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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
8章 【嵐の前夜】
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◆歪んだ言葉(5)

 暴動が鎮圧されて、浮き彫りになったのが膨大な数の死傷者だ。死者の大半は凶弾に倒れた獣兵で、負傷者も獣兵と市民とに集中している。だが暴動を起こした過激派の連中もまた、大きな被害を出していた。各々が好き勝手に銃を乱射したために流れ弾に当たったり、決死の特攻を仕掛けた獣兵によって足や腕を折られたりしていたのだ。カヅキとアスールが負傷したということは、獣兵たちが暴動の大きさに慄くのには十分すぎる案件だった。

 カーシェルが派遣した援軍の正規軍が到着したのを見て、イリーネはすぐさま治療に乗り出した。すべての負傷者を広場に集め、片っ端から治癒術を施して行ったのだ。敵も味方も、隔てなく。イリーネならばそうするだろうと分かってはいても、カイはやはり「ああ、すごいな」と思ってしまう。今の今まで自分に銃口を向けていた者に、何の躊躇いもなく手を差し伸べられるのだから。並みの度胸ではできない。


 そうして治療を受けた者の中に、イリーネと言葉を交わしていたあの過激派の男もいた。扇動していた暗鬼に撃たれて倒れていたが、奇跡的に息があったのだ。

 “血を洗う聖なる泉(メ=ディーレ)”の温かい光を浴びて、男の腹に開いた銃痕は消えていく。それに気づいた男が、困惑した眼差しでイリーネを見つめた。


「し、神姫さま……」

「まだ起き上がっては駄目ですよ。傷口が開きます」

「お、俺は、俺はあんなことをしたのに……どうして助けてくださるんです……?」

「自分でもどうにもできないんです。勝手に身体が動くんですもの」


 イリーネはそう言って微笑む。


「怪我を癒す力を持って生まれたのに、目の前で苦しむヒトを放っておくことができない。たとえ呪われた力だと言われても、治療を拒否されても、私の気が済まなくて。ですから貴方も、観念して治療されてくださいね」

「神姫さま……」


 嗚咽を漏らして謝罪の言葉を繰り返す男の傷が大部分塞がったところで、カイがイリーネにとって代わった。完全に治すところまでイリーネに術を使わせたら、先にイリーネが音を上げてしまう。致命傷と思われる傷を治したら、あとは地道に薬をつけて包帯を巻いていく。その役目は、カイが自然と引き受けた。


「……君たちはイリーネが混血だっていうことばっかり気にしてたけど、イリーネほど君たちのことを考えてくれているお姫様なんて、他にいないよ。分かるでしょ?」


 少々意地悪く男の傷に塩を塗り込むようなことを言ってしまったのは、イリーネに一度は銃口を向けたという事実がカイにとっては大きすぎるからだ。カイだったら傷の治療なんて、してやるにしても後回しにする――なんてイリーネの前では言えないのだが、包帯の巻きがきつくなるくらいは心情として仕方がなかった。

 男は無言で何度も頷く。元々信心深い性質のようだし、この過激な行動も暗鬼に煽られてのことだとしたら、この男は今後イリーネを排除しようとはしないだろう。そう信じるしかカイにはできなかったし、もしまたイリーネに銃口を向けたその時は、今度こそ返り討ちにしてくれる。そのためにカイは、フィリードの里に行って父に頭を下げてきたのだ。





 自分の治療は後回しでいいと言って、応急処置しかしていなかったカヅキを見つけて、カイは問答無用で手当てに乗り出した。カイが容赦なく消毒液を吹きかけると、さすがに滲みるのか顔をしかめる。だがそれでも、座ったまま部下に指示を出す姿は上官の鑑である。


「たいした怪我ではないから後回しでいいと言っているのに」

「こんなに銃創つくっておいて、大した怪我じゃないわけないだろ」


 本当に、少しでも被弾箇所がずれていれば致命傷だったものばかりだ。化身族は人間より回復力が高いから、確かにある程度の傷ならば自然治癒に任せても問題はない。

 だが――。


「あんたはもう人間なんだ。生身は脆いんだよ。大切にしてくれなきゃ困る」

「……そうだな。すまん、無謀をしたとは分かっている」


 分かっているけれど、あの行動を後悔するつもりはないのだろう。言葉尻からそんな意思はひしひしと伝わってきて、カイは小さく溜息を吐く。まったく、自分の周りは頑固者ばかりだ。

