第45話、技量差
「ピリッカ、気のせいかな。私には君が訓練をサボったと、そう言った様に聞こえたんだが?」
「・・・キノセイダヨ?」
明らかに怒りを滲ませた声音で問うミリヴァに対し、カタコトで応えるピリッカ。
だが気のせいと言うには、余りにはっきりと訓練をサボったと言った。
どう足掻いても誤魔化す事は出来ないだろう。
「君は本当に、何でそう・・・」
「あ、あははー、いやえっとほら、精霊付きなんて、滅多に会える存在じゃないしさ。やっぱり気になるじゃない? 魔術師としては、精霊の魔力ってのを感じてみたいし」
「その気持ちが解らないとは言わないが、訓練をサボってまでやる事とは思えないねぇ」
「ちょ、まっ、何で身体強化を強めてんの!? まさかそれで殴らないよね!?」
ミリヴァは先程喋っていた事を実践する様に、魔力を循環させ身体強化を強めていく。
制御そのものは訓練中と遜色ないが・・・殆ど消費を気にしていない様に見えた。
つまりそれだけ身体能力が上がるという事で、あれで殴られたら骨折は確実だろう。
幸いは元の腕力が女性である事、とは言えんな、あの感じだと。
余裕で魔術を使っている様子からして、この女の限界はコレではあるまい。
「それに君は、先日も訓練をサボったと聞いたんだけど?」
「あ、アレは違う! サボったんじゃないよ! 本当に! ここに戻る途中で困ってる人が居たから手を貸してたら、食事に誘われちゃって、食べてたら帰るのが遅れただけで!」
「言い訳になるかぁ!」
「びゃぁ!?」
綺麗な踏み込みと同時に放たれた拳は、けれどピリッカには当たらなかった。
彼女はミリヴァと同じ様に身体強化を使い、不格好ながら躱して見せた事で。
「ふむ、成程」
訓練をサボる様な者が領主お抱えの魔術師隊に居られるのか、という疑問があった。
だが今の一瞬の攻防で、この女が何故ここに居られるのかが解ってしまう。
恐らくではあるが、このピリッカという女は、純粋に魔術師として技量が高いんだ。
何せ今の一瞬の攻防で、ミリヴァが踏み込む前に身体強化を終えていた。
それに動きそのものは素人だったが、速度自体はミリヴァを越えている。
逆にミリヴァの動きは武術を齧った気配が有り、それが尚の事力量差を感じさせた。
「君は、なんでそう、才能はあるのに、ああもう一発ぐらい食らいな!!」
「やだよ! それ当たったら絶対骨折する奴じゃん! ちょ、ごめん、ごめんって、謝るからお願い許して! 私が悪かった自覚はあるからぁ!」
「自覚が有れば良いって物じゃない!」
外に放つ魔法を使ってはいないものの、魔術師同士の高度な戦いがここにある。
それを見て思ったのは、俺はこの世界で無敵の存在では居られないという事だ。
一人ずつなら何とかなる。二人がかりでも対処する自信はある。
だがこれだけの使い手がもっと数を、そして何度もぶつけられたら。
消耗戦に持ち込まれても勝てるかと言われると、怪しいと感じた自分を自覚している。
「・・・やはり、暫くは辺境から離れられないな」
この女達は敵対して居ないし、俺も現状敵対するつもりは無い。
だが敵対する可能性がゼロではなく、他の地にこの技量の人間が居ないとは限らない。
なら俺は生き方を貫き通す為にも、暫くは辺境で魔獣を食らい続けねばならないだろう。
今度こそ自由に生きる為に。理不尽な死を、跳ねのけて生き続ける為に。
問題点があるとすれば、現状余り力が上がってる感じがしない事だが。
いや、一応上がってはいる、上がっている感覚はある。だが小さい。
その点も領主の提案を呑んだ理由だ。俺に必要なのは強力な魔獣の魔核だと。
「おお、これは凄い」
『たのしそー!』
尚外に放つ派手さは無いものの、明らかに強者の動きを見せる二人にセムラは大満足だ。
