第6話:騎士団も太りたいんかい!
爺さんたちを置いて騎士団の応接室に移った俺たち。
ここは、会議室も兼ねているらしい。
大きくて丈夫な樫の木の家具と、鈍い銀色を返す甲冑や剣が壁に並び、魔術師団とはまた違った硬質な雰囲気を醸し出している。
出された紅茶を一口すすり、俺はその容赦ない濃さに眉をひそめた。
「苦っ……それで、なんでまた急に“太りたい”なんて言い出したんだ? ハゲ……ハーゲルの爺さんでもないのに」
俺の疑問に、リーネさんが椅子から立ち上がらんばかりに身を乗り出して答えた。
「今日の魔術師団の活躍を見て、黙っていられるはずないだろう! これまでは我々騎士団が魔物の侵攻を引き付け、魔術師団が側面から攻撃する――そうやって街を守ってきた!」
興奮で頬が紅潮している。
「しかし今日の魔術師たちはなんだ! あんなにも容易く、魔物の群れを退けてしまったぞ! 我々は、後始末しか、していない!」
俺はぽかんとした顔で紅茶を置き、聞き返した。
「ん? 味方に被害もなく防衛できて、何が問題なんだ?」
その瞬間、リーネさんの目が三角に吊り上がり、机をバンッと叩いた。
「それでは、我々がいる意味がないではないか!! ……このままでは団長に顔向けできん!」
「隊長。また机に傷が増えますよ?」
怒声に静まり返った応接室に、冷たい水を垂らしたような声が響いた。
空気が一気に冷え、誰もが声の主へ視線を向けた。
怒鳴り声でも諫めでもなく、ただ事実を突きつけるような、しかしどこか楽しげな声。
リーネさんはハッとして、机に置いた両手を慌てて引っ込めた。
赤くなった頬は、感情的になった自分を恥じているのかもしれない。
声の主は、柔らかい笑顔を浮かべた長身で細身の男性だった。
茶髪を後ろで束ね、痩せて見えるが立ち姿にブレがない。鍛えているのだろう。
「口をはさんで失礼します。三番隊副隊長のエミールと申します」
丁寧な口調で敬礼を返す。
温和な笑顔を浮かべているが、その奥に“頭の回転の速さ”が見え隠れした。
「確かに、被害なく街が防衛できることは喜ばしいことです」
スラリと伸びた長い腕が、ぐっと拳を作る。
「しかし、このままでは俺たち騎士団は魔物の素材の回収係……我々も、魔術師団と並び立つ存在でありたいのです」
ちらりと見れば、リーネさんが悔しそうに唇を噛む。
なるほど。確かに魔術師が強くなったからOKって話じゃないんだな。
「理由は分かったが……俺にできることなんて、たいしたことないぞ?」
俺がそう言うと、エミールがすかさず声を強めた。
「そんなことはありません! あの“食事嫌い”のヒルゲルト魔術師長をも食べさせる、その料理の腕があるではありませんか!」
……食事嫌い?
ヒゲ爺さん、そんなふうに呼ばれていたのか。
「実物を見てもらった方が早いだろう。おい、“アレ”を持ってきてくれ」
思案する俺をよそに、リーネさんが指示を出す。
廊下が一瞬ざわつき、待機していた騎士が銀の蓋をかぶせた皿をそっと机に置いた。
そして、蓋がゆっくりと開かれる。
皿の上には、大きな香草を添えられたステーキが鎮座していた。
きれいな焼き目のついた肉に、濃い色のソースがたっぷりとかけられ、添えられた香草の緑が鮮やかに映える。
冷めてしまっているのか、匂いはよくわからない。
「私たちの食事の一例だ。食べてみてくれ」
しげしげと料理を見つめる俺に、リーネさんが試食を促す。
なるほど、料理のアドバイスが欲しいなら、試食は当然だ。
そう思い、肉を小さく切り分けようとナイフを入れた瞬間、異変が起こった。
――なんだこの肉。硬くて全然切れないぞ!