 包帯を巻いていくカイの手つきを見て、カヅキは「ほう」と感心するように声をあげる。


「意外と手馴れているのだな」

「意外は余計だよ。フィリードの戦士なんだから、手当てくらいできて当然でしょ」

「成程な。……この数日、フィリードに帰っていたと聞いたが」

「うん」

「期待していいのか? お前が、獣軍に残るということ」


 あまり考えたくなかったことを口に出されて、カイは苦虫をまとめて噛み潰したような顔で押し黙った。その話は、ヘルカイヤからの帰路にそれとなくカヅキやカーシェルから聞かされた。カイを獣軍に入れて、リーゼロッテから――もっといえばイリーネの傍から離れないように、カーシェルは画策している。それを悟った時は、イリーネには申し訳ないが絶対に嫌だと思ったものだ。


「そのためにお前は、故郷へ戻って己を鍛え直してきたのではないのか?」

「……」


 答えるのが癪なので、カイは視線を遠くへ彷徨わせる。その先では、イリーネが獣兵に治療を施していた。治療を受けている獣兵は痛みに表情をゆがめながらも笑みを作り、イリーネに礼を述べている。それを受けたイリーネも、慈母のように暖かい笑みを浮かべた。


「獣兵はイリーネ姫の味方だ。元より化身族は人間より混血種(まざりもの)への嫌悪が薄いし、自分たちに分け隔てなく接してくださる小さな姫君を、みな愛している。人間も、今回のイリーネ姫の行いを見て、思うところがきっとあったはずだ」


 励ますようなカヅキの言葉にひとつ頷く。どうせイリーネはもう少ししたら神姫の座から下りるのだ。イリーネの過去は変えられないが、今日あったことを責める者がいようか。イリーネを擁護する者はたくさんいるのだ。確かにヒトの心は変わりつつある。今回の暴動は、化身族との混血に何の罪があるのか、混血児にヒトとして生きる権利はないのか、それを世論に問う大きな一件となる。聖職者や諸侯が何か言っても、民衆が味方してくれれば跳ね除けられる。それでもイリーネの責任が問われて、王族を除籍しろだのなんだのと言われたら、そのときこそ悠々と城を出てしまえばいい。いつか夢見たように市街地で暮らしたって、ハンターとして旅暮らしをしたって、自由なのだから。





 新たな一団が広場にやってきた。市街地のほうでも一波乱あったらしく、負傷者が増えたのだ。それを担ぎ込んできたのは街医者たちで、彼らはそのまま治療に入ってくれた。カイや獣軍兵、そして正規兵たちは応急手当くらいしか処置ができなかったので、医者が協力してくれるのはまったく有難い。これでイリーネの負担が減るというものだ。


「イリーネ、少しペース落として。お医者さんが手伝ってくれてるから、今のうちに休んでおかないと」


 カイがそう声をかけると、イリーネは振り向いた。治癒術の使い過ぎで、少々顔色が悪い。以前だったらまだ大丈夫と抵抗しただろうか、今日は素直に頷いた。


「そうします……ってカイ、ひどい怪我を。ちょっとそこに座ってください」

「え? ああもう、休憩してって言ってるのに」


 つい文句を垂れてしまったのだが、元はと言えば怪我をして完治しないままイリーネの前で出てしまった己の失態である。もちろん、これらは父ゼタにやられた傷だ。こうなったイリーネには反論しても無駄なので、大人しくその場に腰を下ろす。包帯を外すと、かなり無惨な傷が現れた。痛み自体はあまりないのだが、見た目がよろしくない。


 じんわりと傷口が暖かくなって、傷が消えていく。いつ見ても奇跡の術だ。一度この恩恵を受けてしまうと、自然治癒というのがしんどくなって仕方がない。フィリードの里で痛い目に遭って、イリーネの有難さを再確認したのだ。

