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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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殷式油缶戦車踏破術(いんしきあぶらかんせんしゃとうはじゅつ) シティーコネクション 

 殷式油缶戦車踏破術いんしきあぶらかんせんしゃとうはじゅつ


――別名「克拉利斯式全路制覇法くらりすしきぜんろせいはほう」、後世俗称「シティ・コネクション」

 武術の歴史において、「走ること」が究極の戦闘技術として体系化された事例は、極めて稀である。

 しかしここに断言する。「走り尽くすこと」そのものが勝利の条件として定義された技術体系は、本項が扱う殷式油缶戦車踏破術をおいて他に存在しない。

挿絵(By みてみん)

 第一章 殷王朝・紀元前十四世紀——「油缶戦車突破法」の確立

 中原の覇者・殷王朝において、戦車戦は戦場の花形であった。しかし殷の武将たちを最も悩ませた戦術的課題は、敵の追跡戦車をいかに振り切るか、ではなかった。

 課題は全く逆であった。

「いかにして、敵の追跡をかわしながら、味方への伝令を全城塞に届けるか」

 この問いに答えたのが、殷第二十二代王・**武丁ぶてい**に仕えた戦車将軍・**油轢克ゆうれきこく**である。

 油轢克が確立した戦法の核心は、驚くほど単純であった。

 伝令戦車の後部に大型の油缶を積載する。追跡する敵戦車が接近した瞬間、油缶を後方へ投擲する。路面に広がった油を踏んだ敵の車輪は制御を失い、激突・自滅する。その隙に伝令戦車は全速で逃走し、目的地の全城塞を巡回して情報を届ける——

 これが「油缶後投術あぶらかんこうとうじゅつ」の原型に他ならない。

 さらに油轢克が発見したのは、伝令の経路において一寸の道も踏み残さず走破することの戦略的重要性であった。全路面に伝令車の轍が刻まれた時、それは同時に「我が軍はこの地を完全に把握した」という心理的支配の証明となる。

 この思想を「全路制覇のぜんろせいはのことわり」と呼ぶ。


 第二章 三大技法の詳説

 第一技法「油缶撃退法あぶらかんげきたいほう

 追跡戦車を撃退するにあたり、正面からの衝突は双方に損害をもたらす愚策である。油轢克が選んだのは「前を向きながら後ろを倒す」という二律同時の発想であった。

 走行しながら前方の道路を踏破しつつ、後方の敵を油缶で無力化する——この同時並行の技術は、後世の兵法書において「一矢二鳥の極致」と讃えられている。

 第二技法「慣性反転突破法かんせいはんてんとっぱほう

 伝令車が方向転換する際、急激に向きを変えることは車輪への致命的な負荷をもたらす。油轢克が編み出したのが、慣性を利用した滑らかな反転——すなわち減速しながら慣性の力を借りて方向を転換する技術であった。

 しかしこの反転動作の最中は、いかなる理由があろうともジャンプ回避ができない。これを「反転の呪縛はんてんのじゅばく」と呼び、習得に最も時間を要する難関とされた。

 第三技法「赤珠瞬間路面転移法せきじゅしゅんかんろめんてんいほう

 走行路上に出現する赤い宝珠を車輪で踏んだ瞬間、伝令車は次の目標地点へと瞬時に転移する——と、油轢克の戦術書『覇道車輪録』には記されている。

 この現象の機序については民明書房も現在調査中であるが、殷代において赤い物体が「空間と空間を繋ぐ吉兆」とされていたことは、甲骨文字の複数の記述が証明している。


 第三章 絶対禁忌——なぜ猫を轢いてはならないのか

 本術において最も厳格に守られた禁忌がある。

「走行中、いかなる状況においても、猫を轢いてはならない」

 油轢克はその記録にこう述べている。「猫は殷において霊獣とされ、天の使者であった。天の使者を傷つけた伝令は、その伝令そのものが呪われ、いかなる目的地にも辿り着けなくなる」

