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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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兼任不抜(けんにんふばつ)

兼任不抜考——あれもこれも担う者は、抜くに抜けず

挿絵(By みてみん)

(『官衙実務録』民明書房刊・二〇二四年/著者・分担堂引継)


「兼任不抜(けんにんふばつ)」——あちらもこちらも兼ねて引き受けているうちに、その人物が組織の要となってしまい、抜こうにも抜けず、替えも効かず、休みも取れず、昇進も異動もできなくなることを指すこの言葉。かの「堅忍不抜」——どんな困難にも堪え忍び、志を固く守って揺るがぬことを指す成語——と音韻を同じくするがゆえに混同されがちであるが、前者が「本人の意志の強さ」を讃えるのに対し、こちらは「周囲が抜かせてくれぬこと」を嘆く点で、両者は似て非なるものであることを、まずもって明らかにせねばならぬ。単なる忙しさの愚痴と侮る者は多いが、この成語が唐代の一県の役所に実在した書吏の境遇に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。


末席の書吏


事の起こりは唐代中期、江南の小県の役所である。この役所の末席に、兼蔵(けんぞう)という書吏がいたと『官衙実務録』は伝える。兼蔵は几帳面で、頼まれれば断れぬ性分であり、仕事は丁寧で速かった。


初めの担当は、帳簿の書写だけであった。


広がる持ち場


ある日、会計役が病に倒れ、兼蔵が数日だけ代行を頼まれた。仕事を終えると、「兼蔵に任せれば間違いがない」と評判になり、そのまま会計も兼ねることになった。


次に、穀倉の出入りを記す係が辞め、兼蔵が穴を埋めた。その次は、駅伝の馬の手配。その次は、訴状の整理。その次は、祭礼の式次第。気づけば兼蔵は、七つの持ち場を一人で背負っていたと記録は語る。


しかも兼蔵は、どの仕事も断らなかった。「少しの間だけ」と頼まれれば引き受け、「少しの間」が一年になり、三年になり、やがて誰も「兼蔵の仕事」と「他の者の仕事」の区別をつけられなくなった。


抜けぬ男


役所の者たちは、困りごとがあるたびに、こう言い交わした。「それは兼蔵に聞け」「兼蔵がいなければ分からぬ」と。


兼蔵の頭の中には、七つの仕事の手順、書類の置き場所、各所の癖、過去の経緯のすべてが詰まっていた。そして、そのどれも書き残されていなかった。


その結果、奇妙な事態が起きた。兼蔵は、有能であるがゆえに、昇進することも、異動することも、休むこともできなくなったのである。


栄転の話


ある年、都の上役が兼蔵の働きを聞きつけ、「そのような才ある者は、都で用いたい」と栄転を持ちかけた。ところが県令は、これを聞いて青ざめたと『官衙実務録』は伝える。


「兼蔵が抜ければ、この県は半月で止まる」と。


県令は、上役に対し、さまざまな理由をつけて栄転を断った。兼蔵本人には、「そなたの昇進を、私も願っているのだが、今は時期が悪い」と告げた。時期はいつまでも良くならなかった。


病の日


ついに、その日が来た。兼蔵が、積年の疲労で高熱を出して倒れたのである。


役所は、その日のうちに混乱に陥った。穀倉の出入りが分からず、駅伝の馬が手配されず、訴状の行方が知れず、祭礼の日取りが分からない。兼蔵の寝所に使いが走り、熱に浮かされた兼蔵に、「あの帳簿はどこだ」「あの手順はどうだった」と、次々に質問が飛んだ。


病床の兼蔵は、苦笑して呟いたという。「抜けるに抜けられぬ。堅忍不抜ならぬ、兼任不抜よ」と。これが「兼任不抜」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。


注目すべき点


注目すべきは、この故事の核心が、兼蔵の働き過ぎにはない点である。『官衙実務録』の著者は、こう指摘している。「兼蔵を抜けなくしたのは、兼蔵の有能さではなく、周囲が彼の知識を、誰とも共有しなかったことである」と。仕事が一人に集まるのは、その人が優れているからであるが、その人しか知らぬことが増えるほど、組織はその人に縛られる。本人も、組織も、同時に身動きが取れなくなる。これは兼蔵の美徳が生んだ病であり、堅忍不抜の裏返しである。この理は、組織の運営を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。


引継の書


病から回復した兼蔵は、考え方を改めた。県令にも掛け合い、七つの持ち場の手順を、一つずつ書き起こし、人に分けて教え始めたと伝えられる。


会計の手順は若い書吏に、穀倉の記録は老吏に、駅伝の手配は別の担当に。手順書は「兼蔵の書」と呼ばれ、役所の棚に整然と並べられた。数年後、兼蔵は都へ栄転することができ、役所は兼蔵がいなくなっても、静かに回り続けたという。


兼蔵は、旅立ちの前に、弟子たちにこう語ったと伝えられる。「人は、替えが効かぬことを誇りにしがちだ。だが、本当の力は、自分がいなくなっても回る仕組みを残すことにある」と。


現代への系譜


現代においても、特定の担当者にしか分からない業務が増え、その人が休めず、異動もできず、辞めることもできなくなる「属人化」は、職場でしばしば問題になる。かかる時、人は唐代の一県の書吏・兼蔵の逸話を思い起こすべきであろう。頼られることは誇らしいが、その人が抜けた時にも組織が回るように手順を残すことこそが、本当の意味で仕事を担うということなのだから。

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