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最期の夜

 広い窓からは、夜空に輝く星が見える。多忙な国王、エレデルト・ローデントは深夜になってようやく一心地つけた。

「きれいな夜空だ」

 臣下も護衛の騎士もなく、一人居室で夜空をあおぐ。少し、肌寒い。エレデルトはしばらく星の瞬きを見つめたあと、寝室へと足を向けた。


 そのとき、ノックの音がした。


「国王陛下、夜分遅くに申し訳ありません。バイロンでございます」

 ノックの主は、娘クリスティアンの側近バイロンだった。エレデルトは少し頬を緩め、入室の許可を出す。

「お休みのところでしたか」

 バイロンは、エレデルトが夜着を身に付けているのを見て、罰が悪そうな顔をした。しかし、いつもこの時間エレデルトはまだ執務室にこもって仕事をしている。バイロンもいつもの癖でこの時間に訪ねてしまったのだろう。だから、気にするな、という風にエレデルトは笑う。

 バイロンは、心を許せる者の一人だ。だから、娘を任せている。

「かまわない。何かあったんだろう?」

「何かあった……という訳ではないのですが……」

 バイロンにしては珍しく、言葉を濁している。彼だけでなく、他の側近たちもある話題になるとこのような表情になる。だから、エレデルトはひとつ息を吐く。

「……シュリーのことだな」

 エレデルト自身も苦い表情になりながら、口にする。


 エレデルトの娘であり、ブロッキア王国の第一王女であるシュリーロッド。

 今年で、シュリーロッドは十八になる。シュリーロッドは、年頃の娘らしく、今は亡き王妃レイネに似て美しく成長した。しかし、心ないレイネの親族たちの言葉で、シュリーロッドは父であるエレデルトを拒絶するようになっていた。異母妹であるクリスティアンに対しても、冷たく当たっているという。

 その原因は、分かっている。

 クリスティアンを次期女王とする、と臣下たちに宣言したからだ。

 レイネが亡くなり、シュリーロッドはエイザック侯爵の影響を強く受けるようになった。レイネは、クリスティアンが生まれたから死んだのだ、と吹き込まれていることは知っている。だから、エレデルトは何度もシュリーロッドにそれは違うのだと言った。しかし、その言葉を重ねるほど、クリスティアンを庇っているのだと思わせることとなってしまった。


『お父様は、クリスティアンの方が大切なのです。わたくしのことなど、何とも思っていないのでしょう?』


 愛している、と何度も何度も伝えた。

 しかし、その言葉がシュリーロッドには届かなかった。

 シュリーロッドは、母を早くに亡くしたせいで、注がれるはずだった母親からの愛情を受けられなかった。そして、エイザック侯爵からの冷たい言葉を信じていた。多忙でたまにしか会えない父からの言葉よりも、定期的に会いにきてくれる祖父の言葉の方が、シュリーロッドの心には届くのだ。それが父として寂しく、あまりに情けなかった。

 クリスティアンの周りには、クリスティアンを慕い支えてくれる多くの者たちがいる。しかし、シュリーロッドの周囲にはなかなか人が居着かない。シュリーロッド自身が拒絶してしまうからだ。

 だからこそ、心配だった。今のままでシュリーロッドが女王になったとしても、孤独なだけだ。国民みなの親愛を受け、国のために心を砕くことができるのは、シュリーロッドではなくクリスティアンだ。正妃の娘である、ということは、王家や臣下、国民にとっては重要なのかもしれないが、エレデルトは血筋で次期女王を選んだ訳ではなかった。これが、父として、国王としての最善の選択だと思っている。

 この判断により、王族として権力をふるいたいエイザック侯爵たちは何か仕掛けてくるだろうとは覚悟していた。


「シュリーは私の大切な娘だ。だからこそ、何かあれば父親としてしっかりと対応しなければならない。それに、私は国王で、あの子は王女なんだ」


 エレデルトがそう言うと、バイロンは頷いて口を開いた。今度は、いつものようにはっきりとした言葉で。


「陛下が立ち入りを禁止している教会の地下からシュリーロッド様が出てきたのを、先ほど目撃いたしました。神官を問い詰めると、数週間前からシュリーロッド様は地下に通っていたそうなのです。本人が言うには陛下の許可を得ている、と。しかし、私の方へはそのような報告は一切なく、不信に思いましてこのような夜中ではありますが、訪ねてしまいました」


 バイロンの話を聞いて、エレデルトは思わず自分の右腕を見た。そこに深く刻まれていたはずの印は、薄くなっていた。

 教会の地下。

 それは、自分の側近であるチャドが封じられていた場所だ。

 長い年月のなかで、いつしかチャドが悪魔であるということを忘れていた。チャドのことは、友人として、自分の右腕として、本当に頼りにしていた。

(そうか、チャドはシュリーロッドを選んだか……)

