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給食おじさんの異世界食育 -太りたいのは分かったが、健康管理は譲らんぞ!-  作者: 泉井 とざま


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第14話:採れたて野菜の小さなフルコース

 昼前の陽光が差し込む領主邸の調理場は、いつもより静かで、どこか張りつめた空気があった。

魔術師団の料理人である俺が使うというのもあるが、それだけが理由じゃない。


 並べられた食材と調理器具から視線を外し、ちらりと周りを見渡すと――

椅子に腰かけてニコニコしているイルゼが目に入った。その背後には、いつも通り無表情の老執事。

さらに少し離れたところには、腕を組んだままこちらを観察している領主専属料理人のカールさんの姿もある。


「それじゃ、昼飯の準備を始めるとしますか!」

パンパンと手を打ち鳴らし、空気を切り替える。


「今日は、料理の過程もお嬢様に見てもらう」

そう言ってイルゼと目が合った瞬間、彼女は小さく目を開いた。

「は、はい……とうとうなのですね」

驚いたような、でもどこか嬉しそうな、そんな声色だった。


 どうやら、緊張してるのは俺だけじゃないらしい。


「まぁ、楽しみにしててほしい。なんたって、“自分で育てた野菜”を食べる日なんだからよ!」

ピッと指をさして、窓際に並べられた鉢植えを指す。


 イルゼの部屋で育てられた野菜たちが、今か今かと収穫の時を待ちわびている。

その光景を見つめていたイルゼが不意に振り返り、ぺこりと頭を下げた。

「よろしく……お願いします。」


「じゃあまずはカブ――ラディッシュからだ」

そう言って、俺は鉢に手を伸ばし、土の表面を軽く払ってから茎をつまんで引き抜いた。

青々と茂った葉の先に、小さな赤い実が、土をまとったまま姿を見せる。


「わぁ……!」

イルゼが思わず声を漏らす。


驚きと喜びが混ざった、素直な反応だった。

「こんなに……小さいのですね」


 椅子から少し身を乗り出し、目を丸くしている。

土のついたままの野菜なんて、見るのは初めてなのだろう。

緊張はまだ残っているはずなのに、それよりも“興味”が勝っているのが分かる。


「小さくても、ちゃんと食べられる。小さい分、むしろ柔らかいくらいだ」


 話ながら素早く水洗いし、葉を落として薄切りにしていく。

「薄切りにすると早く火が通るし、食べやすくもなる」

何をしているかをちゃんと伝える。それが今日の料理の目的だ。

イルゼもそれを分かっているのか、真剣な目で俺の手元を追っている。


 沸騰した湯にカブを入れると、白い湯気がふわりと立ち上った。

「あ、熱そうですね……」

湯気にひるみつつも、イルゼは目を離さない。


「熱いままだからいいんだよ」

俺は小皿に割り入れた卵白を箸でほぐし、湯の中へ細く流し込んだ。

白い筋がふわりと広がり、ラディッシュの赤と混ざって淡い色を作る。

イルゼがその変化を見て、小さく息をのんだのがわかった。


 カブの葉を少し散らして、あっという間にカブのスープが完成した。

 さぁ、スープが冷めないうちに次の料理に移らないとな。


「じゃあ次は、サラダだ。こっちはもっと簡単だ」


 そう言いながら、残りの鉢植えからルッコラとリーフレタスを収穫する。

プツリ、と柔らかくも弾力のある瑞々しい音が、葉の根元から返ってくる。


「そちらも、私が育てましたのね…」

イルゼがぽつりと呟いた。

その声には、驚きよりも“確かめるような響き”が強かった気がした。


「ああ。どれもお嬢様が毎日水をやってくれたおかげだ」

俺がそう答えると、イルゼは水洗いされる若葉をじっと見つめた。


 ルッコラの細い葉脈、リーフレタスの柔らかな縁。

どれも、彼女の部屋の窓辺で少しずつ育ってきたものだ。


――自分の手で育てたものが、こうして料理になる。

その事実が、食材への安心につながる。

ひいては、食そのものへの安心へと変わっていくはずだ。


