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第二十七話 深まる謎のエトセトラ

「―――困りましたわね……」


 人気のない天幕に独り言の声は淡く響いて溶ける。

 ロフナー師団長の取り調べは思っていたよりもあっさりと終わった。

 結論から言えばわたくしの容疑は晴れていない。

 まあ死んだ兵士の遺体はわたくしの魔法の蔓薔薇で拘束されていたのだ。状況証拠としてはかなり重い。

 わたくしがあの兵士たちを拘束するに至った経緯については、ラファエルの存在を伏せた以外は正直に説明した。

 その上で、わたくしには大の男を持ち上げる膂力も無ければ、そのようなことを可能にする魔法も使えないことも訴えた。


「しかし、拘束した上で別の者に止めを刺させることも可能なのではないか? あなたほどの令嬢なら手駒には事欠かないでしょう」

「可能か可能でないかということのみで言えばわたくしでなくともそれを可能とするものはおりましょう」

「あなたが彼らを拘束したのは4日前の夕方とのことですが、なぜその場で彼らの所業を届け出てはくださらなかったんですか?」

「届け出ようにも所属も名前もわかりませんでしたもの。それに襲われそうになったなんて醜聞、わたくしほどの令嬢だからこそ表沙汰にはしたくないと考えるのは当たり前ではありませんこと?」

「所属も名前も彼らの身に着けていた階級章で一目瞭然だった筈です。あなたの証言には矛盾がある」

「わたくしが彼らと相対した時には階級章も着けておりませんでしたし、念のためポケットも確認してります。矛盾があると言われても、それを調べるのが貴方の仕事ではなくて?」


 煽るように言い放ちながらも、わたくし自身ロフナー師団長の着眼点には疑問を抱いていた。

 何故身元を隠すために身につけず、ポケットにも入れていなかった階級章や徽章が死んだ彼らのポケットからは出てきたのか。

 わたくしの蔓薔薇に拘束されたままだったということは彼らが自分でポケットに入れることはできないから、普通に考えれば彼らを殺害した人物がポケットに入れたのだという結論になる。

 でも何のために?

