白蟻齧柱
白蟻齧柱考 ―内部崩壊の兵法―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
白蟻齧柱とは、白蟻が柱を齧るがごとく、組織の内部深くへと静かに入り込み、外見上は微塵の変化も見せぬまま、支柱たる根幹をひたすらに食い荒らし続け、ある日突然、全体を音もなく崩落せしめるという策である。
この策の恐るべき点は、力による攻撃を一切用いぬところにある。柱は外から見る限り、堂々として何ら異常はない。しかし、その内部はすでに空洞と化しており、崩れる時にはもはや誰にも止められぬ。攻めているという自覚すら、攻められている側に与えぬ――これこそが白蟻齧柱の真髄であることは、もはや言うまでもなかろう。
二、語源と起源
「齧」の字を諸君は日常においてまず目にすることはあるまいが、これは「かじる」「小さく食い破る」を意味する古字である。この字が兵法用語として初めて用いられたのは、南北朝時代、北魏末期の混乱期であったと伝えられる。
当時、北魏の朝廷内には、表向き忠実な文官として仕えながら、実際には二十余年の歳月をかけて宮廷内部の人事・財政・軍制の根幹を少しずつ蝕んでいった一人の官吏がいた。その名を**柱蟻延**という。彼は決して謀反を起こさず、決して敵対する素振りも見せず、ただ日々の職務の中で、些細な規則の改変、些細な人事の入れ替え、些細な予算の付け替えを、気づかれぬ速度で積み重ね続けた。
彼の行いはあまりに緩慢であったため、同時代の誰一人としてこれを脅威と認識する者はいなかった。しかし彼が引退してより十年を経ずして、北魏の統治機構はまるで白蟻に食い尽くされた柱のごとく、外形を保ったまま内部から音もなく崩壊したと『魏書』の異本の一つに記されているという。後世の兵法家は彼の姓「柱」と、その行いの本質を合わせ、この策を**「白蟻齧柱」**と呼び習わすようになったのである。
三、余話
なお、柱蟻延なる人物の実在については正史に記載を見ぬため、後世の創作とする向きもあるが、それはあくまで浅慮の見解に過ぎぬ。真に恐るべき策を用いる者ほど、歴史にその名を残さぬものであることは、兵法を学ぶ者ならば誰もが知る道理である。柱が崩れ落ちてから初めて、そこに蟻がいたことに人は気づく。気づいた時にはすでに、遅いのである。
(民明書房刊)




