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第十一話 王太子夫妻にまつわるエトセトラ

「後輩よ、性悪令嬢を一話更新したぞ」

後輩「え?!ほんとですか??!」

「嘘だよ」

後輩「ひどい! 何で嘘ついたんですか!!」

「4月一日だから?」


そんなわけで、本日二話更新です。(片方はエイプリルフール用の番外小話ですけども。

 外宮での研修講義中の宿舎に、わたくしを訪ねての来客があったと伝えられたのは、午後の授業が終わった後の事だった。

 動揺も露わな外宮の小間使いの少女に耳打ちされた名に、耳を疑う。


「王太子妃殿下が?!」


 急いで応接室へと向かうと、重厚なソファに腰を下ろしていた貴婦人がわたくしを見て立ち上がった。


「マリアベル様、突然ごめんなさいね」


 申し訳なさそうに眉尻を下げたのは紛れもなく王太子ギュスターヴ殿下のお妃様のエミリア・ド=クリステル妃殿下だった。

 ほっそりとなよやかな肢体を小花をあしらったドレスで包み、結い上げた髪は真珠のコームで纏めている。清楚な装いだが、王太子妃の昼の装いとしては少し華やかさに欠ける。

 けれど、そんな落ち着いた服装の方が似合う方なのだ。

 エミリア妃殿下は顔のパーツがすべて小作りで、目立つところがない。

 髪もクリステル国民に最も多い茶色の髪に少し色の濃い茶色の瞳、女性にしては少し背が高い以外にこれといった特徴がないのだ。

 彼女を見知ったものでなければ、外宮を一人で歩いていたとしても、それどころか街中を歩いていたとしても埋もれてしまうだろう慎ましやかな容貌である。

 


「こちらこそ、お出迎えもできなくて申し訳ありません」


 制服のまま、膝を軽く落とす。


「いえ、私が先ぶれも出さずに来てしまったのだもの。気にしないで。こちらへ来て、掛けてくださらない?」


 おっとりと椅子を勧められ、妃殿下の前に腰を下ろす。

 給仕に出された紅茶を飲みながらそっと目の前の夫人を観察した。

 夫人と言ってもわたくしより2つか3つ年上なだけだが、既婚者で、王太子妃であるという落ち着きが、彼女を歳よりも大人びているように見せている。

 名門ガルー侯爵家から、第一王子ギュスターヴ殿下の婚約者として幼いころから王宮に上がり、立太子と時期を同じくしてご成婚あそばされた。

 同じ王族へ嫁ぐ者同士ということで、昔から王妃様や王太后様のサロンで顔は合せていたし、お茶会などにもお誘いは頂いている。

 けれど、このように突然訪ねて来られるほど親しくしていたかと言われると、微妙なのだ。


 現在、王宮内の派閥は大きく3つに分かれている。

 第一王子で王太子でもあるギュスターヴ殿下とその後見であるルーベンス侯爵を中心とした保守派、宰相のノワール公爵やわたくしの父、ロートレック伯爵を中心とした革新派、新興貴族や爵位を持たないが富豪として力を付けてきている平民を中心とした反議会派。

 エミリア妃殿下のご生家であるガルー侯爵家は、ルーベンス侯爵と懇意にしている保守穏健派の筆頭に数えられている。

 その為、ロートレック家とは折り合いはよくは無いのだが、折り合いが悪くても、表面上はそう感じさせないようにふるまうのが貴族社会というもので、わたくしも幼いころから顔を合わせれば当たり障りなく和やかに会話するようにはしていた。

 そんなわけだから、この突然の訪問に面食らってしまったのも仕方ないと言えよう。


 王宮における妃殿下の評価は、可もなく、不可もなく。

 ギュスターヴ殿下が、穏健かつ堅実な政治手腕を見せる一方で、目立った改革や成果をあげてはいないように、彼女もまた王太子妃として必要は充分に満たしているものの、突出した逸話などは無く、民の間でも話題には登ることがない。

