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番外編 エイプリルフールにまつわるエトセトラ

年に一度するかしないかのおふざけなので許していただきたい。

 ※このお話は、本編とはあまり関係のない、エイプリルフールのおふざけ番外編です。肩の力を抜いて、本編から数メートル離れてご覧ください。



 学園が春季の休暇に入って数日経った頃、わたくしは久々に戻ったロートレック伯爵邸のテラスで本を読んでいた。

 勉強の息抜きにと友人から勧められた冒険小説だったのだが、なかなかに面白い。

 ついつい時間を忘れて読みふけってしまった。


「あの……お嬢様。ご来客です」


 そう言って声をかけてきたメイドは何とも言いようのない奇妙な表情を浮かべていた。

 伯爵家のメイドたるもの、突然の来客であろうとも慌てたそぶりを見せるなどもってのほかだ。

 まだ若いメイドだが、メイド長に言って指導しておいてもらわなくては。


「今日はお約束などは無い筈だけれど、どなたかしら?」

「それが……」

「ごきげんよう、マリアベル様! こんなお天気の良い日は王宮の花園にでも参りませんこと?」


 メイドが応えるよりも先に、ドアが開け放たれ、『来客』とやらが姿を現した。

 スラリとした長身に襟の詰まったデイドレスを着ている。コルセットで絞られた腰から下は艶やかなシルクサテンがドレープを描き、歩くたびに裾のレースが優雅に揺れる。

 一部の隙も無い優雅な足取りで歩み寄ってくると、軽く腰を落とし、完璧な淑女の礼を取って見せた。

 マナー教室のお手本のような完璧な所作だ。

 立ち方、手の動き、組み方、小首の傾げ方まで、貴族令嬢として完璧である。

 その姿を見たわたくしは、読みかけの本を閉じ、薄紅色の繊細なレースに縁どられた扇を取り出すと、パラリと開いた影で盛大な溜息を零して見せた。

 メイドを叱ってもらうのは止めにした。彼女は悪くない。悪いのは……。


「……何をなさってますの? オーギュスト」


 我ながら冷たい声が出てしまう。

 格上の公爵家令息に対してとって良い態度ではないが、普通の公爵令息はドレス姿で他家を訪ねてきたりしないだろう。

 常識というものを逸脱している相手には相応の態度を取っても許されると思いたい。

 当のオーギュストはと言えば、わたくしの態度など意に介していない様子で鷹揚に微笑んでいる。

 絹地に大輪の薔薇が刺繍された扇はこの春の最新作だ。カタログで見て取り寄せようかと思っていたのだが、今この瞬間、絶対に同じものは買うまいと誓った。


「おや? バレましたか? 我ながら完璧な変装だと思ったんですがねぇ」


 むしろ何故バレないなどと思ったのだろうか。

 オーギュストは私の知る限りミカエル殿下と並ぶほどの長身である。


「そんなうすら大きくて骨や筋が張った淑女がいるものですか」

「顔はそこそこ上手くできていると思いませんか? うちのメイドが太鼓判を押してくれたんですよ?」

「むしろ顔と所作が完璧な分気持ちの悪さが突き抜けていますわ」


 元々顔は中性的と言ってよい整った容貌の持ち主なので、化粧も違和感はそこまで感じない。

 むしろ顔だけならば美女と言って過言でないだろう。

 けれどどんなに細身でも、肩や腕の骨格まではごまかしようがないし、手の指も大人の男性らしくゴツゴツとしている。

 これで騙される人間がいたら眼がおかしい。


「……というか、あなたまさかノワール邸からここまでその格好でいらしたの?」

「もちろん。いくら私でも人様の家で着替えたり化粧を整えたりはしませんよ」


 普通は男性は人様の家でなくても化粧をする必要はないのだが。

 いくら馬車に乗るとはいえ、公爵家から我が家まで、人目が無いとは言い難いだろう。

 うちの家令もよく門を通したと思う。


「それで? わざわざそんな奇矯な姿をなさっているのにはどのような理由がございますの?」

「いえね、いずこかの国では暦の上で今日は親しいものに嘘を吐いたり、驚かせるような事をして遊ぶという習慣があるんだそうで、面白そうなのでやってみることにしました」


 それだけのためにわざわざドレスを自分のサイズで誂えさせたというのか。

 見るからに上等の生地やレースをふんだんに使い、たっぷりとドレープを寄せ、全体に細やかな刺繍が施された絹のドレスはノワール公爵家の令嬢ならば着ていてもおかしくはない春らしい装いであるが、身に纏っているのが見上げるほどの長身の男性である。

