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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
6章 【熱砂の炎獄 ケクラコクマ】
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◆乾いた風の吹く先は(4)

 チャンバの北側、つまりカイたちが昼間街に入ってきた門の周辺では、既に化身族とハンターの間でにらみ合いが始まっていた。近くまでやってきたカイたちは、住宅の物陰に隠れてその様子を覗き見る。

 最前線に立つのは、あの青年を含めた街の若い衆。そして長老のシンも、その場に立っていた。対するハンターの方は、チャンバの戦士の二倍の人数がいた。化身族だけの集落ということで警戒してきたのだろうが、それにしても随分と大勢を集めたものだ。


「退いてくれ。我々には争う理由がない」


 シンが静かに告げるが、ハンターのほうは聞く耳を持っていなかった。猟銃を担いだ男が進み出て口を開く。まるで嗾けるような口調だ。


「そっちになくても、こっちにはあるんだよ! 狩人協会を通じて出された、政府からの正式な依頼だ。この街にリーゼロッテの神姫一行が入り込んでいるから見つけろ、庇うようなら住民も皆殺しにしろってな!」

「……!」


 距離はあるがその言葉が聞こえたのだろう、イリーネが顔色を失った。隣でアスールが舌打ちする。


「女王陛下は、イリーネに関わる情報をすべて機密扱いしてくれた。それが漏れているということは……いよいよ他人面できなくなってきたな」


 政府の依頼のもと堂々とケモノ狩りができるということで、ハンターたちは興奮気味だ。対照的にチャンバの住民は戸惑っている――カイたちのことは『女王の客人』としか聞かされていないのだ。リーゼロッテの神姫など、ケクラコクマの民にしてみれば敵。そんな人物を、いつの間にか街に入れていたなんて知ったら――。


「……あいつらじゃないのか? 昼間街に来た……」

「長が客人だと言っていたが……」

「馬鹿馬鹿しい、早く引き渡してしまえ」


 ざわざわと、カイの耳にそんな囁き声が届く。カチンときたが、誰が発言したのか分からない以上怒ることもできない。

 すると、怒声があがった。あの長老の孫の若者だ。怒声を浴びせている対象は――なんと、同郷の者たちだった。


「お前ら、恥を知れ! チャンバの門をくぐった者は、この街の客人だろうが!」


 その声に打たれて、ぴたりと化身族の中のざわめきが止む。なかなか、人望ある若者のようだ。


 シンは満足そうに頷いた後、ハンターたちに向き直る。穏やかな老翁の瞳は、異様な鋭さを放っている。あれは獣族の目――孫が虎族と言っていたから、きっと長老もトライブ・【タイガー()】だ。獅子に次いで力の強い、獣族では上位の種族。その長であるのだから、老いても強者であるのは間違いない。


「そういうことだ。一度受け入れた客人を売るほど、我らは腐ってはおらん」

「抵抗するってんなら、大歓迎だぜ? 元からそのつもりで準備してきたしなあ!」


 声と同時に、ハンターたちの猟銃が火を噴いた。突然の攻撃も予測していたのだろう、チャンバの化身族たちはそれぞれ化身して銃弾を避ける。それを追って、ハンターの化身族たちが飛び出していった。



「イリーネ、クレイザと一緒に避難を。安全なところで、でも俺が無事を確認できる位置にいて」


 そう指示して立ち上がると、イリーネが慌てたようにカイの手を握ってきた。


「私……私が狙いなら、どうにか戦いを止める術はないでしょうか……」


 小さな声。きっとイリーネ自身も分かっているのだ、そんな方法はないと。カイは微笑み、そっとイリーネの手を外す。


「駄目だよ。チャンバのみんなが庇ってくれたんだ、それを無駄にしちゃいけない」

「……はい。カイ、みんな、気を付けて」


 クレイザに連れられて、イリーネはその場を離れた。クレイザは戦う術を持っていないが、不思議と彼にはイリーネを任せられる。絶対に無理をしないクレイザの性格と、何かあってもどうにか乗り越えてくれる才能は、信用に値するのだ。


 さて、とカイは戦況を見る。チャンバの戦士とハンターが入り乱れて、どちらが敵でどちらが味方か分かりにくい。敵を退けるのは、おそらくカイたちなら簡単だが――目立ちすぎるのも良くない。自分から居場所を敵に教えるようなものだ。

 戦いは始まってしまった。もう言葉で止めるのは無理だろう。一方が力尽きるまで――。


 その瞬間、とてつもない地響きが鳴り響いた。その衝撃、あわやカイの足が浮くほどのもの。よろめいた態勢を何とか立て直して顔を上げた時――そこにあった光景を見て、カイは絶句してしまう。


「まずい、トライブ・【エレファント()】じゃねぇか」


 ニキータも頬を引きつらせている。チェリンも呆然として、天高くそびえる巨体を見上げた。


「し、しかも二頭……」


 夜闇を斬り裂くような白銀の象。絶対に戦いたくなかった種族ナンバーワンである。ブランシャール城塞で戦象部隊をちらりと見たが、それより巨大で威圧感が増している。この感じは、間違いなく賞金首。


