第九話 衛兵と術師
飛翔して体にぐっと重みが掛かってすぐに広大な景色が目に入る。
そのほとんどは暗闇に包まれているが、火を焚いているところはすぐに目に入った。
先ほどよりも若干、明かりの範囲が増えているように見える。
高く一望できるように飛んでもらえば、実に小さい町だと感じざる得ない。
心持ち、行くときよりは速度を落として飛ぶ。
「こんなに小さいなんて、思っても無かったな」
「空から見れば、どんなものも小さいものよ。……ん?」
「どうした? 「ウォルト、しっかり掴まれ!」 っく!?」
ウルグはいきなり叫ぶと、翼を立ててその身を一気に上に押し上げた。
次の瞬間、夜の闇を引き裂いて目の前が光ったと思うと、風切音を上げて赤い何かが眼下を通り過ぎた。
丸い塊のそれは人間大の大きさのように見え、背後から爆発音が聞こえた。
振り返れば、屋根の一つに大きく穴があき、ごうごうと家が燃えている。
そして向き直って遠くを見れば、空に浮かぶ魔物が見える。
「なんだあれは!?」
「ロックワイバーンだ。 しかしこの火球……ロックワイバーンにしては……いやしかし、違いない」
「やばいのか?」
「我の相手ではない。 だが、お主が居る以上な」
「俺を下せ!」
「今すぐ出来るか! 口を閉じろ、舌を噛むぞ」
「っつ!」
またしても体が押さえつけられる感覚が来ると同時、薄ぐらい闇の向こうから光が生まれたのが見える。
それと同時、妙な予感を覚えて左へ振り向けば。
同様に暗闇の中に光が!
「ウルグ! 左からもだ!」
「!? 二匹!?」
押さえつけるような急激な上昇。
十字に交差するように放たれた火球は、またしてもウルグの下を通り抜け、町の壁を超えて森へと落ちていった。
延焼しないかが心配だ。
しかし。
「ウルグ、お前上におびき出されてないか!?」
「望むところよ。 空の覇者がどちらであるか思い出させてくれるわ! ……あの森での傷の礼も、させてやらねばな」
「傷?」
「ふん」
もともと、ウルグは傷を負ってあの森に居たことを思い出す。
つまり、あの攻撃を受けたということなのだろう。
「あの傷の事を言ってるなら、前に負けてないか」
「グルルルル! あの時は上空から一気に襲い掛かれたのだ! あんな不意打ちなど……負けてないッ!」
人の世ではそれは負けと呼ぶ。
とにかく、二匹のロックワイバーンを相手にしなければいけない。
二匹目は外したことを知ると、一匹目の方に飛んで行った。
注意を外さないまま、ウルグにそのことを聞く。
「アイツら……連携してるのか」
「あれは術師が何かしているのだ」
「術師って……オーガとかナーガとか操ってるけど、ロックワイバーン相手にも出来るのか?」
オーガやナーガ、ゴブリンと比べて脅威度が違いすぎる。
そんな相手すら、術者は操れるというのなら、一体操れない魔物とは何なのか。
「出来る。それなりに高位な魔術師ならな。そもそも、ロックワイバーンに我に襲いかかるなんてこともせぬ。まともな連携などせぬ。それに、我の知る限りでは火球も威力があがっている。直撃は我も少しな」
「魔物を呼び寄せ、ロックワイバーンも制御下に起き、強化も出来る……」
「ウォルト、相手の術師は複数人か、もしくは人間界ではよほどの者であるらしいな」
「くそ、戦争でもしてる気分だ」
毒気付く。
そういうのは英雄と呼ばれる人達に対処してもらいたい。
しかしそんな暇も多くは与えてくれないらしい。
息を吐く合間を待たずして次の攻撃が飛んでくる。
「来るぞ!」
「っく」
一匹目と合流したのち、すぐにこちらへと一匹が反転してくる。
暗闇に紛れるように飛ぶ姿は、注意しないと見失ってしまう。
今度は反対側へと大きく迂回した。
「ええい、ちょこまかと」
「もう一匹は俺が見る」
「任せた。我は正面のあいつをまず潰すとしよう」
そういうと、一気に速度を上げた。
迂回しようとしていた二匹目が急反転するが、一度落ちた速度は戻せない。
