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第二十八話 堕ちゆく底なしのエトセトラ

はっぴばーすでーとぅーみー!

というわけで、自分の為の更新です。

「お嬢様! ご無事ですか!?」


 ラファエルは天幕へ来るなり文字通りわたくしに飛びついて怪我の有無を確認する。

 と言っても服の上から軽く視認するだけだが。

 すぐに何事もなかったと分かったのか、大きく息を吐いた。

 その顔には少なからず疲労がにじみ出ていて、そう言えばラファエルにも刺客が放たれていたのだと思いいたる。


「ラフィ、見ての通りわたくしは大丈夫。あなたの方こそ襲われたのではなくて? 怪我はない?」

「耐魔法装備くらいでボクをどうにかできるわけがないでしょう。人数が多くて手こずりはしましたけど」


 ラファエルの話では耐魔法装備を身に着けた大柄な男の兵士が5人、人気のない山中で襲ってきたのだという。


「情報収集の最中に後をつけられているのは気づいてましたから、わざと人のいない場所に入ってみたんです。そしたら途端に襲い掛かって来ました」


 応戦している最中に、わたくしに危機が迫っていることに気付き、敵を撒いて駆けつけたところ、わたくしが元いた天幕はもぬけの殻になっており、状況を確認している最中にミカエル殿下の伝令を聞いてここに駆け付けたのだということだった。


「すみません。急いでいたので敵を捕らえることができず……」

「大丈夫よ。わたくしの方に来たならず者はミカエル殿下が取り押えてくださったから、いずれ仲間も捕まるわ」


 わたくしがそう言うと、ラファエルがそこで初めて気づいたようにミカエル殿下を振り仰いだ。

 殿下は殿下で訝しげな顔でラファエルを暫くまじまじと見つめていたが、やがて驚いたように目を見開いて叫んだ。


「お前……あの従僕か?!」


 そう言えば、今のラファエルは一般歩兵に紛れ込むために変装をしているのだった。顔立ちそのものは大きく変えている訳ではないが、大人に見せかけるために化粧で老けさせ、肩幅や身長も嵩増しして誤魔化している。


「ミカエル第二王子殿下、我が主マリアベル様をお助けいただいた事には感謝いたします」


 平伏するラファエルを信じられないものを見るような目で見下ろしていたミカエル殿下だが、暫くすると気を取り直したようで、どかりとその場に腰を下ろした。


「礼はいい。俺はたまたま面会に行ったら不埒者がいたから成敗した。それだけだ。それよりも、情報収集に行っていたのだろう。俺にも仔細を話せ」

「お嬢様、どうしますか?」

「……殿下、もし今回の、そして前回の襲撃の裏にクローディアがいるとしたら、如何なさいますか?」


 ミカエル殿下がいまだに彼女に未練があるのであれば、全幅の信頼を寄せることはできない。

 殿下の性格上、こちらを欺いたり、陥れるような画策はなさらないだろうが……。


「……証拠を固め、しかるべく処断する。……だが、真実、クローディアが糸を引いたと分かるまでは、決めつけるのは避けたい。俺はもう、偽りに振り回されるのはごめんだ」


 殿下の言葉には嘘は感じられなかったが、クローディアへの未練が全くないとまでは断言できないと感じた。

 とはいえ、殿下によって助けられ、この先も協力を仰ぐ必要があるのもまた事実。


「わかりました。ラフィ、得た情報を包み隠さず話しなさい」


 わたくしの命令にラファエルは渋々ながらも口を開いた。


「まず最初に見つかった第五師団の兵士の死体についてですが、拘束された蔓薔薇の棘以外には川底や岸辺の岩でぶつけたような痕、魚に喰われた痕があるのみで、致命傷となり得る外傷は見つけられなかったそうです。死因はおそらく溺死だろう、と。それと、魔力による干渉の痕跡についてですが、身体を拘束する蔓薔薇と、眠りの魔法の痕跡のほかは大きな魔力の痕跡はなく、微かに風魔法の気配が残っていたそうです」