 見た目にも能力的にも目立つことのない王太子夫妻に対し、良くも悪くも目立つのが第二王子のミカエル殿下とその周囲である。

 華やかな容貌と、闊達な言動、民の前に姿を現す機会も多く、学業に秀で、狩猟や武術大会での活躍も目出度い。

 その為、一部の平民や貴族の間ではミカエル殿下を王太子にと推す声がいまだに無くなってはいないのもまた頭の痛い事実だ。


「マリアベル様の学園でのご活躍、王宮にも噂が届いておりますのよ」


 お茶を口に運びつつ、話の切り出し方に迷っていらっしゃるように見えたエミリア妃殿下がゆったりと口を開いた。

 わたくしについての噂というと、良きにつけ悪しきにつけ、極端なものが多い。この場合はどちらの噂なのだろう……。


「妃殿下のお耳を汚すようなお話でなければよろしいのですけれど、わたくしは何と言われておりまして?」

「とても成績優秀だと伺っておりますわ。ミカエル殿下が公爵におなり遊ばされたらそれを支える賢夫人におなりだろうと」


 柔らかな微笑みを浮かべるエミリア妃殿下には他意は感じられない。

 いや、感じさせないようにしているのだろう。

 慎ましやかで大人しそうな淑女が、見た目通りだとは限らないのもまた、貴族社会にはよくある事だ。

 王太子妃として不可を見せない彼女を、見た目通りの凡庸な人間だと侮ることはできない。


「お褒めに預かり恐縮ですわ。……ところで、本日はどのようなご用件でお越し下さいましたの?」

「それは……」


 エミリア妃殿下が控えの侍官や侍女をちらりと見る。

 その視線を受けて、召使たちは静かに部屋を出ていった。

 ドアの外に護衛は控えているだろうが、声を聞かれる心配はない。


「ギュスターヴ様の様子がおかしいの」

「王太子殿下の?」


 親によって取り決められた婚約とはいえ、ギュスターヴ殿下とエミリア妃殿下の仲は良好だ。

 身体があまり丈夫とは言えないギュスターヴ殿下が公務で無理をなさらないよう、献身的に支えていらっしゃると聞いている。


「ベリーニ大公閣下が、新しい小間使いを雇われたのはご存じ?」

「……ええ、まあ……」


 唐突に訪問の理由が分かった気がした。


「妃殿下、まさかとは思いますけれど、その小間使いというのは黒髪でたいそう美しい……」

「ええ、聞いた話ではマリアベル様のご学友だとか」


 同じ学園で学んでいる以上、『ご学友』と言われればそうなのかもしれないが、間違ってもあれを『友』などとは呼称したくない。


「親しくしたことは無いのですけれど、まあ、名前くらいは存じておりますわ。でも、まさかその娘が王太子殿下に何か……?」


 それだけは無いだろうと思っていたことが現実になってしまったのだろうか。

 こう言っては失礼だというのは承知の上だが、ギュスターヴ殿下は決して華のある容貌ではない。

 あの見た目の見極めが厳しいクローディアが目を付けるとはとても思えないのだ。

 とはいえ、ベリーニ大公の事もあるし、ギュスターヴ殿下の王太子という地位を重視して、見た目は妥協したというのであれば、可能性は無くはないが。


「ああ、いえ、誤解なさらないで。あの者がギュスターヴ様を誘惑したとかそんなことは無いのよ。ギュスターヴ様は相変わらず私だけを慈しんでくださっているわ。それは大丈夫なの」

