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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
7章 【女神微笑む地 リーゼロッテ】
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ある狂人の見る夢

『ケモノは汚らわしい存在。知性の欠片もなく、いつだって暴力で解決しようとする野蛮な輩』

混血種(まざりもの)はもっと汚らわしい存在。生きていることが罪』

『ケモノと手を取り合おうとする者は、人間であっても敵』

『だからいいわね、メイナード。カーシェルやイリーネと仲良くしては駄目よ』


 そう言われ続けて、何年が経っただろうか。





★☆





「……ナード。メイナード」


 名を呼ぶ声と同時に軽く肩を叩かれて、はっと意識を取り戻す。顔を上げると、卓の横に義兄のカーシェルが佇んでいた。王族というより騎士の出で立ちで、腰には物騒な剣も佩いている。少しでも時間があれば騎士に混じって稽古をするような武闘派の男だ。若干その深緑の髪に湿り気があるのは、稽古後に水でも浴びたからだろう。


「珍しいな、居眠りか?」

「……そうみたいだ。寝るつもりはなかったんだけど……」

「もう春だからなあ。昼寝には良い季節だよ」


 えらく庶民的なことを言って、義兄上は窓から外を眺める。差し込む日差しに少し目を細める表情には、僕よりほんの一歳年上なだけの、二十歳になったばかりの男性のものとも思えない穏やかさがある。戦士としては一流で、勇猛果敢で知られる義兄上だが、戦場を離れれば静かな時間をこよなく愛する平和人。それがカーシェルという男で、彼が描く理想のすべてだった。


「それより義兄上、こんなところで何を?」

「何って、忘れたのか。グレイアースの教会を視察した報告を聞かせてくれるんだろう?」


 そうだった、と口の中で呟く。自分から義兄を呼びつけたのに、すっかり忘れていた。義兄上は困ったように笑う。


「……疲れているようなら、また次の機会でもいいんだぞ? お前、一昨日帰国したばかりだろう」

「大丈夫、いまでいい。僕もそんなに暇じゃないんで、さっさと報告を済ませたい」

「ああ、そうかい。それじゃ聞かせてくれ」


 知らぬ間に突っ伏していた身体を起こし、僕は軽く伸びをする。王城の中の会議室のひとつだ。といっても、いまから何か重大な会議がはじまるわけではない――ただこの部屋が空いていたので、勝手に入って使っていたのだ。そして義兄上を待っている間に、うっかり居眠りをしてしまったらしい。傍に誰かがいるのは嫌いだからと、従者も部屋の外に出していたせいで、気が緩んだのだろうか。義兄上の言う通り、うららかな陽気のせいにしてもいいけれど。


 義兄上は僕の向かい側の席に座る。卓の脇に押しやっていた書類を引き寄せて、僕はぽつぽつと語り始めた。義兄上は時折頷きつつ、黙って僕の話を聞いてくれる。

 ここ二ヶ月ほど、僕は公務で国外に出ていた。行き先はサレイユ王国の王都グレイアース。具体的には、その都にある女神教教会の聖堂の視察に行っていたのだ。


 この大陸にあって、女神教が盛んな地域は三つ。だが、それぞれの国での『宗教』の扱い方はだいぶ違う――リーゼロッテでは教会が国政にも権力を持ち、フローレンツでは貧困から抜け出すための救いとして、女神教は民間にも浸透している。サレイユなどはまだまだ宗教国家としての歴史が浅く、理解にも乏しい。

 そうした三地域の結びつきを強め、教会間での連携を取って人々を教え導いていく――そのような理由で、定期的に会合が開かれる。今回はサレイユでその会合が開かれ、リーゼロッテとフローレンツの有力な聖職者がグレイアースに集結したのである。