「風魔法……?」

「おそらく兵士たちを拘束したまま運ぶのに使われたのではないかと」


 ラファエルの言葉を聞いて、先ほどミカエル殿下が捕らえた兵士を運ぶのに使っていた魔法を思い出す。


「殿下、先ほど兵士を浮かせて運んでいた魔法ですが、風属性の使い手で使えるものは多いのでしょうか?」

「ああ、魔力の消費も少なく、初歩の術式で使えるな。戦場での運搬だけじゃなく、商家でも重宝するから属性が合うものには全員習得させると……」


 ミカエル殿下の言葉が不自然に途切れる。


「殿下……? 如何なさいましたの?」

「いや……まさかな……。ともかく、運ぶだけならこの軍全体でもかなりの人数の使い手がいるだろう。風魔法の痕跡から犯人を特定するのは難しいんじゃないか?」


 魔法の属性は多くの場合一人につき二つ、適性があるとされる。

 わたくしの場合は光と大地。ミカエル殿下は炎と風、ラファエルは闇と風だ。

 中にはアンリお兄様のようにほぼすべての属性魔法を使いこなすものもいるが、例外中の例外である。

 その上、適性が同じでも使える術には個人差が大きく出るし、二つの属性を組み合わせて使う魔法もあるので、同じ属性だからといって一概に同じ魔法が使えるとは限らない。

 事実、ラファエルは風の属性を持つが、重いものを浮かせて運ぶ魔法は使えない。

 ラファエルが使える風の魔法は空気の流れを操ることで結界のような空間を作り出し、その中で闇の魔法の霧を発生させるといった補助的なもののみで、主体となる属性は闇に偏っているからだ。

 属性魔法はその分類の中でさらに細かく攻勢魔法と守護魔法、補助魔法などに別れ、更に相性のいい元素や触媒を使って発動させるなどするため、高度な魔法ほど使い手が分かりやすい。

 わたくしの蔓薔薇の魔法はわたくしが幼い頃から自宅の薔薇園で大地の魔法を練習した結果習得したものなので、他に使い手とされる人にはこれまで会ったことがない。

 だからロフナー師団長からも真っ先にわたくしは疑われたのだ。

 ついでに言うと大地属性を持つ者の数自体多くはない。特に軍では守護よりも攻撃に特化した魔法属性持ちが好まれる為、風魔法や炎、氷といった属性を主体とする者が多いのだ。

 治癒に特化した水属性の魔法は医療機関の者に多いし、恵みをもたらす大地の魔法は商売に携わる者が多く習得する。


「兵士の死の状況からだけでは真相を究明するのは難しそうですわね」


 わたくしの魔法で拘束され、ラファエルの魔法で眠らされた兵士が比較的誰でも使える風の魔法で運ばれて川に落とされた。

 いくらラファエルには風で彼らを運ぶ魔法は使えないとしても、風の属性を持っている以上、疑惑を否定できる材料には乏しい。


「それならば別の角度から考えてみるのはどうだ? なぜ、お前が執拗に襲われたのか。心当たりはないのか?」

「第六師団の一部の兵士からは煙たがられておりましたけれど、第五師団の方とは顔も合せたことはございませんわね」


 言われてみれば、第六師団でも、我儘令嬢として振舞っていたとはいえ、二度も三度も執拗に狙われる程恨まれていたとは考えにくい。

 たとえ腹いせ目的であったとしても、わたくしに手を出せばどうなるか分かっていたからこそ、第六師団でも、嫌厭はされても直接的な嫌がらせは受けなかったのだ。

 第六師団の兵士に頼まれたとしても、全く無関係の第五師団の兵がわたくしをどうこうするリスクを犯すとは考えにくい。


「お嬢様へ嫌がらせを是が非でも決行したいって人間……。やっぱりあの女じゃないんですか?」

「理由という意味では有り得るかもしれないけれど、わたくし、今回の件に関してはクローディアではない気がしていますの」

「何故そう思う? お前はクローディアを嫌っていただろう?」


 殿下の言葉に素直に首肯する。


「今でも嫌いですけれど、それゆえに、彼女がどのようなやり方を好むのかは何となくわかりますの。彼女は周囲をけしかける際、自分たちこそが正義であると心の底から信じ、周囲にもそのように振舞います。それゆえ悪事を悪事としてけしかける真似はしないと思いますわ」


 学園でわたくしをいじめの首謀者として糾弾した時も、舞踏会でわたくしに叩かれたと学生会長を扇動した時も、そして今回わたくしの行動を怠け者の令嬢のワガママと断じたのも、彼女自身自分にこそ義があると信じて疑っていない様子だった。

 その上で、悪を潰すという正しい行いを殿下やエドアルド、ミレー学生会長や神殿の巫女達に代行させていたのだ。


「もちろん、誰か彼女を妄信する者が、独りよがりな暴走で行動を起こした可能性は否めませんけれど、そうだとするならば、それこそクローディアを責めても何も出てはこないでしょう」