苦し紛れのように赤い光が見える。
「後ろの奴から火球が来るぞ」
「撃たせておけ。どうせ掠りもせぬ」
その言葉通り、火球はウルグを追い越す速度で飛び出すも、その身から離れた位置を飛んでいく。
飛んだ先には空中に止まる一匹のロックワイバーン。
一瞬ではあるが、通り過ぎる火球はそいつをはっきりと闇夜に浮かばせた。
正面からも火球が吐き出されるが、ウルグは上下左右にブレさせながら飛んでいる。
そのため、凄まじい速度差で通り過ぎる火球もウルグの身には届かない。
「他愛もない……む」
ウルグがすれ違いざま、爪を振るう様子を見せる……だが、急にその速度が落ちたように見える。
それでも、そのまま目算なら、数秒で相手のロックワイバーンに辿り着けると確信した。
その瞬間だった。
チリチリとした強烈な悪寒が突如として背中を走りあげ、その直観が喉から走り出ることを妨げずに大声を上げた。
「左に避けろ!」
「!?!」
速度に乗った状態からの錐揉み回転じみた左回転は、筋肉が浮かび上がるほどしがみ付いてもなお身を空に飛ばさんとする強力な力を感じさせた。
ウルグが体制の維持する力を失い、無様に風に遊ばれるが、その価値はあった。
間違いなく自分たちが飛び込もうとした領域に、火球が一直線に落ちてきた!
その後を追うかのように豪快な風切音を交えてロックワイバーンが上から下へと高速に突き抜ける。
数瞬の後、今までの比ではない途轍もない轟音が響き、眼下にあった民家が文字通り爆散した。
「三匹……だと……!」
「違う、四匹だ、四匹いるッ!」
「ほう……これを躱すか。いつぞの時のように喰らうかと思っていたが」
一回転をした後体制を復帰させたウルグと俺は、驚愕に目を開いた。
この場に響く、俺とウルグ以外の声。
余裕を見せつけるように、上からゆっくりと降りてくる一匹のロックワイバーン。
そのロックワイバーンの上に、人が居た。
全身を黒いローブに身を包み、背後の夜の闇と同化するようなその姿。
そのロックワイバーンには鞍と手綱が付いており、それを優雅さを感じさせながら掴んでいる。
「……ん? よくよく見れば、なんだ。人が乗っている……?」
フードを被っているために詳しい様子はわからないが、明らかに敵だった。
「お前がッ! この町を魔物で襲わせたのか!」
「みすぼらしい恰好しているな。下級民の分際でドラゴンの上に乗るとは豪語不遜極まりある。本来そこに居るべきなのはこの私だ」
「話を聞けッ!」
「町のことか? そうだ。襲わせたとも。上層部が敵国の人間によって攻め込まれた……と、思わせないために襲わせたとも。まったく、あいつ等は私を何だと思っている。しかししかしだ、ここに来たのは非常に行幸だった。まさか本物のドラゴンを目にすることが出来るとはな。最初に攻撃を仕掛けた時はこちらも手持ちが一つ。直撃でなければ追撃も出来ぬ。泣く泣くその場を後にさせてもらったがまさか本当に居るとは。ロックワイバーンを無理やり三匹増やした甲斐があったという物だ。そうでなければこの私の……」
ローブの男、つまりこの騒動の元凶である術師は早口で喋り続ける。
不気味だが、人ならざるような魔術を使うという人間は総じてこんな感じなのかもしれないという偏見を抱く。
従うように、術師の背後に三匹のロックワイバーンが集い、その場で滞空している。
ウルグが、何やら辛そうに口を開く。
「……貴様が、我に乗ると?」
「なんと! ……なんとなんとなんとぉ! 喋るのか、ドラゴン! 希少も希少、今後の人生において二度と起こりえぬ幸運! どうして山の神殿ではなくここにいるのかわからないが、神は私を見てくださっていると確信した!!!!」
喋るドラゴンという情報から、フードの奥から漂う気配が一遍した。
両手を広げ、呵々大笑としている。夜でもはっきりとわかる。
明確に今、奴はウルグを手に入れることを決心した……!
