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収穫祭では貴族達は豊作を願い、歌い踊り食事をする。それはそれはひときわ賑やかで、女性はハイスペックな貴族男性とご縁があるように、きらびやかに装い、男性は素敵な貴族令嬢とダンスや会話を楽しむために、正装でやって来る。収穫祭は特別で、チャンスに溢れた場所だ。
私は薄いピンクに、花冠のマークと金縁の金具がついた、ひときわ豪華なティルト家の馬車で、収穫祭の行われる城まで向かった。
緊張で胸のドキドキが止まらない。このドキドキが、恋のときめきだったらよかったのに……。これから…………大好きな王子様に、自分自身をジャッジを下されに行く……。推しがこんなに怖いと思ったことはないわ。会場へと、近づく度に、寿命が縮まる思いだわ。
馬の足音が消えて、しばらく動いていた馬車が止まる。…………着いてしまった。息を大きく吸って、意を決して、私は歩いていく。
いかにも高そうなベルベット素材の重厚な扉から、愉快な音楽が漏れて聴こえて来る。ひとたび勇気を出し、重い扉をドアマンに開けてもらう。それまで小さく漏れて聞こえていた音楽がドワッと、一気に大きくなり、私は一瞬で豪華絢爛な収穫祭の雰囲気に飲み込まれた。
音楽を弾いているのは、スペラザ王国の国王陛下に認められた楽団員達。アコーディオンにギター、コンサーティーナ、ローホィッスルとティンホイッスル、フルート、ハープ、カスタネット、ハーモニカ、太鼓などたくさんの楽器奏者がケルト音楽を奏でる。それに合わせて、貴族達が男女でペアを組み、ダンスを踊る。私は、城内を見渡した。城の中は金色のステンドグラスの窓やダイアモンドでできたシャンデリアなど輝く装飾に、ゲームで見たあの景色だ、と思った。
収穫祭には、もしも自分がきせきみの世界に住んでいたら、参加してみたいと思っていた。…………今は、私の目の前にある。これが……今の私の現実なんだなと私は思った。
「お美しいティルト侯爵令嬢、ダンスを一曲願えませんか?」
私は後ろから声をかけられる。
くるりと振り向くと、カイルが、にっこりと胸に手を当てて立っていた。
西嶋さんに似たカイルは、収穫祭のために正装をしている。藍色の目にもよく映える紺色のジャケット。袖口には王家の紋章をレースのふちどりのように縫い上げられた物が、銀色の刺繍としてつけられていた。襟首は真っ白なジャボをつけている。普段よりもずっと素敵に見える。一瞬、私はドキリとしてしまう。
「あら、カイル殿下じゃないですか。びっくりしましたわ」
オホホホホと、私は丁寧な言葉で返した。
収穫祭なので、普段通りにするよりも、しっかりと応対することで、貴族の質が問われるのだ。
私自身の柄にもなく、すっごい笑っちゃいそうだけど、収穫祭だからね。全てスルーね。
「今日は一段とお綺麗ですね」
にこやかにカイルは答えた。
そんな事を言いつつも、きっと私のこと、心の中で笑っているのかな。これから断罪されるし……。
結構イケてると思うのだけど。
じぃっと、私は自分のドレスを眺めた。
「まぁ……ありがとうございます」
カイルに微笑みかける。
彼は手をサッと差し出した。私はカイルの差し出した手を取る。音楽に合わせて二人は踊り出す。
よかったわ。今だけ、神官に魔法でダンスができるようにしてもらえて。ダンスなんて、異世界から来たアラサーオタク女子だったら踊れないものね。
私はじっと、カイルを見る。本当に西嶋さんによく似てると思った。声や雰囲気は全く違うが、顔立ちが似ている気がする。でも、どうしてか西嶋さんの顔をハッキリと思い出せない自分がいるけど。一応あまり話さない関係だったけど、十年一緒に働いていたし。……似ている。吸い込まれてしまいそうだ。
「…………ん?」カイルは言った。
私がずっと見つめていたからだろう。私は、なんでもないわと誤魔化した。
「そうだ、リース」
カイルは私を見て、言う。
「え?」
「色々とわかったことがあるんだ」
カイルは私の耳元で小声で話す。
少し高さもある男性の声に、耳が熱くなる。
ダナ様がいるのにっ! …………そんな風に思った。私は急いですぐに離れる。
「後で聞くわ」にこりと私は言った。
後で、という言葉は、もう今後ないことをわかって言った。