「クローディアではないとしたら、他にマリアには心当たりはいないのか? 誰かの恨みを買ったとか、マリア自身ではなくとも、ロートレック伯爵への恨みであるとか」

「その場合無数に心当たりがありすぎて特定は不可能ですわね」


 お父様は政治的な立場上敵はとても多い方であるし、わたくしとて誰の恨みも買うことなく今まで生きてきたなどと断言できる性格ではないことくらい自覚がある。

 その点はオーギュストほどではないが、敵対する可能性のあるものは無数に存在している。


「でも、少なくとも王立軍の第五、第六師団に所属するような身分の低い者とは直接顔を合わせたことはございませんし、彼ら自身、何者かに依頼されているような様子でしたわ」


 今宵わたくしを襲おうとしたあの男の言動が本当なら、目的はわたくしを殺すことではなく、辱めること。

 天幕で押し倒された時の恐怖が甦ってぶるりと肩を震わせれば、ラファエルと殿下が同時に自分たちの上着とマントを差し出してきた。

 有り難くラファエルの上着を肩に、殿下のマントを膝に掛けさせてもらう。


「殿下が捕らえてくださった者の尋問結果を待った方が良さそうですわね」

「そうだな。ちょっとロフナーの所へ行って聞いてくる。マリア、今晩はもう遅いから寝ていろ。ラファエル、天幕の外で見張りに立て、後でエドアルドを寄越すから交代でマリアを護衛しろ……って、なぜ二人してあからさまに嫌そうな顔をする?」

「だって……」

「エドアルドが来たらうるさくて眠れなさそうなんですもの」


 たとえ黙っていても存在感がうるさいのだ、あの脳筋男は。


「だが、他に確実に信用ができると断言できる者がいない。……中央師団、マーニュの配下ならば大丈夫だったろうが、あいつらは今ここから離れた場所にいる。呼び戻すのは時間がかかるだろう」

「マーニュ将軍の今回の任務は確か北部の魔獣出現が激しい地域の掃討作戦、でしたわね」


 北部の神殿は魔獣が多く徘徊しており、聖女が儀式を行うための安全が確保できていないという理由で、まずは武功の高いマーニュ将軍の中央師団が魔獣を蹴散らし、その上で聖女を招こうという話になったのだと聞いている。


「ああ、以前の報告よりも魔獣の数が増えているらしく、作戦が難航していると連絡があった」

「魔獣の数が……? 聖女の儀式によって魔獣の出現する地域は減っていっている筈ですのに?」

「北の神殿に魔獣を呼び寄せるような何かがあるということでしょうか?」


 北の地域にある神殿は旧魔導帝国時代に建立されたものも多い。けれど、マーニュ将軍が向かっていたのは比較的近年になって建てられたものだった筈だ。


「神殿の古さなら明日聖女が儀式を行う森の神殿の方が古いですよね?」

「こっちで順調に退治と封印が進んでいるから北に逃げているのかもしれん。ともかく、明日の儀式が終われば残るは北の神殿周辺に軍の大多数を投入し、早期にこの戦いを終わらせることができるだろう。マリアも王都へ戻れる。それまでの辛抱だと思ってエドアルドの護衛を受けてくれ」

「必要な事だとは分かっておりますのよ。気が進まないというだけで」

「そう嫌ってやるな。エドは融通は利かんが、実直な男だ」


 実直な事はわかっている。人柄もまあ悪い人間ではないのだろう。

 ただ、あの暑苦しさだけはいただけない。


「……わたくしが熱中症で倒れたら殿下の采配の所為ですわ」


 けれど、殿下の言うとおり、信が置けるという言う意味ではエドアルド以上の者はいない。


「仕方ありませんわね。エドアルドの護衛でも我慢いたしますから、殿下もお気をつけて行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしておりますわ」


 冗談めかしてそう言うと、ミカエル殿下は虚を突かれたような顔をなさった後、眉根を寄せてわたくしに背を向けてしまわれた。


「朝には一度戻る。明日は俺は聖女の儀式に立ち会わねばならんが、お前はこの天幕で待機させるから、移動の必要はない。……ゆっくり休め」


 素っ気ない口調に、気を悪くされたのかと思っていたが、よく見ると微かに見える耳が朱に染まっているので、照れているのだとわかった。

 思わず笑みがこぼれる。


「ラファエル! お前もいつまでも天幕の中にいないで外に出ろ。ここは学園の寮じゃなく、今のお前は成人の、歩兵隊員だろう! 俺の婚約者の天幕の中に留まればいらん醜聞になるぞ!」

