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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
7章 【女神微笑む地 リーゼロッテ】
143/202

◇その先に待つもの(1)

「すごい森だね。日の光もほとんど入らないし、道もない。どこを歩いているのかさっぱりだ」


 カイが上空を見上げてそう呟く。昼間だというのに、この大森林の中はかなり暗い。樹木の葉によって空が覆いつくされてしまっているのだ。間違っても、ピクニックや森林浴に行こうと思うような森ではない。湿気もかなりあって、まとわりつくような空気が気持ち悪い。地面は水を含んで柔らかくなっているようで、馬が歩くごとに泥が跳ねる。ニキータも飛行するのは諦めて、大人しくクレイザの馬に同乗していた。


「ギヘナの恩恵だろうが、どうしたらこんなに樹木が育つのかねぇ。手入れしても手入れしてもこの有様だからって、何十年か前からぱたりと立ち入らなくなったはずだ」

「でも、メイザス領のヒトはよくここを訪れるそうですよ。目印を作って、歩けるようにしているんです。この大森林があるばかりに、アーレンス公もベルネット伯もメイザスにはおいそれと近寄れない……それをいつか逆手に取る日が来るかもしれないと」


 イリーネがそう言うと、クレイザが苦く笑った。


「相当に仲が悪いみたいですね、国境三貴族は」

「貴族社会はどこもそんなものですよ。特にリーゼロッテの貴族は、独立した権力を持っている……サレイユの監察官とは訳が違います。それぞれが独立した国のような存在で、いつ隣の領地に生活を脅かされるか分かったものではない」


 アスールの言う通りだ。少し前には、領地を広げようと画策する貴族が、隣接する領地へ攻め込むという事態も発生した。神都から遠ければ遠いほど、そうした事態は発生しやすい。

 それでも、北の国境と接するメイザス、クレヴィング両家はまとも(・・・)だった。少なくともイリーネにとっては、味方といえるヒトたちだ。


 ひとつ気がかりなのは、メイザス伯が騎兵を率いて戦場に向かっているであろうことだ。そうなればおそらくイリーネらと会うことはない。メイザス領を通過することはできても、伯爵本人に協力を頼むことはできない。いや、どの面を下げてそんな図々しいことが頼めるだろう。願わくば、死なないでほしい――それしか祈ることができない。


 しばらくイリーネは森の中を進んだ。探しているものがあるのだ。何も言わずに、仲間たちはついてきてくれる。それが何よりも心強い。

 ほどなくしてそれは見つかった。一本の木の幹の根元部分に、白いリボンが巻き付けられていたのだ。


「それが目印?」


 後ろからチェリンが身を乗り出して尋ねる。イリーネは頷いて、馬から下りた。チェリンが慌てて手綱を掴む。

 イリーネ一人では、腕をいっぱいに伸ばしても木の幹を計ることができない。それほど大きな木が、この森の中には無数にある。何の変哲もない、ただリボンが巻いてあるだけの木なのだが、ぐるっと外周を回って、ある地点でイリーネはしゃがんだ。足元に、一本の紐が張られていたのだ。

 軽く指で弾くと、遠くで微かに鈴の音がする。――これが目印だ。


「成程、ちゃんとこの森には道があったってわけか」

「はい。この紐と鈴の音を辿っていけば、森を抜けられます」


 灯りのないこの森の中では、ほぼ透明なその紐を見つけ出すことは困難だ。だからこそメイザス伯はこの方法を取った。細くて頼りなく見える紐だが、実は何本もの糸を束ねてあるもので、かなり頑丈だ。ヒトが間違って足を引っかけた程度では決して切れない。

 もしも敵――この場合の敵が誰を指すのかはともかく――がティリア大森林を抜けてメイザス領へ侵攻しようとすれば、無数に張り巡らされたこの印を必ず踏むはずだ。その振動は鈴を揺らし、敵の居場所を教えてくれる。紐と鈴が森を抜ける目印だと気付けば、目印沿いに敵を誘導できる。迷い人の目印にも、敵に対する罠にもなる。万能なものだ。


