第5話:反省は紅茶と共に
「それでは――我々の勝利を祝って!」
軽やかな掛け声に応じた明るい拍手が食堂内に響く。
紅茶やハーブティー、焼き菓子に軽食、魔術師たちの祝宴に酒はない。
それでも、勝利の喜びが食堂の空気を明るく照らしていた。
温かい茶がこわばった体をゆるめ、香ばしい焼き菓子が疲れた心にそっと活力を運んでくる。
笑顔がそこかしこに咲き、声も自然と弾んでいる。
「今回の成功は、初動の足止め鍵だったな。しかし、空を飛ぶ敵の場合は――」
「“合成魔法”が上手くいってよかった! 以前はあんなに手こずったのに――」
「魔法制御が順調だったからでは? 特に体調がよくなってから調子が――」
先の戦いの興奮がまだ冷め切らないのだろうか。
休憩のお茶の時間であっても、彼らの魔法と戦術談義は止まることはなかった。
十日ほど前まで、青白い顔で意気消沈していた彼らとは思えない。
芳しい香りと笑い声に満ちた食堂の中で、魔術師たちはまるで別人のように生き生きとしている。
彼らの姿を食堂の隅でひっそりと眺めていると、向かいから場違いなため息が聞こえた。
「……儂の、“軽代償”を使わなくても勝ってしまうなんて」
「爺さん、人生そんなもんだ」
拗ねるようにぼやくハゲ先生に、思わず苦笑がこぼれる。
詳しくは聞いていないが、ここ一番の規模の戦いだったらしい。
戦いなんて、被害がないのが一番に決まっている。
まぁ、俺としても“魔法のためにわざわざ太る”なんてしなくても、魔物との戦いに勝てるなら万々歳だ。
食べ過ぎ飲み過ぎは体に毒。何事もほどほどがちょうどいいってもんだ。
長めの休憩を終え、魔術師たちが執務室へと戻っていく。
その後ろ姿は以前と違って明るく、やる気に満ち溢れている。
……いや、あれは早く今日の戦いについて検討したいって顔か?
魔術師とか学者って人種は、よくわからんものだ。
彼らが去って、食堂に静けさが戻る。
お茶の香りがまだほのかに残る中、入れ替わるように一人の影が現れた。
青を基調とした金刺繍の厳めしいローブを、背筋を伸ばして着こなした老魔術師。
その年の割に肌艶は良く赤みが差し、白髪の混じったはずの髪と長い髭にも、どこか艶のようなものを感じる。
……ずいぶん立派な見た目だな。こんな人、ここにいたっけか?
老魔術師は俺たちから少し離れた席にゆっくりと腰を下ろし、静かに口を開いた。
「シナモリ殿……すまぬが、儂にも茶を準備してくれぬか?」
その低くしゃがれた声を聞いた瞬間、思わずハッとした。
……この声、まさか。
目の前の老魔術師は──魔術師団長のヒゲ爺さんだったのだ。
十日前に見たときは、青白くてやつれた不機嫌な老人だったはずなのに……
今の姿は、どう見ても“健康そのもの”だ。
変身っぷりに驚きながらも、紅茶を淹れる。
するとヒゲ爺さんは、妙に慣れた手つきで紅茶を飲み、サンドイッチをゆっくりと食べる。
その様子に俺とハゲ先生は目を丸くした。
ヒゲ爺さんがこれまでに、食堂で休憩をとったことがあっただろうか? いや、ない。
言葉を失ったままの俺たちをよそに、ヒゲ爺さんの休憩は続き、やがてカップと皿が空になる。
「……うまかった」
小さいがはっきりとしたその声には、張りつめていた頃の硬さがすっかり消えていた。
ヒゲ爺さんは静かにこちらへ向き直る。
「シナモリ殿。これまでの非礼を詫びたい。儂ら魔術師団は、そなたに救われた」
そう言って、ヒゲ爺さんは小さく頭を下げた。
「“魔力は高潔な魂に宿る”……儂らは、いや、儂はその意味を履き違えておったのだ」
空になったカップを見つめ、ヒゲ爺さんは小さく息をついた。
俺はそっと紅茶を注ぎ足す。
一口飲んで喉を湿らせると、ヒゲ爺さんは再び口を開いた。
「己を律し、清貧と勤勉に努めることが、魔力の成長につながると、ずっと信じておった。
皆の模範であり続けるために、さらに己を厳しく律する……その繰り返しの結果が、あのザマじゃ」
なるほど。目的のための誤った努力。
その暴走の果てが、あの度を越した節制だったというわけか。
「しかし、そなたが……そなたの食事が、儂らを少しずつ変えてくれたのだ。本当に、感謝する」
声を震わせながら、ヒゲ爺さんは深く頭を下げた。
「ふむ……殊勝なお前さんを見るのもずいぶん珍しいが、お主のやってきたことは無駄ではなかったはずじゃ」
今度はハゲ先生が、穏やかな声で言葉を重ねる。
「お主が──いや、お主らが自分に厳しくあり続けた結果、今日のように強く強大な魔法を扱えるようになったこともまた事実なのじゃ」
これまで散々な言いっぷりだったけど、ハゲ先生もヒゲ爺さんがいつ倒れるか心配だったのかもしれない。
「グランツ……」
顔を上げたヒゲ爺さんに、ハゲ先生が静かに頷く。
「間違いなく、お主の魂は高潔で、故に強き魔力が宿っておるよ。ゲルハルト」
机越しに見つめ合う二人の爺さん……うん、絵面としてはわりと微妙だ。
まぁ、もともと二人はライバルであり、よき友でもあったのだろう。
だがな……
なんで、二人してこちらを見つめてくるんだ?
互いの友情を再確認するのはいいけど、俺から言えることなんて何もないぞ!
そんなふうに困惑していると、その気まずさを吹き飛ばすように、バンッと勢いよく食堂の扉が開け放たれた。
「やはりここにいたな! コーサク殿!」
騎士団の女騎士、リーネさんが幾人かの騎士を引き連れて、ガチャガチャと目の前までやってくる。
そして、籠手のついた手のまま、強引に俺の両手を握りしめた。
「貴殿の食事で、魔術師たちがずいぶんと活躍していると聞いた! どうか、我々騎士たちも太らせてくれないだろうか!」
――新たな問題が舞い込んだ瞬間だった。
魔術師団から騎士団へ!
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