 僕は別に、聖職者として会合に参加したわけではない。リーゼロッテの王室と教会は、国政を巡って微妙な均衡を保っている。教会の聖職者たちが好き勝手をしないように、監視と牽制を兼ねて出席したのだ。正直無言で席に着いていただけの僕の存在がどれだけ牽制になったのか分からないが、それだけリーゼロッテでは女神教の影響が大きいのだということを、他の二国に示すことはできたのだろう。


 フローレンツの教会運営は火の車だということ、それに対してリーゼロッテとサレイユで援助を行うこと、いずれは教会だけでなく国家的な支援を行うよう宮廷に働きかけること――そんなようなことが会合では話された。話の主導権を握っていたのは終始リーゼロッテ側で、同盟国サレイユはもとより、フローレンツにも盛大に恩を売って抱き込むつもりだということがありありと分かる、そんな会合だった。

 多少皮肉の利いた主観を混ぜながら報告すると、義兄上は納得したように頷いた。


「フローレンツの財政危機はいよいよ本格的になってきたようだな。あそこはどうもまだ軍事国家としての過去を引きずっているらしい……他国には援助を求めぬと、王室は頑として言い張っている」

「それでも、民衆の態度はだいぶ変化してきたようだよ。ケモノ……いや、化身族と協力しなければ、生きていけないのだと思い始めたそうで」

「良い傾向じゃないか」

「……」


 僕はなんとも言えずに黙る。この義兄と徹底的に意見が対立する話題は、ケモノに関することだ。義兄上はケモノと手を取り合うべきだと主張する。僕はできることならケモノとは距離を置きたい。リーゼロッテ以外の場所で暮らしてほしい。人間とケモノが契約関係を結ぶハンターという職種は、いまや大陸中どこにでも存在する重要な存在になってしまったから、この際置いておくけれど……化身族奴隷の解放とか、ヘルカイヤ地方に住むケモノや混血種(まざりもの)に神国内での市民権を与えるとか、はっきり言って正気の沙汰とも思えない。

 苦しい生活を送るフローレンツの民衆には同情するが、それでも僕は絶対にケモノの手を借りたいとは思わない――。


「……あと、これは報告とは関係ないんだけど」


 僕は意図的に話題を転じた。懐から二通の封筒を取り出し、義兄上の前まで押しやる。


「アスールからの手紙。義兄上と、もう一通はイリーネ宛だよ」

「会ったのか?」

「滞在中はグレイドル宮殿に泊まっていたからね。オーギュスト陛下と夕食を共にしたとき、彼も同席していたよ」


 義兄上とイリーネに宛てた手紙を僕に渡したときのアスールの渋面といったらなかった。アスールは昔から僕のことを不快に思っていたようだし、そもそも僕は他人と親しく付き合うタイプではない。そんなに嫌なら僕に頼まなければいいのに、手っ取り早く書を届けるには身内の手を借りるのが一番だからと、嫌々アスールは僕に声をかけてきたのだ。まったく迷惑な奴。

 手紙を手に取った義兄上は、ちらりと僕の方を見やる。


「イリーネには俺が渡すのか?」

「……そうしてもらうつもりで、二通差し出したんだけど?」

「自分で渡せばいいのに」

「嫌がるでしょ、僕から渡したら」


 そんなことはないと思うがなぁ、と義兄上は呟く。確かに、イリーネは優しすぎるほど優しいから、顔に出して嫌がることはないだろう。だがそれでも距離は感じる。当然のことだ。

 幼いころから、母に言いつけられた通り義兄上やイリーネと親しくしないようにしてきた。ケモノは下等生物だと信じてきた。混血種(まざりもの)であるイリーネは、生きていてはいけないのだと本気で思ったこともあった。そうした幼いころの態度を、大人になったからと言って忘れたふりなどできない。そこまでイリーネは器用ではないし、忘れてくれとも思わない。そんなことを願うことすら、僕には許されないのだと思う。