 限りなく緩い遠征とはいえ、魔獣との戦闘もある行軍の最中、身元不明の遺体が出たとしても詳しく詮議はされない。

 人知れず殺して始末をするなら身分証などわざわざポケットに入れる必要はない筈だ。


「捜査せざるを得なくする為……?」


 だとすれば、目的はわたくしを貶める以外になく、現状その企みは成功しつつある。

 先刻ロフナー師団長が医療天幕でわたくしの嫌疑を宣言した時、周囲の驚きの表情の合間に見え隠れした、落胆、疑惑、侮蔑……。

 醜聞というのは巻き込まれた時点で名誉を大きく損なう。

 真偽が明らかになったとしても、一度芽生えた疑念や、それに伴う感情の溝はそう簡単に埋まるものではない。

 今回のことで少なからずわたくしを疑った人間は今後もわたくしを心の底から信じ切ることはできないだろうし、わたくしも彼らを信頼するのは難しいだろう。


「これ以上わたくしと貴方で押し問答をしていても埒があかないのではなくて? シュテファン・ロフナー男爵?」


 ことさら爵位を強調するのは卑怯だとは分かっていたが、このまま疑惑を受け入れるわけにもいかない以上、身分で圧力をかけることも策の内だ。

 ロフナー師団長は政治的な立場で言えば中立派、特別ロートレック家を敵視している訳でもなければ、逆に過剰に阿ってもいない。

 ただ、状況証拠だけで大臣の娘を裁くほどの胆力は持ち合わせてはいないだろう。


「あなたの仰るように、まだ情報が足りません。ですが、このままあなたを第六師団にお返しするわけには参りません」


 確かに身の潔白が証明されないまま戻るのはわたくしにとってもリスクが大きい。


「敵国の貴人を捕虜にした際に使う天幕を至急組み立てます。今夜はそちらでお休みください。調査に進展があればまたお話させていただきます」


 ロフナー師団長によれば、死体の検分はまだ途中であるらしく、三人の詳しい死因などは第五師団の医療魔術師が調べているそうだ。

 その後、わたくしの身柄は急遽組み上げられた天幕へと収容される運びとなった。



 連れて行かれた天幕は全ての支柱に魔術による結界を維持する仕掛けが施されており、出口以外を破ろうとすれば身体が痺れて動けなくなるようになっている。

 天幕自体は広く作られているため、不注意で布の壁に触れてしまうこともない。

 枷などは着けられはしなかったが、天幕自体が中の者の魔力の発動を抑制する造りになっているため、魔法でどうこうするのも不可能である。


「か弱い女を捉える為だけにしては大袈裟ですこと」

「生憎と今回の遠征では使う予定もない装備だと思ってこれしか携行してこなかったものですから。ご不自由をおかけしますが、ご寛恕ください」


 ロフナー師団長は慇懃に頭を下げると天幕を出ていった。

 出入り口には女性兵士が二人見張りに立つようだ。

 特にすることもないので天幕の中央に腰を下ろす。学生部隊の天幕よりも式布が上等な所為か、座り心地は悪くない。

 貴人用というのも頷ける。

 ただ、通常の遠征であればどのような相手が捕虜になるか分からない為、こういったものを用意するのはわかるが、今回の遠征に持ってくるには不釣り合いな気もする。


「聖女の天幕が壊れた時用の予備かもしれませんわね」


 頑丈な檻は時として頑丈な防壁にもなり得るから。

 そんなことを考えていて、ふと思い出した。わたくしが今回死んだ男たちに絡まれたあの夜、クローディアの関与を疑ったことを。

 けれど、いくらクローディアでも、わたくしを襲い損ねた三人を死に至らしめるまでするだろうか。

 私見ではあるが、あの娘に人を殺す、または殺すように仕向けるほどの気概があるとは思えない。

 せいぜいが不埒な醜聞で人に汚名を着せるのが関の山だと思うのだ。


「そもそもわたくしを襲うのを失敗したからと言って殺す理由にはならないわ。クローディアが直接彼らを唆したというならともかく」


 ともかく、今はロフナー師団長なり、秘密裏に情報収集にあたってくれているラファエルなりから新しい情報を待つよりほかない。

 医療天幕での作業から、ロフナー師団長の取り調べ、諸々で疲れ切っていたわたくしは天幕内に置かれた簡易寝具にくるまって、目を閉じた。



 お世辞にも寝心地が良いとは言えない簡易寝具の所為で眠りが浅かったのだろう。

 出入り口の方で誰かの声がして目が覚めた。

 魔法灯をともしたのと、天幕の入り口が捲られたのはほぼ同時だった。


「あれ? お目覚めですか?」


 入ってきたのは見覚えのない男性兵士だった。見張りに立っていたのは女性の筈だけれど……。

 嫌な予感どころの話ではない。


「見張りの方はどうなさったの?」

「ああ、こんなところでじっと寝ずの番もきついだろうってんで代わって差し上げたんですよ」


 対価はお金だろうか、それとも軍内部での待遇だろうか。女性兵士は数が少ない上に周囲からの差別も厳しいと聞く。

 しかしだからと言って課せられた任務をこうもあっさりと放棄されたのではやるせない。何のために女性兵士をわざわざ立てたか分からないではないか。


「ここじゃ、あんたのお得意の魔法も使えない。ついでに教えてやるが、アンタの忠犬は今頃別のところで俺の配下が遊んでやっている。多少はてこずるだろうが、魔法が無ければあのガキも手ごわくはない」