 イリーネは、カイの傷の原因を問いはしなかった。なんとなく察してくれているのだろうか。


「カイは私に無茶するなって言いますけど、カイも大概ですからね」

「はは、返す言葉もないや。……ねえ、イリーネ」

「なんです?」

「……俺は、カヅキとイリーネの努力を無にしちゃったかな。あのタイミングで化身族の俺が出ていったらまずいのは、分かっていたんだけど」


 顔を上げたイリーネと目が合う。彼女は無言で次の言葉を待っていたから、そのままカイは続ける。


「獣兵が化身しなかったのは、相手が一般人だからってだけじゃなかったでしょ。緊急事態だったとはいえ、軽率だったかな」

「……そんなことはないです。カイがいなければ、私もアスールもチェリンも危険でした。軽率だったのは私のほうです。ふたりの身を危険に晒して、アスールには怪我をさせてしまうし……」


 あれはタイミングが良くなかったのだ。ちょうどニキータの背に乗って神都に帰りついたカイは遠方から暴動の音を拾っていたが、正直あんなに注目を集める方法で登場する予定ではなかった。過激派たちの背後を取り、不意を突く形で制圧の手助けをしようと思っていたのだ。

 けれどもアスールと相対しているのが、ヒトならぬ存在だと気付き――アスールが剣を一撃で破壊されたのを見て、行動を変更した。反化身族派が最も恐れる魔術を、攻撃に使う羽目になった。

 イリーネの行動は軽率だったかもしれないが、それが彼女の王族としての姿勢だ。それを分かってアスールも協力しているのだから、彼が文句を言うはずもない。せっかくイリーネが宥めた過激派の反発心を、カイが掘り起こしてしまったのではないか。それがカイの懸念だった。


「このあと私にどういう処分が待っているのか、分かりません。お兄様の反対を押し切って、混血だということを勝手に認めてしまいました」

「遅かれ早かれ、公表せざるを得なかったでしょ。それが少し早まっただけだし、イリーネは自分の力と考えを実際に行動して示したじゃないか。君がその力を悪いことに使いはしないってこと、みんな分かってるよ」


 頷いたイリーネの表情は少し暗い。イリーネが一番気にしているのは、王城内での自分の立場だろう。血統にこだわり、保守的な諸侯は多い。化身族を憎む者は多いし、アーレンス公などはイリーネの存在を認めないかもしれない。カーシェルだって、常にイリーネの味方をしてやれるわけではない。しばらく肩身の狭い思いを、イリーネが強いられることになるのは間違いなさそうだ。


「……カイも、私の傍にいたら、心無い言葉を投げかけられるかもしれません」

「いいよ別に、そんなの。慣れてるし」

「私が聞くに堪えないんです。私のせいで、カイまで嫌な思いをするのは……」


 続く言葉は、聞かなくても分かった。傍にいると嫌な思いをするから、離れろというつもりだろう。

 酷なことを言う。自分の半分しか生きていない、この小さな主人がこの先苦しむのが分かっていて、自分は何もせずに見ていろと言うのか。


「どこにも、行かないよ。俺は」

「……」

「もし俺の存在がイリーネの立場を悪くするだけなら、いつでも離れようと思ってた。十五年前にそうしたように、君の重荷を少しでも引き受けて、またどこか遠くへ行こうって。……でもいまは、もうそうは思わない」


 心は決めた。イリーネを守るのはカーシェルでもアスールでもなく、この自分だ。誰にもその座は渡したくない。……だから強くなりたかったのだ。カヅキのように化身能力を引き換えにせずとも、イリーネを守ることができるように。

 イリーネを守り続けるために必要だというのなら、カーシェルとカヅキの策略に乗ってやってもいいと、そう覚悟したのに。腹を決めた矢先にこれではまったく格好がつかない。


「傍に居させてよ、イリーネ。見守るだけなのも、待つのも、もう嫌だ。辛いことがあるなら、俺も一緒に立ち向かうから」

「……カイ」


 イリーネの目に涙が盛り上がったが、彼女はそれを指で払って笑みを見せた。少し顔を赤らめて、ありがとう、と呟いてくれたのが嬉しい。内心では、それでも拒否されたらどうしようかと心配だったのだ。