精霊はどうやら、殴りかかられている側の必死な形相が見えないらしい。
「む?」
ただ暫く眺めていると、二人の相違点に気が付いた。
ミリヴァとピリッカの制御能力に差が出始めた事だ。
前者は常に安定した制御で、未だ衰える様子を見せない。
だがピリッカは術の力その物は高いが、段々制御が不安定になって来た。
つまりこれが、治癒術の訓練を積んだ者と、そうでない者の差という事だろうか。
先程は力量差があると思ったが、結果を見ればミリヴァの方が上手だな。
限界はまだ先に在る様に見えるが、限界まで引き上げない理由がここにある訳だ。
隊員達がじっと見つめているのは、その技術をしっかりと観察しているのだろう。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 本当にそろそろ限界なので許してぇ!!」
「たく、もう!」
深く深くため息を吐いた所でミリヴァは魔術を解き、ピリッカも膝と手を付いて解く。
ぜーはーぜーはーと肩で息をしているのは、動きに無駄が多かったせいだろう。
幾ら早く動けようとも、無駄が多ければ体力を奪われるからな。
その点でも、武術を齧っているミリヴァが上か。消耗を出来る限り抑えている。
彼女が訓練中に語った継続戦闘能力。その体現がこのミリヴァ部隊長殿という訳だ。
となればその逆が、そこでくたばっている魔術師、といった所か。
ただし今の条件では、という事も言えるとは思うがな。
ピリッカという女は一度も反撃せず、他の魔術を使わなかった。
言ってしまえば相手の得意分野に付き合った形だ。
もし反撃込みの行動であれば、また結果は違ったかもしれない。
何せ魔術の構築速度そのものは、ミリヴァを遥かに超えていたからな。
俺と同じ様に、感覚的に使っているのかとすら感じる程だった。
「し、しぬ、へ、下手な訓練より、きつい・・・!」
「それは丁度良かった。お前の懲罰を何にしようかと思っていたんだが、ミリヴァに協力を求めるとしよう。暫くお前はミリヴァに稽古をつけて貰え」
「げっ、隊長、嘘でしょ・・・!」
そこにまた新しい人間が、無表情で不愛想な声音の男が現れた。
恰好から察するに魔術師だと思うが・・・いやコイツ本当に魔術師か?
今ここに居るどの魔術師とも違い、騎士かと思う程にガタイが良いんだが。
こいつがさっきの身体強化を使ったら、絶対騎士より強いと思う。
「グレウル、私はピリッカの面倒役じゃないんだが?」
「同期で仲が良いんだし、少し面倒を見てやってくれ。私は疲れた」
「あのねぇ、彼女は君の所の隊員だろう。私に押し付けるな。自分で手綱を握れ」
「握れるなら握っている。コレは何度叱ってもコレだ。才能が有るのが余計に腹立たしい。何より実戦では確り言う事を聞くから余計にたちが悪い」
・・・問題児だが使えない事は無い、どころか使いたい時はしっかりと使える問題児。
組織に準じる事が出来ていない様で、肝心な時はキッチリと仕事をこなすサボり魔。
規律を大事にする組織から見れば、この上なく面倒な人材ではあるだろうな。
この街が辺境でなければクビかもしれんが、辺境だからこそ排除は出来ない。
実力が有り、実戦では有用であり、一応組織に従うとなれば、捨てられないだろうよ。
たとえ普段の行動がちゃらんぽらんだとしてもだ。
「ううっ、ミリヴァと訓練とか、騎士と訓練する方がマシだよぅ・・・容赦無いんだよぅ」
そして当の本人は、どう見ても反省の色が見えない。
間違いなく、有能でなければ切られる手合いだな。
「満足・・・!」
『二人とも頑張った! 感動した!』
取り合えずこちらとしては、セムラが満足してるから良いか。
俺も良い物が見れたしな。精霊は知らん。好きに感動しておけ。