 エレデルトはもう、あの孤独な悪魔の封印者ではない。娘であるシュリーロッドに受け継がれたのだ。


「それなら、心配しなくてもいい。シュリーロッドなら、かまわない」


 エレデルトは、不安そうなバイロンに笑ってみせた。

 愛する娘と、信頼する右腕。その二人が手を取り合ったのだ。何も心配することはない。むしろ、エレデルトは心からほっとしていた。

 愛情を信じられない孤独な娘は、もう独りではない。孤独だった悪魔は、もう独りではない。

 エレデルトの言葉を聞いて、バイロンも少し表情を和らげた。


「では、私の杞憂だったようですね」


 バイロンが一礼して出ていくのを、エレデルトは不思議な気持ちで見ていた。

 

「娘を嫁にやった気分だな……」


 封印者として、エレデルトは悪魔の封印を引き継ぐべき立場にあったが、魔力のみを封印し、チャドの身を解放した。チャドはもう、家族のようなものだった。

 チャドとシュリーロッド、大切な二人が自分の知らない場所へ行こうとしている。言い様のない喪失感が、エレデルトを襲う。

 しかし、同時に安心もしている。もしシュリーに何かあったとしても、チャドがいれば大丈夫だろう。クリスティアンのことも、チャドは大切にしてくれた。二人はクリスティアンの治世を支えてくれるだろう。

 それが、エレデルトの望む未来くに

 皆が笑い合える、幸せな未来くに


 少し寂しくも幸せな気持ちになりながら、エレデルトは寝室へ入る。

「……おや、いつの間に」

 ベッドサイドのテーブルには、あたたかな紅茶が置かれていた。ティーカップの近くには、小さなメモ。

  

『お父様へ どうかゆっくりとお休みください』


 その筆跡をみて、エレデルトは何のためらいもなく、紅茶を口に運んだ。


「がっ、は……うっ………」



 一口飲んだだけで、全身に刺すような痛みが走った。神経は痺れ、呼吸もままならない。神経毒だとすぐに分かった。暗殺に備えて毒には慣れていたつもりだったが、おそらく自分は死ぬ。エレデルトはガクガクと震えながらも、咄嗟にメモを飲み込んだ。


(シュリー、これがお前が選んだことなら……受け入れよう)



 メモの筆跡は、娘であるシュリーロッドのものだった。おそらく、証拠を消すために後からチャドが回収するのだろうが、自分の手でエレデルトは娘の罪の証拠を消した。

 父親として、何もしてあげられなかった。

 それに対する仕打ちがこれだと言うのなら、受け入れよう。国のことは、クリスティアンがいてくれれば大丈夫だ。クリスティアンは優しい子だから、自分が死ねばきっと悲しむ。それでも、前を向いて頑張れる子だ。クリスティアンの周りには、助け、導いてくれる人がいるから。


 しかし、シュリーロッドには……。

 本当は、会って叱ってやりたい。言いたいことがあるのなら、父に不満があるのなら、直接会って話をしよう、と。そして、抱き締めてあげたい。

 もっと、もっと、シュリーロッドが信じてくれるまで言葉を重ねて、抱き締めてあげればよかった。

 死にゆくエレデルトの心を占めるのは、娘への愛情と後悔だった。


「本当に、あなたは甘いですね」


 エレデルトを見下ろして無表情で言ったのは、チャドだ。回収しにきたメモがないことで、エレデルトが隠したことを悟ったのだろう。

 エレデルトは、もう声を出すこともできない。

 だから、目で訴える。


(シュリーロッドを頼む)


 チャドは少し驚いたように目を見開いて、その場から消えた。


 自分から周りを拒絶しているのに、愛されたいと叫んでいるような不器用な子。

 誰が何といおうと、どれだけ嫌われていようと、たとえ罪を犯してしまっても、シュリーロッドはエレデルトにとっては大切な、愛する我が子だ。



 愛している。愛しているんだ。心から。


 毒に支配される死の激痛のなか、意識を失いながらエレデルトは願う。


 だからどうか、誰でもいい。

 誰にも愛されていないと心を閉ざすシュリーロッドに、父は心から娘を愛していたのだと教えてあげてほしい。


 愛情を、信じさせてあげてほしい。



 そして、大切な娘たちが愛にあふれた幸せに包まれますように。





 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

どこかで絶対書きたいと思っていた、エレデルト陛下のお話。本当はまだもうひとつ陛下ネタはあるのですが、先に最期の夜を書いてしまいました。

ティアとルディのいちゃこらを期待していた方、申し訳ありません!!

それでも、最後まで読んでくださった方の心に少しでもエレデルト陛下が残ればと思います。本当に愛情深くて優しい人なんです。クリスティアンの父親ですからね。それなのにシュリーロッドはひねくれてしまって……本当に気の毒なお父さんです。天国というものがあるのなら、きっとシュリーロッドは天国でエレデルトにかなりお説教されて、すんごくハグされてると思います。そこでようやく、シュリーロッドは父親に謝ることができるのでしょう。そして、自分も父を愛していると伝えられるでしょう。

本当に切なくて、悲しい家族です。愛情って、ちゃんと伝えるのは難しいですよね。

なので、私もしっかり言葉で伝えたいと思います。


私は、この作品を読んでくださる読者様を心から愛しています!!

本当に、いつも読んでくださってありがとうございます!!!

これからも、読者様の心に響くような作品が書けるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。


奏 舞音

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