エピローグ ドラゴンライダー
俺とウルグは、町を囲う壁の上にいた。
まだ町は暗いままだ。
普段守っている門とは違い、壁の上には生活用の内部通路も兼ねる、分厚い壁の上。
視線は森の木々の高さと同程度で、朝であれば遠くの山が見える。
ウルグは器用に体を丸めて傍に居る。並び立って遠くの景色を見つめていた。
それなりに高い位置にいても、背後からは町の住民たちの声が聞こえ続けている。
あの襲撃から、既に数日が経っている。それでも冷めやまない熱。
祭りに飛び込む人々の騒ぎ立てる音。時折あがる大きな歓声。
ここに来る途中で幾人もの吟遊詩人を見かけた。
きっと今日の出来事は伝説としていつか語られるのかもしれないなとはアレンの言葉である。
竜の衝撃とはそういう物だという。
そうして正しい情報も間違った情報も、願望も推測も含めて世界に広がるのかもしれない。
今まで自分たちが見ていた伝奇の類の様に。
自分たちがまだ知らない世界へと。
「ウルグは、この後どうするんだ。もう……完全に怪我も治ったんだろう?」
「我か? 我は――遠くに行きたい。……違うな、見た事もない景色を見に行きたい」
そこで、器用に小さく笑いを零した。
「先日みたいな突拍子もない出来事がまだあるやもしれんし、食べたことの無いおいしい物も山のようにあるのだろう」
あれを突拍子も出来事に片づけても良いのかと思う。
「つまり、まだ知らないところを知りたい、と」
「そうじゃ」
「奇遇だな」
「何がだ?」
「俺もなんだ。あの時、初めて自分の町を、森を、この国を見下ろした。驚いた。こんな狭い所に俺たちは住んでいるのかって。驚いた。空の上はあんなにも寒いのかって」
びっくりしたし、耳が痛かったよ、と続ければ、戯けと一蹴される。
「前にも言ったが、感動した。凄いと思った。それと同時にもっと色々な景色を見たくなった。――実は、昔から色んな景色を見たいと思っていた」
「もしかしたら、似たような輩なのかもしれんという予感は我も覚えていたがな。 それにしては、衛兵なんど同じ場所に留まる仕事に就いてるじゃないか」
「あれも似たようなもんだ。この町に入れないぐらい変な輩というのは五万と居る。町の中に居たらそいつらを知れない、見れない。町の中の住人なら衛兵にだって休日見れる」
「なるほどな。……ウォルト、お前、森の散策もその一環か?」
にやりと笑うって返答とする。
横目で見ていたウルグがグラァと笑った。
「のう、知ってるか? この大陸の何処かにはな。夜になると常に流れ星が見える国があるらしいぞ」
「おい、そんな御伽噺のような場所あるわけないだろう。幾らなんでも人様騙し過ぎだ」
「ドラゴンを疑うのか貴様。あるに決まっておろう。世界を巡った父から聞いたのだぞ」
「あるんだったら俺に見せてみろ。……そうだな。だったら、逆に空じゃなくて地面、そう、湖が夜の間、光り続ける場所を知ってるか? 何でも大昔の大災害で街一つが湖の底にあるらしく、不思議な力で夜な夜な湖を光らせるんだとよ」
「それこそ聞いたことないわ。不思議な力ってなんじゃ。ドラゴンに嘘を吐こうとは命しらずな」
「本当だ。たぶんな。……まぁ昔絵本でそう書いてあったんだけどな」
「ふん。あるんだったら我に見せてみろ」
「……日があがるか」
ふいに、空が少しだけ明るくなってきた気がした。
森から顔を出すまでが日の出だった。
――今までは。
「日の出が見たい」
「何? 待てば幾らでも見れるじゃろ」
「違う。本当に、見える端からあがる日の出が見たい」
「乗れ」
即答だった。
そして、その言葉が聞こえた瞬間にはもう飛び乗っていた。
背中に背負っている荷物の重さなんて感じなかった。
