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「…………ありがとう」私はと言った。
まんまるのお月様が、カイルの馬車の窓からうつっている。
カイルは正面に座って、外を見ている。本来なら、ぼろぼろの姿で自宅に戻って、急いで身支度の準備をしないといけないのに、カイルがいてくれるおかげで、不思議と気持ちが落ち着いていられる。ありがたい。
「…………」
カイルは何も話さない。カイルの顔が月明かりに照らされて、ただ外を見つめる姿に陰影をつけていた。
「………………お月さま、綺麗ね」
「……あ、あぁ」
カイルは少しこちらを見て言う。
相変わらずカイルの顔は西嶋さん似だなぁ……。私は思った。馬車をひく馬の足跡が、パカ、パカと聞こえる。彼は何も話そうとしない。
「なぁ、リース」
カイルは小さな声で言った。
「ん?何?」
「これからどうするつもりだよ」カイルは言った。
「んー…………そうねえ、とりあえずは、ここではないどこかへ行くかな…………?」私は笑う。
「………………お前、本当はラクアティアレントに自分から落ちていないだろう?」
カイルは正面にいる私を心配そうに見た。
「………………そうよ。」私は言葉が詰まる。
「……なら! お前が、
「…………でも、証明できなかったし、信じてもらえなかった。今更言ったとしても不敬とみなされるわ」カイルの言葉を遮るように、私は言う。
「今までの事もあるし、仕方ないの。それに……ダナ様とフィオレ様は両想いだから……だから、私が身を引けば二人は上手くいくわ」
私が身を引くことで、二人は結婚することができる。それが元々決まっているルートで、必然なのだ。
「だからって、リースがやってもいない罪を受ける必要はないだろ!」
あぁ、なんて有難いし、嬉しいのだろう。
私は心に湧き上がる、自分のずるさに気づいてしまった。あんなにダナ様を慕っていたのに、カイルの私を擁護する一言と、彼の顔を見ると、心が波打ってしまうのだ。
「わかってるか? やってもいないことをやったことにしてしまったら、爵位も当然無くなる。この国にも二度と戻って来られない、次期王太子妃……次期王妃はおろか犯罪者と同じ扱いになるんだぞ」
「わかってる」
「わかってないだろ……」
「わかってる!」
私が少し大きな声で言うと、カイルは目を手で隠した。
「お前、わかってないよ……」
カイルは、何とかしたい、どうにか俺に任せてくれ。と言った。……ゲームのキャラクターのカイルはこんなに素敵な男性だっただろうか。自分にこんなに歩み寄ってくれる男性だったなんて、私は知らなかった。
「でもね……国外追放まではならなくても、遅かれ早かれあの二人が一緒になることは避けられなかったと思う。二人が一緒になったら、私はスペラザ王国にいることがすごく辛くなると思うから。……だから、これでいいの」
初めてきせきみのゲームを知ったとき、ダナ様を一目見て、なんてかっこいいんだと思った。漫画や乙女ゲームにハマるなんてやばいなと思っていたけれど、物語を知っていくうちに、ダナ様の魅力に惹かれていった。好きになった。推しだったな…………。
私はダナ様の姿をふと浮かべる。
見ているだけでよかった、
そばにいるだけでよかった、
よかったはずだったのに、
目の前に現れると欲が出た。
見ていたかったけど、
そばにいたかったけど、
彼は私だけのものじゃないんだ。
これが私のルート。
これでいいんだ。
この世界で、私が悪役令嬢じゃなければ、私にも別の道があったのかな…………。
…………私がリース・ベイビーブレス・ティルトじゃなれば。
気がつくと、私はぽろぽろと涙を流していた。
ばか、推しは物語の人物なんだぞ、私とは元々生きている世界が違うんだから!
「はははっ」
私は笑って、涙を拭こうとした。
カイルがこちらを向く。
「リース」
カイルが私を呼んだ。
「ん? 何……?」
私は人差し指で涙を拭いながら、彼に声をかけた。
すると彼は私の隣に座った。
私はカイルを見つめると、彼は私を物悲しい目で見つめていた。彼は私をそっと抱き寄せる。そして私の顎に指を当て、引き上げてから、ゆっくりと近付き、優しく唇を押しあてた。
「………………っ!」
私は驚いて、目を見開く。
彼は目を瞑っている。私は呑気に、彼の長い睫毛とさらさらの髪の毛に意識を向けながら、自分の時間が止まってしまう。
何が起きているんだろうーーーーーーーー? カイルが私にキスーーーーーー? どういう事? リースとカイルのルートなんてあった? 半分月明かりに照らされた彼の顔がとても綺麗だな、と私は思った。触れている唇の温度がどんどん高くなっているような気がしてくる。カイルが唇を離した。
「……………………」
不思議な沈黙が、私達に流れる。
お互い、恥ずかしさで目を合わすことができない。
「……………」
私は言葉が上手く言い出せない。さっきまで、あんなに心が塞ぎ込んでいたのに、今は不思議な高揚感に包まれている。
私は涙を手のひらで拭い、カイルを見た。
西嶋さんに似た顔立ち。私を見つめている。胸がドキッとする。
「…………いっ今のは……」
私が必死にやっと絞り出した言葉は、か細い声になった。
カイルが顔を赤らめ、何か言いたげな雰囲気でいると、もうティルト家に着いてしまった。パカパカと音を鳴らしていた馬車が止まる。……私は急に冷静になる。
きっと……西嶋さんに似た顔のカイルだから、こんな気持ちになってしまうのだろう。ダナ様のことがあったのに…………。カイルが本当のカイルの顔をしていたら、こんなにドキドキしないだろうし、惹かれないだろう。西嶋さんに似ているからって、それはいけないよ……。それに、私、神官様の言っていたことを忘れてる。
『玲那様』
『はい』
『最後に私からお伝えしておきたいことがございます。これは、どちらにせよ言える事でもあります。あくまでも、可能性としての話です。貴女が、転生だったとしても、転移だったとしても。もしも、貴女が元のあるべき世界に戻れた場合、亡くなってしまう事もあるかもしれません』
『えっ本当ですか?』
『えぇ。断言は出来ませんが、転生だとすると、元に戻った時は元のリース嬢に玲那嬢は変わるのです。一時目覚めてしまったリース嬢の転生前の人格である玲那様が、元のリース嬢に自然な形で取り込まれると言うこと。例え転移だとしても、元の玲那嬢の身体が亡くなっていた場合には、貴女は死を遂げる可能性があります』
『…………』
『あくまでも、これは可能性であり、どうなるかは私にも分かりません。ですが、可能性としてあることは、くれぐれも忘れないで下さい』
・
・
・
『……わかりました』
もし…………もしも、私がリースの前世だとしても、玲那が転移してきたとしても、いつか、私が消えて、元のリースに戻ってしまったら…………………………
「…………リース」カイルは言った。
「……カイル。ありがとう」私は、はっきりと言う。
「え」カイルは驚く。
「リース、俺…………
「カイル。…………居場所が決まったら、手紙を書くわ」私は言った。
「ありがとう、さようなら」私は微笑んで、馬車を降りた。
「リース…………っ!!」
カイルは私を呼び止めたが、私は振り返らなかった。