 すると、イリーネがカイの後ろに何かを見つけて「あ」と声を上げた。振り返ると、アスールの目立つ青髪が人混みの向こうに見えた。彼はイリーネから簡単な治癒を受けると、市街地に紛れ込んだ暗鬼を探すため、チェリンと共にこの場を離れていたのだ。同じように動いていたニキータとも合流できたようで、二人の傍には黒衣の大男がいる。

 そして、もうひとり。


「ちょっと、カイ。あんたよくこんな奴引っ張り出してこれたわね」


 チェリンが「こんな奴」呼ばわりした相手は、むっとしたようにチェリンを睨んだ。間に挟まれたアスールがなんとも居心地悪そうに笑う。


「『こんな奴』とはなんだ。魔術が使えるようになったくらいで調子に乗るなよ」

「ふんだ、山の外での経験はあんたよりずっと豊富だもの。ついさっきも迷子になりかけたくせに」

「チェリン……貴様一度痛い目を見たいようだな……?」

「頼むから、私を挟んで険悪な雰囲気になるのはやめてくれないものかなぁ」


 アスールが珍しくぼやくから、きっとふたりは合流した直後からこんな感じだったのだろう。目を丸くしているイリーネに、カイが紹介する。


「イリーネ、覚えてる? フィリードの里で、俺に突っかかってきた猪突猛進狼だよ」

「は、はい……確か、ファビオさん」


 燃えるような赤の髪に褐色の肌、切れ長の琥珀色の瞳。その姿はイリーネの記憶に強烈に残っていたらしい。ただ、チェリンとやや子供じみた口論をしているのが衝撃的だったようだ。昨年見せていた慇懃な態度しかイリーネは知らないせいだろう。


「【獅子帝】を捜索するのに協力してくれることになったんだ。とりあえずファビオだけ様子見でついてきてくれた。フィリードが里をあげて動いてくれるかは、ファビオの報告次第ってことになってる」


 そう、まさかと思ったのだが、ファビオはゼタとジーハを説得するという偉業を達成したのだ。全面的な協力はさすがに得られなかったが、ファビオが個人的に山を下りてカイに協力する許可はもらえたし、闇魔術の知識や竜族についての知識は口伝えで授けてくれた。カイにはまったく想像していなかった展開で、それをファビオ本人から聞いたときにはぽかんと口を開けてしまったものだ。

 暗鬼の中には精密なヒトの姿を模り、不和を呼び寄せるものもいる――この知識も、ゼタがファビオ経由で伝えてくれたこと。その助言がなければ、この暴動はもっと長引いていたかもしれない。


「……フィリードの里の防衛班班長、ファビオだ。以前会った時の行いを詫びはしない。……が、一度協力すると決めた以上、全力を尽くすと約束する。用があれば遠慮なく言いつけろ」


 目が合ったイリーネに、ファビオはそう告げた。人間に対するファビオの言葉としては誠意に満ち満ちていたが、カイやチェリンにしてみれば「何を偉そうに」という風にしか聞こえなくて、チェリンが盛大にファビオの腕をつねっていた。カイは師のジーハに頭が上がらないが、チェリンはファビオに対してまったく遠慮なしだ。師弟関係というのも時代とともに変化するのだなと、カイは遠くを見るような眼差しでそれを眺めた。

