと」
「まぁ……仕方ないだろう。私も君もこれで一仕事終わりだな」
紅茶を飲んで、新しい論文を開いた。しかし、ロゼッタは確認してくる。
「マークス様、カデーレと言う単語を聞いた事はありますか?」
「……カデーレ?」
「リース様が、変装中に、たまたますれ違った生徒に言われたそうです」
「聞いた事がないな…………魔法の力では無さそうだが」
「リースお嬢様の畑に溢れる力と何か関係があるか調べて欲しいとカイル王子様から依頼がありました」
ロゼッタは、また紅茶を淹れる。やれやれ、カイル王子も人使いが荒い。私は魔法と水の研究に没頭していて、次の新しい香水開発に向けて試行錯誤していると言うのに。調べろ、だなんて、何で私が。
そう思った。
「またか、この一件で手を引けると思ったんだがな」
「……申し訳ございません。カイル王子の命です。カイル王子が継承権を放棄せず、公爵家の人間である以上、私達はカイル王子の命に逆らう事は、王家に逆らう形になってしまいます」
ロゼッタははっきりした口調で答えた。
全く、この侍女も上手い事するものだ。命ーーと言っても、反逆罪に近い。バレたらこちらも一貫の終わりだな。
だが、しかし。……カデーレというのが、気になる。
スペラザの鷹と呼ばれる私は、知らない事があるだけで、むずむずしてしまう。気になって蕁麻疹が出そうだ。あぁ、こうなってはもう私は駄目だ。わかるまで、解き続けてしまう。そういう性分なのだ。
「仕方ない。気になるから、調べてみよう。だが、カイル王子にタダではもうやらないと、手紙で言っておいてくれ。いくら何でもリスクがあり過ぎるからな」
「かしこまりました。伝えておきます」
ロゼッタは、にやりと笑った。
* * *
「ありがとうございましたー! また今度も宜しくお願いしますー!」
私は花屋の仕事で、担当箇所を回っていた。ベーカリー屋根裏、床屋のマロマロ、ブティックテール、アンティークショップ鈴…………一通り回って、納品を済ませ、外で私は少し休憩していた。
「あっ!! いたいた!! リースっ!!」
真正面から、カイルがノエルと一緒にやって来る。
今日は水色の長袖で胸元が大きくカッティングされていて、割れ目に紐が通っているタイプのトップスにタイトな黒のパンツにブーツ姿だった。ノエルは襟の無い、白いオーバーサイズのトップスに同じような黒いパンツ姿をしている。
「カイル。どうしたの?」
「仕事、終わった?」
「今さっき、回り終わったところよ」
「大切なお知らせだよ! 皆にも声をかけておいたから、私の別荘まで来てくれる? 宜しく!」
カイルは急いで、言うだけ言って帰って行く。ノエルが少しだけ呆れて、私に近づいて来た。
「リース嬢、すみません。お忙しいのに、カイル王子も強引で……。この後、来ていただけましたら、別荘にて皆様にも、お持てなしさせて頂きます」
「ノエル。驚いたけど、大丈夫。自宅に戻ってから、向かわせて頂くわね」
ノエルは、一礼し、去って行く。私も、やれやれと思いながら、自宅へと戻った。
カイルの別荘に向かうと、庭に浮いた傘付き木製テーブル二つと、人数分の椅子が置いてあった。どれも彫刻で薔薇の花が彫られていた。ノエルは、ティーポットにレモングラスとミントを入れて、少しのお湯を入れる。濃いめに抽出したら、氷を入れてアイスハーブティーにしてお茶を淹れてくれた。
「いつもお世話になっております故、今日は皆さまゆっくりされていって下さいね」
ノエルは、魔法で用意した荷物を私達が座るテーブルに、ふわりふわりと飛ばした。ノエミもレオも魔法に慣れてきたらしく、驚かずにありがとうと言った。
テーブルには、サーモンのカルパッチョ、鶏の照り焼き、白身魚の蒸し焼き、豆のスープ、トマトやハーブにアボカドや食花が混ぜられたサラダ、ポテトサラダのサンドウィッチ、じゃがいもの素揚げ、クラッカーが並んだ。
「すごいわ! これ、ノエルさんが全部用意したの?!」
「手前味噌で恐縮ではありますが」
「流石だわ!! こんな豪華なお料理、あまり見た事ない!!!!」
ノエルはにこりと、笑って嬉しそう。レオも美味しそうだなぁと眺めている。ノエルが魔法でグラスを運び、ひとつひとつにハーブティーを淹れて配ってくれた。
「若い者だけで良かったのに、私もいていいのかい?」
マロウさんはどっしりと私と同じテーブルに座っている。
カイルは微笑む。
「マロウさん無しでは始まりません。貴女はリースの師匠ですからね」
「嬉しい事を言ってくれるじゃないかあ」
マロウさんはニヤッと悪い笑みをした。
「さて、皆で食べながら話そうかな」
「とりあえず、食べましょう!」
「腹減ったわー」
皆勝手な事を言い出したので、食べてから話す雰囲気になった。ノエルの作った食べ物は、どれも美味しくて、幸せになる。
「すごいわ、ノエル。こんなに美味しい料理を作れるなんて」
「お褒め頂き、ありがとうございます。嬉しいです」
ノエルは使用済みのお皿を部屋に飛ばしながら話す。
「こんな上手いもん、カイルは毎日食ってるのか?」
「毎日じゃないよ、私だってちゃんと質素に暮らしているから、安心してくれ」
