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勇者、経費で落ちません  作者: みき
第1幕 国内編

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第41話 魔王と課長を、同じ卓に着かせる

 財務課の一室。エルナはその日、二人の頑固者を同じ卓に招いた。一方は、元・魔王にして会計ソフトの創業者、マオウ。もう一方は、紙とハンコの守護者、財務課長フェルゼン。倒した魔王と王国財務の重鎮が、一つの卓を挟んで向かい合う。前代未聞の光景だった。ライルとザイデルも立ち会った。


 最初は二人とも、互いを警戒していた。フェルゼンは魔王を、「得体の知れぬ機械を売りつけに来た元・敵」とにらみ、魔王はフェルゼンを、「進歩を拒む頑固な老人」と見ていた。卓の上の空気は凍りついていた。「……話すことなどない」フェルゼンがぼそりと言った。「わしは、あの機械を認めぬ。それだけだ」


「課長」エルナが静かに口を開いた。「どうか最後までお聞きください。わたしは、あなたを説得しに来たのではありません。あなたの守ってきたものを否定しに来たのでも。――その逆です。あなたの守ってきたものを、これからも守り続けるためのご提案を持って参りました」彼女は魔王にも向き直った。「マオウさんにも。あなたのソフトを否定するのではありません。あなたのソフトが王国に本当に受け入れられ、長く使われ続けるためのご提案です」


 二人の頑固者が、わずかに身を乗り出した。エルナは、あの何日もかけてたどり着いた答えを語りはじめた。「機械に計算をさせます。膨大な集計や分類は、ソフトが一瞬でこなす。職員たちは、つらい手作業から解放される。――ですが、機械の出した答えをそのまま信じはしません。最後は必ず、人の目で(あらた)め、人の手で判を押す。機械がどう計算したかを、人が確かめられる仕組みにするのです」


「ふん」フェルゼンが鼻を鳴らした。「中途半端だ。機械を入れるなら徹底的に。入れぬなら入れぬ。そんな半端なものが――」「いいえ、課長」エルナは遮った。「あなたはおっしゃいました。『中で何をしているか見えぬのが恐ろしい』と。この仕組みなら見えます。機械の計算を人が一つずつ検める。あなたの最も恐れていたことが解決します。さらに、紙の記録も残します。機械が壊れても、紙が残る。――あなたの三つの懸念はすべて消えるのです」


 フェルゼンが黙り込んだ。エルナは今度は魔王に向き直った。「マオウさん。あなたはソフトに絶対の自信をお持ちでしょう。『人が検める』など、余計な一手間だと思われるかもしれません。ですが――考えてみてください。あなたのソフトを最も信用していないのは誰ですか。フェルゼン課長のようなベテランの財務官です。その人たちが、『人が最後に検められる』と安心できれば。彼らは進んで、あなたのソフトを使う。一手間を惜しんで誰にも信用されぬより。一手間を加えて皆に信用される。商人として、どちらが得か。おわかりのはずです」


 魔王の目がきらりと光った。商人としての勘が働いたのだ。「……なるほど。たしかに」彼は顎をなでた。「私はソフトの完璧さばかりを誇っていた。だが、どれほど完璧でも、客が信用せねば売れぬ。『人が最後に責任を持つ』――それは客に安心を売ることだ。むしろ、それでこそ王国のような堅い相手にも受け入れられる」彼はエルナを感心したように見た。「あなたは商売をわかっておられる。私が見落としていた視点だ」


 ガランが控えめに口を添えた。「魔王様。手前も長年、帳簿をつけてまいりました。経理の端くれとして申し上げます。――どんなに優れた機械も、最後は人が責任を持たねば信用されません。手前が魔王軍時代、帳簿を信用されたのは、機械が正しかったからではありません。手前自身が一行ずつ責任を持って確かめたからです。フェルゼン殿のおっしゃることは、経理の本質を突いております」同業の経理魔物の言葉は、フェルゼンの頑なな心を思いのほかやわらげた。「……ほう。魔王軍にもまともな経理がおったか」フェルゼンが初めて、ガランに興味深そうな目を向けた。「組織は違えど、数字に仕える者の心は同じということか」二人のベテラン経理が、立場を超えてわずかにうなずき合った。


 その様子をライルは感慨深く見ていた。かつて剣を交えた魔王と、王国の重鎮。世界を滅ぼそうとした組織の経理と、王国を守ってきた財務官。本来なら決して交わるはずのなかった者たちが、今、一つの卓を囲み、「数字をどうまっとうに扱うか」というただ一点で、心を通わせはじめている。剣では決して生まれなかった和解だった。「……すごいな、エルナさんは」ライルはザイデルに小声でささやいた。「ああ」ザイデルも深くうなずいた。「敵を斬るのではなく、敵と味方の間に橋を架ける。あれは勇者にもできぬ業だ」


 卓の空気が変わりはじめた。凍りついていた二人の頑固者の間に、わずかな歩み寄りの兆しが見えた。だが、フェルゼンはまだ最後のこだわりを口にした。「……一つ聞く」彼は魔王をまっすぐに見た。「お前の機械を入れれば、わしのような年老いた職員はどうなる。計算がいらなくなれば、わしらは用済みか。長年、数字に仕えてきた者を機械が追い出すのか」


 それはフェルゼンのもう一つの本音だった。自分の四十年が機械に取って代わられること。その寂しさと恐れ。エルナはその問いを待っていた。「いいえ、課長」彼女ははっきりと言った。「むしろ逆です。機械の出した答えを最後に検める。それは、長年の経験を持つあなたにしかできない仕事です。『この数字はどこかおかしい』――その勘は、四十年、数字と向き合ってきた者だけの宝です。機械を入れれば、あなたはつまらない計算から解放され、その最も大切な仕事に専念できる。あなたは用済みになるどころか――王国財務の最後の砦になるのです」


 フェルゼンは長いあいだ黙っていた。その厳しい目元がかすかに震えていた。自分の四十年が否定されるのではなく、むしろ最も大切なものとして活かされる。そんな道があるとは思っていなかったのだ。やがて、彼はぽつりとつぶやいた。「……お前は本当に変わった財務官だ。敵と味方を同じ卓に着かせ、どちらも勝たせようとする」彼は魔王をちらりと見た。「元・魔王よ。お前の機械……話だけでも、もう少し聞いてやってもよいぞ」その一言に、エルナの顔がぱっと明るくなった。氷が溶けはじめた。「ありがとうございます」彼女は深く頭を下げた。「では、さっそく細かな取り決めを詰めてまいりましょう。機械がどこまでを担い、人がどこを検めるか。紙の記録をどう残すか。一つずつ、お二人の納得のいくまで」魔王とフェルゼンは顔を見合わせ、それからどちらからともなく卓の上に身を乗り出した。


 元・宿敵と王国の重鎮。二人の頑固者が初めて同じ方向を向いた瞬間だった。世界で一番地味な冒険は、王国の未来を賭けた最後の合意へと近づいていく。


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