「ウルグ!」
「っく……燃え尽きろ!」
先に手を出された時の意趣返しとばかりに小さめの火球を吐き出す!
それは真っ直ぐに余裕を見せている術師に届き、輝く壁が出た瞬間に煙を残して四散した。
「掻き消えた……!?」
「呪物か!?」
ウォルトとウルグの驚いた声に、術師はさっきまでの大笑いが嘘のように冷静に切り返してくる。
粘つくような声で淀みなく聞こえてくる。
「利かぬよ。ドラゴンとの戦闘も検討していた。そのために用心を重ねて本国の弟子から取り寄せた最上級の防壁のタリスマインだ。炎だけではない。近づくと苦しかろう? これを持ってくるだけで襲撃予定日時も遅れたのだ。利かなければ困る」
「そうなのか、ウルグ!?」
「っく、急に……疲れる気がしていたが……」
「しかししかししかし、やはり高級な呪物となると効果も一味違うな。少々癖のある竜に特化した物だがやはり場に合ったものを選ぶ事が最善の性能を引き出す……」
喋る男を無視して、背後の三匹のロックワイバーンが左右に飛び出し、一匹は術師を追い越して前に飛び出してくる。
場所を代わるように術師はゆっくりと後退していく。
「待たぬか!」
「少々気が強すぎるのも……そう悪いものでもないか」
痛みつけねばな、という言葉を最後に、後方の左右から火球が迫る。
既に術師を見ていられる状況ではなくなった。
ウルグはバサリと大きく羽ばたくと、曲芸のように身を捩じって後方反転。
正面から飛びかかってきたロックワイバーンには尻尾で一撃を加えたが、浅い。
灰色の岩石と思えるような鱗が幾つか剥がれ落ち、首元に割けた皮膚が見える。
そのまま落ちていくロックワイバーンを振り向いてみれば、すぐさま姿勢を戻して赤い光が見える。
「ウルグ! 下から火球!」
「っく、うるさい物よな! ッガアアア!」
下からとは別に今や左右正面に見えるロックワイバーンに対して牽制の火球を吐き出す。
速度の速いそれにはロックワイバーンも慌てて回避するが、二匹目のロックワイバーンはそのうちに後方へと移動してウルグの視界から消える。
その隙に術師へと飛ぼうとすると、下に位置する一匹が目の前に立ちはだかり、通させてくれない。
「邪魔だ!」
ロックワイバーンを追い越そうとしても、絡みつくように飛びまわり、叩き落そうとすれば他の二匹からの火球や飛び込んできての爪の一撃が飛んでくる。
どうあっても近づけさせる気はないらしい。
近づいたところであのタリスマインをどうにかしなければならないが……。
「ここに止まっていても危険だ。見た感じ、火球はそう連射できないのか?」
「そうなのかもしれんが……下るぞ、掴まれ!」
羽根を大きく羽ばたかせての鮮やかな後方宙返り。
飛び込んできたロックワイバーンの二匹のカギ爪をまたしても尻尾で弾き飛ばす。
体勢を崩した二匹のその間に、下る勢いで即座に速度を上げると町の外側へと向かって飛び始める。
家の屋根と同程度の高さまで一気に落ちれば、巻き起こった風圧で砂埃と砕けた家の破片が舞い上がる。
窓をガタガタと鳴らしながら、速度を上げて民家の間を通り抜けていく。
振り向けば、二匹のロックワイバーンも同様に下りつつこちらに向かって飛んできている。
と、急にウルグの速度があがったと思えば、急に周囲が赤くなり、後方に火球が降ってきた。
落下速度も加わり、地面が砕け散り、瓦礫が舞い上がるが、すぐに視界から遠ざかる。
二匹のロックワイバーンは、その瓦礫を物ともせずに突き破る。
上を見れば、上空に居た一匹のほかに、ローブの奴が居るロックワイバーンも下に居るウルグを追従するように飛んでいる。
「あれがロックワイバーン達を指揮しているのは疑いようも無いことだが……まだ近づいてこぬか」
