24
神殿には、誰もいなかった。手前の入り口は、クリスタルで出来ていて、透明。中に入って行くと、白い大理石で出来た床に、目の前に木製の階段がある。
その下手前左側に、あの、ラクアティアレントの噴水がある。
私はただ、その噴水をじーっと眺めていた。
「これは…………?」
「そうよ」
ノエミに私が言うと、私はただ答える。レオは何も言わない。
ここから、私はリースになった。この噴水に落ちてから、目を開けたら…………私はリースだった。
あの日、二人に何があったんだろう………………。
暫く、噴水を見つめて、そして二人に言った。
「行きましょうか」
二人も頷くと、私達は神殿を後にした。
カイル部屋がある廊下のあと少し、というところで、私はフィオレを見かけた。
一人だ。
大丈夫。私は二人と目を合わせて、近づいて行く。
「あのー……フィオレ・ダウストリアご令嬢ですよね?」
「ええ、私ですが」
フィオレは振り向くと、私に言った。私達三人を見ても、何も態度を変えない。……良かった。バレてはいないみたいね。
「卒業、おめでとうございます! ずっと前から、フィオレ嬢のファンだったんです!!」
「まぁっ……ファンだなんて! 恐縮ですわ」
フィオレは笑って言った。
「あの、私……手作りが趣味でして……これをフィオレ嬢にと作って来ました。宜しかったら、食べていただきたいのです」
私は、決め手にしていたクレオールを見せる。フィオレは、感動して叫ぶ。
「…………こんな素敵な物を私に?! 勿体ないですわ! いただけません」
「そう言わずに。ハナも頑張って作ったんですよ」
レオが言う。
「貴方達は兄弟ですか?」
「はい、兄と妹二人ですっ!」
ノエミは明るく話した。
「そうでしたか。お顔がどうりで似ていましたのね。一人では食べられません。向こうの空き教室で皆で食べましょう」
フィオレは言った。私はフィオレにバスケットを渡す。そのまま私達は、フィオレについていくことにした。
「お願いします。フィオレ嬢には、聞きたい事がたくさんありますの」
私は言った。
やったわ……何とか、バレずに行けそう…………。安心して、カイル部屋がある廊下に入って行くと、急に私は手足が止まる。どくん、と胸の鼓動が嫌に大きくなった。
「ハナ…………?」
ノエミが私を呼んだ。
私はその場から少し動けないでいる。手足が痺れてきて、……どんどん、手が伸びて来ていた。
しまったわ……! 時間の事をすっかり忘れて、のんびりし過ぎたわ…………!!
ノエミもレオも、私の身体が元に戻っている事に、気がついて、慌てる。
「おい、ハナっ……!」
レオが急いで、カイル部屋まで連れて行こうとノエミとアイコンタクトを取った時、カイルの部屋から出た時にも聞いた水滴音が、また、ぴちょん。ぴちょん。ぴちょん。と聞こえた。何…………? 周りを私は見渡したけれど、あるのは花瓶に飾られた花だけ…………。
何? と思っているうちに、頭に激痛が走った。
「痛っ…………!!!!」
私は片手で目と頭を押さえる。身体が元に戻る力に対する痛みじゃないーーーーーーーーーー…………ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん。と私の頭の中に、水滴の音がどんどん大きくなっていく。目の前が明るくなって…………また…………リースの記憶が…………私に甦って来ていた。
「こんな時にっ…………!」
私は膝を突き、崩れる。ノエミとレオが心配して、必死に、私を心配していた。
「リース!! ……どうしたの?!」
ノエミは私を呼ぶ。レオが、ノエミに言った。
「……お前! ばか!!」
「あっ!!」
二人が言い合いをしていると、驚いて、フィオレは振り返った。
『諦めてよ! ねえお願い』
『出来ませんわ』
『この噴水に誓って、お願いよ』
『いくらリース嬢からのお願いでも、出来ません』
