第73話、衛兵
「お願いですから、次は近隣の住人でも良いですし、兵士でも誰でも良いので道を聞いて、ちゃんと下を歩いて帰って下さいね。頼みますよ?」
「解った。すまない」
『この通り妹も謝ってるから、許してあげて欲しいなー』
弱り切った様子で俺に告げる衛兵に対し、素直に頭を下げる。
どうも昨日の帰宅の移動のせいで、街中が少し騒ぎになったらしい。
明るかったとはいえ、雪によって日が陰り、空は見えにくくなっていた。
そんな中で家屋の上を飛び交う何かを見たと、衛兵詰所への連絡が入ったらしい。
しかも一件二件では無く、更にはここが辺境の街という事で警戒も強くなる。
最終的に俺にもその情報が舞い込み、とても気まずい気持ちで白状した。
結果として俺の自白と住民の証言のに整合性があり、この件は問題無しという事に。
とはいえ騒動を起こした原因である俺は、こうやって注意を受けている訳だが。
「辺境の街という事で、空を飛ぶ魔獣が入り込む事も無いわけではありません。そういった物に対しての対策はしていますが、だからこそ今回大きな騒ぎになった事をご理解下さいね」
「解った」
『はーい』
どうも今回大きな騒ぎになった要因として、上空を飛び交う存在だった事が大きいらしい。
本来なら空からの侵入者に対し、ある程度の対策をしているそうだ。
だが今回門番も観測をしておらず、その対策にも引っかからなかった。
となれば未知の魔獣の可能性を捨てられないと、この大騒ぎに至ったそうだ。
勿論怪しい人間の可能性も含んではいる訳だが。
「・・・本当に解ってます?」
「迷惑をかけた自覚はある。だからこそ素直にこうして謝っているつもりだが」
『妹は反省出来る子だからね!』
「・・・ほんとかなぁ」
ただ俺に注意をする衛兵は、俺の態度が信用できないらしい。
本当に悪いと思っているからこそ、素直に詰所などに居るんだがな。
何も悪くないと思っていたら、衛兵共をぶん殴って部屋にこもっている。
「俺はまだ信じられねえんすけどね。こんなガキが大騒ぎを仕出かしたなんて。何か隠してるんじゃないっすか、こいつ。態度もふてぶてしいし、見るからにクソガキじゃないっすか」
「こら、そんな事言わない。彼女は・・・態度に問題は無いとは言えないけども、素直に自分のやった事を話してくれたし、目撃証言とも合っているだろう?」
詰所には俺に注意する衛兵以外にも、年若い衛兵がもう一人詰めている。
どうもこっちは、俺の言う事が根本的に信じられない様だ。
謝罪や反省の意思どうこうではなく、俺にそんな事が出来る訳がないと。
『そうだぞ! 妹は確かにクソガキだけど良い子だぞ!』
おい、それは貶しているのか擁護しているのかどっちだ。
というかお前、俺の事をクソガキだと思ってたのか。
「おい、ガキンチョ。今なら誰も怒らねえから正直に言いな。お前何を隠してる。辺境で面倒事を隠すなんて、後で酷い目に遭うだけだぞ」
「おい、だから止めないか。彼女は領主様の客人でも有るんだぞ」
「だからって問題を見逃すっつーんですか!? 俺はこんなガキの証言を信じて、問題は無しと決定している事の方が不思議っすよ! 絶対何かありますって!」」
「彼女の実力は組合が証言しているし、領主様や騎士や魔術師や門番の証言もある。少なくとも常人では無い力を持つ方だという事は、間違いない事実だよ」
この騒ぎが鎮まるまでに、まる一日かかっている。
それは衛兵が裏を取る為に、組合や領主館にも情報提供を求めたからだ。
衛兵に俺の事を知っている者も居るが、当然知らない者の方が多い。
中にはこの若者の様に、俺をただの子供と見ている者も居る。
そんな中で彼らが納得するには、それだけの情報と証言が必要だった。
まあ疑われていようが何だろうが、事実は事実として変わらないのだが。
「俺は特に予定も無いし、納得するまで調べたら良いんじゃないか?」
なので俺は衛兵が用意した茶を飲みつつ、そんな風に返した。
何せ防寒具はまだ出来ていないし、である以上街を出るつもりもない。
武具店への訪問も急ぐ訳でも無いし、むしろもう行く必要もない気がする。
流石に二日も経っていれば、領主は武具店に話を通しているだろうしな。
というか、この茶かなり美味いな。淹れ方なのか茶葉なのかどっちだ。
「んっだその態度は! てめえが原因だって解ってんのかコラァ!」
「止めないか!!」
「っ・・・すみません」
俺に掴みかかって来る勢いの若者は、説教をしていた衛兵に首根っこを掴まれた。
それはかなり強い力だったのか、がくんと頭が揺れて後ろに下げられる。
荒い扱いに文句でも言うかと予想していると、怯えた様に縮こまってしまった。
どうやらこの衛兵、穏やかな様子に騙されてはいけない様だ。
若い者が逆らってはいけないと、そう思う程度には恐ろしい相手らしい。
「ミクさん、本当に申し訳ない。どうか若者故の未熟と・・・言うには、貴女も若い少女なのでおかしいかもしれないが、どうか許してやってくれないだろうか。もし許せないというのであれば、腹いせに私を一発殴ってくれても構わない」
「なっ、そ、そんな・・・!」
深く頭を下げる男の姿に、若い衛兵は焦りと困惑を見せる。
まさかこんな事になるとは思わなかった、とでも言いたげな様子だ。
「どうでも良い。掴みかかられたなら殴ったが、貴様が止めたからな」
『妹は優しいから許してあげる!』
面倒をかけた人間を直接殴るなら兎も角、そうじゃない人間に手を出す趣味は無い。
別に精霊の言う様な優しさではなく、ただ単純にどうでも良いだけだがな。
興味もない人間が吠えていた所で、ただの雑音と変わりない。
「それで、結局俺はどうすればいいんだ?」
「最後の注意というか、確認は済みましたので、これで終わりになりますね。でも本当に次からは無いようにお願いしますね。我々も出来る限り騒動は無い方が良いので」
「解っている。迷惑をかけた。ではな」
確かにお互いの為にも、面倒は無いに限る。
衛兵の言葉に頷き返しながら、席を立って外に出ようとした。
「ああ、待って下さい」
「・・・終わりじゃなかったのか?」
『まだ何かあるのー?』
だがそこで呼び止められ、怪訝な顔を背後に向ける。
終わりと言われたから帰ろうとしたんだが。
「また迷子になられても困りますから、お送りしますよ」
「・・・わかった」
『よろしくおなしゃす!』
問題無い、とは言い返せず、その言葉に素直に頷き返した。
先日迷ったばかりな上、また雪で陽が陰っているからな。
「あ、な、なら俺が―――――」
「君はここに居なさい。私が彼女を送ります」
「・・・ウス」
当然というべきか、俺を送るのは落ち着いた衛兵となる。
若い方の衛兵は、最後まで俺に不服そうな視線を向けていた。