「変に近づいてもお前が苦しいだけだろ。あの距離でそんだけ疲れるなら、接近したらどうなるかも考えたくはない。どうする?」
「ウォルトを置いていけば、無理やりにでも突破してなんとかというところ、だが……!」
目の前に町の壁が近づいてきた。
近づくさなか、大慌てで逃げて行く連中と、こちらを射抜く友人の視線が見えた。
確かに視線を交わした瞬間に急上昇。
返す刀のようにその勢いのまま、ローブの奴に近づこうとするが……
「そう簡単にはいかんか……!」
「邪魔だ、ワイバーン!」
近寄ろうとすれば立ちふさがるように現れる。
苛立ち交じりに火球を吐けば、するりと交わされて術師まで当たるが、当然のようにタリスマインの加護である、謎の光の壁に阻まれる。
「まったく、なんだっていうんだ、あれは! あんな現象見た事ないぞ!」
「呪物を見たことが無いわけではないが……我の火球を防ぐなどッ。そんな物は」
見たことが無い、という言葉が続いたのかもしれない。
だが、その言葉は後ろから追いすがっていた二匹のロックワイバーンからの攻撃で掻き消える。
上を注意すれば、その隙を突くように飛び込んでくる二匹の連携は無視できない驚異だ。
「っく」
すれ違いざまに前に飛び出しく二匹に決定打を与えられずにスルーし、術師の元へと戻るのを見送る。
最初の景色の焼きまわし。
ただし、今度は術師が乗ったロックワイバーンの全面に三匹。
「諦めたまえよドラゴン。私が指揮するロックワイバーン達は強いぞ。ドラゴン、お前のその優れた体、できれば綺麗なまま我が手中に収めたい」
「気持ち悪い人間だ」
吐き捨てるようにウルグは言う。
「私は何処までも追いかけよう。今の戦力ならドラゴン一匹、どうとでも出来るとわかった。想定よりやや弱いか? まぁ、都合は良いか。その程度ならば……気が変わった。その美しい体は戦場にも出さず、私の城にて丁寧に飼おうではないか!」
ギリリという音がウルグの口から聞こえる。
相当な苛立ちを抱いているのが顔を見なくてもわかる。
迂闊に飛び込んでも、近づけば逆にタリスマインの効果でやられるだけだと伝えるように背を叩く。
「その首、かみ千切ってやろうか」
「さっきから聞いてればイラつくことばかりだな……!」
「それはこちらのセリフだ。貴様が乗っているという事実が、私をどうしようもなく苛立たせているのだがな?」
強烈な敵意が叩きつけられるが、殺意を叩きつけることで返答とする。
「ウルグはもっと自由であるべきだ。その方が輝いてるし――」
脳裏を過るのは、初めて森で出会った時の姿。
遠くから見えたその全景。
木漏れ日を浴びる、目を閉じた姿。
「――美しい」
「っは。ははははははは! たわごとを! 狂人か貴様! もういい。喋るな、これ以上は汚れるだけだ。何、私の手元で完璧に管理してみせよう」
「その、上からの言葉、心底気に食わねぇんだよ……!」
「喋るなとッ! 言ったろう……がああああああああああああああああああ!?」
相手の怒気を孕んだ言葉に呼応するように、一条の細い光が術師へと飛びこんでいく。
それはタリスマインに阻まれぬことなく、吸い込まれるように術師の肩へ突き刺さった。
その様子に、今までは想像の域を出なかったことが確信に変わる。間違いない。
対処出来るかもしれないと、ウォルトは獰猛な笑みを浮かべる。
「な、なんだこれはああああああ!?」
「ウォルト、今のは……」
「ウルグ! 話は後だ! 試したいことがある! 今すぐ奴の周囲を回ってくれ!」
「う、うむ!」
町の壁を見れば、人が逃げたその場に置いてたったひとりだけ、宙に矢を構える友人が居た。
限界ギリギリまで引いた二発目の弓は、夜空に逆らう流れ星のように飛び出し、しかし即座に射線に割り込んだロックワイバーンの鱗に阻まれる。
「アレン!」
「ダメだなぁ。やっぱり硬いね。」