 追跡戦車は油缶で容赦なく撃退するにもかかわらず、猫一匹には走行を完全に制限される——この非対称性こそが本術の哲学的核心であることを、読者諸氏はすでに理解されたであろう。

 なお後世において、この禁忌が「猫踏んじゃった」という音楽として民間に伝承されたことは、音楽民俗学の見地から明白であり、この楽曲の作曲者が判明していない理由もまた、各国が本禁忌を独立して継承した結果に他ならない。


 第四章 一九六三年・ワシントン——伝説の全路踏破


 時は一気に二十世紀へと飛躍する。

 一九六三年八月二十八日。

 公民権運動の指導者・マーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士が、ワシントンD.C.のリンカーン記念堂前にて歴史的演説を行うこととなっていたその日の朝、深刻な事態が発生した。

 演説会場への主要道路が、白人警官のパトカーによって組織的に封鎖されつつあったのである。キング博士の乗った車は会場まで残り数マイルの地点で完全に進路を塞がれ、さらには演説の情報がワシントン市民に十分に伝わっていないという報告が入った。


 その時、一台の小型車が猛然と現れた。


 運転していたのは、ワシントン在住の若き女性・クラリスであった。

 彼女はいかなる経緯で『覇道車輪録』の英訳抄本を所持していたか——それは今なお不明であるが、重要なのはその結果である。

 クラリスはキング博士の車を先導するや、後部座席に積んでいた複数のオイル缶を次々と後方へ投擲した。接近するパトカーはオイルを踏んでスピンし、次々と自滅した。

 さらに彼女は驚くべき行動に出た。

 キング博士を乗せたまま、ワシントンD.C.の全ての幹線道路を走破しながら、窓から拡声器で演説の開催を叫び続けたのである。一寸の道も残さず——まさに殷の「全路制覇の理」を、現代ワシントンで完全に再現した。

 封鎖されたルートでは、パトカーが正面から立ち塞がった。クラリスは慣性反転突破法で鮮やかに方向転換し、別ルートへと切り抜けた。路上に飛び出した猫を、彼女は毎回完璧に回避した。

 午後一時。

 クラリスの車はリンカーン記念堂前に滑り込んだ。

 広場には、彼女の疾走によって演説を知った二十五万人の市民が、すでに集結していた。

 キング博士は車を降りながら、クラリスにこう言ったと伝えられている。


「あなたは今日、道を繋いだ」


 "I Have a Dream"の演説は、かくして始まった。

 クラリスの名がいかなる歴史書にも記されていない理由については、読者各自の想像に委ねることとする。


 第五章 ゲームへの昇華——三千年の疾走、画面に結実す

 一九八四年、大阪のゲーム開発会社・〇ャレコの開発室において、一人の企画者が沈黙を破った。

「若い女性が、車で、世界中を走り回る。道を全部塗りつぶしたらクリア。追いかけてくるのはパトカー。猫を轢いたら死ぬ」

 傍らには二冊の書物が置かれていた。

 殷代の戦術書『覇道車輪録』の現代語抄訳。そして一九六三年のワシントンにおけるクラリスの疾走を記録した、ある人物の私的証言録——その人物の名は、非公開とされている。

 かくして一九八五年にリリースされた「CITY CONNECTION」は、殷王朝・油轢克の戦術から、ワシントンの無名の女性の疾走へと連なる三千年の全路踏破精神の完全なる結晶に他ならない。

 チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第一番」と「猫踏んじゃった」がBGMとして採用された理由も、いまや説明は不要であろう。

 道は、繋がっている。



【参考文献】 車連嬌著『東亜女傑覇道踏破史考』民明書房刊 / 油轢克著(推定)『覇道車輪録』(殷代甲骨文字・竹簡複合史料、河南省安陽出土、民明書房考古調査部所蔵) / ワシントン市民証言録『一九六三年八月の無名の車』(証言者名非公開、民明書房資料室所蔵) / チャイコフスキー私信集第十七巻(国立モスクワ音楽院図書館所蔵) / ジャ〇コ社内記録一九八四年度企画書(部分開示)



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