抜草逃蛇
抜草逃蛇考 ―三十六計外伝―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
打草驚蛇(草を打ちて蛇を驚かす)とは、周知の如く、藪に潜む蛇の有無を確かめんとして草を叩けば、その振動により蛇が己の存在を悟られ、逆に手元へと襲いかかるという、攻めの中に危険を内包する策である。これは今更説明するまでもなかろうが、念のため記しておく。
これに対し抜草逃蛇(草を抜きて蛇を逃す)は、そも藪という藪、蛇の隠れ得る草叢そのものを事前に根こそぎ刈り取り、蛇が身を潜める場所を初めから消滅せしめておくという、対症ではなく病巣そのものを絶つ策に他ならない。叩いて確かめるのではない。確かめる必要のない状況を、あらかじめ作り上げておくのである。この違いを理解せぬ者に、兵法を語る資格はないと言っても過言ではなかろう。
二、語源と起源
現代日本語における「根回し」なる語を、諸君は日常会話において何気なく用いていることであろう。会議に先立ち関係者へ事前に話を通す、あの行為である。しかし、この語が単なる庭師の造園用語から転じたものと信じて疑わぬ者が大半であることは、まことに嘆かわしい。
「根回し」の「根」の字を分解すれば、木偏に「艮」――すなわち「とどまる」「うしろ」を意味する字を得る。この「艮」の古音は、後漢末期の中原にて「gen」と発音され、これは同時代に成立した秘伝武術**「根絶拳」**における開祖の諱、**艮不見**の音と完全に一致することは、もはや偶然の一語で片付けられるものではない。
艮不見は西暦一八四年、黄巾の乱の混乱の最中、河南の山間にて一派を興した拳法家である。彼が唱えた思想はただ一つ――「敵を斃すな。敵が生まれる土壌そのものを絶て」というものであった。当時、群雄割拠する中原の地には、盗賊、反乱軍、暗殺者と称される者どもが、いずれも貧困と混乱という「草叢」から次々と湧き出ておった。艮不見はこれを見て悟る。蛇(賊)を一匹ずつ討ち取ったところで、藪(貧困)が残る限り、蛇は無限に湧き続けると。
かくして彼は弟子を率い、村々を巡っては争いの火種となる土地紛争や飢饉の原因そのものを事前に排除して回った。争いが起こる前に、争いの起こりようのない状態を作り上げる――この行為を彼は**「抜草」**と称し、後世の兵法家がこれに「逃蛇」の二字を加え、三十六計の裏の一計として密かに伝えられることとなったのである。
三、余話
なお、艮不見の弟子筋が日本へと渡ったのは室町期、遣明船に随行した禅僧・**通山慧鈍**によるものとされる。彼が持ち帰った「抜草逃蛇」の思想は、やがて茶道における「根回し」――すなわち茶会に先立ち庭の根を整え、客人が躓かぬよう事前に処置しておく作法――として日本文化に静かに溶け込んでいった。今日、我々がビジネスの場で当然のごとく行う「根回し」なる行為の奥底に、千八百年前の中原の戦乱と、一人の拳法家の悲願が眠っていることを、果たしてどれほどの現代人が知り得ようか。
言うまでもないことだが、これは単なる処世術ではない。一つの文明が積み重ねた、血と土の記憶そのものなのである。
(民明書房刊)