記憶がーーーーーーーーーー断片的に私に入ってくる。
「りっ……リース嬢っ?!」
フィオレは私に近づいて、驚愕した。……震えるような雰囲気だが、私が身体の痛みを必死で堪えている姿を見て、それどころではないと思う。
『ダナ様、昔のことを覚えていらっしゃいますか?』
『昔?』
『ダナ様の邸宅でよく三人で遊んだ日のことを……』
『あぁ、懐かしいな』
『あの時のこと、私は忘れていませんわ。楽しかったですわ』
『私は最近なかなか思い出せなくてね。遠い昔に感じるよ』
『フィオレ、君の事は私が守る。気を病まなくていい』
・
・
・
「リース嬢?! どうして、ここに……?! はっ! お身体が? どうなさいましたのっ?!」
私はまだ身体が完全には戻ってはいなかった。頭を抱えながら、私は決死に身体を起こして、ノエミとレオに支えられて立つ。
ノエルが丁度そこに辿り着く。ノエルは近づいて、声をかける。
「どうしましたか?!」
フィオレは、慌ててノエルに言った。
「ノエル様っ! どうしてか、リース嬢が!! でも、ご様子が……変なのです!!」
「様子が……?」
私の手が元に戻り、腕が元に戻る。髪が、赤茶色から色が抜けて、ミルクティーカラーに戻っていく。
ノエルは、私を見て、レオにこっそり耳打ちした。
「このままでは危険です! どうかこのままカイル様の部屋に!!」
「わーかったよ!」
小声でノエルにレオは返事した。
「だめよ!!」
私はノエルに言った。
「ねぇ……フィオレ嬢……あの時、あの…………ラクアティアレントに私が…………落ちた日…………私達に何があったのかしら……………………?」
フィオレは私に手を添えている。見つめているだけで、何も言わない。
「…………」
「私は…………もう……貴女の幸せを邪魔しようだとか…………貴女に何か……もらおうとか…………そんなことがしたい訳じゃないの…………ただ…………私は真実が……知りたい………………あの日、あたし達に起きた…………ラクアティアレントに落ちるまでの真実………………」
冷や汗をかきながら、真っ白な明るい記憶の甦りに引きずりこまれないよう、必死で私は立ち上がって言う。
足が伸びて背も元に戻り、胸とウエストが元に戻っていく。
フィオレは、黙っている。
「教えてっ…………フィオレ・ダウストリア嬢っ!!」
私が叫ぶと、フィオレは言った。
「リース嬢。リース嬢には本当に申し訳なく思っております。…………ですが、これはリース嬢の為でもあるのです…………」
「どうして…………?」
私は涙を浮かべて言う。顔が熱くなって、痒くなって…………元に戻ってしまった。
でも、おさまらない記憶の甦りによって、私は頭痛が止まらなかった。
「教えてっ……………!! お願いっ……!!」
私が叫ぶと、フィオレは叫んだ。
「リース嬢の為です!! いくら貴女の頼みであっても、出来ません…………!!!!」
毅然とした態度で、フィオレは言った。
ノエルは、私に言う。
「リース嬢、行きましょう」
戻ろう。という意味だとわかった。私はノエミとレオに支えられて、突っ立っていたが、よろ、よろとカイルの部屋へと向かう。
だけど、後ろから、声をかけられてしまう。
「何をしている」
ダナ様だ…………と思った。恐る恐る後ろを振り向くと、ダナ様とヨクサクが立っていた。
「リース…………」
「ダナ様………………」
ダナ様は、一瞬、私を見て驚いたけれど、すぐに近づいて言った。
「フィオレに何をした!」
私の近くにいたフィオレに駆け寄り、肩に手を当てるダナ様。あぁ、やっぱり、貴方はフィオレのことが好きなんですね……と頭痛に耐えながら、思った。やっぱり、私がラクアティアレントに落ちたと貴方は決めつけているんですね……。
涙がこぼれてきて、私は少し、泣いた。
「何もしていませんわ」
「嘘だ、こんなに怯えているではないか!」