 イリーネも今鈴を鳴らしてしまったが、僅かな力しか加えなかったので、森全体には鳴り響いていない。仕組みと加減さえ分かっていれば、利用するのは容易い仕掛けだ。


「ここの仕組みは、メイザス伯爵家のご令嬢に教えてもらったんです。彼女はここを遊び場にしていて、私も連れてきてもらったことがあって……こんな風に使うことになるとは思わなかったけれど」


 懐かしい思い出だ。あの頃はまだまだイリーネも幼くて、子どもだけでこの密林で遊ぶことがどれだけ危険かを考えなかった。今考えれば恐ろしいことだが、当時は結構無茶をしたものだ。


「今も仲良しなの?」


 イリーネの肩に手を置きながら、チェリンが問う。イリーネは微笑む。


「はい、手紙のやりとりは頻繁に。神姫になってからは私があまり外出できなくなったので、彼女のほうが教会まで遊びに来てくれて」

「ふうん、アスールよりよっぽど甲斐性がありそうね。この男、手紙は年に数度で、会うのは三年ぶりだったんでしょ?」


 チェリンがちらりと後方を振り返ると、馬を操るアスールがぎくりと動揺したのが見えた。それから彼はなんとか気を取り直して、少々苦しげな笑顔を見せる。


「リーゼロッテとサレイユがどれだけ遠いと思っているのだね……それに、神姫に気軽に会いになど行けぬ。そのご友人がかなり型破りで自由なのだよ」

「それでも会いに行くのが男だと思うんだけどなぁ」

「お前には言われたくないぞ、十五年も音信不通だったお前にだけは」


 アスールを冷かしたつもりの言葉が盛大に自分に返ってきて、カイは明後日の方角に視線を送る。イリーネとチェリンが同時に笑った。こんな時だというのに、気分が落ち込まずに和やかな会話ができるのは有難い。


 ティリア大森林を抜けるには一日では足りない。それほどまでに深い森だ。太陽の位置で時間を計ることができないので、アスールとクレイザが持つ懐中時計だけが頼りだ。もうひとつ頼りになるのが腹時計で、これまでかなり規則正しく食事を摂ってきたイリーネたちは、昼が近付けば自然と空腹を覚えるのだ。食事と睡眠に厳しいチェリンのおかげで、かなり健康的な生活ができている。

 目印沿いには泉もちらほらあったので、休憩する場所には困らなかった。何度か休憩をはさみながらひたすら森を進み、夜になったら見張りを立てて休む。森の中での夜は、案外穏やかに過ぎた。この森は生命に満ち溢れているが、幸いなことに恐ろしい肉食獣や毒を持つ蛇などは生息していないのだ。


 そうして歩くこと二日、昼前にようやくイリーネらは森を抜けることができた。目印を知っているからこれだけの日数で済んだのであって、迷っていたら五日かけてもたどり着けなかったかもしれない。

 密集していた樹木がなくなって、視界が開ける。目の前は広大な平野だった。遠方には山が見える。リーゼロッテの各地に豊富な水を送り出す、北部一帯を東西に貫くベルツ山だ。すっかり木々は赤く染まって、遠目にも紅葉が美しい。

 地形はどことなくギヘナ大草原に似ていた。ちらほらと人里が見えて、田畑で働くヒトの姿もある。ちょうどいまは、秋の野菜の収穫をしているのだろう。メイザス領はどこか牧歌的で、のどかで平和な領地だ。治める領主の仁徳だろう。