「狙えるならタリスマインだ!」
「なるほど。なら……ってそうはさせてくれないか! よっと!」
火球が飛び込んでくるのを察知して、アレンは全力で走り去っていった。
「お前のお蔭で助かった! もういい、逃げろ!」
その姿を見届けるや否や、ウルグは加速を開始した。
二匹のワイバーンが追いすがるように飛び、一匹は術師を守るように飛ぶ。
欲しいのは勢いだ。何を狙っているのかをウルグに話す。
「……という案だが」
「正気か、ウォルト!?」
「大まじめだ。先ほどの様子を見た感じ、おそらく行けるはずだ。お前は近づいたら逆にまずいだろう。タリスマインの効果は近づけば近づくほど強くなっているんだろう?」
事実なのだろう。
嫌々ながらも頷いた。
「それに、俺が乗ってない時なら実力を発揮できるんだろう? 間に合えば落ちてる最中に口にくわえて拾ってくれ」
「……ふん。まぁいい。そんなことをせぬとも、隙を突ければ我が仕留めるからな」
「タリスマインの能力の限界値がわからない以上、飛び込んだら終わりかもしれないんだ、無茶はするなよ……決まりだな」
バサリと、ウルグの翼が徐々に力強く羽ばたくと同時、急激な加速が体に襲い掛かる。
剣を背負う体の重さ全てが腕にかかる。
酷使しすぎている腕は、時折不気味な痙攣を起こし始めた。
それをカバーするために、不自然に足を力をこめる。
硬い鱗に覆われていても、それぐらいは察知できるのか、ウルグが心配そうな声を上げる。
「ウォルト、大丈夫なのか!」
「……あぁ、問題無い! いける! そのまま加速してくれ!」
耳を切る風の音が倍増して、風の音しか聞こえなくなる。
流れる景色はもはや一条の線だ。
そんな状態でも、中央にいるあの男の姿は目に入り続ける。
「貴様らああああああ! 私に傷をつけたなぁ!?」
わめき散らす術師を尻目に、周囲を回り続ける。
嬉しいことに相手が何を言っているかは風の音に紛れて聞こえない。
その間もロックワイバーン達は必死に近づこうとしてくるが、ウルグの高速機動には叶わない。
徐々に離されていく。
俺を乗せている限り、これでも全力機動ではないのだろう。
しがみ続けられるのも長くは持ちそうにないほどの風圧が襲う。ギリギリの境界線だった。
円を描いていることに気が付いたのだろう。
追撃していたうちの一匹は急遽、円の真ん中は横断するような軌道に変えた。
たとえ直線距離になったとしても、ウルグに追い付くには全力疾走が必要だった。
それは運よく、術師を守るように滞空していた一匹の前を通り過ぎた。
隙を見つけた瞬間だった。
ウルグは一度だけ羽根をたたみ、こちらが振り落とされないように考慮する気配が見えて――ほとんど90度に近い角度をつけて、飛翔を再開させた。
「っぐううううおおおおおおおお!」
曲がる際の遠心力でウルグの体に全身が押し付けられる。
目玉が飛び出そうな感覚。叫び声を上げて全身に力を籠めなければ骨が折れるかと思った。
肺が動かず、クラクラする。
もはや捕まっているのではなく引っかかっているだけだ。
背中の剣が骨に食い込む。
その痛みでようやく腕の力を取り戻し始める。
しかし、その無茶苦茶な機動は確かに功を制した。
急激に変化した軌道に追撃していた一匹は追いつけず、姿勢を崩した。
円を横切っていた一匹は気付かないまま通り過ぎ、視界を塞がれていた一匹は想定の進路上にウルグが居ないことに戸惑っている
一気に距離を詰める。
もう数秒で届く。
しかし、術師も甘くはないようだった。こちらを見た一瞬の間に何らかの対処を打ったらしい。
二匹は、その戸惑いを打ち消し、こちらが突破仕切る前にこちらに気が付くや否や、即座に反転して術師の方へと飛び出していく。
守りを固めるつもりだろう。
やはりそうそう上手くはやらせてくれないらしい。