「……はい」


 ポッと頬を染めて恥じらうエミリア妃殿下に肩の力が抜ける。

 そういえば、仲睦まじい王太子夫妻の惚気話を王宮のお茶会の度に披露され続けて、一時期お茶会から足が遠のいていたことがあったと思い出す。

 今はそういった話も受け流せるようにはなったので、気にはならなくなっていたが、久々に耳にして、うっかり表情を作り損ねるところだった。


「ただ、あの者が身に着けていたペンダントをご覧になった後から、なんだかふさぎ込んでいらっしゃることが増えて……今朝は食欲も落とされていたようなの」

「ペンダント? そのようなもの、着けていたかしら?」


 取り巻きの誰かからのプレゼントかもしれないが、見せびらかすクラスメイトもいない王宮の仕事中に装飾品などぶら下げているだろうか。


「普段はシャツの中に入れているみたいなのだけれど、王宮の廊下で殿下とあの娘がぶつかりそうになって、その拍子に襟の隙間から飛び出してしまったのよ」

「エミリア妃殿下もその場にいらっしゃったのですか?」

「ええ、お砂糖を蜂蜜で煮詰めた飴細工の薔薇みたいなお嬢さんだったわね。衛兵もぼうっと見惚れてしまっていたから不敬を言い渡すこともできなくて……」

「どのようなペンダントだったか覚えていらっしゃいますか?」

「少し大きめの古いガラス玉の様な雫型のペンダントだったわ。表面に銀で文字が刻まれていたように見えたけれど、私の知らない文字だったの」


 ガラス玉、ということは益々貢ぎ物の可能性が低くなった。

 妃殿下がご存知ではない文字ということは近隣諸国の言語でもない。

 彼女は王太子妃として諸外国の言語には堪能な方だ。


「それをご覧になったとき、殿下がたいそう驚かれていらっしゃったのだけれど、急いでいた様子のその娘はあっという間にいなくなってしまって、後から殿下に訪ねてみても『何でもない』と仰るばかりで……マリアベル様、クローディアという娘について、何かご存知ではないかしら? 親しくはないと言っても、同じ学園で同じ学級なのでしょう? 何か……殿下のお心を煩わせるような何かが彼のものにあるのではないかと気になってしまって……」


 エミリア妃殿下は濃い茶色の瞳を不安げに揺らし、震える手でカップを握りしめている。


「クローディアについては、わたくしも、別件で探らせているところですわ。……少々学園で問題を起こしておりますので、この度の王宮への出仕も何かあるのではないかと。ですが今のところはめぼしい情報はございませんの。何か分かりましたら妃殿下へもお知らせいたしますわ」

「本当? そうして貰えると嬉しい。私の方でも何かわかったら教えるわ。本当に、急にこんな用件で訪ねてきてしまってごめんなさい。マリアベル様はいずれミカエル殿下へ嫁がれたら、私とは義理の姉妹になるでしょう? 同じ王家を支える者同士、力を合わせていきたいと、ずっと思っていたのよ」


 両家の立場を考えれば、実際にどこまで親しくできるかはわからないが、一つの国の一つの王家を支える立場にあるという意味では確かにエミリア妃殿下とわたくしは同じ責務を負った者同士だ。


「妃殿下にそのように仰っていただけて光栄ですわ。まだ未熟な義妹候補ではございますが、よろしくお導き下さいませ」

「こちらこそ、よろしくお願いね。……それじゃあ、私は今日の所は失礼するわ。……次のあなたの休日に合わせて、久々に王宮サロンのお茶会を開こうと思っているの。是非参加して頂戴。王妃様と王太后様があなたに会いたがっていたわ」

「謹んでお受けいたしますわ。楽しみにしています」


 訪ねて来た時より幾分か顔色の良くなった様子で妃殿下は応接室を出ていった。

 あとに残されたわたくしは溜息を吐いて、ソファへと深く身を沈める。


「いずれ……嫁いだら……か」


 変わることない未来の決定事項。わたくしの使命。

 残された時間の少なさを改めて思い知らされた気分だ。

 あの魔法使いは時間としての期限を設けはしなかった。

 わたくしがお兄様を覚えている限り、諦めない限り、ゲームは継続されるのだろう。

 けれど、一方で、わたくしに残された時間は少ない。

 ミカエル殿下に嫁いで、王族の妻となったら、今のように学園で解呪の方法を調べたり、あちこちの神殿へ寄付をするついでに訪ねていって、古代魔法の資料を見せてもらうということはできなくなる。

 わたくしが、お兄様を救うために使える時間は、学園を卒業するまでのあと数年。

 それまでにこの呪いを解くことができなければ、それはあの魔法使いとの賭けに対する敗北を意味する。


「お兄様―――」


 ゆるゆると吐き出した溜息は、ひどく重たく、そのまま魂ごとソファに沈んでいくような錯覚を覚えさせた。


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