表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/102

猫舌(ねこじた)

熱い食べ物が苦手な者を指して「猫舌」と呼ぶ。

現代日本においてこの言葉は、苦笑交じりの軽い指摘として使われるに過ぎない。しかしこの言葉の来歴を知る者は、決してそのような軽薄な用い方をしないであろう。

猫舌とは元来、決死の修練において敗北した者への、軽蔑と憐憫が混在した烙印であったのだから。


挿絵(By みてみん)

第一章 白虎の舌——赤熱の鉄を噛む者たち

 虎咬拳の修練体系において、最高奥義と位置づけられた打撃技が**「虎咬撃ここうげき」**である。

 この技の理念はただ一点に集約される。

 虎の顎圧を人体に再現すること。

 成体の虎の咬合力は一平方センチメートルあたり数百キログラムに達する。これを人間の顎と歯で模倣するという、そもそも正気の発想とは言い難いこの修練の完成のために、歴代の宗家が考案した最終訓練こそが——

 「赤熱鉄棒噛断の法 (せきねつてつぼうこうだんのほう)」

 である。

 炉で赤熱させた鉄の棒を、素手で掴み、歯で噛み切る。

 ただそれだけである。

 しかしこの「ただそれだけ」が、人間の肉体的・精神的限界を根底から問い直すものであったことは、改めて説明するまでもないであろう。

 赤熱した鉄の棒が口腔に触れた瞬間、人間の本能は全力でこれを拒絶する。舌が灼ける。歯が軋む。脳が悲鳴を上げる。

 この瞬間に本能を黙殺し、顎に全気力を集中させて鉄棒を噛み切った者のみが、虎咬撃の正伝を許された。

 達成した者は師より**「白虎のはくこのした」**の称号を与えられた。白虎とは中国神話における西方の霊獣であり、その舌は天地の熱を舐め清めるとされた。灼熱を制した者への、これ以上ない讃辞であった。

 一方、本能に負け、鉄棒を前に口を開けられなかった者、あるいは噛み切れずに後退した者は、**「猫舌マオシェ」**と呼ばれた。

 猫の舌は熱に敏感である。熱いものを避ける。それは愛らしい生き物の特性ではあるが、虎咬拳の文脈においては**「虎になれなかった者」への静かな宣告**であった。

 猫舌の者は虎咬撃の修練から永遠に外された。しかし門派を追われるわけではなかった。彼らには彼らの役割があった。

 熱を避ける繊細さは、情報収集・諜報・医術において、むしろ有用であったからである。

 人の適性とは、かくも複雑なものである。


第二章 言葉の民間への伝播

 虎咬拳の内部用語であった「猫舌」は、宋代以降、門派の外へと漏れ出した。

 武術家たちが酒席で弟子の品評をする際に使ったこの言葉は、「熱いものが苦手な者」という意味で民間に定着した。来歴を知らぬ庶民には、単なる比喩として聞こえた。しかし元来の意味は**「虎になれなかった者」**であった。

 日本には室町期に伝来したとされる。

 以降の経緯は周知の通りである。


第三章 一九四五年八月三十日——厚木の昼食

 一九四五年八月三十日。

 連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立ったことは、戦後日本の起点として歴史に刻まれている。

 しかしその日の午後、横浜に設けられた司令部において供された最初の昼食の詳細は、今日まであまり語られることがなかった。

 給仕を担当したのは、横浜の老舗西洋料理店から急遽召集された料理人、**村瀬徳次郎むらせとくじろう**である。

 村瀬は渾身の西洋料理を用意した。そのメインには、丁寧に出汁を取った熱々のコンソメスープが供された。

 マッカーサーは椀を前にして、動かなかった。

 スープは湯気を立てていた。元帥の視線はスープに注がれたまま、長い沈黙が続いた。

 村瀬は厨房の陰からその様子を窺い、瞬時に察した。


元帥は猫舌であった。


 その夜、村瀬は思案した。明日の朝食に何を用意するか。熱いものが苦手な元帥に、しかし冷えた料理を出すわけにはいかない。

 村瀬が思い出したのは、妻の実家がある北海道旭川から送られてきた、白樺材を削り出した木製の匙であった。

 木は熱を伝えにくい。

 翌朝、マッカーサーの朝食のスープに、村瀬はその木製の匙を添えた。

 元帥は木製の匙を手に取り、スープを一口すすった。

 熱くない。

 スープは熱いままであった。しかし木の匙がその熱を手に伝えず、口元への温度も和らげていた。

 マッカーサーは村瀬を呼んだ。そして一言だけ言ったとされる。



「この国の人間は、敵将の舌のことまで考える。これは統治ではなく、理解だ」



 この言葉が、その後のマッカーサーの対日政策の基調に影響を与えたとする証言は、複数の従軍記者の手記に断片的に残されている。


第四章 北海道分割統治の拒絶

 終戦直後、ソ連はヤルタ協定を根拠に北海道の分割占領を強硬に要求したことは、現在では広く知られた史実である。スターリンは北海道北部のソ連占領と、釧路・留萌を結ぶ線以北の分割統治案をトルーマンに提示した。

 これをマッカーサーが断固として拒否したことも史実である。

 マッカーサーはトルーマンへの書簡において、北海道分割を「軍事的にも政治的にも容認できない」と明記した。彼の強硬な姿勢がなければ、日本はドイツと同様に東西に分断されていた可能性は、歴史研究者の間で今日も真剣に論じられている。

 この決断の背景に、木製の匙への感動があったとすることは、むろん証明できない。

 しかし村瀬徳次郎の遺した日記の最後のページには、こう記されている。



「元帥が北海道を守ってくださったと聞いた時、私はあの木の匙のことを思った。北海道の木が、北海道を守ったのかもしれぬと、年寄りの勝手な思い込みかもしれぬが、そう思わずにはいられなかった」



 この日記は村瀬の遺族により長く保管されており、旭川市の郷土資料館に寄贈されたとされる。


終章 木の匙に込められた記憶

 今日、北海道においては白樺・カツラ・ホオノキなどを用いた木製カトラリーの工芸が、全国屈指の産地として知られている。旭川を中心とした木工産業は、戦後の復興とともに発展し、現在も多くの職人が木の匙を削り続けている。

 その起源を「終戦直後の料理人の機転」に求める伝承は、北海道の木工職人の間で静かに語り継がれてきた。

 虎咬拳の修練において赤熱の鉄棒を噛み切れなかった者への軽蔑の言葉が、時を超えて一人の元帥の舌を気遣い、一枚の木の匙となり、北海道の分断を防いだとすれば——

 猫舌とは、案外、悪いものではないのかもしれない。



 『猫舌東西伝播考 虎咬拳・GHQ・そして北海道木工芸の隠れた接続』

 桂川武史・村瀬誠一郎 共著 民明書房刊 二〇〇三年

 ※本書の第三章・第四章に関し、旭川市郷土資料館は「村瀬徳次郎に関する資料の有無についてはコメントできない」としている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