「大した自信ですこと。わたくしの抵抗手段が魔法しかないだなんていつ申し上げたかしら?」


 口ではそう言ってみたものの、実際のところは魔法とラファエルを封じられると、わたくしに残された手段など殆どない。

 背中を伝う冷汗を悟らせないように笑顔で言い返しながら、考えを巡らせる。

 この男の発言から察するに、彼はわたくしにラファエルという護衛がいること、そしてラフィが普段何処の部隊に潜んでいるかも把握しているということだ。

 そんなことは、あの死んだ三人に絡まれた晩のことを知っていなければ有り得ない。

 あの時まではわたくしはラファエルとの接触は避け、ラファエルも普通の一般兵としての動きしかとってはいなかった筈だからだ。

 だとするならば……。


「4日前の晩、わたくしに下手なお誘いを仕掛けてきた方々はあなたの手の者でしたのかしら?」

「何の話だ? 俺はアンタをめちゃくちゃにしてくれって頼まれただけだぜ。なに、ちょいと剥いて恥ずかしいところを人に見られるだけだ。減るもんじゃないさ」

「お断りいたしますわ。わたくし、泥臭い方に触れられると気持ち悪くて死んでしまいますの」


 死にはしないが、死にたくはなるかもしれない。じりじりと距離を詰めてくる男を躱して、何とか出口に走れないかと伺うが、流石に先日の輩よりも隙が無い。

 距離を詰められ、腕を掴まれ、引き倒される。


「きゃっ!」

「へへ、つっかまえた。おや? 死んでないって事はアンタが言う泥臭い方には俺は当てはまらないって事か、それともアンタも実はこういうのがお好みかい? それならこれは合意の上って事にもなるな」

「勝手な事をっ……!! いやっ……離しなさいっ!」


 力任せに掴まれた腕は折れそうに痛いし、差し迫った恐怖に声が上ずる。

 もはやこれまでかと、目を閉じた時、怒りを含んだ低い声が、耳に響いた。


「おい、お前そこで何をしている?」

「ひっ?!」


 男の力が少し緩んだので、振りほどく。目を開いて顔を上げると最初に目に入ったのは剣の切っ先だった。

 一瞬自分が突きつけられたのかと思ったが、よく見ると刃が目の前の男の首にぴたりと当てられている。ほんの少しでも動けば皮膚を割き、血が噴き出すだろう。

 恐怖に固まっている男の腕から逃れ、後退りながら、男の背後を見る。長身の、鎧姿が逆光の中に浮かんだ。

 銀色の髪が魔法灯の明かりに照らされて輝いていた。


「ミカエル殿下?!」

「な……何で第二王子がこんなところに……!??」


 思ってもみなかった殿下の登場は、男の戦意をそぐには充分であるらしかった。震えながら降参の意を示している。


「俺が自分の婚約者に面会に来るのが何か問題があるか? ロフナーに許可を得て訪ねて来てみれば、天幕の外にいる筈の見張りの姿が見えなかったんで入らせてもらったぞ。……それで? もう一度だけ問うぞ? お前は、こんなところで、俺の婚約者に、何を、している?」