 そうだ。僕もイリーネと同じ(・・)なのに。彼女の特別な力を揶揄してきた僕が、実は同じ力を持っているのだと知ったら。なんと滑稽、なんと皮肉なことだろう。

 自分の力に気付いたのは、イリーネにその力があると発覚したあとのことだった。治癒の力をうっかりヒトに見せてしまったイリーネの二の舞にならないよう、母にも告げずに力の制御を覚えたのだ。彼女のように触れてしまうだけで力が発動するほど強くはなかったから、隠し通すことはできた。だが、この力を墓まで持って行けるか――情けないが、僕には断言できない。本当は独学ではなく、専門家にきちんと教えを乞うた方がいいのは分かっている。

 だが、誰がそんなことをできるだろう。光属性魔術(・・・・・)の使い方を、ケモノ(・・・)に問うなんて。口が裂けても、言えない。


「まあ、そういうわけだから。フローレンツへの援助の件、それとなく義兄上からも父上に働きかけてくれると助かる」

「ああ、分かってるよ。長期間の公務、ご苦労様」


 僕は頷きつつ立ち上がり、書類を掻き集めた。と、そこでふとあることを思い出す。対面の席でアスールからの手紙を開封して目を通しはじめた義兄上に声をかける。


「……そういえば、司祭連中から聞いたんだけど」

「なんだ?」

「義兄上、ヘルカイヤへ視察に行きたいって掛け合っているんだって?」


 すると義兄上は、渋い顔で頷く。


「うん。だがそう簡単に許可してもらえないんだよ」

「そりゃそうだろうね」


 十四年ほど前にリーゼロッテとの戦いに敗れ、一地方として組み込まれた旧ヘルカイヤ公国。人間とケモノが手を取り合って生きる、女神教異端派の国。そんな場所へ王太子を簡単に視察には送れない。義兄上が望んでも、教会は全力で阻止してくるはずだ。


「大体、なぜヘルカイヤに? 行って何か意味がある?」

「色々見たいものがある。都市の復興具合や、人々の生活の様子……それに、人間と化身族の関係を」

「……義兄上、人間と化身族は平等だと、本当に信じているのかい」


 そう問うと、義兄上は顔を上げた。真正面から僕と目が合う。それから、はっきりと頷いた。


「勿論だ。獣や鳥に姿を変えようが、人間より感覚が優れていようが、同じヒトだ」

「僕にはそう思えないよ。彼らは人間に支配されることに慣れている。今更平等を望むとは思えない」

「一昔前には、化身族が人間より優位に立っていた時代もあったと聞く。それに、両種族が共存していた時代も確かにあったんだ」

「彼らは惨めだ。人間に契約具を握られれば逆らえない。契約具を砕かれれば死ぬんだからね」

「契約具は信頼の証だ。命を掌握するものじゃない。惨めなのは、化身族を道具として扱う人間の心だ」


 僅かながら会議室に緊張感がみなぎった。先にそれに気づき、態度を軟化させたのは義兄上のほうだ。


「……お前は化身族を蛮人か何かだと思っているようだが、話してみると案外そうでもないんだぞ。彼らは心を持ち、言葉を交わし、一緒に笑うことも悲しむこともできる。……自分がされて嫌だと思うことを、他人に強いたくはない。だから俺は差別をなくしたいし、奴隷制度も廃止したいと思ったんだ」

「ご立派だけど……でも、リーゼロッテの王太子の言葉じゃないよ、それは」

「では他に誰が言うのだ。誰かが声をあげなければ、何も変わらない」


 義兄上がそう考えるのは、やはり昔飼っていた野良犬……に扮したケモノのせいだろうか。そう口に出しそうになったが、やめておいた。義兄上は僕がそのことを知っているとは気づいていないようだから。僕から話題にしたら、怪しまれるに決まっている。


(分かっているさ。ケモノがすべて野蛮な輩じゃないことくらい、嫌というほど)


