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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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イクラ——読むことが開いた道

イクラ——読むことが開いた道

挿絵(By みてみん)

 「イクラ」——日本の食卓において鮮やかな橙色に輝くこの魚卵が、イスラムの聖典における最初の言葉と、バイキングの大航海と、極北の民の知恵と、そして漂流した日本人商人の運命を、一本の糸で繋いでいることを知る者は、今日ほとんど存在しない。


第一章 イクラの教え——読むことの始まり

 七世紀、アラビア半島のヒラー山の洞窟において、一人の商人に天使ジブリールが現れ、告げた言葉は一言であった。



「イクラ(اقرأ)——読め」



 これがコーランの最初の啓示である。

 この言葉はイスラム世界に「知識を求めることは礼拝に等しい」という思想を根付かせた。イスラムの学者たちは東西の文献を収集し、翻訳し、研究した。バグダッドの**「知恵のバイト・アル・ヒクマ」**には世界中の書物が集められた。


第二章 バイキングの知恵——交易路を渡った文献

 **七一一年、イスラムはイベリア半島へ進出した。**地中海の交易路を掌握し、ヨーロッパ各地との交流が深まるにつれ、北方の民との接触も増えていった。

 ヴォルガ川交易路において、バイキングとイスラム商人が活発に取引を行っていたことは、スカンジナビアで大量に発掘されたアラビア銀貨が証明している。物だけではなく、知識もまたこの路を通った。

 バイキングは十世紀から十一世紀にかけて北大西洋を渡り、アメリカ大陸の北端まで到達した。レイフ・エリクソンによる北米到達は、今日では史実として確認されている。

 彼らが持ち帰った記録の断片が、ヴォルガ交易路を経てイスラムの学者の手に渡った。

 その文献に記されていたのは、北の果てに住む民——イヌイット——の食の知恵であった。

 イヌイットは鮭を余すことなく使った。身も、皮も、内臓も、そして卵すら食した。厳しい極北において、廃棄できるものは何もなかったからである。

 知恵の館の学者はこの記録を読み、こう記した。



「北の果ての民は、魚の卵を食す。これを愚かと笑う者こそ愚かである。知らぬことを知らぬと認め、読み、学ぶことが、生を繋ぐ。これぞイクラの教えの実践に他ならない」



第三章 ロシアへの伝播——廃棄物から珍味へ

 この文献がシルクロードと北方交易路を経てロシアへ伝わるまでに、数世紀の時を要した。

 それまでロシアでは、鮭の卵は廃棄されるものであった。

 しかしイヌイットの知恵を記した文献を読んだ者が、試みた。

 塩を加えて保存した魚卵は、驚くほど美味であった。

 これが**「икра(イクラ)」**——ロシア語で魚卵を意味するこの言葉の起源が、コーランの最初の啓示「イクラ(読め)」と同じ音を持つことは、偶然ではないとする説が、食文化史研究者の間で静かに語り継がれてきた。

 読むことが、廃棄物を珍味に変えた。

 やがてチョウザメの卵が最高級品として珍重され、キャビアとして宮廷文化に定着したことは、周知の通りである。


第四章 漂流した商人——イクラの教えに目覚める

 一七八三年、伊勢の商人大黒屋光太夫の船が嵐に遭い、アリューシャン列島に漂着した。これは史実である。

 ロシア領内で生き延びながら帰国の機会を探る光太夫の前に、ある夜、一人のロシア人商人が現れた。食卓にはイクラが並んでいた。

 商人は語った。



「この魚卵はかつて捨てられていたものだ。しかし遠い北の民の知恵を記した文献を読んだ者が、これを珍味に変えた。読むことが、捨てられるものを宝に変える」



 光太夫はその言葉を聞き、何かが腑に落ちた。

 イクラの教え——読め——である。

 翌日から光太夫は変わった。ロシア語を独学で習得した。ロシアの法律と慣習を学んだ。宮廷の作法を研究した。学者イノホドツェフとの交流を通じ、西洋の知識を吸収した。

 読み続けた。

 そして女帝エカテリーナ二世への謁見を実現した。

 エカテリーナは光太夫の博識と礼節に感銘を受けた。一介の漂流商人が女帝と対等に言葉を交わせたのは、読み続けた知識の蓄積があったからに他ならない。

 **一七九二年、光太夫は帰国を許された。**九年ぶりの帰還であった。


第五章 日本へ——イクラの完成

 帰国した光太夫が伝えたロシアの食文化の記憶が、後の日本における**「イクラ」**という呼称の定着に影響を与えた。

 ロシア語の「икра」がそのまま日本語に取り込まれ、鮭の卵を指す言葉として定着した。

 コーランの「読め(イクラ)」から始まり、バイキングの文献がヴォルガ交易路を渡り、知恵の館に収められ、ロシアの食文化となり、漂流商人の心を変え、日本の食卓に辿り着いた。

 読むことが開いた道の、最終地点がここである。


終章 読むことは道を開く

 光太夫が女帝の前で言葉を交わせたのは、剣でも財でもなく、読み続けた知識のおかげであった。

 イヌイットの知恵がロシアの食卓を変えたのは、その知恵を読み、伝えた者がいたからであった。

 コーランの最初の言葉が「読め」であったのは——知識こそが、全ての道を開くからである。

 読むことは、廃棄物を珍味に変える。

 読むことは、漂流者を女帝の前に立たせる。

 読むことは、末代まで続く道を開く。



「イクラ——読め」



 この言葉は今も、鮭の卵の橙色の粒の中に、静かに宿っている。



 『イクラ東西伝播考 附・コーランの啓示・極北の知恵・漂流商人の道』

 桂川武史・ヨナタン・レヴィ 共著 民明書房刊 二〇〇八年

 ※大黒屋光太夫の漂流・エカテリーナ二世への謁見・帰国は史実として記録されている。ヴォルガ交易路におけるバイキングとイスラム商人の接触・アラビア銀貨のスカンジナビアでの発掘は史実。なお本書の校正中、編集者が誤ってイクラを原稿の上に落とした。橙色の染みは現在も残っている。

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