ハム友とのお出かけ その2
うちの車庫はINUUの領域である。
それも三段階に分かれている。
自由に出入りできる警戒ライン。
許可がいる防衛ライン。
そして、ほとんど踏み込めない最終ラインである。
もっとも、最終ラインは自分の寝床にしている辺りのみであり、ほとんどの領域は通行可能であった。
そして、車庫がINUUの領域ならば、そこに鎮座する車もINUUの部下である。
うちの車は真っ黒の軽自動車なのだが(銀メッキが好きじゃないので、できる限り銀メッキがない車にしている)、帰ってくるとまず車に近寄ってきて、労うように出迎える。
主人に対しては、その後である。
なんか、少し悲しいと思うのは気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。
なんでこっちに先に駆け寄らんのだ、INUU~っ。
家族なのに……。
と少し拗ねてみせるが、INUUは「貴方の魂胆はわかっているんですよ」と言わんばかりの塩対応だ。
くっ。
男の純情を弄びよって、この悪女めっ。
いかん。ちょっと脱線した。
そして、車を部下と思っているのだろうか。
なぜかバンパーの下あたりが綺麗なのである。
最近は、特に雨が汚く、ちょっとした雨でもすぐ汚れになってしまう。
特に黒だと目立つ、目立つ。
十年くらい前は、そんなことはなかったんだけどねぇ。
また、なぜか洗車して二、三日で雨に遭遇するのは、僕の不徳とするところだろうか。
あるいは運の無さか。
ともかく、ちょこちょこ汚れるのである。
それなのに、バンパーの下のあたりだけ綺麗なのである。
うん?
と思って、しばらく観察すると、INUUが車に駆け寄って、そして車の周りをうろうろし始める。
まぁ、車の周り好きだからねぇ、うちのINUUは……と思っていたら、ピタンピタンと音がする。
どうやら尻尾を振り振りして車を歓迎している時に、INUUの尻尾がバンパーの下の方に当たっているらしい。
つまり、INUUの天然犬毛ブラシで磨かれているということが判明した。
うーん……。
わかっててやっているのか、あるいはたまたまなのか……。
まぁ、いいや。
そんな感じで、INUUはうちの車が大好きなのである。
だから、出かける時は、つれて行けとアピールする。
運転席の前で座り込み、じーっとこっちを見るのである。
「君、また出かけようとしているね。私を連れていけないところなのかい?」
まるでちょっとした飲み屋に行こうとしたら見つかって、「女絡みの変なお店に行こうとしているんじゃないでしょうね?」と問い詰められているようだ。
だから、大抵はこっちが折れて助手席のドアを開けると、そそくさと乗り込み、ご機嫌な表情でこっちを見ている。
要は「早くドアを閉めて、行くわよ」ということだ。
こんな感じで、余程のことがない限り、INUUは車で出かける時は必ずついて回ってくるのであった。
本当に、保護者みたい。
で、今日も車で出かけようとして車庫に行くと、INUUがいた。
運転席のドアの前で。
「えっとね、INUUさん。今日は片山さんが乗るから、ご遠慮いただけないでしょうか……」
なんか、へりくだった言い方になるのは、気にしないでくれ。
そんな僕をINUUはじーっと見ている。
吠えもしない。
「浮気にでも行くんでしょう」と言わんばかりの目力を、INUUの視線から感じる。
しばらくにらみ合った後、僕は自分の負けを認めた。
くーっ、仕方ねぇ。
僕は助手席の方に回ってドアを開ける。
INUUは「わふっ」と吠えて助手席に乗り込み、席の上に座った。
早くしなさい。
そう言わんばかりの態度である。
僕は、ふーと息を吐き出してシートベルトを着け、ドアを閉めた。
うーん、やっぱりINUUには敵わないなぁ……。
そんなゴタゴタがあったものの、助手席にINUUを乗せて片山さんのアパートの前に行く。
するともう待っていてくれたのだろう。
いつもより少しおしゃれな感じの服装で片山さんが立っていた。
うんうん。
いいね。
そう思って声をかけようとしたら、INUUが少し空いた窓から顔を出して吠える。
わふーっ。
まるで「今日は素敵よ」と言っているかのように。
先を越されたーっ。
なんか今日はINUUに先手を取られている感が強い。
そんなことを思っていると、INUUがこっちをじっと見ていた。
ははーん、そういうことだったのね。
そんなことを言いたげな目で……。
くっ。そ、そうだよ。悪いかよ。
思わずそう思って見返すと、INUUは「はふっ」と吠えた。
それはまぁ仕方ないわね――そんな感じに聞こえた。
そして車を止めると、INUUは「下ろして」といういつものゼスチャをする。
要は、席の上で体を揺すって、こっちをじーっと見るのである。
おっ。まさか、気を利かせてくれるのか?
ありがとう、INUU様っ。
そう思って車から降り、助手席のドアを開けてシートベルトを外すと、INUUはひょい、という感じで外に下りる。
そして、片山さんの所に行ってハムハムして、たっぷり味わうと、後部座席のドアの前でちょこんと座った。
ドアを開けろということだ。
おーーーっ。INUUよ。お前も空気を読んでくれるんだな。
さすがは、僕の家族だ。
ありがとう。ありがとう。
帰ったら、今日の晩御飯は、いつものご飯に犬用ジャーキーをつけてあげよう。
本当にありがとう。
そんな僕の気持ちが通じたのか、INUUは「はふふっ」と吠えて、後部座席に入って座る。
その様子は僕から見たらいつもの様子なのだが、それでもかわいい。
で、僕がそんな感じなのだから、片山さんにとってはとっても刺激的だったのだろう。
「INUUちゃん、すごくかわいいーーーっ。案内してくれたの?よしよし」
頭を撫でつつ、そのまま後部座席に入ってINUUの横に座る片山さん。
えっと……それって……。
INUUの口角がなんかつり上がって目を細めている感が強い。要は勝ち誇ったような顔である。
その顔でこっちを見ているのは、決して僕の気のせいじゃないと思う。
くーーーーーーーーっ。
悔しい……。
むちゃくちゃ、悔しい。
しかし、ここで色々言っても始まらない。
グッと我慢する。
そう、大人だからな。
うん、大人。
ここは飼い主の度量を見せるべきなんだ。
そう自分に言い聞かせて、僕は後部座席と助手席のドアを閉める。
「シートベルトをしておいてくださいね」
なんとかそう言った。
片山さんはINUUを撫でつつ、嬉しそうに笑って言う。
「はーいっ」
そのご機嫌な声に、僕は心の中で血の涙を流すのであった。
今日のお話はどうでしたか?
楽しんでいただければ、幸いです。
なお、今回の話の実話部分は、尻尾ブラシの部分と助手席前でじっと待っているという部分。
尻尾ブラシは、今のINUUの実話ですが、助手席前で座ってじっと待っているのは、以前父が飼っていたクララという犬の出来事となっています。
すごく頭のいい子で、小説のINUUはクララと今の飼っているINUUの合体という感じでしょうか。
よかったら、感想、ブックマーク、評価等よろしくお願いいたします。