 優しくて愛情深い母。母上が望むなら、僕は平気で差別も偏見も受け入れた。それで母上に褒めてもらえるのは嬉しかったし、ケモノを差別するのはこの国では別におかしいことでもなかったから。

 でも、僕も来年は二十歳になる。王族としての務めが増えてきて、否応なしに僕はカーシェル義兄上やイリーネと付き合うことが増えた。それに不満を述べるほど子どもでもないので、努めて兄妹と距離を縮めようとしてきた。僕のそうした心境の変化に戸惑っていたようだけれど、ふたりの兄妹はそれを受け入れてくれて、最近はやっとぎこちなさも抜けてきたのだ。


 義兄上と一緒にいれば――いやそうでなくとも、世界にケモノが溢れているのを見てしまう。見ていれば分かる、彼らには心があって、喜ぶのも悲しむのも人間と変わらない。そんな当たり前のことは、僕だって分かっているのだ。

 それでも僕はケモノを受け入れられない。かつての自分の行いを否定し、母上の言ったことは間違いだったと否定したくない。魔術を扱えるイリーネを産んで、ケモノと交わる禁忌を侵したのではないかと疑惑の目を向けられた母上。自分の身の潔白を示すことだけに躍起になって、娘を捨てた愚かで心の小さな女。それでも、僕のことを慈しんでくれた、たったひとりの母だ。僕だけは味方でいてやらなければいけない。そして僕の本当の味方は、母上だけでいい。


 ――そう思っていたけれど。


「仕方ないな。僕が適当な理由をこじつけて、ヘルカイヤへの視察を義兄上に任せるよう、教会を説得してみるよ」


 そう言うと、義兄上は目を丸くして僕を見つめた。ここ一番の驚きの表情だ。――それはそうだろう。僕がこの手の話題で義兄上に妥協したことは一度もなかった。まして手を貸すことなんて、あり得ない。スフォルステン家出身の僕は、第二王子という身分がなくとも教会に顔が利く。「説得」と言ったが、僕がそう言った時点でもうほとんど義兄上のヘルカイヤ行きは許可されたようなものだ。五年前に教皇の座を継いだフェルゼンは僕の意思を尊重してくれる。まさしく鶴の一声で、反対していた司祭たちは黙るだろう。


「……ありがとう。すまないな、色々やってもらって。来月のステルファット連邦への訪問も代わってもらったし」

「王太子が国を空けるのは避けるべき事態だ。手が空いている者がやるのは、当然だろ。……珍しい義兄上の我が儘だから聞いてあげるけど、この埋め合わせはしてよね」

「ああ、勿論。感謝するよ、メイナード」


 優しく笑う義兄上の顔を直視できなくて、僕は顔を背ける。と、その僕の視線の先にあった会議室の扉が開いた。ふわりと踊るような足取りで入ってきたのは、妹のイリーネだ。最近は神姫になるための修行をして、すっかり淑女っぷりが板についてきたが、身内の前ではまだまだ天真爛漫な幼い少女のままだ。このときも、イリーネは僕と義兄上を見つけて目を輝かせた。

 けれどもなぜかイリーネは喜びの表情を消して、僕を見て若干不満そうな顔をした。


「メイナードお兄様、帰ってきていたのなら一言くらい挨拶してください。用がなければ私のところに顔を出しになんて来てくれないんだから」

「あ、ああ……ただいま、イリーネ」

「ふふふ。お帰りなさい、お兄様。お元気なようで良かった」


 ぱっと笑みを取り戻したイリーネは、僕と義兄上のもとまでぱたぱたと駆け寄ってくる。


「イリーネ、勉強のほうはいいのか?」

「休憩です。ね、お兄様がた、一緒にお茶を飲みませんか? おふたりもお時間が空いているようだって、さっきお付きのヒトから聞いたの」

「そうだな、そうしようか、メイナード」


 話を振られて、僕は束の間硬直する。お茶? 義兄上とイリーネと三人で? そんなこと、今まで一度だってしたことがない。仕事上の付き合いは我慢するが、私的な兄妹の会話など僕は知らない。


