第64話、遭遇
サクサクと雪が積もる道を歩き、だが足を取られる事も寒さに凍える事も無い。
快適この上ない道行きに、先日逃げ帰った時との違いに感動すら覚える。
このまま山の奥まで行ってしまえそうだ、と錯覚してしまう程に。
実際は奥地まで行ける装備ではないので、件の魔獣を見つけたら帰る必要が有るが。
「しかし、魔獣が一体も出て来ないな。この寒さと雪のせいか?」
昨日はこれだけ歩いていれば、最低でも一体は出てきた覚えが有る。
だが今日はどれだけ歩いても魔獣は出て来ず、むしろこちらを伺う気配すらない。
イヌ科の動物は寒さに強い個体も居た気がするが、この世界では違うのだろうか。
「まあ、今日に限っては助かるな」
普段ならどれだけ出て来ても構わないが、防寒具が完璧ではない今は避けたい。
今から強いらしい魔獣と戦うのに、寒さで戦闘前に撤退なんて笑えないしな。
何事もなく目的の魔獣に会えるのが一番良い。
『ゆきいっぱーい!』『ひゃっはー!』『雪投げだー!』『このー、やったなー!』『へっへっへ、かっかってこーい!』『おりゃー!』『負けるかー!』『妹も一緒にあそぼーよー!』
とりあえず周囲で雪を投げ合っている精霊は無視だ。
暫く歩いている内に雪が深くなったせいか、また増えて遊び出した。
今度は置いてかれない為か、遊びつつも移動しているのが余計に邪魔くさい。
このまま歩き続けた場合、魔獣が俺達の接近に気が付くんじゃないのか。
そう思いながら雪が飛び交う中で足を止め、振り向くと同時に雪玉が飛んで来た。
なので掴んで精霊に投げ返してから、今まで歩いてきた道に目を向ける。
『わぷ!? 妹強い!』
「はぁ・・・で、一体どこまでついて来るつもりだ」
俺の問いかけが予想外だったらしく、木の陰から驚いた様子を感じた。
門を抜けて暫く経ってから、誰かが付けて来ていたのは察している。
領主が付けた監視かもしれないが、もし敵なら今の内に潰しておきたい。
魔獣と戦っている最中に不意を打たれた場合、対応できない可能性もある。
万が一の事態を放置などせず、事前対処が一番安全だろう。
「出て来ないなら敵とみなす。みっつ数える内に出て来なければこちらから攻撃する」
「っ・・・!」
その言葉に隠れても無駄だと思ったのか、気まずそうに木の陰から出て来た。
現れたのは、先程俺を付けていた男だ。どおりで尾行が下手な訳だ。
領主の監視にしては隠れ方が甘いと思ったが、この男なら甘くて当然だろう。
「貴様・・・誰かと思えば、何故貴様がこちら側に来ている。支部長の忠告を忘れたのか」
「いや、忘れた訳じゃ、ねえが・・・」
「ならばなぜここに居る。まさか言われた通り、実力も理解せずに死にに来たのか」
「死ぬつもりは、ない・・・」
「何をふざけた事を言っている。貴様の実力でこちら側に向かえば死は免れん。護衛依頼で出た魔獣に手も足も出なかった貴様ではな。だからこそ討伐依頼を受けられなかったのだろうが」
「それは・・・! そう、だが・・・!」
この男、支部長や受付嬢と話していた時とは、若干様子が違うな。
あの時は反論の際に目が血走っていたが、今は戸惑いと後ろめたさが見える。
てっきりもっと強く反論して来ると思ったのに、意外な事に肯定して来た。
何故だ。何故それが出来るなら、あの時はあの態度だったのかが解らん。
まさか相手が子供だからか。俺の見た目が少女だからか。
そう言えば護衛依頼の最中も、俺にだけは態度が優しかったな。
てっきりあれは、俺の事を勘違いしている間だけかと思っていたんだが。
「俺のおこぼれを貰おうとでも思ったか」
「ちがっ・・・いや、違わない、か。そうだな。その通りだ。嬢ちゃんに協力を頼んで、魔獣を狩れないかと思った。けど余りに自分が情けなくて、頼む言葉すら上手く出て来なかった」
協力か。この男と俺では、何も協力は出来ないと思うが。
男もそれが解っているからこそ、俺にそんな事を言えなかったのだろう。
もしその『協力』が受け入れられた場合、実際に起きるのは『寄生』なのだからな。
真面な思考回路と矜持があれば、こんなガキにそんな恥は晒せはしまい。
「ならばとっとと帰れ。今なら街までそう遠くはない。余程運が悪くない限りは生きて街に辿り着けるだろうよ。一応言っておくが、送るつもりは無いぞ。責任もって一人で帰れ」
こいつが魔獣に襲われたら死ぬとして、態々街まで送ってやる義理は無い。
男もその事は理解して居るのか、俺の言葉に反論はない。
むしろ受け入れるしかないと思ったのか、俯いて拳を握っていた。
悔しさは感じている様子だが、やはり俺には反論してこないな。
子供に絡むクソ野郎、だったか。そこがコイツの矜持なのかもしれない。
「じゃあな」
男から背を向け足を踏み出し―――――その足を止めた。
「・・・ど、どうしたんだ?」
男は俺が止まった事に戸惑い、不思議そうに声をかけて来る。
だが俺はその言葉に答えず、視線を周囲に走らせた。
「向こうから来たか」
魔力が、濃い魔力が、周囲を埋め尽くし始めている。
同時に雪の振り方が強くなり、それどころか段々と吹雪いて来た。
なるほど、観測された吹雪は魔法の類という訳か。雪に魔力が混ざっている。
「なっ、なんだ、突然吹雪いて来た!?」
男は何も情報持っていない以上、当然かもしれないが状況について行けていない。
突然視界を奪いに来た吹雪にただただ驚いている。
『うおー! 前が見えないぞー!』『妹はどこだー!』『兄は雪に埋まったぞー!』
「煩いなコイツ等・・・」
吹雪の中でも良く通る声を聴きながら、視界を周囲に走らせるも魔獣の姿は無い。
これはただ遠くに居るだけなのか、それとも潜んでいるから見つけられないのか。
吹雪のせいで視界が悪い。魔力の迸りで魔獣の魔力も解り難い。
成程これは、確かに強力な魔獣だ。あの猪以来の強力な個体だ。
しかも猪の時と違い、確実に殺しに来ている辺り更に強いと言える。
吹雪に負けて死ぬか、この吹雪で不意を打たれて死ぬか。
「っ!」
突然雪玉が飛んで来たので、反射的に殴ろうとした。
だがその雪玉から魔力と危険を感じ、直前で腕を引いて体をのけぞらせる。
すると雪玉が飛んで行った先で、破砕音と木が倒れる音が聞こえた。
「遠距離攻撃も持っている訳だ。しかも狙いが正確だな」
何故後ろの弱い男ではなく、俺を狙って来たのかは解らない。
いや、どうでも良いか。どちらにせよ俺のやる事は変わらないんだ。
「初めて戦闘らしい事をする気がするな。流石は辺境というべきか」
これは、今までの様な『狩り』にはなりそうにないな。