「別荘に住んでるから、説得力ねぇーなあ」
レオは飲み物に口をつけた。
「ですが、ミズ・マロウとリース嬢のお菓子には、流石に私も敵いませんね」
「マロウさんとリースのお菓子はあったかさが違うものね!」
「ええ。どんなに高級なものを使っても、人の想いがこもったお菓子には勝てません」
ノエルは微笑む。
「私はノエルのお料理もとってもいいと思うけどね」
「ありがとうございます、リース嬢」
食事が済み、落ち着いたところでレオは、言う。
「おい、ボンボン、大変な事が起きたって話、何なんだ?」
「その話なんだが」
カイルは真剣な表情に変わって、話を切り出した。
「リース。……義兄さんとフィオレ嬢の婚約が成立したよ……」
「うん」
私は冷静に反応する。レオは驚いて私を見た。
「おい、リース。お前、大丈夫なのか?」
「うん、大体想定できたし」
「だけどよ……」
「私が去ってから、誰が婚約者に適任かと言えば、フィオレ嬢しかいないのよね。身分は低いかもしれないけれど、国王陛下はカイルのお母様ともお付き合いがあったから、気にしないのよね」
OLだった頃にきせきみをやっていて、主人公はフィオレだったし、私を断罪してからフィオレとダナ様は婚約するのだから想定内。やっぱり私がいて、どうにかしても、運命はストーリー通り進んでいるんだな……。
「そうなの……リースが元気なら良かったけど……」
「うん、大丈夫よ。ありがとう。ノエミ」
ノエミは私をじっと見て、心配してくれた。
「そこでだけど、この前、義兄さんの誕生日をきっかけに義兄さんの王太子就任披露会があったんだ」
「ええ」
ダナ様の誕生日は五月四日。今は五月半ばだから、つい少し前に披露会があったのね。
「その時に、国王から発表があったんだ。……でも、それは一方的に王家がフィオレ嬢にお願いしていて、肝心の本人は頑なに拒否しているらしい」
「どうして……? 王子様のお姫様になれるのに、断るなんて……」
ノエミはあり得ない、という顔をする。
「ダナ王太子とフィオレ嬢の仲は王家でも、他の貴族の間でも有名だからな。あまりにも頑なに拒否をするフィオレ嬢に、国王が待ちきれずに、取り組んでしまったんだ。返事を待つって言ってたんだけど」
「国王陛下はせっかちなんだねえ」
「本当にね」
カイルはため息を吐いた。
好きじゃないとは言っていたから、フィオレの婚約については、気にしていないのかな? 私はカイルを覗き込むように見て、少し、私は安心してしまう。
「それで、カイル公爵殿下のお義兄さんはどんな感じなんだい?」
「説得はしてる。彼女も、もう逃げられないだろうしね。だけど、フィオレ嬢も、ずっと首を縦に振らないんだ」
「何でだよ?」
「この前、リースに言った〝貴女の為〟って言うのと何か関係があるのかしら?」
ノエミは言う。
確かに。前にスペラザに侵入した時、フィオレは言った。〝貴女の為なんです〟と。
「多分、フィオレ嬢は何か隠している事に対して、罪悪感を感じているんだろうな」
「それが何かわからないって事ね」
「女の人が隠し事する……リースの断罪に何か関係があるのかもしれないね」
マロウさんは、ノエルが出してくれたレモンゼリーを食べて言う。
「どんな?」
「わからないよ。でも、自分が幸せになってはいけないと思っているのかもしれない」
私の言葉に、マロウさんは腕を組んで背筋を伸ばした。
「あれか、リースと何かあったんだな」
「恐らくそれは、リースをラクアティアレントに突き落としたのがフィオレ嬢だからだ」
カイルは言う。
「マジかよ……」
「信じたくないけどね…………」
「確証はカイル様もありませんが、リース嬢の〝思い出し〟により、確信しているのです」
ノエルは使用済みの最後の皿を魔法で投げた。
「そりゃあ、婚約オーケー出せねぇわなぁ」
レオは椅子の背もたれを左側にして、座る。
アイスハーブティーを数口飲んだ。
「公式では、もう話は進めているからね、二人の婚約披露会が今後開催されると思う。乗り込むなら、そのタイミングが最後かなと俺は思っているよ」
「この間みたいに魔法陣で行くの?」
ノエミは聞く。
「いや、残念ながら、この前の一件以降、国王陛下に禁じられてしまったんだよ。申し訳ないが、行くならば馬車で来てもらうしかない……」
「五日かけてか。スペラザは遠いよな」
「でも……二人の婚約披露会、純粋に見てみたいわ。……断罪された身で、何言ってるって感じだけど」
「リース…………」
マロウさんは、私の手を握る。皆が、しみじみと私を見つめて言った。
「そうだよね、おめでたいことだもんね」
「うん」
「リースが気にしてねえなら、俺はどっちでもいいと思う。いくらでも付き合う、なぁ、ノエミ?」
「もちろんよ!! リースの為だもの!!!!」
レオとノエミは言った。……本当に私は、ブーケ国でいい友人に恵まれたな、と思う。
「私は老体だからね。足手まといにならないように、こっちで待っているよ」
マロウさんは言った。
「じゃあ、計画を立てていかないといけない。どう証拠を掴むか、だな」
カイルは悪い企みを浮かべた。