「ベルツ山の麓にあるのが主都デュッセルです。もうそんなに遠くないですよ。行きましょう!」


 イリーネがそう言って馬を走らせる。後ろのチェリンが、笑みを含んだ声を投げかけてくる。


「楽しそうね、イリーネ!」

「見覚えのある場所が、すごく嬉しいんです……!」

「はは、確かに遠駆けにはもってこいの場所だ。さぞここら一帯を走り回ったのだろうな?」


 アスールの言葉は完全に図星だったのだが、イリーネは笑ってごまかしたのだった。





★☆





 国境地帯で戦いが発生しているというのに、主都デュッセルの市街は平時と変わりなく賑わっていた。リーゼロッテ北部の主要都市のひとつであるデュッセルには、旅人やハンター、教会の巡礼者などが多く出入りする。どこで顔見知りと出会うか分からないイリーネからすれば、人混みに紛れることができるのは有難いことだった。


「どうする、イリーネ。……メイザス伯の屋敷へ行ってみるか?」


 アスールが言いながら、視線を市街地の奥へと向ける。白地に青の逆三角形の旗を掲げた門構えが、遠くに見える。メイザス伯爵の家紋だ。あの門の奥に、領主の館がある。

 しかしイリーネは静かに首を振った。


「諸侯との接触は避けましょう。第一、メイザス伯はいま騎兵を率いて戦場にいるでしょうし」

「けど、家族ぐるみで仲が良かったんでしょ? 娘さんを頼ることも……」


 カイがそう言ったのだが、イリーネはまたしても首を振る。できることならイリーネだってそうしたい。きっと頼れば、親身になって協力してくれる。それは分かっているが――。


「大切だから……だから、会いたくないんです。私に肩入れすれば、メイザスは確実にアーレンス公と対立します。そんな風にして、彼らの穏やかな生活を壊したくない」


 ひとりよがりな、勝手な考えだ。現に、こうしてカイたちを巻き込み、イル=ジナやジョルジュの手も借りて、彼らの穏やかな生活を狂わせたのに。

 分かっているからこそ、これ以上巻き込みたくはないのだ――。


「……すみません」

「なんで謝るの?」

「本当は、メイザス伯の協力が得られたら心強いのに……私の勝手な考えで」

「なんだ、そんなこと。言ったでしょ、思うようにやっていいんだよ。リーゼロッテ国内のことは、イリーネが一番頼りになるんだからさ」


 カイの優しい声に顔をあげる。その横でクレイザが、「宿を探しましょうか」とあたりを見回していた。ついでに買い物もしよう、とチェリンが言っている。みな、これまでの旅と変わらない様子だ。アスールも微笑んで頷いてくれたので、イリーネはほっとして、街の案内図を見つけたニキータの元へと歩み寄ったのだ。





 目星をつけた宿へ向かう道すがら、一行は飲食店の多い通りに出た。海の遠いデュッセルの街は、代わりに山の食材が豊富だ。しかも季節は実りの秋、旬を迎えた食材で作る料理はどれも食欲をそそる。昼時だけに、色々な料理の匂いが市街には溢れていた。


 それに気を取られていたわけではないが、イリーネはすれ違いざまにひとりのヒトと肩をぶつけてしまった。きっちりとローブをまとい、フードで顔を隠している小柄な人物。旅人だろうか? 相手はかなり急いでいたようで、イリーネが避ける間もなかった。よろけたそのヒトの手を慌てて掴んで、転びそうになるのを助けてやる。


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

「す、すみません、急いでいて……」


 若い女性の声だ。イリーネはそれを聞いて、おやと首を傾げた。どこかで聞き覚えがある声だったのだ。


 相手もそう思ったのだろうか、顔をあげたのでイリーネとばっちり目が合う。フードの奥に隠れていたのは、イリーネとそう歳の変わらない女性だ。互いを認識したとき、ふたりの表情が変わった。女性のほうは驚いたように目を丸くし、イリーネはさあっと血の気が引くのを感じたのである。


