窓際のレクイエム
夕暮れに花束を買って部屋のつっかえ窓に飾った。
「やあね、女みたい。」
彼女は笑っていたが、内心は花に嫉妬していたろう、薔薇、白く、想い出がないと言えば嘘になる、ちいさなちいさなブーケ、ひとひら散り、それ以上触れるとすべてが解けそうな儚さだった。
十幾年だったか前、午後六時、花瓶の水に泳ぐミニ薔薇、退屈で爪で弾いていたら、隣の部屋からピアノの音が零れてきた。その演奏の拙さからも母親との会話からも幼い少女が弾いているのが分かった。女を待つ間ずっと聴衆となり、先行き不安な、幼児にしても伸び切らない、そのぎこちなさが何故かその時は心地よかった。母親のヒステリーに虐められ泣きながらポロンポロンはじき、打たれたあと癇癪で椅子を倒した。母の足音が消え、ドアの音が静まると、まるで嘘泣きでもしていたかのように一転して愉しげなエチュード、心が一街飛び越えスキップしているかのような軽快なテンポが、自由を縦横に礼賛していた。そこにあるのは童心の強みだった。女が帰って来て、あら、隣の子、今日は機嫌いいわね、今朝アメをあげたからかしら。
したたかなのは良い事だ。し過ぎてもし過ぎたとは責めないし、彼女が職場の花屋から毎週花を持ち帰るのにお金を払ってないことにも、慣れと言うより当然だと、だから部屋で煙草を吸うのにも文句は言わないで欲しかった。隣の子、よく泣き真似するの、上手なのよ。花言葉は知らない。ただ延びる線の美しく、その妖艶さがまだ子どもとは思えぬ、散り際も見事、両面の反り返り、一週間は生き長らえ、見てない所でそうっと姿を消して淡逝った。女は一時気に留めたが直ぐに次の花を持って帰って来た。
彼女の話では隣の一家は明日武蔵野に引っ越すらしい。ピアノを運ぶところを見てみたい気もしたが、いつかステージを客席から覗くことを期待し、一切の演奏も泣き声も忘れることにした。その次の日、こっそり女の部屋に在る荷物に紐を掛けた。
その少女はその後もピアノを続け音楽大学に入り、その二年後、世界から絶賛されるピアニストにまで成長する。今では名盤なんてレコードでも容易く手に入るが、ウィーン交響楽団を率いてのかの名演奏はホールで聴き、頭に流れるたびに涙さえ厭わない。隣室時代を思い出すと心がこそばゆくて、ラフマニノフの名手として名を馳せた当時、謂れもなく鼻が高かった。
しかし、いつしか彼女の名前は世間から忘れ去られることとなった。個人的には偶然思い出した時期もあったが、友人たちは何の噂も口にしなかった。更に数年経ち、最後に彼女の名前を見たのは新聞の小さな見出し、
天才ピアニスト二度目にして自殺成功、
部屋の壁には血の書き置きがあり、「canon」、
あるテーマを一定の法則に従って模倣を繰り返す演奏法。
待ってる、と、口ではっきり言ってくれれば分かり易かったが、それも彼女らしいと思った。表にも裏にも女の顔を保った。賞賛に値し、もう二度と忘れまいと誓った。
もしもし、そちらスカンジナビアには花の便りは届いてますか、放送局からリクエストの曲、雨のノクターン、曲の終わりを聞き逃すくらい、静寂に埋もれるリズムに死へ誘うコード、涙も震え、冷悼の薔薇、最終曲の終止符は、変わらない男を戒めるのには少しくらいしたたかじゃないとダメなのよ、と、子どもの声で囁いてるような気がした。