 一言一言を区切るように問いかけるミカエル殿下の声は地の底を這うようで、今まで見たこともないような怒りがこもっているのが感じられた。


「第二王子と婚約者は不仲だった筈では……?」

「過去にそうだったからといって、お前如きがマリアに軽々しく触れて良い理由にはならんぞ。申し開きはロフナーのもとでするがいい」


 殿下はそういうと素早く男を寝具を裂いた布で縛り上げ、首根っこを掴むと軽々と持ち上げた。

 いくら殿下が力が強くても大の大人の兵士を片手で持ち上げるのは普通無理だろう。おそらくは風の魔法の応用で、半分ほど浮かせているのだ。

 ミカエル殿下はこういった小手先の技は苦手だった筈だが、学園で誰かに教わったのかもしれない。


「いくぞ」

「え?」


 出口へと向かうミカエル殿下に言われて首をかしげる。

 今、一緒に行くように促された気がするが、わたくしは一応虜囚の身である。


「勝手にこの天幕を出るのは……」

「見張り不在の天幕にお前ひとり残してまたこいつみたいなのが出てきたらどうする。いいから来い。何かあっても俺が責任を取るから」


 殿下に言われて、やっと立ち上がる。

 少し膝が震えてはいたが、問題なく歩けそうだ。


「怖いなら手でも繋いでやろうか?」

「それでは殿下の両手が塞がってしまいます。わたくしでしたら大丈夫ですわ」


 そのまま連れ立ってロフナー師団長の天幕へ向かう。

 男を引き渡し、事情を説明する。

 ロフナー師団長は自軍の兵士が起こした不祥事を、動かぬ事実として突きつけられ、衝撃を受けたように頽れた。


「ロフナー、王国の忠実なるしもべにして栄誉ある王立軍第五師団団長であるお前の指揮下で虜囚に不埒な行いを企てるものや、監視の職務を放棄する者が出たという事実は重く受け止めろ。この旨はマーニュへも既に報告を飛ばしてある。数日中に沙汰があるものと覚悟せよ」

「はっ! 申し訳なく」

「例の兵士についての調査は引き続き指揮を取らせるが、俺の配下も数人そちらへ就ける。それとマリアベルの身柄だが、こちらで引き取らせてもらう。これ以上何かあってからでは遅いからな」

「それは……ですが……」

「抑留する場所を俺の隣の天幕に移すだけだ。調査結果が分かれば適正に対応する。それともお前は俺が身内可愛さに軍規を歪めるとでも?」

「いえ……仰せのままに」


 ミカエル殿下の厳しい眼差しに、ロフナー師団長は首を縦に振るしかなかった。

 それからしばらく移動に伴う手続きを明日以降に持ち越し、事後報告として行うことや、ミカエル殿下の一存で歩兵部隊から選抜した若い兵士を一人、わたくしの護衛に正式に就けることなどが取り決められた。

 もちろん、その兵士というのがラファエルの仮の姿であることは言うまでもない。

 取り決めが終わって、ロフナー師団長の天幕を出る。


「それじゃあ行くぞ」

「はい……あの、ミカエル殿下」

「なんだ? 疲れたのなら抱えていってやるぞ。それか以前のように風の魔法で飛んでいくか?」

「いえ、歩けるので大丈夫ですわ。それよりもなぜ、あの場に?」


 助かったので文句などはないのだが、純粋にあそこにミカエル殿下が現れた理由がわからなくて困惑する。


「俺が婚約者が捕らえられたと聞いて心配もしない冷血漢だとでも?」

「心配……して下さったのですか?」

「あたりまえだ。そもそもお前にしろラファエルにしろ、大の大人の兵士を三人も、密かに運ぶなど無理に決まっているだろう。ロフナーにそう抗議しに行ったら、お前を捕虜用の天幕に軟禁していると聞いて連れ出しに行ったらあの状況だった。もっと早く行くべきだったな」


 あまりにもあっさりと断定されて、逆に困惑してしまう。


「殿下は……わたくしが誰か、ラファエル以外の者を使って事を成したとは思われませんでしたの?」


 以前なら、以前の殿下なら、真っ先にわたくしを疑ってかかっただろう。

 クローディアへの行いを不当ないじめと断じた時のように。


「俺がお前を信じるのがおかしいか?」

「はい、とても」


 つい即答してしまう。ミカエル殿下が苛立たしげに頭を掻くのが見えた。


「……くっ……正直だなお前は。まあ俺も同じように思うだろうからな。何故だかは俺にも分からん。ただ、お前は誰も殺したりなんかしない。絶対にだ。俺は今そう思ってる。それだけだ」


 そう言って、照れ隠しなのか数歩先へ行ってしまうミカエル殿下を慌てて追いかける。

 正面に回るのは気恥ずかしく、そっと後ろから翻るショートマントの裾を引く。


「……信じてくださって、ありがとうございます」


 修復不可能だと思えるほどに深く穿たれた溝も、案外簡単に埋まることもあるのかもしれない。

 そんな風に思いながら。


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