「賞金ランキング十二位と十三位、【双子象(ふたごぞう)】。その名の通り双子の象で、ケクラコクマでは有力な化身族です」


 シャ=ハラがそう説明してくれる。勇ましい彼女の剣は、きっと並みの化身族なら斬って捨てるだろうが――さすがに象は無理だろう。象は剣戟程度では倒れない。野生の象ではないから乗り手もいないし、本能的に暴れることもない。本当に敵に回すと性質が悪かった。

 どちらが兄なのか知らないが、一頭の象が大きく一歩を踏み出す。その一歩で、数人の戦士が薙ぎ払われていた。あまりに呆気ない。


「まずはあの象をどうにかする必要があるな。奴を住宅地へ入れてはいけない」


 アスールが言った時、カイのすぐ傍に一頭の虎が吹き飛ばされてきた。かなりの衝撃を食らったのだろう、化身が解ける。そこにうずくまっていたのは、あの青年だ。


「くそっ、あの象め……!」

「大丈夫? 象に挑むなんて無茶するね」


 カイが声をかけると、青年はぎょっとして飛び起きた。


「な、何してるんだ! 家にいろって……」

「そういうわけにもいかない」


 青年はぽかんとしている。思いの外カイの語調が強かったのと、金色に変化した瞳を見たからだろう。戦場でぼんやりするとは、いい度胸だ。


「チャンバの戦力は?」

「え?」

「あの象さんに対抗できるくらい力のある戦士は、どのくらいいる?」


 目下最大の難敵はあの二頭の象だ。アスールの言うとおり、まずはあれを撃破しなければならない。カイやニキータがいるから数字では霞んでいるような気がするが、世界中に何万といる化身族の中で十二番目に強い相手なのだ。カイやニキータでも、きっと一筋縄ではいかない。だが、チャンバの戦士の力を合わせれば――魔術を扱える化身族が束になってかかれば、不可能ではない。


 そう思って確認のために問いかけたのだが、なぜか青年は口ごもっている。怪訝に眉をひそめると、青年は溜息をついた。


「いないんだ。魔術を使える化身族は」

「……え?」

「長老が唯一、魔術を使える戦士だったんだ。けど、以前ハンターが襲撃してきたとき、長老は怪我をして……その怪我が原因で、長老は……」


 こんなに人数がいるのにひとりもいないのか、と嘆きが口に出そうになってしまったが、カイはなんとかこらえた。使えないのが普通なのだ。かつては人間も使えたはずの魔術は今では化身族しか使えず、その化身族も年々使える者が少なくなっている。ここに来るまで出会った化身族たちは軒並み魔術を使えたが、それは「類が友を呼ぶ」という類の貴重な出会いだったのだ。


 ――もしかして、シンが人間に対して穏健な態度を取っているのは、そのためなのか。魔術を使えない化身族は、人間に打ち負かされることも多くなる。それを避けるために最初から好意的に接して、戦いそのものをしないようにしていたのかもしれない。


「でも、大丈夫だ。チャンバのみなで力を合わせれば、あんな象の一頭二頭……!」


 若者が身を乗り出して訴える。彼の言うことも間違いではない。いつかは倒せるだろう。だがそれは、決して犠牲が出ないというわけではない。


「君、名前はなんていうの?」

「は? あ……ラージだ」

「へえ、勝利(ラージ)。大層な名前だね」

「う、うるさいぞ!」


 半日近く一緒にいた気がするが、カイはやっと青年の名前を知った。そんなやりとりをしている間にも、周囲ではニキータやアスールがハンターを退けている。彼らはカイがラージと話す時間を稼いでくれているのだ。


「ラージ、あの象さんの相手は俺たちがする。だから君たちは、それ以外の化身族の相手を頼むよ」

「『俺たち』って……そんな少人数で」

「大丈夫だよ。こちとら賞金額の四位と五位だからね。対化身族の専門家もいることだし」


 カイもニキータも強さを数字で表すことは好きではないのだが、このときはことさらにそれを強調する。ラージも格の違いを知って押し黙る。


「君は若いし、経験も浅い。だからよく見て、俺たちの戦いを。そして強くなれ。街のみんなを守って、みっともなく吹き飛ばされたりしないように」

「……分かった」


 間を置いて、ラージは頷いた。反発するかとも思ったが、やはり聞き分けが良い。己の未熟は、自分が一番分かっているのだろう。

 よし、と頷くカイの傍に、アスールが寄ってきた。剣を構えたまま、カイの背後を守るように立つ。


「話はまとまったか?」

「うん、俺たちは象を止めに行く」

「了解だ」


 話の速いアスールは、チェリンやシャ=ハラ、上空のニキータに向けて手を振って合図を送る。既に周囲には、彼らによって倒されたハンターや化身族が積み重なっていた。鮮やかな手並みだ、特にシャ=ハラは戦力として申し分ない。さすが、アスールとまともに渡り合えただけの力量がある。


 その場をラージに任せて、カイたちは戦場となっている一帯を移動し始めた。象が暴れているのは、激戦地となっている門周辺の、更に向こう――カイたちがいた場所の真反対だ。戦場を突っ切るわけにもいかず、カイたちは一度市街地に入って迂回することにした。