赤身の筋繊維がぎゅっと絡まり合い、硬いゴムのような反発でナイフを押し返してくる。
仕方なくギリギリと、ノコギリのように何度もナイフを前後に動かし、やっとの思いで肉を断つ。
そして不安に思いつつも、その硬い肉片を口へ入れたが、そこからがまた、すごかった。
まず、硬い。
老いた動物の肉とも違う、丈夫な筋肉の、荒縄のような硬さが歯にダイレクトに伝わる。
そして、ソースと香草の濃い味を物ともしない、強烈な獣の味が口内に広がる。
何度も咀嚼した後、肉片を細かくすることを諦め、そのまま丸のみにする。
後味も、もちろん獣。ハッキリ言って不味い。
水を飲んで喉を落ち着かせていると、リーネさんが苦笑しながら言った。
「ひどい味だろう? これでも、シェフたちがいろいろとやってくれたんだ……」
その声には、料理人たちへの申し訳なさと、どうにもならない現実への諦めが滲んでいた。
「兵士の体を作るのは、日々の鍛錬と食事、とりわけ肉を取ることが重要と言われている。私たちも鍛錬は欠かしていないが……問題は、この肉でな」
リーネさんは皿の上のステーキを指先で示す。
「何の肉だと思う?」
「鳥、豚、牛……どれでもないな。もっとこう、ジビエ……いや、野生味のある動物の味だ」
俺が正直に答えると、リーネさんは小さく笑った。
「さすがコーサク殿だな。その肉は今日、魔術師団が倒した魔物、フォレストウルフの肉だ」
「狼の肉か! 海外では犬も食うって聞くけど……さすがに食ったことなかったなぁ」
驚いて言うと、リーネさんの表情がまた陰った。
「この前線の街で、我々の食べる肉を確保するのも大変でな。騎士団では、魔物の肉を食べることが常となっているのだ」
苦い紅茶で口の中の獣臭さをどうにか流し込みながら、俺は腕を組んでしばらく黙り込んだ。
確かに、肉の表面に丁寧に入れられた刃の跡や、血抜き・毛抜きといった下ごしらえの努力は分かる。
できる限りの処理を施したうえで、なおこれほど不味い肉なのだ。
死してなお人々を悩ませるとは、魔物肉恐るべし……
しかし、この味、この硬さ……これを毎日、大量に食っている? 本当に?
「……で、お前さんたちは普段、これをどれだけ食ってるんだ?」
俺の問いに、部屋の騎士たちが一斉に視線を泳がせた。気まずい空気が流れる。
その沈黙の中、副団長が小さく手を挙げ、申し訳なさそうに口を開いた。
「……可能な限り、食べる努力はしています。ですが……肉を大量の芋やパンで味をごまかしながら飲み込むので、あまり量は取れていないのではないかと……」
「食事の量自体は、十分に食べているってことか?」
「はい、それはもちろん。……しかし、どれだけ鍛錬を積んでも、やはり体つきはこの通り、細いままなのです」
そう言って、副団長は苦笑いを浮かべながら、細い腕に小さな力こぶを作って見せた。
その腕は、俺と同じくらい……いや、腕の太さだけなら、俺のほうがまだあるかもしれない。
鍛錬を積んでいるのに体が作れていない。確かにこれは問題だ。
副団長の細い腕を見て、俺は深く息を吐いた。
そんな空気を察したのか、リーネさんが不安そうに口を開いた。
「……なんとかならないだろうか、コーサク殿……」
その声は、頼るというより、すがるような響きだった。
俺は頭を掻きながら、正直に答える。
「やるだけやってみる……としか言えねぇな。とりあえず、料理人たちの話も聞いてみないと」
「……! そ、それじゃあ!」
リーネさんの目がぱっと明るくなる。
部屋の空気もつられるように軽くなり、期待が広がっていく。
「あぁ、この肉の問題。何とかできないか、考えてみるよ」
その一言で、応接室にワッと歓声が上がった。騎士たちの顔に、久しぶりに“希望”の色が差す。
だが――ここで甘い顔をするわけにはいかない。
「ただし!」
俺が声を張ると、部屋がピタリと静まり返った。全員の視線が、俺に集まる。
「ただ太るだけじゃ、俺が許せねぇ。やるなら、俺の指示に従ってもらうからな!」
そう言って、ニヤリと笑って見せた。
――魔物肉を“食える肉”に変える方法か。
料理人たちの努力以外にも、いくつか案は思いつく。
だが、あれがあれば楽なんだが……この世界にあるかどうかは分からない。
もしあれば、状況はひっくり返せる。
騎士たちの期待に満ちた視線を受けながら、俺は静かに心の中で思案を続けた。
世の中には無取りたくても太れない人もいるらしい。
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