「い、いや……僕は忙しいから」

「茶を飲む暇くらいあるだろ? イリーネ、外のテラスに行こう。今日はいい天気だからな」

「はい!」

「だから、ちょっと……!」


 義兄上が腕を引っ掴んで離さない。なんて馬鹿力なのだ、この男は。

 イリーネが先に会議室を出る。諦めて僕が抵抗をやめると、義兄上は何かを僕に差し出した。それはさっき僕が義兄上に渡したはずの、アスールからの手紙。開封されていない、イリーネ宛のものだ。


「自分で渡すんだな。頼まれたのはお前なんだから」

「誰が渡したって同じだろ……!?」


 会議室の入り口でもたもたしている僕たちを、先行くイリーネが振り返る。そして何かを思い出したように、イリーネは僕に向かって言うのだ。


「メイナードお兄様! サレイユの思い出話、聞かせてくださいね!」


 それだけ言って、イリーネは付き人にお茶をテラスへ運ぶように指示しながら、楽しそうに廊下を歩いていく。それを見て、「諦めるんだな」というふうに義兄上が笑って歩き出した。


 疎ましいはずの慣れ合い。僕が一番苦手とする社交的な会話。今からそれをしなければいけないというのに、そんなに嫌な気がしないのはなぜだろう。


(僕は、本当はずっと昔から――)


 自覚した。


(――このふたりと、兄妹になりたかったのかもしれない)


 同年代の親しい人物がいないことを、特に寂しいと思ったことはなかった。思わなかったこと自体が、寂しいことだったのかもしれない。


 多分僕は、このふたりと兄妹になれる。ケモノに関する意見で対立することはあるだろうけれど、本音をぶつけあい、互いの主張を吟味できるような、そんな関係に。頼られて嬉しいと感じ、頼りにすることもある関係に。

 カーシェルとイリーネと仲良くしちゃいけない。そう望んだ母の願いを、僕は初めて、破ろうとしていた。





★☆





(それが、どこでどう、狂ったのか)


 呼吸することもままならないほどの苦痛を全身に感じながら、僕は思う。身体は悲鳴をあげていた。心得もないくせに剣の達人の動きを模倣し、すでに魔術の使用は限界を超えている。誰かが手を下さずとも、僕は自然と息絶えるだろう。


 今となっては、あの穏やかな日々が夢だったのではないかと思うほど、それは遠い過去と化している。実際には五年ほど前のことなのに、妙に実感がなくて、靄のような記憶。あの時に感じた満ち足りた気持ちも、覚えてはいるのに思い出せない。


 フロンツェと契約を結んだ時のことも、父上とエレノア様を殺したときのことも、義兄上を幽閉しイリーネを追放したことも、大量のケモノを殺したことも――なんだか、夢のようだ。

 僕はどこまで正気で、どこから正気ではなくなったのだろう。


(――そう、公務で、ステルファット連邦に行ったんだ)


 そこから、どうしたのだったか。



「けじめをつけさせてもらうぞ」



 義兄上の声が、聞こえる。

 ぼやけた視線をあげれば、義兄上は剣を構えて僕の目の前にいた。切っ先は真っ直ぐ僕の心臓を狙っている。


 ああ、初めてこのヒトは、本気で僕を殺そうとしている。僕の犯したすべての罪を、僕の死を、全部背負ってくれようとしている。昔から損なことばかりするのだ。罪人の札を張って、僕の死体を晒せばいいのに――義兄上はあくまでも僕を弟として扱って、自分で汚れ役を背負おうとしてくれている。

 僕に散々裏切られて、痛めつけられたのに、それでも僕の死を悲しんでくれる、カーシェルという男。


「優しいなぁ、義兄上は」


 そんな資格は、僕にはないのに。


 なぜだか、涙が出るほど嬉しいのだ。

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