第11話:太っちょ領主のヘビーな食卓
馬車の揺れに身を任せながら、コーサクはかしこまった衣装に身をよじらせた。
昨日の祝勝会での呼び出し……偉い人と会うのは得意じゃないんだがなぁ。
「なぁ爺さん。その、領主様ってのはどんな人なんだ?」
今日の面会に際して同行を引き受けてくれたハゲ先生が、顎を擦りながら答えた。
「ふむ。一言で言えば、魔物の素材の売買のためにこの領地を引き受けた“商人気質の貴族”じゃな。」
向かいの席で背筋を伸ばして座るリーネさんは、今日はいつもの鎧ではなく淡い青のドレス姿だ。
戦場で見た凛々しさとはまた違う気品があった。
「確かに商売に熱心なお方ですが、我々騎士団も魔術師団も多くの支援を頂いています。昨日も戦勝祝いとして、たくさんのお酒と食料を頂きました」
「そりゃ、商売の種を得る手段じゃからの。儂らにつぶれてもらっちゃ、あ奴も困るじゃろ」
「グランツ先生!」
リーネさんに叱られたハゲ先生は、手を振りながら笑った。
「冗談じゃわい。少なくとも、金や権力に物を言わせてお主に何かを強要することはなかろうよ。」
リーネさんも柔らかく微笑み、言葉を継いだ。
「それに今日は、我ら二団再生の立役者であるコーサク殿に礼をしたいと、領主様が食事を振る舞いたいと仰っています。どうか楽しんでください」
「……俺、そんな大したことはしてないんだけどなぁ」
そう言いながらも、その一言に胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
この二人も会食に参加してくれるようだし、何とかなるだろう――そう思える。
馬車は、昨日の武勇伝がちょうど一区切りついたころ、領主邸の前でゆっくりと止まった。
昨日の老執事に案内されたのは、広々とした大食堂だった。
高い天井には豪奢なシャンデリアが吊られ、磨き上げられた床には赤い絨毯がまっすぐ伸びている。
その絨毯の先、部屋の中央には巨大な長卓が据えられ、豪華な料理がずらりと並んでいた。
皿の数も彩りも、まるでこれから祝宴が始まるかのような華やかさだ。
そして、その長卓の奥側――上座にあたる席には、領主と思しき男が悠然と腰掛け、こちらへ手を広げていた。
「おお、貴殿がシナモリ殿だな! シルドノール領主、オットマー=ヴァルムハイトだ。今日は楽しもう!」
豊かな腹を包む服を揺らしながら朗らかに笑うその姿に迎えられ、俺たちは長卓へと歩み寄った。
肉汁滴るロースト肉、バターの薫る濃厚なクリーム煮、照り返す鳥の丸焼き、瑞々しいサラダ……これまで見たことのないような豪華な食事が目と鼻に飛び込んでくる。
「さあ、遠慮はいらん。まずは食べてくれ!」
オットマーが笑いながらワインを掲げ、その合図で真昼の晩餐が始まる。
控えていた給仕たちが静かに動き出し、次々と目の前に取り分けられた料理が並んでいく。
リーネさんの様子を盗み見て、タイミングを合わせてロースト肉を口へと運ぶ。
噛んだ瞬間、肉の旨みと脂がじゅわりと広がり、胡椒の香りがふっと鼻に抜けた。塩加減も絶妙で、外は香ばしく、中はしっとりと柔らかい。
思わず目を丸くしてしまい、慌てて表情を整える。
隣を見ると、リーネさんも静かに頷きながら味わっていた。
「とても美味しいです。焼き加減が見事ですね」
そう言うと、領主が満足げに笑い、横に控える料理人を紹介した。
「そうであろう? このカールは宮廷でも働いていた腕利きでな。無理を言って雇ったかいがあるものだ!」
「喜んで頂けて幸いです。……では、残りの調理もありますので」
カールと呼ばれた料理人は、ゆっくりとお辞儀をしてこの場を辞した。
「さぁ! 料理はまだまだあるぞ!」
嬉しそうにワインを揺らす領主が、こちらへと笑みを向けた。
「はい。ありがとうございます」
緊張で、無難な言葉しか出てこない。
だが、この世界の高級料理が味わえる貴重な機会だ。
数分もすれば緊張も薄れ、俺は目の前の料理と向き合っていた。
◇◇◇◇
――デザートの果実のタルトが切り分けられる頃には、俺の腹はもうパンパンだった。
そこへ、タルトに合わせた香り豊かな紅茶が配られたとき、領主がゆっくりと口を開いた。
「そういえば、祝勝会でのスジ煮込み……あれは見事だった。シナモリ殿が作ったと聞いたが」
紅茶のカップを軽く揺らしながら、思い出したように言葉を続ける。
「あれは……元の世界の料理ですし、圧力鍋さえあれば、割と簡単に作れるものなので」
控えめに答えると、領主の目がぱっと輝いた。
「圧力鍋! あれは実に素晴らしいものだな。我が家にも欲しいくらいだ!」
「はぁ……それはチビオンの親方に言ってもらえばと……」
領主はますます上機嫌になり、紅茶をひと口含んだ。
「それはすぐにでも聞きにいかねばな! あのスジ煮込みが毎日食べられるなんて夢のようだ!」
ひとしきり笑ったあと、オットマーは小さく息を吐き、軽く手を二度叩いた。
控えていた給仕たちが静かに下がり、食堂の空気がゆっくりと落ち着いていく。
先ほどまで豪快に笑っていた領主の表情が、わずかに陰を帯びた。
場に広がる静けさに、コーサクは思わず背筋を伸ばす。
紅茶の湯気をじっと見つめる領主が、うって変わって重い声で口を開いた。
「……実はな、コーサク殿。今日は頼みがあって呼んだのだ。」
紅茶を置き腕を組む領主に、リーネさんもハゲ先生も静かに姿勢を正す。
「娘を……太らせてほしいのだ。」
唐突な言葉に、俺は思わず聞き返した。
「娘さんを?」
「そうだ。我がイルゼは、いつのころからか食事をほとんどしなくなった。今では、すずめの餌ほどしか食わぬ。」
領主は苦しげに眉を寄せ、続けた。
「医者にも見せたが、原因が分からん。病気ではない。ただ食べないだけだ……と」
ゆっくりと顔を上げた領主と目が合う。
「カールの料理でもどうにもならなかった……だが、お主の料理ならば、娘も食べるかもしれん!」
領主は机にバンと手をつき、頭を下げた。
「“食事嫌い”のゲルハルトにも食べさせたその料理の腕、どうか、我が娘にも振るってくれないだろうか!」
その言葉に、コーサクは静かに息を吸い込んだ。
領主の真剣さが、ひしひしと伝わってくる。
「……今のままでは何とも言えません。まずは娘さんに会って、話を聞かないと。」
静かにそう告げると、張りつめていた空気がわずかに揺れた。
領主の表情が、ほんの少しだけ明るくなる。
「ありがとう……ありがとう……」
涙を浮かべて繰り返すその姿に、自然と気合が入る。
――やってやろうじゃねぇか!
ここから最終章です。
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