「こんなに新鮮なら、手でちぎった方が良さそうだ!」

少し大げさに喜びながら、俺は調理を進めた。

育てた野菜が褒められて、イルゼもどこか嬉しそうに口元を緩めている。


「このまま生でもいいんだが、今日は食べやすくしたいからな。サッと湯にくぐらせる」

言うに早く、熱湯の中に葉を沈め、素早く引き上げ水で冷やす。


「まぁ! 色が一段と鮮やかに!」

色味を増した葉野菜に、イルゼが思わず声を上げた。


 好奇の色が浮かぶ顔には、最初の緊張や怖さはすっかり見られない。

よし。こういう反応が見られれば十分だ。



「あとはこれに蒸し鶏のほぐし身をのせ、ドレッシングをかけたら完成だ」

残りの材料を取り出しつつ俺は、こっそりと老執事に合図を出し、退出を促した。


「お嬢様、そろそろお席に移動なさりましょう」

その意図を素早くくみ取った老執事が、背後から静かに声をかける。


 イルゼは一瞬だけ驚いたように瞬きをし、それからゆっくりと料理と俺のほうへ視線を向けた。


「……はい。参りますわ」

小さく笑って振り返ったイルゼの背中を見送る。


 ひと月前、食べることが怖いと俯いていた彼女はもういない。

自分で育てた葉を見て、あんなふうに笑える。いや、それだけじゃない。

今日にいたるまで彼女は、具無しスープから始めて“食べる練習”も必死にこなしてきたのだ。


「……だからこそ、失敗できないよな」

見た目でも楽しめるように、少ない品数だが丁寧に盛り付けする。


 慎重にスープを器によそう。

香りこそ強くないが、優しく温かいスープ。

サラダも、葉の上にわずかに蒸し鶏のほぐし身を乗せ、ドレッシングをそっと回しかける。

オリーブオイルと塩だけのシンプルなドレッシングだが、かけすぎは禁物だ。


 大人の昼食には物足りないが、イルゼにとっては大きな一歩になる食事。


 料理をカートに乗せフタをして、食卓へと運ぼうとしたとき――

ずっと腕を組んでこちらを見ていたカールさんが、ついに声をかけてきた。


「少し、いいだろうか」


 蓋で隠れたはずの料理をじっと見つめたあと、彼はゆっくりと口を開いた。

「お嬢様が手ずから育てた野菜だとは知っているが……本当にそれだけをお出しするのか?」


「そのつもりだが……」

不安に俺の声もしぼむ。

相手は宮廷料理人――プロ中のプロだ。

何かやらかしてしまったのだろうか。


 カールさんは咳ばらいを一つして、視線を外しながらぎこちなく話し始めた。

「食材の扱い、包丁さばき、料理の手際。長く料理をやってきた身であることは見て分かった」


 ふと彼と目が合った。その瞳は険しいが、敵意は感じなかった。

「だからこそ聞きたい。食材にこだわり、技術をつぎ込み、見栄えのよい豪華な料理を――なぜ作らないのだ?」


 その問いには、責めるような声はなかった。

同時に理解した。この人と俺の持つ料理の矜持は違うものなのだと。


「あー、今日のはそういうのじゃねーんだ」

言った瞬間、カールさんの眉がわずかに動いた。


「……どういうことだ?」

言葉の意味を測るように、低く静かな問い。


 言葉に詰まった俺は、近くの侍女に配膳を頼み、カールさんの方を見た。

真っすぐこちらを見る彼の眼には、わずかな困惑と真剣さが溢れている。


「贅沢な料理とか、豪華な料理とか……そういう“高貴な料理”ってのを否定する気はない。それも一つの形だ」


いつも当たり前に心掛けていることを言葉にするのは、なんでこんなにこっぱずかしいんだ。


「その……なんだ。“食べる人のための料理”。それが……俺の、やりたい料理なんだよ」

言い終えた瞬間、胸の奥がむずがゆくなって、俺はそそくさと厨房を去った。


背後で、カールさんが小さく息を呑む気配がした。

追ってくる足音はない。


ただ、黙って俺の背中を見送っている――そんな静けさだけが厨房に残った。

☆や感想を頂けましたら、これ幸い。


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