野外コンサート2
階段を上がると、舞台上は爽やかな風が吹いていた。
視界が広く、観客のずっと向こうに広がる林の常緑樹が青々と見えた。
わたしの抱えていたギターに気づき、進行役の赤い衣装の女の子が言った。
「えっと、弾き語りなのかな? 曲の題名を言ってくれる?」
わたしは聞こえていたけど、答えられなかった。
目の前に座っている人たちの顔、顔、顔。
髭の生えたおじさん、着飾ったいかにもな貴族の御婦人、後ろの方にひしめきあって座っている小中学生ぐらいの子供たち。
それからその中央あたりに陣取っている四人のいけ好かない女の子たちの顔。
わたしの目はじっとプラム・ラヴァーシュタインを見つめていた。
まるで接着剤でその空間に張りつけたみたいに、プラムの方を見たまま、わたしは硬直していた。
マチルダとジェーンはにやにや笑っていて、リアはちょっとばかし高い鼻をさらに上向けて、冷淡な目をしていた。
その隣のプラムは、わたしと目が合っていることに気づいて微笑んだ。
さも、気の毒そうに。
――・・・・・・。
わたしは抱えていたギターをぎゅっと強く抱きしめた。
「あのぉ、ブラックストーンさん・・・曲目を、ですね・・・」
進行役の女の子がわたしの凍りついたような無表情な顔に、こわごわ言った。
緊張していると思っているのか、女の子はわたしの肩にそっと触れた。
「だ、大丈夫かな? 練習したとおりに歌ってくれればいんだからね」
その瞬間、わたしは抱いていたギターをその女の子にぐっと押しつけた。
「えっ!? あの・・・?」
サンタ風衣裳の女の子が面食らった様子でわたしを見た。
けど、わたしはほとんど無意識に、代わりに女の子が持っていたステッキを奪い取っていた。
木製の長さ六十センチほどの杖は、持ち手がオオワシの頭の彫り細工になっていて、女の子は進行の際にそれを華麗に振り回していたのだが、わたしは素早くそれを手に取ると、彼女の方を向いた。
「『マリオネット・デイズ』を歌います」
わたしは低く呟いた。
女の子が慌ててうなずく。
「えっ? あ、うん。聴いたことない曲だけど・・・」
ステッキを取り戻そうと女の子が手を伸ばしたけど、わたしはさっと舞台の中央、さらに前に出て行った。
「あー、ええっと、じゃあパール・ブラックストーンさんで『まりお』? 『でい』? です?」
聞き取れなかったのか、女の子はしどろもどろ紹介した。
わたしはそれを聞いていなかった。
ステッキを思い切り、ドンッッ!! と舞台の床に突く。
観客席に座っていた人たちが、大きな音に揃ってビクッと体を動かした。
全員の目が、わたしの顔に注がれる。
さらにステッキで、ドン ドン ドン ドン と拍子を取り、わたしが一定のリズムを刻み出す。
わたしは突如、大声で歌い出した。
たどり着いた山頂は 思っていたより大したことない
狭い世界で目隠しをして 走っていたことに気づいただけ
誰かが言った言葉を真似して
君の中身はそんなガラクタでいっぱい
突然の歌い出し、しかも聴き慣れないシャウト系のロックに、周囲の空気が停止した。
少しさざめいていた客が静まり返り、わたしのさっきまで泣いていた掠れた声だけが響く。
流されるばかりで 自分を見失ってるんじゃない
だけど この崖っ縁でしがみつけ
I'm not a marionette!
言うことを聞くのは終わりにしろ
I'll be something you don't know!
鏡の前で否定して なりたい自分になっていく
わたしはステッキで床を思い切り叩き続けた。
一番を歌い終わると、すぐさま二番を歌い出す。
観客は目を見開いたまま、誰一人動かなかった。
振り回した言葉の刃は 必ず自分に撥ね返る
他人を呪う人ばかり 足元に広がる墓穴を避けて
賢く立ち回れば生き残れる
だけど時には感情のまま叫べ
歌い慣れないどころか、低めの曲調のせいで、声がうわずる。
けど、そんなことはどうでもよかった。
わたしの視線は一点に集中していた。
呆けた顔になっているプラム・ラヴァーシュタインに。
莫迦を見たくないなら 誰より自分を信じろ
嫌な出来事に引きずられるな
I stand up secretly!
道に迷っても構わない
I surprise you certainly!
この躰と命で責任を取るだけ
ステッキが石造りの舞台に負けて、ビキッと音を立てて縦に裂けた。
それでもわたしはリズムを取り続けた。
何回巡ろうと 星々はおまえのことなんか見ていない
願いを込めたからって 叶えるのは自分自身
笑うのも泣くのも 顛末の結果
I'm not a marionette!
言うことを聞くのは終わりにする
I'll be something you don't know!
鏡の前で否定して なりたい自分になっていく
最後まで歌い切ると、わたしは割れたステッキを放り投げた。
目はプラムを睨みつけたまま。
プラム・ラヴァーシュタインは口をぽかんと開けて、見たことのないバカっぽい顔をしていた。
そして、隣のリアとマチルダとジェーンも、ちょっと間の抜けた顔でわたしの一挙一動に釘づけになっていた。
わたしは『大きな古時計』を歌わなかった。
舞台に上がり、プラムの顔を見た途端、わたしの中でメラッ、メラッとかすかに燃えていた怒りの炎らしきものが、一気に弾けて、彼女に目に物見せてくれるわ! と思ってしまったのだ。
歌い終わると、わたしは舞台の上に突っ立っていた。
だって、進行役の女の子が黙っているんだもん。
プラムから目を離し、ようやく視線を向けると、女の子は飛び上がった。
まるで蛇に睨まれたカエルみたいに、ぴょんっ! と。
「あ・・・ええ・・・ええっと・・・」
何もかもを忘れてしまったように、女の子は口をぱくぱくさせた。
わたしはとりあえず、観客席に向かってぺこりと一礼すると、さっさと舞台から降りていった。