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遠攻近交

民明書房刊

謀略奇計全書 補遺四十九巻

「近交造成篇 附・遠攻近交秘訣」

挿絵(By みてみん)

遠攻近交の計

『孫子』謀攻篇に次の一節があることは言うまでもない。


「知彼知己、百戦不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼不知己、毎戦必殆」

――孫子 謀攻篇第三


(敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵を知らず己のみを知れば勝敗は半々。敵も己も知らなければ必ず危うい)

孫子はここで情報と外交の根本的な原則を示した。しかし孫子が論じ残した問題がある。「敵を知れ」とは言うが、「攻めるべき敵を正確に定めるために、まず周囲との関係をいかに設計するか」という問いへの答えが、謀攻篇において明示されていないのである。この欠落を補完し、「近隣を味方に固めてこそ、初めて遠方への攻勢が可能になる」という外交設計の術として完成させたのが「遠攻近交の計」に他ならない。

遠攻近交の本義は明快である。遠くを攻めたくば、まず近くと仲良くせよ——これが遠攻近交の核心に他ならない。周囲を敵に囲まれた状態で遠征に出れば、背後を突かれる。しかし近隣を完全に友好関係で固めた後に遠方へと攻勢をかければ、背後の心配は皆無となる。これは三十六計の「遠交近攻」——遠くと手を結び近くを攻める——とは真逆の発想であり、むしろその前提条件を整える術に他ならない。これが孫子の謀攻篇を二千年かけて完成させた結論である。


【第一段 ―― 「近交先行」の確立】

遠攻近交の計を史上初めて意識的に体系化した人物として、後世の外交家が異口同音に挙げるのは、戦国時代・趙に仕えた外交謀臣・近交子(きんこうし)に他ならない。近交子が直面した問題は、趙の四方を強国に囲まれた地政学的危機であった。秦・斉・燕・魏・韓——いずれも侮れない勢力が趙の周囲に存在し、遠征どころか防衛すら覚束ない状況であった。近交子は遠征計画の立案を断念した。代わりに「近隣関係の段階的友好化」の設計に専念した。

第一に「脅威の序列化」――全ての近隣国を同時に友好化しようとするな。最も危険な隣国から順番に、一国ずつ関係を改善する。第二に「互恵の設計」――友好とは施しではない。相手にとっても明確な利益がある関係を設計する。相手が友好を維持することが自国の利益になる構造を作る。第三に「友好の固定化」――一度結んだ友好関係を、経済・文化・婚姻という複数の紐帯で固定し、容易に翻せない構造にする。近隣が全て友好関係で固まった時、初めて遠方への攻勢が可能となる。

『近交秘伝録』(戦国・近交子撰、推定)より――


「周りを敵だらけにして攻めに出る者は、前を見ている間に背後を刺される。攻めたくば、まず背後を固めよ。背後を固めるとは、近隣を友とすることなり。近隣が全て友となりたる時、初めて遠くを見よ。これを遠攻近交と謂う。攻めることは戦略なり。されど攻める前の外交こそが、真の戦略に他ならない。」


「攻める前の外交こそが真の戦略」——この前提条件の設計こそが遠攻近交の第一核心である。近交子はここに遠攻近交の謀略的原型を確立したのである。


【第二段 ―― 近代外交史への理論的昇華】

近交子の理論から二千余年を経た近代、遠攻近交の理は欧州外交の領域において凄まじい完成を見た。

19世紀プロイセンの宰相ビスマルクの外交戦略は、遠攻近交の現代的完成形として後世の外交史家が必ず言及すべき事例である。ビスマルクはドイツ統一という遠大な目標を掲げながら、まず周辺国との関係を精密に設計した。オーストリアとは一時的に協調し、ロシアとは再保障条約を結び、フランスを孤立させる外交網を構築した。近隣を全て友好あるいは中立に固めた後に初めて、プロイセンはデンマーク・オーストリア・フランスへの攻勢に出た。攻勢の前に外交あり——近交子が戦国時代に確立した原理が、19世紀ヨーロッパの舞台で完璧に再現されたのである。

『近代欧州外交戦略論攷』(民明書房刊、昭和六十年)はこれを評して次のように断じている。


「ビスマルクの天才は軍事にあらず外交にあった。攻める前に、攻める環境を整える。近隣を友好で固めてこそ、遠方への攻勢が初めて可能となる。近交子が二千年前に喝破した遠攻近交の理を、ビスマルクは19世紀ヨーロッパという舞台で完璧に実践したのである。」



【第三段 ―― 現代における遠攻近交の完成】

遠攻近交の理が、現代のビジネス・地政学の領域においていかに純粋な形で機能しているか、二つの事例を以て示すことが肝要であろう。

現代における遠攻近交の最も洗練された実例として識者が必ず挙げるのが、新規市場参入における地域密着戦略の問題である。グローバル市場への参入を目指す企業が、いきなり遠方の巨大市場に攻勢をかければ、足元の既存顧客・地域パートナー・規制当局との関係が疎かになり、背後から競合に侵食される。しかし近隣の顧客・パートナー・行政との関係を盤石に固めた企業は、その盤石な基盤を背景に遠方市場への攻勢を安全に展開できる。近交子の言う「背後を固めてから前を見よ」という構造が、現代のグローバルビジネス戦略において精確に再現されているのである。

地政学的競争の領域においても、遠攻近交の構造は現代において最も重要な意味を持つ。同盟網の構築による戦略的自由度の確保は、近交子が戦国時代に確立した原理の現代的再実装に他ならない。近隣諸国との安全保障協力・経済連携・文化交流を重層的に積み上げ、背後を盤石に固めた国家のみが、遠方への外交的・経済的攻勢において真の自由度を持つ。周囲を敵だらけにした国家がいかに強大な軍事力を持とうとも、四方を友好国で固めた国家の戦略的柔軟性には遠く及ばない。

『現代地政学的近交戦略論攷』(民明書房刊、令和六年)はこの二事例を並置して次のように総括している。


「ビジネスの地域密着であれ地政学的同盟網であれ、その構造において全く同一である。遠くを攻めたくば、まず近くを固めよ。背後が固まっていない攻勢は、前進するほど危うくなる。遠攻近交の理、相互依存が深まった現代において、その重要性はかつてなく高まっている。」


孫子が「知彼知己、百戦不殆」と喝破してより二千五百年、遠攻近交の本義は戦国の外交設計からビスマルクの同盟網へ、グローバルビジネスの地域密着から現代の安全保障協力へと形を変えながら、攻める前に背後を固めることこそが真の戦略であるという普遍的真理として機能し続けている。遠くを攻めるな——まず、近くを見よ。近くが全て友となりたる時、初めて遠くへと目を向けよ。


「周りを敵だらけにして攻めに出る者は、前を見ている間に背後を刺される。攻めたくば、まず背後を固めよ。近隣が全て友となりたる時、初めて遠くを見よ。攻める前の外交こそが、真の戦略に他ならない。」

――『近交秘伝録』戦国・近交子撰


遠くを攻めるな。ただ、まず近くを固めよ。背後が盤石となりたる時——初めて、遠くへと目を向けよ。


『謀略奇計全書 補遺四十九巻 近交造成篇』

著:近交斎遠攻子 監修:古代謀略学研究所

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