 同じように呆れた目でファビオを見ていたニキータが、気を取り直したようにカイに向き直った。


「とりあえず騒動は収まったし、扇動役の暗鬼も残らず消滅したと見ていいだろう」

「そう、ありがとう。……じゃあさ、ちょっとだけここ、任せても良い?」


 そう頼むと、ニキータは頭髪を掻き回す。


「そりゃ構わんが、どこに行くつもりだ?」

「確かめたいことがあってね」


 言いながら、カイは背後を振り返る。その先には、王城の姿が小さく見えていた。





★☆





 西の離宮。昨年まで第二妃シャルロッテの住まいだったが、シャルロッテもスフォルステンの使用人も引き上げた今、そこは無人の館と化している。ほんの少し前までヒトが生活していた場所だというのに、すっかり片付けられて、生活の痕跡などは見つからない。ただ美しいだけの庭と家屋の外壁が、無機質にそこに在るだけだ。カイが幼いイリーネらと時を共に過ごした東の離宮とは対を成す館で、外観や構造は瓜二つだというのに、やはりカイにとっては見知らぬ場所でしかない。

 そんな離宮の外れにある塔もまた、静寂を保っていた。以前メイナードによって、カーシェルが捕らわれていた場所だ。塔の内部は壁に沿って螺旋階段がついており、途中途中に個室があるという造りである。


 その螺旋階段を、カイはひとり黙々と登っていった。それを見咎めるような衛兵はいなかったし、いたとしても今は暴動への対応でてんやわんやしているはずだ。このような空き家に目を配る余裕など、いまのリーゼロッテにはない。

 最上階まで休みなく登ると、さすがのカイも軽く息が切れた。呼吸を整えてから、視線を上にあげる。最上階の扉は天井板の一角だ。そこから屋上にあがることができる。見張りの兵などが張りこむためのものだろう。


 扉を押し開け、外へ出る。高所ゆえか突風が吹きすさび、気を抜けば身体を持って行かれそうになる。だが、いくら華奢とはいえ、カイも化身族であった。自然発生した突風程度で足を掬われることもない。

 そうして平然と屋上に立つ者が、カイの他にもうひとりいた。南側、つまり市街地のほうを見下ろすその人物――。


「おぬし、こんな場所で何をしている? イリーネちゃんの傍におらんでいいのか」


 カイに背を向けたまま、彼――ツィオはそう問いかけてきた。突然現れたカイに驚く様子もなければ、これだけ離れているにも関わらず、市街地で何が起きているかも把握しているようだった。


「もう鎮圧されたし、アスールたちもいるからね。少しくらいは平気だよ」

「そうか。……しかしヒトの心とは面白いものよな。新たな時代を望むのもヒトなのに、それを拒むのもまたヒトじゃ。時には寛容に異なるものを受け入れるというのに、『混血は凶兆』などという根も葉もない噂を心から信じ、驚くほど狭量にもなれる」

「……その根も葉もない噂の出所を、あんたは知ってるの?」

「ま、大方の予想はつく。一時であろうと化身族との間に友好を築いたということを、教会が揉み消したかったのじゃろ」


 そこまで言って、初めてツィオは振り返った。初めて真っ向から向き合う。カイはツィオから少し距離を取って立っていた。


「それはそうと、わしに何か御用かな」


 カイはじっとツィオを見つめる。腰が少し曲がっていて、顔にはいくつもの皺が刻まれている、どこにでもいそうな好々爺だ。多分街中に紛れていたら、ぱっと見つけることなどできないのではないだろうか。

 だが、初対面の時から、カイはツィオから何かを感じていたし、同時に何も感じなかった。彼が自称する歴史学者という立場はきっと真実ではないと、直感的に感じていた。そして、人間の匂いも化身族の匂いも感じなかった。だからきっとツィオは只者ではない。そう確信していた。


「俺の故郷には物知りな年寄りが多くてね。古い時代の知識を溜めこんでいるから、色々聞いてみた」

「ほほう」

「トライブ・【ドラゴン()】は、とても人間に近い姿をしていて、獣の匂いも殆どしないんだってさ。種として魔力が高くて、よほどの強者になれば化身族としての力を完全に隠すこともできるとか」

「ふむ」

「竜族の大半は、レイグラン同盟の崩壊とともに大陸を棄てたらしい。だから大陸では竜族を見かけなくなった。でも【竜王】に追従して、大陸に残った者もいたんだってね」


 そこでカイは一呼吸おいて、その言葉をはっきりと口に出した。



「あんたは、その竜族だよね」

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