第46話、晩餐
あれからまた多少砦の案内を受け、残りは一般人立ち入り禁止区域らしい。
ならば部屋に戻ろうとして、その途中でミリヴァに会いもう一度勧誘を受けた。
「魔術師隊に入ればその先にも入れるよぉ~?」
なんて酷い勧誘だ。砦の奥に入る為だけに魔術師隊の入る気など無い。
「そんな理由で入った場合、内部を調べたら脱隊するだろうが」
俺は入る気は無いし、特にこの先にも興味はないが、そういう事をする人間は居そうだ。
特に他の組織の諜報部隊などは、そんな理由で入れるなら喜んで入るだろう。
そして砦の内部の詳細を調べ終わったら、辺境から逃げて姿を消す。
「勿論誰にでもこんな事言わないよ。問題児を抱えるのは御免だからねー。騎士になったつもりの馬鹿共の話も聞いたけど。ああいうのの面倒を見るのは本当に疲れるもん。出来れば問題児を隊に抱える事はしたくないね。まあ、そういう訳にもいかない事もあるんだけど」
問題児・・・考えるまでも無くピリッカの事だろう。
そして騎士になったつもりとは、中々言葉が辛辣だな。
だが彼女の言葉から察するに、魔術師隊にもそういう人間は居たのだろう。
「俺は規律を守る気が無い。ならばアレらと左程変わらんと思うが?」
だが規律違反という意味では、恐らく俺もアイツ等と変わりはしない。
ピリッカは天然でやらかしているが、俺は意図して規律を破るつもりだしな。
どちらにせよ問題児であり、ならば問題児を勧誘するのは間違っている。
「アレと君は違うさ。アレは本当にいい加減だが、君は根が真面目に見えるからね」
「・・・そうか」
確かに俺とアレは違うが、だとしてもその印象は少し残念だ。
悪党として生きると決めた以上、真面目な印象は余り与えたくない。
そもそも俺は真面目に過ごしているつもりが無かったんだが。
この世界で生活する様になってから、かなり自由に振舞っているつもりだ。
だというのに真面目と言われるという事は、まだまだ悪党としての研鑽が足りないな。
もう少し悪党らしく見られるにはどうすれば良いか。少し考えてみるか。
「ま、何にせよ無理にとは言わないさ。君の事を評価している人間が居る。その事を頭の片隅にでも留めて置いてくれたらね。それにこれで最後にするよ。余りしつこいと嫌われそうだし」
「解った。覚えておこう」
とはいえ評価されているから何なのだ、という話ではあるが。
いや、評価されているという事は、面倒な絡み方をされずに済むという事か。
そう考えれば確かに、魔術師隊の評価を得たのは良い事かもしれないな。
領主との約束を考えると、彼女と共に仕事をする可能性も無くは無い。
俺としても面倒な手合いと仕事をするよりは、仕事をし易い相手の方が良い。
まあ仕事を受けるかどうかは、まだ未定ではあるが。
「・・・そういえば、その問題児は結局どうなったんだ?」
「度重なる規律違反により、罰則として次回の給金の5割減、かつ20日間の勤務時間外の奉仕という名の、騎士隊と魔術師隊が使う各所の掃除が命じられたみたいだね」
「給金の5割は中々な話だが・・・罰則を命じた所でサボりはしないのか?」
「何だかんだ罰はしっかり受けるのも、アレの面倒くさい所なんだよ」
「ああ・・・」
何と言えば良いのか、どこまでも問題児であればもっと違う対処が取れる。
だが罰則を甘んじて受けるという事は、組織に準じるつもりはあるという事だ。
となれば下手に排除するのも、あの技量を考えるともったいないといった所か。
そう考えてしまう事自体が、色々とタチの悪い人間という事だろうがな。
いっそ完全に問題児である方が、要らないと判断出来てしまうだろうに。
「・・・本当に問題児だな」
「・・・うん、本当にね・・・実力はあるから余計に嫌になる」
中間管理職は大変だな。俺も経験はあるが、本当に面倒で堪らなかった事が多い。
性別だけで舐めて来る輩が居た世界は特にだ。男女どちらでも経験がある。
彼女はメボルより気楽そうだと思ったが、気楽でないとやってられんだけかもしれん。
ただアイツと違って魔術が有るので、体調を崩す事は余り無さそうだが。
「じゃミクちゃん、私はこの辺で。セムラちゃんと精霊さんも、またね」
「ん、また」
『またねー!』
声をかけられたセムラは当然だが、精霊も嬉しそうに手を振って応える。
当然ながら彼女にそれは見えていないが、手を振ってその場を去って行った。
「じゃあ、今度こそ部屋に戻るか」
「ん、砦探検、面白かった。ミクが居なかったら経験できなかった」
『探検・・・? 案内・・・? あれ、探検って何だっけ・・・?』
「ではご案内いたします」
セムラはとても満足そうに、案内する使用人の後を付いて歩く。