「リースっ……!」
彼の手を離して、そして、くるりとカイルに背を向ける。右側に視線を向けると、ダナ王子がいた。フィオレと一緒に踊っている。
フィオレーーーー薄いミントグリーンのドレスに、ウエストラインにリボンをつけて、全体的に白いカッパーがつけられた爽やかなドレスを着ている。とても似合っているなと私は思った。
ダナ王子は、カイルとは色違いの黒いジャケットに金色の刺繍がジャケットの淵に縫い付けられている。ジャボは白だけではなく、一部にエンジ色が混ざっている。美しかった。
美しいわ…………ダナ様。華やかな衣装にも引けを取らない佇まい。ポストカードでも見たことがあったスタイル。こんなにも美しい人が世の中にいるのか、と思うほどだ。
二人は終始仲睦まじくしていた。囁きながら、笑いながら、笑顔で、何度も何度もお互いを確かめ合いながら踊っている。
いいのよ、この二人は結ばれる間柄。仕方ないわ。と私は何度も、何度も自分に言い聞かせた。
音楽がいい節目となり、フィオレと私はダンスを交代するタイミングとなった。
私はフィオレに会釈して、ダナ王子の手を取る。さっきとは打って変わって、冷静な顔立ちのダナ王子。私はじっと顔を見ながら、ダナ様とダンスをするのも今日で最後なんだなと思った。
……最後くらい、嘘でも笑顔でいて欲しかったな。でも、無理みたいね。
音楽の一節一節が、私の中でゆっくりスローモーションで響いてくる。ニ度と来ないだろう、ダナ様のそばにいることを今体感している。夢みたい。実際の音楽よりも、私達はゆっくりと流れている気がした。
ダナ様、今日は目一杯おしゃれして来ました。
髪のアクセサリーは薔薇です。赤い薔薇の花言葉はご存知ですか? ーーーーあなたを愛しています。って言うんですよ。
ーーーーーーーーダナ様、ずっと好きでした。
異世界にいた時から、ずっとあなたのことを好きでした。美しくて気品と厳格さを持ち合わせていて、揺るぎない姿。憧れました。
リースとなってしまった今でも、私の気持ちは変わらないみたい。
私の中に、きせきみの乙女ゲームをはじめて手に取って、表紙だったダナ様と出逢った時の、笑顔の自分が浮かんだ。
音楽が終わる。スッとダナ王子は、素早く私から離れる。
「最後にダナ殿下とダンスができて光栄でしたわ」
にこりと精一杯の笑顔をすると、ダナ王子は少し驚いたような、解ったような表情をした。
「リース…………私は……
ダナ王子が言いかけた途中で、国王陛下陛下が現れた。会場にいる貴族達全員は歓声をあげる。
私はいよいよ来てしまったと思った。
「皆の者よ、日々どのように過ごされているだろうか。今月も収穫祭を無事に行うことができ、とても感謝している。我らのスペラザ王国が、全てにおいてこれからも繁栄していくこと、我は祈っている。もちろん、沢山の民が豊かになっていくよう、我自身も励むつもりだ。今宵は存分に楽しんでおくれ」
国王陛下はどっしりと座って、高いところから貴族達に話しかける。全ての貴族達が歓声をまたあげた。
「まず……最近の出来事についてだが。知っている者は多いと思うが、カメリア学園には我がスプレンティダ家の所有する水ーーすなわち海の一部を引いている。あの水は聖水であり、我が祖父から代々受け継いで来たものだ。あれは魔法の力も秘めている。先日、ティルト家のリース嬢が誤ってラクアティアレントに落ちてしまったと話を聞いた。間違いは誰にでもある。だがな、王家が継承する聖水だけに、処分は何かしら与えなければいけない。そこでだ。息子の婚約者でもあるリース嬢には、我の長男ダナに処分を預けることにした」
国王陛下は穏やかな顔立ちで、視線を私に向けて、瞬きもせずに言った。いよいよなのだと思う。
「異論はないな? ティルト侯爵令嬢?」
「はい。ございません」
国王陛下の言葉に、私は緊張で胸が締め付けられる。
ダナ王子が国王陛下の前に出てきた。
「リース・ベイビーブレス・ティルト侯爵令嬢。処分として、君を国外追放する」
ケルト音楽は本来ならば平民の音楽と言われており、中世貴族はバイオリンなどなどのオーケストラ音楽だと言われています。……なのですが、オリジナル作品ですしケルト音楽がどうしても好きなので、貴族音楽としてしまいましたー!
お手柔らかにお願いします〜