「……い、イリーネ? イリーネなのね!?」


 咄嗟に手を放そうとしたイリーネの腕を、逆に女性が力強く掴んできた。その時にはカイたちも異常に気付いて引き返してきていたが、状況が分からずに混乱しているようだ。


「あの……人違いで……」

「嘘おっしゃい! 貴方、なんでこんなところにいるの!? 貴方がいなくなったって、国中大騒ぎになって……って、いたたッ!?」


 大声をあげた女性を、チェリンが引っぺがして後ろ手に拘束した。鮮やかな手並みなのだが、感心している場合ではない。彼女は一般人なのだ。イリーネは慌ててチェリンに言った。


「チェリン、大丈夫です。放してあげてください」

「知ってる子なのね?」

「はい……メイザス伯爵家のご令嬢、ゲルダです」


 その言葉に、みなはぎょっとしたようだ。接触は避けようと決めた直後に、当の本人とばったり出くわしてしまったのだ。この状況でははぐらかすにも無理がある。イリーネも腹を括るしかない。

 解放されたゲルダは、拍子抜けしたようにイリーネの周囲の面々を見回した。それからまたイリーネへと視線を戻す。


「……何か訳ありなのね。ねえ、とりあえずうちへいらっしゃいよ。お父様になら事情も話せるでしょう?」

「!? メイザス伯は、ここにいるの?」


 イリーネが驚いて問うと、ゲルダは頷いた。どういうことだろう。メイザスは、国境の戦いに参加していないというのか。


「心配しないで。私もお父様も、メイザスの民はみんな、神姫さまの味方よ」


 にっこりと笑うゲルダの言葉に、言いようのない嬉しさがこみ上げる。友が、変わらず友でいてくれる。それがこんなにも嬉しい。

 イリーネの傍まで来たアスールが、そっと耳打ちする。


「警戒は私やカイがしている。イリーネ、行ってみよう」


 頼もしいその言葉に小さく頷き、イリーネはゲルダとともに来た道を戻り、領主の館へ向かった。


 道すがら、ゲルダはイリーネに事情を尋ねたり、同行者が誰なのかを質問したりはしなかった。ただ純粋にイリーネの無事を喜んでいる。その様子から打算めいたものは感じなかったし、ゲルダは嘘の上手な性格ではない。アスールやカイがいざという時のために備えてくれているから、イリーネはとりあえずゲルダを信頼することにした。


 家紋の掲げられた立派な門をくぐり、両脇に豪華な庭を見ながら敷地内を歩く。神都にある王城や、サレイユのグレイドル宮殿のような規模ではないが、それでもこのメイザス領の権力の中枢部だ。ひとつの邸宅としてはかなり豪華なメイザス伯の屋敷は、元は古い砦だったという。それを改修して居住空間にしたので、思わずアスールが一瞬警戒を忘れて目を輝かせてしまうような古風な佇まいだ。

 ゲルダは真っ直ぐに、屋敷の二階にある部屋へとイリーネたちを案内した。何度もこの屋敷に来たことのあるイリーネは分かる、メイザス伯の執務室だ。


「お父様、ゲルダです」


 扉をノックしてそう声をかけると、室内から男性の声が返ってきた。


「戻ったか。どうぞ、入っていいぞ」


 ゲルダが扉を開ける。彼女に手を引かれて、イリーネも室内に入った。机に向かって何か書き物をしていた男性は顔を上げ、娘と、その横に立つイリーネを見た。そして椅子を蹴って立ち上がる。


「……イリーネ姫様!」


 四十代後半といったところの男性だ。ニキータほど大柄ではないが、カイやアスールほど華奢ではない。均整の取れた逞しい戦士の姿をしながら、理知的な表情からは高い教養も伺い知れる。ヒトによっては冷淡な表情に見えるかもしれないが、その男が優しく笑う姿を、イリーネはよく知っていた。


「メイザス伯、お久しぶりです」


 多少場違いな挨拶をすると、普段冷静な伯爵らしくもない、動転した様子でこちらへ歩み寄ってきた。


「なぜここに……いや、それよりもよくぞご無事で……! あ、どうぞお掛けになってください。いまお茶を……」

「お父様、落ちついて。イリーネは遊びに来たわけじゃないのよ」


 ゲルダに諭されたメイザス伯は、はっと我に返った。軽く深呼吸をした伯爵は、少しきまりの悪そうな表情でイリーネに向き直る。この伯爵でも、取り乱すことがあるのだと、イリーネは不思議な気分だ。