行きの時と違い観察も説明も寄り道も無いので、あっという間に部屋に着いた。
精霊は自分の中で何かが消化できないのか、移動の間は静かだった。
「新しいお茶をご用意致します。お菓子も交換致しましょうか?」
「いや良い。茶を貰えれば十分だ」
「ん、私も」
『お菓子まだいっぱいあるもんね!』
「畏まりました。では少々失礼致します」
彼女は本来ならば、少し頭を下げて去っていくのだろう。
だが頭の上に精霊が居ると思い、目礼をして部屋を去って行く。
そして気にされている精霊はと言えば、頭に乗ったまま一緒に消えて行った。
「ミク、精霊は?」
「相変わらず彼女の頭の上のままだ」
「そうなんだ。このまま彼女に付くのかな」
「そうなってくれると嬉しいんだがな」
残念ながらそうはならない、というのが確信できてしまう。
一時的に離れたとしても、暫くすれば間違いなく戻って来るだろう。
等と話しながら菓子を口にしていると、使用人はそう時間もかからずに戻って来た。
部屋に戻る途中で他の使用人に声をかけていたから、先にお湯は用意していたのだろう。
「お待たせいたしました」
やけに機嫌の良さそうに見える使用人は、俺とセムラの前にカップを置く。
それから最後のカップをもう一つ置くと、精霊がぴょんと飛び降りた。
『妹、これ美味しいよ! 味が違う!』
「・・・精霊が迷惑をかけた様だな」
恐らく厨房でお茶を作り、カップに注いだものを勝手に飲んだんだろう。
簡単に状況が想像でき、思わず使用人に向けてそんな言葉が出た。
「精霊様が確かに居られるのだと、そう思える事が目の前で起きたのです。喜びこそあれ、迷惑だなんて思うはずがありません。むしろ得難い経験に感謝の気持ちしかありません」
『兄は迷惑かけたりしないもん!』
本気で嬉しそうに笑う使用人と、ぷーっと頬を膨らませる精霊。
まあ、使用人は本人が良いならそれで良いが、精霊は自分の行動を省みろ。
「そうか」
だがもう突っ込むのも面倒くさいので、それだけ言って茶を飲んで流した。
その後はやる事も無くのんびりと過ごして、軽く昼寝をしていたら日が暮れた。
夕食の準備が出来たと言われ、同じ使用人に連れられ食堂へ。
明らかに普段使いして無さそうな、客人が来た時用の食堂に通された。
「待たせたな。今日は好きなだけ食べて行ってくれ」
「そうさせて貰う」
「おおおお、凄い」
『料理がいっぱいだー! 僕これ食べるー!』
でかいテーブルにこれでもかと料理が並び、材料も調味料も贅沢に使われている。
そんな料理を前にセムラは驚き、精霊は真っ先に飛びついてもう食べ始めた。
使用人はそれを察知したのか、頭の上に居ない事が残念そうだ。
「少しだが話は聞かせて貰った。うちの者がまた迷惑をかけた様だな。申し訳ない」
席について食前酒を口にした所で、領主はそんな事を言って来た。
だが迷惑だったかと言えば、特にそういう事も無かったと思う。
先んじて面倒を潰しただけの事であり、良いものも見せて貰ったからな。
総じて考えれば、俺にとっては利点の塊だったと言えるだろう。
「むしろ良い物が見れた。謝罪を受けるよりも、礼を言うべきだろう」
「ほう、一体何を?」
「魔術師隊の訓練だ。アレは参考になった。それに彼女達の実力もな」
「ミリヴァは地味な訓練しか見せていないと言っていたが?」
「その地味な訓練がどれだけの物か、解らない者はあの部隊に居られんだろうよ」
アレは確かに地味な訓練だ。だがその地味な訓練が自分の命を伸ばす。
彼女の部隊の理念を考えるならば、その結果で他者も救えるという事だ。
あの訓練をしていた者達は、皆それを理解している様に見えた。
「ふむ、貴殿がそこまで言うか。そうか、誇らしい事だ」
領主は俺の言葉を聞き、嬉しそうに呟きながら酒を喉に流す。
それはそうだろう。領主にしてみれば、彼女達は誇らしい兵士だろう。
むしろ彼女達を誇らないのであれば、一体どんな部隊を誇りに思うというのか。
「美味しい。ナニコレ、こんな味知らない。すごい、ミクこれ凄いよ」
『こっちも美味しいよ! これは・・・ナニコレ? まあ良く解んないけど美味しい!』
「ははっ、ご友人も満足そうで何よりだ。それに精霊も・・・喜んでくれているのかな?」
貴族の食事を喜ぶセムラに苦笑し、精霊が食べる様子を確認する領主。
だが彼の苦笑いは、この後の方が顕著だった。
「・・・よ、良く、食べるな。どこに入るんだ、一体」
「もぐもぐ・・・まだ入るぞ」
「・・・追加を命じておく」
テーブルに沢山あった料理の大半を平らげ、それでもまだ入る俺の様子を見て。
うん、しかし、美味いんだが・・・辺境だからなのか魔獣の肉が多いな。
もっと野菜が欲しい。