 特注で作らせたとして、いつから準備していたのだろうか……。


「それで? わたくしを驚かせにいらっしゃったの?」


 ある意味充分驚きはしたが。

 用が済んだのなら帰って貰えないだろうか。

 

「いえ、折角なので一緒にエドアルドでも驚かせに行きませんかとお誘いに上がりました」


 何がどう折角なのか全くわからない。

 だいたいあの生真面目堅物脳筋が服を着て歩いているようなエドアルドが今のオーギュストを見たりしたら……。


「……面白い事になりそうですわね」

「おや?」


 持っていた扇を閉じて立ち上がる。すぐに近くに控えていたラファエルが駆け寄ってきた。


「興が乗りました。少し待っていてくださらない? 仕度をしてまいりますわ」


 まさか承諾するとは思わなかったというように細い目を丸くしたオーギュストに、わたくしは軽く一礼をしてラファエルを連れて自分の部屋へと戻った。



 しばらくして、準備が整ったわたくしはオーギュストの待つ応接室のドアをノックする。


「どうぞ~……おや、これはこれは……!」

「お待たせいたしました。お嬢様、それでは参りましょうか?」


 いつものように膝を落とすのではなく、胸に手を当て、軽く一礼する。

 絹のシャツにクラヴァット、細やかな刺しゅうを施したジレを見せるように身頃を開いた濃い臙脂のジュストコール。

 髪は首の後ろで緩く束ねて垂らす。

 顔は化粧を落としたように見せかけて実はラファエルに変装用のメイクを施してもらった。

 こちらに来る前に鏡でも確認したが、凛々しく真っ直ぐな眉ときりりとした目元、頬の丸みや鼻筋も鋭角的に、それでいて自然な印象に整えられていた。

 これならばどこからどう見ても高位貴族の少年に見えるだろう。

 わたくしの姿を見たオーギュストの顔に、本気の驚きが垣間見えて、何とも言えない高揚を感じる。


「『ボク』の事はマルクとでもお呼びください」

「声まで変えられるのですか?」


 少し意識して低くした声は声変わりまえの少年らしく聞こえるようだ。


「驚きましたか?」


 楽しそうに頷くオーギュストを見て、ふふん、と高笑いの一つもしたい気分だ。

 なるほど、オーギュストやアンリお兄様がちょくちょくとんでもない悪戯を仕掛けていた気持ちが今になって分かったような気がする。


「これは癖になってしまいそうですわね」


 いつもの口調に戻してくすくす笑っていると、オーギュストは困ったように眉尻を下げる。


「これは悪い遊びを覚えさせてしまったかな。アンリ達に怒られてしまいそうだ」

「あら、オーギュストが始めたことなのだから、お兄様に叱られたら責任は取ってくださいますのでしょう?」


 ジュストコールの裾をひらめかせながらくるりと回ってオーギュストを見上げる。

 切れ長の瞳が細められ、扇の影で薄めの唇が弧を描きながら嬉しそうに溜息を零すのが見えた。


「もちろん。伯爵家ご令嬢の素行や御名に傷がつくことなどないよう、私が責任をもって取り計らいましょう」


 背筋を伸ばして胸に手を当て一礼する姿はドレス姿でなければ最高に麗しい貴公子に見えただろう。

 そんな残念令嬢へと、わたくしは自身の手を差し出した。

 あたかも淑女をエスコートする男性のように。


「それではお嬢様、お手をどうぞ」

「ええ、よろしくお願いするわ」


 いつもとは逆さまに構えた手に、骨太の指の長い大きな手が乗せられる。

 わたくしたちは共犯者の笑みで顔を見合わせ、こらえきれず噴き出して、暫くの間くすくすと笑い合ったのだった。



 ノワール公爵家の馬車でエドアルドの家を目指しながら、細かい設定などを打ち合わせる。


「そういえば……その衣装はどうしたんです?」

「レイモンの衣裳部屋から拝借しましたの。あの子はもうわたくしより大きくなってしまったので、着られなくなってますけど」

「なるほど、しかし、変装のためとはいえ胸までしっかりと潰されて、完璧な出来栄えですね。どこからどう見ても成長期前の少年にしか見えませんよ」

「……ませんわ」

「え?」

「…………潰して、おりませんわ……」


 オーギュストの目がそっと逸らされた。

 車中の打ち合わせは強制終了となった。



 その後、訪ねていったエドアルドの家で、たまたま居合わせたクローディアに男と思いこまれた挙句、迫られることになるのだが、それはまた別のお話。


元ネタはTwitterで、オーギュストに女装させたら本人はノリノリなのに、体格の所為でめちゃくちゃ気持ち悪い仕上がりになるだろという会話から。

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