「……失礼しました、イリーネ姫様。少し驚いてしまいまして」

「急に現れたのは私たちのほうですから。突然すみません」

「とんでもない。行方知れずになったと聞いてから、ずっと御身を案じておりました。こうしてお会いできたこと、とても嬉しく思います」


 改めて椅子をすすめられたので、イリーネはメイザス伯と向き合う形で席に着いた。後ろにはカイとアスールが立ち、扉を塞ぐようにニキータが立つ。イリーネの仲間というだけで、伯爵はカイたちを受け入れてくれた。


「……メイザス伯、貴方は戦場にいるものだとばかり。だから、きっと会うことは叶わない……そう思っていたのですが」


 イリーネがそう言うと、伯爵は静かに頷いた。


「神都からは国境守備の指示書が届き、アーレンス公からも出兵要請が届いております。……お許しください。私は今回、戦線に加わらないことを決めたのです」

「理由をお聞きしても?」

「サレイユとケクラコクマが、イリーネ姫様やカーシェル殿下のために動いていると思ったからです」


 サレイユとイーヴァンが結託してイリーネを拉致し、リーゼロッテを滅ぼそうとしている――これが神都の発表だそうだ。しかしメイザス伯はそれを鵜呑みにはしなかった。何せ不可解なことが多かったのだ。カーシェルとイリーネの失踪と同時にメイナードが王権を掌握したことも、サレイユとイーヴァンがイリーネを拉致する理由も、まったく説明がつかない。ゆえに彼は、神都からの発表には虚偽が混じっていると考えた。イリーネはサレイユに拉致されたのではなく、自らを身を寄せていると想定したのだ。ケクラコクマ軍は、その助力をしてくれているのだろうとも推測していた。


「だとすればサレイユやケクラコクマと戦うことはできません。かといって、疑惑のあるメイナード殿下や、盲目なアーレンス公に従うこともできない。このまま中立を貫こうと思っておりましたが、イリーネ姫様がお戻りになられたのならば話は別です」

「メイザス伯……」

「イリーネ姫様、メイザスは貴方にお味方致します。貴方が成すことのお手伝いをさせてください」


 素直に頼むと言いたい気持ちを抑えて、イリーネはさらに問う。


「今回のことで、アーレンス公やベルネット伯との関係が悪くなりますよ」

「元々不仲でした。今更のことです」

「私の敵は、教会とメイナードです。明らかに不利ですよ」

「ならば尚更、お味方しましょう。寡兵ではありますが、多少の教会兵なら打ち払うことが可能です」


 確かに、できるだろう。メイザスは長きにわたって、対ケクラコクマとの戦いで一軍を担ってきた。神都周辺を管轄する王領兵や、教会に所属する教会兵とは比べ物にならないほどの戦闘経験がある。


「民衆に危険が及ぶことになったら、どうしますか。メイナードが何も躊躇わずにヒトを殺すさまを、私は見てきたんです」


 その言葉には、メイザス伯も押し黙る。彼は領主だ。王家に忠誠を尽くすよりも、国境を守るよりも、優先すべきことは他にある。預かる領地を守り、そこに住む人々を守ることだ。

 イリーネは微笑む。即答したら、どうしようかと思っていた。言葉に詰まるということは、彼は民衆を守る責務を忘れてはいないという証拠だ。


「必ず人々のために戦ってください。……そう約束してください」

「――分かりました、お約束いたします。すべては民の穏やかな生活のため、そしてイリーネ姫様のために」


 メイザス伯は、イリーネの前に跪いた。隣で、ゲルダもそれに倣う。神都への潜入の足掛かりになる場所と、国内の事情に精通した諸侯を味方につけることができたのだ。

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