「は~い! なぁんか、王子の雰囲気、変わりましたよね?」


 ラファエルがそっとわたくしに囁いてから天幕を出ていく。

 確かに殿下は変わられた、と思う。

 変わられた、というよりは、クローディアと出会う以前の殿下に戻ったと感じる部分も多いが、やはり変わられた部分も大きい。

 やはり、国の危機に直面したことで、王族としての自覚が芽生えたのかもしれない。

 二人が出ていくのを見送ったあとで、上着とマントを借りっぱなしだったことに気付いた。

 ラファエルの上着はすぐに返すことができたが、殿下のマントは次に会うまで預かっておくしかなさそうだ。

 滑らかな生地をそっと撫でてから畳む。


「まあ、朝には戻ると仰ってましたし、すぐに返せますわよね」


 そう独り言ちて寝具にくるまった。

 色々な事がありすぎて疲れていたのだろう。眠りはすぐに訪れた。



 そして、結論から言うと、マントを返すことはできなかった。

 明け方近くに森の神殿の奥から魔獣の大群が現れ、遠征軍は予想もしなかった奇襲に大混乱に陥り、先行していた第五、第六師団と、聖女たちのいる近衛騎士団は分断され、別方角への敗走を余儀なくされたのだ。

 第五師団のロフナー師団長のもとへ出向いていたミカエル殿下は彼らと共に消息不明となり、わたくしは近衛騎士団と聖女たち神殿兵団と共に森の奥、すでに浄化が為された別の神殿へと向かうことになったのだ。


「第二王子殿下の御命令があったとはいえ、殺人の疑いがある娘を聖女様のお近くに置くのは賛成いたしかねますわ」

「疑いがあると言っても決定的な証拠があるわけではないし、魔獣が徘徊する場所に置き去りにするわけにはいかない。監視はこちらで充分に行う。貴殿らは貴殿らの使命に集中なされよ」


 わたくしを見て嫌悪も露わに眉を顰める神殿巫女の一人にエドアルドが言い返す。

 一応虜囚ということになっているわたくしはと言えば、エドアルドの騎乗する馬の前に横座りで、身体をエドアルドに固定するように革帯で戒められている状態だ。

 ひどく不本意ではあるが、嫌疑が晴れぬまま、移動中は拘束されていると見せねばならない為、このような状態になったのだ。


「それにしても何故突然魔獣があれほどの群れで現れたのかしら」

「今日にも聖女様の儀式で封印されるはずだったというのに」

「誰かが魔獣に我らの動きを流したのではないか?」

「馬鹿な! そのような事をしてなんになる?!」


 馬上にいると周囲の声がよく聞こえる。

 その声は不安と疲労の色が濃く、このような状態になった集団は結束が脆くなりがちだ。


「しかし、これからどうするのだ。件の神殿へ着いたとして、そこでも魔獣が出ないという保証はないのでは?」

「聖女様が浄化なされた後には魔獣はでない。少なくとも浄化の儀式を行っていない森の神殿へ向かって進むよりは安全だ。それに王都への伝令も飛んでいる。すぐに援軍が来てくれるだろう」


 近衛騎士団は王都にある騎士団の中では特に若い騎士が多い。

 その分経験の浅さは否めない。

 今も樹木に囲まれた道なき場所を進むのに四苦八苦している。

 こんな森の中で馬を平原と変わらないかのように操るのは野戦になれた一部のベテラン兵か、エドアルドのような特殊技能の持ち主だけである。


「……殿下はご無事かしら?」

「当たり前だ。ミカエル様のことだ、すぐに体勢を立て直して合流されるに決まっている!」


 いつもならば暑苦しくて鬱陶しいエドアルドの熱弁が今は有り難い。

 憎まれ口をたたき合いながら、その日の夕刻には浄化された神殿へとたどり着いた。


「この周囲には聖女様の封印による結界が悪しきものの侵入を拒んでくださいます。ひとまず聖女様と神殿巫女の方々は奥へ、周辺の警護とはぐれた部隊への連絡を近衛騎士団の方にお願いします」


 聖女クローディアを乗せた輿が神殿の奥へと消えると、エドアルドが馬首を巡らせ、近衛騎士団へと指示を飛ばす。

 ミカエル殿下の腹心である彼は実質上この場にいる騎士団への代理指揮権を持つ……筈だった。


「今言われた通り、近衛騎士団は数人ずつに分かれて周囲の巡回に当たってくれ」

「チッ……若造が。調子に乗りやがって」

「おい、今声を上げたものは前に出ろ。俺の指揮に不満があるようだな?」


 聞こえよがしの呟きにエドアルドが剣呑な声を上げる。

 言われるままに進み出たのは20代半ばと思われる近衛騎士だったが、その後ろに数名の近衛騎士が続く。

 ただならぬ雰囲気にエドアルドが眉根を寄せた時、最初に進み出た騎士が口火を切った。


「正式な騎士の宣誓を捧げたわけでもない見習いが第二王子の代理を気取って威張り散らすなって言ったんだ。今回の遠征でも碌な戦果も挙げていない上に女のお守りとは良いご身分だな。悪いが俺たちは此処までの移動で疲れ切ってる。若さと体力しかとりえのないアンタが自分で見周りでもなんでもすればいいだろう」