背中に跨ると同時、ウルグは一気に上昇する。
小さく歓声があがり、ちらりと下を見れば、乱雑に置かれた板の後ろに子供たちが隠れてこっちを見ていた。
ウルグの背に注意を戻せば、新たな装備――手綱が増えていた。
それを掴むと、あまりに手に馴染む為、驚いた。
「余り物にしては出来がいいな、これ!」
「我も、あまりのぴったりさに驚いたものだ! どうにもあの鍛冶屋、ひっそりとこういう物を作っておったらしいぞ」
「あの珍妙な物は想像の装備品ってことか。はは、なんだ! 身近なとこでも全然知らないこともあるもんだ! これが世界だったらどんだけあるんだ!」
ウルグが飛び上がる。
風を切って。
前回は楽しむという余裕はほとんど無いようなものだったが、今は違う。
バタバタと風の音が心地よい。
今日という日が来るまで、こんな音は聴いたことがなかった。
台風とは違う、突風が走り、耳の傍を駆け抜ける音。
息をすると空気が澄んでいくのがわかる気がする。
日はまだあがらない。景色はまだ低い。
「もっと、もっと高く!」
「行くぞウォルト!」
体を保つようにしっかりと握りこむと、垂直と錯覚するほど一気に急上昇した。
星の瞬きさえ見える空を正面に眺めて、一気に体制を戻す。
――見えた。
びっしりと地面を覆いつくす広々と続く木々の奥。
大きく映る湖のさらに向こう。
傍に小さく見える町を飛び越えて、また続く数多の緑の地面を超えて、偶に空いている地面に何かの生活の跡があって、飛んでいる鳥の集団を上から俯瞰して――見えた。
地平線の端。
徐々に上がる姿。
小さく、はっきりと眩しいほどに、太陽が。
光が飛び込んでくる。
「見えた」
「ああ――そうじゃな」
「あぁ、小さいな。全てが小さい。もう、俺の言葉の中にはこの感覚を伝える言葉が無い。見えている範囲の端から端まで光が一瞬で照らしていく」
「……」
何度も見たことがあるのだろう、ウルグは。
人では、この町に住む人ではこんな景色など見れやしない。
こいつは、今までに一体どんな景色を見てきたのだろうか。
そう思ったとき、ウルグから声が聞こえた。
「――あの太陽の出る麓には、一体何があるんじゃろうな」
興味というガラスのふちから零れ落ちた純粋な疑問。
その問いに答える答えはなく、その声に答える声はある。
ウォルトは即答した。
「――見に行くか?」
そう返答したウォルトに、ウルグもまた即答した。
「あぁ」
体を預ける。
進路は定まった。
その羽ばたきは力強く、楽し気でもあった。
朝焼けの光を眩しい程に浴びて、ドラゴンと一人が行く。
まだお互いの、見たことない事ばかりの世界を見に行くために。
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吟遊詩人は語る。
君たちや僕たちは最高に運が良い。
今から話す物語は出来たばかりの最新話。
今、この時代に、国の端の端、そのまた端にある町で起きた本当の話。
勇者もいなければ魔王もでない、けれど熱く、燃えるような物語。
君たちは名前も知らないだろう平和な町があった。
だがしかし、その町を他国の悪い奴らが、魔物を仕掛けて滅ぼそうとした。
町の人々は突然の出来事に戦々恐々逃げまどい、誰もが退路を探して彷徨うしかないその時。
――彼らが動いた。
彼らに耳を貸さなかった人が居た。手を貸した人も居た。彼らを支える親友が居た。
人々を守り、魔物と戦った。
これは、そう。
彼ら一人と一匹の話。
一人の衛兵が竜と出会い、互いを知り、共に空を翔け、町を救う物語。
この物語の名は『ドラゴンライダー』。
さぁ、聴衆諸君。
最新の英雄譚、是非ともお楽しみあれ――。




