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1 少年の名前

かさかさと葉がこすれ合う音が聞こえるもののそのこすれ合う葉は暗闇のせいでよく見ることはできない。

いや、どうやら形はくっきり浮かび上がっているようなのだが色まで判別はついていないようで起き上がった少年の目には周囲の風景が黒色で作られていた。

どうやら草原だったようで遠くの方に山が見え、所々に木が生えている。

そして少し南の方へ歩けば街道と思われる道も確認できる。


少年は周囲を見渡してそして今一度自分を見る。


「やばい。服、どうしよう」


どこかも分からない草原で少年は全裸のまま一人ポツンと呟くように立ち尽くした。




夜。

それは大抵の生物が眠りにつく時間帯である。

それはつまりこの草原に存在していると思われる生き物は大抵眠っているということだ。


「ニャアアアア」


しかし夜行性の動物はその限りには当てはまらない。

突如発情した猫のような声を出しながらそいつは気配を感じて振り向いた少年の前に現れた。


全体的な大きさはニメートルほど。

ずんぐりむっくりとしたメリハリのないボディだが分厚そうな毛皮に覆われたたくましい筋肉が生物の力強さを証明させている。

らんらんと輝く目は明らかに獲物を見つけた肉食獣と同じであり踏みつける草が悲鳴を上げるかのように後ろ脚に踏みつけられてぐしゃりと音を立てる。

そしてその生き物は黒猫であった。


しかし上記の通りただの猫では無く筋肉隆々の二足歩行の肉食獣である。

名をベアーキャットという冒険者協会ギルドで討伐ランクDの魔獣だ。


「ニャアアアア」


ぐしゃりぐしゃりと音を立ててまるで猫であることを忘れたかのように少年に無造作に近づく熊猫。

その表情は余裕であり、笑みさえも浮かべているほどだ。


そんな中、ぐーと呑気とさえも思える場違いな音が鳴る。


「丁度よかった。服と食べ物が手に入った」


途端、熊猫の表情が変わる。

一瞬で無表情になり、次の瞬間には呆然とした顔になる。

数秒固まったあと少年が熊猫に向かって歩き出した途端、毛が逆立って毛穴から大量の汗が噴き出した。


熊猫は一瞬で己の未来を悟り、目が潤んだかと思うと踵を返して全力で逃走を図ろうと力を込める。


それが熊猫の最後であった。


熊猫であった物は頭部が無くなっており、その抉れたような傷口からは大量に血が噴き出ていた。


「あ、やっちまった。血で毛皮が汚れる!」


呑気な声が血で染まりつつある草原の一角で響いていた。




「まずい」


それが少年が熊猫を食べた感想であった。

当たり前と言えば当たり前だ。

何故なら少年は生肉を食っており、もちろんそこに味付けなどされていない。

少年が分かるのは獣とは食べ物であるということだけ。

その調理方法などは頭の中に入ってはいなかったのだから。


「これからどうするかなあ」


ぽつりと生肉を食べ終わった少年が空を見上げる。

赤い月と様々な色で光る星々が薄暗いながらも世界を照らしている。

少年は明らかに無理矢理作りましたというワイルドさ溢れる毛皮スタイルな蛮族であるが分類上、人である。

ゆえに少年はここで憧れを抱いた。


「普通の人間の暮らしをしてみたい」


毛皮のみを纏った魔物と変わらない服装の少年が出した言葉は少々重たくも何故か輝いた色を出しつつ少年がいる辺りを漂う。


「どんな服を着てるんだ?どんな物を食べてるんだ?」


少年は今毛皮を纏って魔獣の肉を食べ終えたところ。


「どんなとこで暮らしてるんだ?どんな暮らしをしているんだ?」


少年は今草原のどこかで手ごろな岩に腰かけている。


「どんな人がいるんだ?どんな仕事をしているんだ?」


少年の髪の色は黒、肌は黄色で瞳は茶色がかった黒である。

それは今この地方にいる人間の最も多い姿ではあるがそのことを少年は知らない。


「俺は人として生きていきたい」


まるでそれは少年が人では無いかのような言葉であった。

しかし少年は知識だけあって人としての生活などしたことが無い。

故にそれはある意味では正しいことであるのだが、この少年を形成するものからしたらその呟きはとても的を得ていたがもちろん少年はそんなことは知らない。


「だとしたらまずは名前だよな」


少年は知っていた。

人間には名前という個体識別のための呼び名があることを。

そして自分にはそんなものは無いことを。

いや、そう言えばだれかから名前を呼ばれていたような、と何かを思い出そうとして少年は首を傾げる。

以前何かしらの名前で呼ばれていたような気もするがそのことを思い出そうとすればするほど沸々とした真っ赤な衝動が胸の内から溢れてきたので少年は考えることを放棄した。


「名前かあ」


ふと少年は今の自分の姿を見た。

黒い猫の毛皮を着た男である。


「……よし。今日から俺はクロネだ」


どこか楽しそうで嬉しそうな声が星々が照らす草原で僅かに響いていた。

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