「そうだ。普通ならお前の方こそ新入りとして俺たちに使われてなけりゃいけない立場なんだぞ。将来騎士になって近衛に入りたきゃ、せいぜい俺たちに気に入られるよう働いてみろ」


 1人目の言葉をきっかけに、方々から上がる不満の声にエドアルドがワナワナと震えているのが伝わってくる。

 近衛騎士団の方々の意見も分からないではない。

 いくら武勇に優れ、高名な将軍を父に持つエドアルドとはいえ、騎士団にはまだ所属していない学生だ。

 ミカエル殿下の副官として、国王陛下直々の御下命が無ければ今回の遠征でも学生部隊の実戦部隊の方にでも配属されていただろう。

 それに、以前にもエドアルドに言ったが、近衛騎士団は実力も必要ではあるが、それ以上に貴族としての身分差や横のつながりが重んじられてしまう。

 いくらエドアルドがこの場にいる誰よりも優れた剣技を誇ったとしても、嫉妬の対象にはなっても服従を良しとする者はいないだろう。


「それとも、マーニュ家のお坊ちゃんはお父上に泣き付かれますか?」


 嘲笑の的にされ、エドアルドが激昂するのではないかとハラハラしていたが、彼は無言で馬首を返した。


「貴殿らの提案は承知した。神殿の周囲をひと巡りしてくる。その間貴殿らは休憩でもなんでも取られるがよかろう。ただし、警戒は怠るな。ここが襲撃され、聖女の身に万が一のことがあれば我が国は魔獣の脅威に対する希望を失うことは肝に銘じておけ」


 そう言って馬を駆る。

 ここまでほとんど揺れを感じなかったのに、急激に荒くなった馬の歩みに、エドアルドの動揺が現れているようで、文句も言えずに身を縮めた。


「ラウド、お前も来い」


 エドアルドが呼ぶまでもなく、前方の木の枝にラファエルが飛ぶような動きで降り立った。

 ちなみにラウドというのはラファエルの偽名である。


「エドアルド様、あまり乱暴な駆け方をされてはお嬢様が馬酔いします。速度を落としてください」

「この程度、大した揺れにはならん。それよりも、結界の内側ギリギリの場所まで移動するぞ。着いて来られるか?」

「そりゃ、来いと言われればお嬢様の為ですから行きますけど……どうかしたんですか?」


 訝しむラファエルに応えず、エドアルドは神殿から少し離れた小川まで馬を走らせると、その場に降りた。

 当然わたくしも降ろされる。


「少し此処で休んでいろ。俺は結界を一回りしてくる」

「申し出はありがたいのですが、わたくしを拘束していなくて良いのですか?」

「見張りにラウドを付けている。それにお前はどう見ても足手まといだ。だから置いていくが、神殿にしろ、あいつらの中にしろ、お前の居場所もないだろう。夜は流石に神殿の中で部屋を借りるしかないが、それまでは此処で待っていろ」


 どうやら馬も休ませるつもりなのか、エドアルドはそのまま歩いて去ってしまった。

 先刻の一件のこともあるし、暫く一人でそっとしておいた方がいいのかもしれない。


「お嬢様、こちらへお座りください。今お水をご用意します」


 ラファエルが差し出してきた水筒を受け取り、口を付ける。

 喉が渇いていたこともあり、こくこくと一気に飲み干してしまった。


「ありがとう、美味しかった……わ……?」


 異変に気付いたのは、手の力が抜け、水筒を地面へと取りこぼしてからだった。

 全身の力が抜け、視界がぐにゃりと歪む。

 手を伸ばしたつもりだけれど、腕も上がらなくなっているのか、感覚が失われていく。

 定まらない視界の向こうで、ラファエルの顔が泣いているように見えた。


「ラ……ふ…ぃ……ど……して……?」

「申し訳ございません。お嬢様……すべてが終わったら……ボクを……」


 力ない問いかけに対するラファエルの囁きは聞き取れないまま、わたくしの意識は闇へと引きずり込まれた。

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