タリスマインどうこうの前に、もしかしたらウルグ丸ごとの捨て身タックルを警戒しているのかもしれない。
急激に近づくロックワイバーンに対してこちら側から高速の火球が吐き出される。
苛立ちすら感じ取れる火球が飛んでいき、二匹はそれを避け、火球はそのままタリスマインが作る壁にぶつかり、煙を残して消え去る。
隙を突けばもしかしたら、という考えが多少なりともあったのかもしれない。
「上手くいかんか……!」
「なら下手にやるだけだ!」
「外したら助けてやらんからな!」
そうして、ウルグは身を捩った。
今までのように、飛ばされないようにと配慮された軌道ではない。
――その逆だ。全力で弾き飛ばす動き。
足をバネの様に使い、その身を加速させて飛び出した。
その瞬間、この身は間違いなく、自由を手に入れた。
感じたことの無い程の解放感。
これが奇襲でなければ、大声で歓声をあげたほどの想いが身を満たす。
凄まじい勢いを持って放り出された体は全身で風を切る。
目を開けているのも辛い。
手足の末端が急激に温度を失っていく。
それでも、背中の剣を取り出すことは容易だった。
慣れ親しんだやり方はたとえどんな状況であっても機能する。
二、三度、手の掴み具合を確認するぐらいに思考は冴えわたっている。
対象との距離は急激に近づく。
彼らは、下へと飛んで行ったウルグに気が向いている。
一撃で決める。
肩を支点にして、一気に振りぬいた。
「利かぬといっておろうが。わからぬか? 所詮――」
「――だが、物理攻撃は利くんだろう!」
「なんっ!?」
ウルグから放り出された勢いのまま、そこに全力の勢いをプラスした剣は、撫でるように男の体を斜めに両断した。
普段、切っ先以外の切れ味が悪いといっても、これほどの力が加われれば話は別だ。
ある程度の鋭ささえあれば、速度の乗った一撃で強引にでも切り裂ける。
振り切った剣に振り回されるようにこの身が回る。
視界が何度も、何度も回転をする。吐き気。
全てがグルグルと回る中、術師が傾いていくのが見える。
そうして、ワイバーンから落下していくのが見えた。
何度も何度も、街並みと暗い空が切り替わる。
回る視界。そのさなかでも見つけられる。ウルグ。
その合間合間に見えるウルグの姿が、まるで一瞬一瞬を切り取っているかのようにはっきりと見える。
上空から飛びかかる襲い掛かった二匹のワイバーン。
ひらりと躱すと同時、次の瞬間には二匹の首が宙を飛ぶ。
歪む視界の中、なんとか注視してみれば、ウルグの両爪はまるで剣のように伸びている。
空を翔けるその姿。倒立した双剣士のようにも見える。
男を失って錯乱した一匹は今までの倍以上のサイズの火球を吐き出して、ウルグはするりと切り抜けると、またしても次の瞬間にはワイバーンの上半身が消えている。
もっとも遠くにいた最後に一匹が、その力の差に慄いて急減速をかける。
大慌てで身を翻したその時には既に、ウルグは追いついていた。
次の景色では想像通り、その身を縦に真っ二つに引き裂いた。
苛立ちをぶつけるかの如く勢いよく引き裂いている気がする。
矢を弾くワイバーンの鱗さえをもバターのように切り裂けるその爪は、白く、鋭く、町の明かりを反射させて目に入る。
ぐるぐると視界は回る。町と夜空とウルグがぐるぐると入れ替わり移りこむ。
遠かった町の景色が気が付けばもう、だいぶ近い気がする。
手から剣が零れ落ち、何処とも知れないところへと飛んでいく。
回り続けた影響で意識が遠のく中、墜落の不安は感じていなかった。
近づく町の景色よりも早く、ウルグがこちらに飛んできているのを知ったからだ。
その事実に安心するとともに、意識が欠け始める。
「この馬鹿が……!」
焦ったような、憤る声が最後に聞こえ、衝撃と合わせて意識を手放した。