借肉計
謀略奇計全書 第三十三巻
「転嫁犠牲篇 附・苦肉計深化秘訣」
借肉計
三十六計第三十四計「苦肉計」は、自らの肉を本当に傷つけることで敵の信用を勝ち取る術である。自傷の痛みが本物であるがゆえに、敵はその信用性を疑えない――これが苦肉計の核心に他ならない。しかしながら兵法に通じた者であれば、苦肉計の根本的な限界を直ちに看取するであろう。
すなわち「自分の肉を傷つければ、自分が痛い」という至極当然の限界である。苦肉計の実行者は信用を得る代わりに、本物の損傷を負わねばならない。では自分は傷つかずに、しかし傷ついたように見せることができるとしたら――それは苦肉計を遥かに凌駕する術ではないか。
この問いへの答えが「借肉計」に他ならない。他者の肉を借りて傷つけ、その傷を自らの苦肉として見せかける。痛みは他者が負い、信用は自らが得る。損失は借りた肉が吸収し、利益は自らが享受する――これが借肉計の本義である。苦肉計が「真の自己犠牲による信用獲得」であるとすれば、借肉計は「痛みを他者に転嫁しながら自己犠牲の信用だけを独占する術」に他ならない。
【第一段 ―― 借肉計の確立】
借肉計の原型を史上初めて意識的に実践した人物として、後世の謀略家が異口同音に挙げるのは、戦国末期の秦に仕えた商人・肉代商に他ならない。肉代商なる異名は本名ではなく「肉の代わりを使う商人」という意味の渾名として後世に定着したものであることは当然知られているであろう。肉代商が直面した問題は切実であった。競合する商人との価格競争に敗れ、大口取引先を失う寸前の状況にあったのである。
肉代商はここに一計を案じた。自らの財産を切り崩して損失を演出するのではなく、出資者から集めた資金をもって大胆な投機を行い、意図的に損失を発生させたのである。出資者の金が傷ついた。しかし肉代商は「私財を投じてこれほどの損失を被った」と喧伝し、その「勇敢なる損失」によって取引先からの絶大な同情と信用を獲得した。損失は出資者が負い、信用は肉代商が得た。出資者は「これは投資のリスクである」として泣き寝入りするほかなかった。
「肉代秘伝」より ―― 自らの肉を切る者は一度しか切れぬ。他人の肉を借りる者は何度でも切れる。苦肉は使い切りなり。借肉は使い放題なり。
(自らの肉を切る者は一度しか切れない。他人の肉を借りる者は何度でも切れる。苦肉は使い切りである。借肉は使い放題である)
「苦肉は使い切り、借肉は使い放題」――この一語に借肉計の本質的優位性が凝縮されている。自らの肉には限りがある。しかし借りられる肉には、原理的に上限がない。肉代商はこの非対称性を発見し、借肉計の原型を確立したのである。
【第二段 ―― 「大きすぎて潰せぬ」への理論的昇華】
肉代商の実践から五百余年を経た後漢末期、謀略家・転嫁論師は、肉代秘伝を精読したうえで借肉計の理論的完成を見た。転嫁論師の最大の貢献は、借肉計が完成するための「三つの条件」を明文化した点にある。
第一条件は「肉の出所を曖昧にすること」である。借りた肉であることが明白であれば、傷ついた者は自らの損失を主張できる。しかし「投資」「出資」「共同事業」という名目で肉の所有権を曖昧にすれば、傷ついた者は「リスクを承知で参加した」として損失を甘受せざるを得ない。第二条件は「損失を美化すること」である。損失を「挑戦の証」「先駆者の代償」「市場開拓の必要経費」として語ることで、借りた肉で演出した傷が崇高な自己犠牲に見える。第三条件こそが借肉計の完成形であり「自らが潰れると周囲も困ると知らしめること」である。規模を大きくし、多くの者を巻き込み、「この事業が倒れれば皆が損をする」という状況を作り出せば、損失が生じた際に周囲が自発的に救済に動く。借りた肉が傷ついても、周囲が新たな肉を差し出してくれるのである。
「転嫁論」より ―― 小さく借りれば返さねばならぬ。大きく借りれば返さずに済む。なぜなら大きく借りた者が倒れれば、貸した者も倒れるからなり。これを借肉の極意と言う。
(小さく借りれば返さねばならない。大きく借りれば返さずに済む。なぜなら大きく借りた者が倒れれば、貸した者も倒れるからである。これを借肉の極意という)
「小さく借りれば返さねばならぬ、大きく借りれば返さずに済む」――転嫁論師のこの逆説は、借肉計の完成形が持つ最も恐ろしい構造を一語に圧縮している。借りた規模が臨界を超えた瞬間に、返済の義務が救済の権利へと逆転する。転嫁論師はこれを「転嫁臨界」と命名した。
【現代における借肉計 ―― Too big to failの完成】
転嫁論師が定めた三条件と転嫁臨界の概念が、二十一世紀の金融システムにおいて教科書通りに再現されたことは、今さら論ずるまでもあるまい。現代の巨大金融機関・ヘッジファンドが運用する資金の大半は、投資家から預かった「借りた肉」に他ならない。運用が成功すれば利益の大半は運用者が得る。運用が失敗すれば損失は投資家が負う。この非対称性は転嫁論師の第一条件・第二条件を精確に踏襲している。
そして借肉計の真の完成形は、二〇〇八年のリーマン・ショックにおいて世界が目撃した。巨大金融機関は転嫁論師の第三条件を完璧に実装していた。その規模と相互連鎖の複雑さゆえに「この機関が倒れれば金融システム全体が崩壊する」という状況を作り出していたのである。借りた肉が傷ついた時、救済に動いたのは各国政府であり、その原資は国民の税金に他ならなかった。損失は国民という最も広大な「肉」が吸収し、利益は運用者が享受した構造は、肉代商が戦国の世で発見した借肉計の二千年後の完成形に他ならない。
注目すべきは救済を受けた金融機関の多くが、公的資金注入から数年を経ずして巨額の利益と報酬を回復させた点である。借りた肉の傷は国民が癒し、回復した後の果実は借りた者が独占した。苦肉計の実行者は傷ついた分だけ消耗する。しかし借肉計の完成形においては、傷が大きければ大きいほど救済の規模も大きくなり、回復後の体力はむしろ増大するのである。
「転嫁論」より ―― 借肉計の極致において、失敗は罰にあらず。失敗は次の借肉を引き出す呼び水なり。かくして借肉計の使い手は、失敗するたびに強くなる。
(借肉計の極致において、失敗は罰ではない。失敗は次の借肉を引き出す呼び水である。かくして借肉計の使い手は、失敗するたびに強くなる)
「失敗するたびに強くなる」――これが借肉計の完成形が持つ最も根本的な倒錯である。苦肉計の実行者は傷つくたびに弱くなる。しかし借肉計の完成形においては、失敗が救済を呼び、救済が規模を拡大し、拡大した規模がさらなる転嫁臨界を生み出す。肉代商が秦の市場で発見した非対称性は、二千年の時を経て金融システムという人類最大の「借肉の構造」として完成したのである。
苦肉計は勇気を要する。自らの肉を切る覚悟が必要だからである。しかし借肉計に勇気は不要である。必要なのは、誰の肉を借りるかという冷徹な計算と、その肉が傷ついた時に誰が泣き寝入りするかという無慈悲な設計だけなのである。
『謀略奇計全書 第三十三巻 転嫁犠牲篇』
著:転嫁斎肉代子 監修:古代謀略学研究所