「違うのです! ダナ様! リース嬢は、途中で具合が悪くなって…………!!!!」
フィオレは必死にダナ様に訴えた。
「関係ない!! 断罪された身分で!!!!」
ダナ様が近づいて来た。魔法をかけられて、飛ばされると思った。
ヨクサクは、ダナ様の様子を見て引きとめる。
「ダナ王子! お気を鎮めて下さい! 今日は卒業式典兼ダナ王子の王太子となった日です! 手荒なことはおやめください!!」
「ヨクサク!! 私に指示するな!」
ヨクサクは、一歩下がって、黙り込む。
不敬だと思って慎んだ。
私はダナ様が腕を振り上げると、目を瞑った。もう逃げられない。どうしよう……。
だけど…………私はふと、気づく。…………あの日のにおいがした。…………あの……クリスマスイブに、酔っ払って、帰った……夢の中で嗅いだ…………石鹸の香り………………
「…………その香水は、ずっと同じ物を使っていらっしゃいますか?」
私は聞く。
ダナ様は、振り上げた手を止めて、不思議な顔をした。
「前からずっと同じだ」
「クリスマスの朝、薔薇の鉢植えが…………」
私は言いかける。ダナ様は、平静を装ってはいたが、明らかに動揺していた。
「…………覚えていないかと思ったが」
「どうしてっ…………!」
私は混乱してしまう。この後に及んで、ダナ様がどうして薔薇の鉢植えを……と思った。カイル部屋に向かわないといけないのに、私は立ち尽くしてしまう。
何の涙かわからない涙が出て、私は止まらなかった。
「…………何の為に? 監視とでも、しておこうか。リース、今ここで話すべき話はその話ではない」
「リース! 行こう!」
レオは言った。ノエルは、カイル部屋まで走って行き、扉を全開にして開ける。私達も、フィオレを通り越して、走った。よろよろ、と、私も走る。
「きゃあっ……!」
私は、一人だけ、宙に浮いた。ダナ様が、腕を上げて、私だけを魔法で浮かせていく。
「リース!!!!」
ノエミは叫ぶ。カイル部屋の入り口で、レオとノエミとノエルは、ただ、私を見ているしかなかった。
「逃がさない。……君は断罪された身分なのだからな」
どんどん宙に浮いて、私は苦しくなっていく。
「ダナ様……!! やめて下さい!! 私は何もされていませんから!!!!」
フィオレは叫ぶ。
「ダナ王子……! 魔法を使うのはおやめください!」
ヨクサクも言った。
私はもうダメかもしれない…………そう思った時、声がした。
「遅くなってごめん。待ち合わせに遅れちゃったよ」
カイルがやって来た。後ろから、ダナ様に声をかける。
「王太子様になった途端に、義兄さんは権力で元婚約者を虐めるの?」
カイルはつかつかと歩いて、手を開く。
「邪魔をするな! 元はと言えば、お前の仕業でもあるだろう!!」
「これは邪魔なんかじゃない、彼女を助けるだけだ」
ダナ様の腕に、カイルは手を置く。ダナ様が私にかけた魔法をカイルはダナ様の腕に魔法をかけ直す。
魔法をかけられなかった、片方の手でダナ様が、カイルに魔法で攻撃しようとした。
「カイルっ……! お前……自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?!」
私は宙に浮いていた状態から、ふんわりと元に戻って着地する。慌てて、そのまま急いで、レオ達の元へと走って行く。頭痛は不思議と治り、少し楽になっていた。
「リース!!」
ノエミが、私をぎゅっとハグした。
「義兄さんこそ、自分に嘘ついているんじゃないか?」
カイルは言った。怒りに触発してしまったらしく、ダナ様は言った。
「私は何も偽ってはいない!!」
「そうかな?」
カイルは鼻で嘲笑う。
「な、な……なんの話?」
私はつい、言ってしまった。
「リース」
ダナ様は少しずつ、私に近づいて言った。
ノエミとレオは、私を守るように腕を伸ばした。
「君は…………このこの男を本当に信じていいのか?」