 門周辺の住居にヒトの気配はない。逃げたのか、それとも戦っているのか。ともかく、ヒト通りのない路地をカイたちは駆けた。アスールが口を開く。


「――それにしても、象退治か。できるのか、カイ?」

「俺ひとりじゃ無理かなぁ」

「おいおい。賞金ランキングではお前の方が上位だろう」

「だから、そんなものはあてにならないんだって」


 賞金ランキングは、「その化身族によって人間がどれだけの被害を被ったか」という基準によって設定される。そういう意味で、カイはあの双子の象よりも凶悪であると認定されたわけだが、実際はどうか分からない。もしかしたら、あの象のほうがずっとカイより強いかもしれないのだ。


「多分、ここにいる全員が全力で一頭にだけ攻撃を集中すれば、そう難しいことじゃない」

「各個撃破か。だが分断できるかどうか」

「それなんだけど、アスール、象と戦ったことは?」

「さすがにない。知識だけはあるつもりだが」

「しばらく一頭を引きつけておくことってできる?」


 トライブ・【エレファント()】をはじめとする巨大な化身族は、魔術を使える者でないと戦うのが難しい。賞金首クラスだと尚更だ。だからあの象を倒すには、カイとニキータの力が欠かせない。ふたりが個別に相手取っても良いが、それだと時間がかかりすぎる。

 だから、誰かが一頭を遠ざけておいて、その隙にもう一頭を全力で倒す。それが手っ取り早い。囮として一頭を引きつける役は危険極まりないが――きっとアスールは、なんとかこなしてくれるはず。


 隣を駆けるアスールは、ちらりとカイを見た。そして小さく笑みを浮かべる。


「えらくやる気満々だな。あのラージという青年に大口を叩いた手前、そうでもしないと示しがつかないといったところか」

「できるの、できないの、どっちなの」

「ふふ、やってみせよう」


 なんとも軽い調子で、アスールは引き受けてくれた。あの巨象に人間が剣一本で挑むなど正気の沙汰ではないし、下手をすれば死んでしまうというのに。この男の自信はどこから来るのだろう。まあ、カイもそれを頼りにしてしまったわけだけれど。


 カイの隣を走っていたアスールがふっと消える。見れば手近な住宅の屋根に飛び乗って、カイたちとは別の方向へ駆けだしていた。盛大に囮をやってくれるようだ。不安げにそれを見送るのは、シャ=ハラである。


「アスール殿下おひとりで……!」

「大丈夫、あいつならひとりでも五分くらい粘れる。俺たちも速攻で片付けるよ」


 アスールは暴れ狂う二頭の象の真正面まで移動した。堂々と屋根の上に身を晒し、石を掴んで象へ投げつける。咄嗟にそれを長い鼻で弾いた象は、アスールの姿をはっきりと認識したようだ。屋根から屋根へ飛び移ったアスールを追って、二頭ものしのしと移動する。その間にも地上では多くの戦士たちが足に噛みついたり体当たりをかましたりしていたが、どの攻撃もなんら堪えていないようだ。


「来い。私が相手だ」


 アスールが不敵に笑う。彼をサレイユ王国の王子だと認識しているのかそうでないのかは知らないが、二頭は彼を追いかけて一直線に進んでいた。あまり頭は良くないらしい。アスールの誘導で、ヒトや建物のない場所へ誘い込まれる。


 象の真後ろに回り込んだカイは、改めて巨大な象を見上げた。――これは、今まで相手にした中では最大規模だ。これほど巨大化する化身族が、平時は自分たちとなんら変わらないヒトの姿で街中を闊歩していると思うと、背筋が寒くなる。

 縦に並んで移動している二頭の象の間に、僅かながら間隔ができている。豹の姿に化身したカイは、その空間めがけて魔術を放つ。この地方の空気中には水分が少ないが、地下には水が豊富だという。それを応用して――すなわち、足元から地面に冷気を流しこんだのだ。


 一頭目と二頭目の象の間に、突如地面から氷の槍が突き出した。それは天高くそびえ、いかに巨大な象でも翼を持たねば飛び越えられぬほどの高さの柵となる。驚いた象が氷の槍に体当たりをしたが、びくともしない。生憎だが、【獅子帝】並みの力がなければ、そうやすやすと突破は出来ないのだ。

 象がくるりと反転し、地上にいるカイたちを見下ろした。一頭目の象は、片割れには構わずアスールを追って行ったらしい。――やはり、頭が良くないようだ。おかしいな、視覚はともかく、嗅覚や聴覚は優れているはずなのに、周囲の認識能力がやたら低い。


(……まあ、好都合だけど)


 低く飛び掛かる姿勢になったカイの後ろで、ばさばさとニキータが空へ飛び立った。夜闇にまぎれた鴉を見つけるのは、カイでも至難の業だ。チェリンもまた身構え、シャ=ハラも剣を抜き放った。


 おそらくこいつは、自分の硬い皮膚をあてにして、防御や回避という行動をしない。それがいかに無謀なことかを、教えてやらねばならないだろう。

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